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幻創の楽園 外伝シリーズ  作者: 士宇一
第3章外伝 sideA
13/13

3A-08 はじまりの『朝』

 

 +++

 

 

 とある少年に真鐘光輝という男のことを訊ねると、彼は大抵、

 

 

「光輝さん? あの人は陰険外道の根暗眼鏡。あと夜行性の鳥類だよ」

 

 

 なんて言っているが、それは真実である。

 

 なぜなら光輝は、誰よりも『よわいものいじめ』が得意だからだ。

 

 +++

 

 

 砂漠の民のとある集落では、早朝から事件だった。

 

 お祭りの余韻に浸り惰眠を貪る集落の民たち。それでも今朝1番に外に出た女性の悲鳴に驚いて誰もが飛び起き、一斉に外に出てはまた驚くことになる。

 

「どうした!」

「なにがあった?」

「あ、あれを……」

 

 女性が目元を隠しながら指差すのは住居に使っている天幕の1つ。その屋根のてっぺん。

そこには。

 

 

 若者が1人、全裸でロープに雁字搦めに絡まって、吊るされていた。

 

 

「なんで、はだか……」

「あれは……ヨサンか? どうしてあんなところに」

「おい! こっちもだ。来てくれ!」

「大変だ。誰か長様にこのことを」

 

 怪奇現象に見舞われていたのは、ヨサンという名の若者だけでなかった。

 

 被害者は全部で4人。吊るされていた彼の他に全裸で砂に埋まっていたのが1人、全裸でプールに浮かんでいたのが1人。1番酷かったのはドラム缶のような大きな鍋に、全裸で漬かっていた若者だ。油漬けの肉と一緒になって、首から下が白いぷるぷるした脂で固まってしまっている。

 

 彼らは介抱されたあと皆揃って「ヨッパラッテツイ。オサケヨクナイ」と棒読みで事情を説明。事件の当事者たちが強くそう主張するので、不審に思うことはあってもそれ以上真実を追求されることはなかった。

 

 

 夜這いの『お膳立て』として、大和から光輝を引き剥がそうとした若者たちだった。誰にやられたかなんて、言うまでもない。

 

 +++

 

 

「長様ー! 大変です。起きてください!」

 

 

 集落の中でも1つ大きな天幕がある。長の住居だ。そこに向かって慌てたように大声を張り上げる若者が1人。

 

「本当に大変なんです。急いで外へ来てください! よよよ、ヨサンがぁ!」

 

 相当に緊迫して、切迫した声だ。まるで帝国兵が大軍を率いて来たと言わんばかり。

 

 いったいなにごとかと、長が天幕から外へ出た途端、

 

 

 落とし穴に落ちた。長は強かに腰を打つ。

 

 

「がはっ!? こ、腰がぁ……。いったいなにが……」

「おはようございます長さん。今日もいい天気ですね」

 

 いきなりかけられる声。長が見上げるとそこには、眼鏡をかけた黒髪の異邦人がいた。

 

 光輝は真下にいる長に向かって、気持ち悪いくらい爽やかに微笑んでいる。

 

「マガヤン殿……! これはっ」

「いやー誰の仕業なんでしょうねぇ。昨日あれだけ飲み食いして騒いだもんだから、誰かが酔っ払って、ところ構わず穴を掘ったりしたんでしょうか?」

 

 それは、スコップを手にして言うセリフじゃない。

 

「あ。俺ちょうどスコップ持ってるんで。今からでも穴埋めます?」

「なっ!? 何を言って」

「世間話ですよ。あーそれにしても昨晩は楽しかったですね。俺は肉ばっかり焼いてたんですけど。あ。それはいいんですけどね。ヨサン君たちが夜遊びに誘いに来てくれたんで。ロウは『散歩』に集落の外へ出ていたので俺だけ」

「!」

「昨晩彼らとは意気投合しまして、いろんな話をしましたよ。ロウのこととかリュッケのこととか」

 

 嘘だ。光輝が事情を聞いたのはリュッケだけ。

 

 

 深夜光輝の元を訪れた若者たちは、大和が集落にいないことを知ると彼の居場所を光輝に訊ねた。答えなかったので力づくで聞き出そうとしたところ、即返り討ち。今朝の惨状へとつながる。

 

 確かに大和から光輝を引き離すように指示を下したのは、長をはじめとする大人、集落の代表たちだ。ただしその手段はあくまで「穏便に」と厳命していた。帝国兵から同胞を救ってくれた恩人たちに長は乱暴を働く気がなかった。

 

 長だって大和が女たちの人気を総取りしたことが原因で、嫉妬の腹いせに彼の生意気な腰巾着に因縁をつけたとは思いもしなかっただろう。若さ故の過ちというものだ。

 

 相手が最悪すぎたが。

 

 

「どうせなら俺にも女の子寄越してくださいよ。ねぇ、長さん」

「マガヤン殿、それはっ」

 

 落とし穴のショックが抜けきれず、呆然としていた長の表情が変わった。光輝の露骨な言い回しにたじろぐ。

 

 光輝は長に嘘を吐く。

 

「リュッケは俺達の天幕に来ませんでしたよ」

「……そうですか」

「どちらにしてもロウは、俺だって靡きませんが」

「……」

「焦りましたね、長さん。俺が今朝集落を発つと言ったばかりに。下策とはいえあなたも長として、集落を思っての事だったのでしょう。ですが引き留めるためだけに女を差し出すなんて真似、そういうことに嫌悪を抱く人間がいることを知っておいてほしい」

「まっ、待ってください」

 

 踵を返す『振りをした』光輝を、長が呼び止めた。

 

 落とし穴の中で頭を下げ、光輝に懇願する。処世術として帝国兵相手にずっとしてきたのだろう。帝国兵好みの嗜虐心を唆る、卑屈めいた土下座だった。

 

「お願いします。あなた方のお力はこの目で見ました。昨日の事はまこと感謝しております。ですが。帝国兵に虐げられるだけの私たちは、本当に弱いものの集まりなのです。このままではこの集落だけでなく、近い内に砂漠の民そのものが滅んでしまうのです」

「……」

「マガヤン殿はもちろん。ロウ様には是非、今後とも我々にお力を……」

「……」

 

 無言。そんなこと知るかよ、とは光輝は言わない。少なくとも長は弱いものではない。長は狡いものだ。弱いことを盾にできる狡さ。正直光輝はこの手を相手にしたくない。

 

 虫唾が走るとは、今の長を見た光輝個人の感情だ。それでも長は指導者として、彼なりに今日まで集落を導いてきた立派な人物なのかもしれない。

 

 

 しかし。長のやり方ではアギは、

 

 そして。だから昨晩のリュッケは――

 

 

 光輝からの返事はない。無言のプレッシャーに土下座する長は焦り、少しでも望みを繋ごうと言葉を発した。

 

 それがいけなかった。

 

「な、ならばせめて。あなた方の子種を、女たちの誰かに……」

「なんだそれ。面白いな」

「……!」

 

 返事に顔を上げて光輝を見上げ、長は自分の過ちを悟った。

 

 先ほど「嫌悪する」と言ったにも関わらずの発言。これに光輝は『目の色を変え』、長を見下す。

 

「せめて、か。どういうことだ?」

「ああっ! お、お許しを……」

「言えよ」

「ひっ」

 

 眼鏡のレンズ越しに金色の、猛禽のような視線に射抜かれる長。

 

 長は恐る恐る、正直に答えた。集落に新しい血を入れたいと。大和ロウのような強者の血を、と。

 

 彼のような偉丈夫の子が子孫にいれば集落、ひいては砂漠の民は滅びはしないと、長は本気で言った。

 

「馬鹿が」

 

 話を聞いた光輝が吐き捨てた。馬鹿げてると。

 

 そんなわけないのに。人は群れても、獅子のような動物ではないのに。

 

「……」

「お願いします。我々にご慈悲を……」

「……長。アギは俺に言いましたよ。砂漠の民は《帝国》に屈しない。苦楽を共にして、いつだって同胞をおもいあう、誇り高い民族だと。……それがコレか?」

 

 感情を抑える光輝の声が一段下がる。

 

「リュッケをロウに差し出そうとしたお前らがそうだというのか」

「リュッケ? あの子がなにか……」

「何も。あいつはあんたらの言いつけを素直に守ろうとしたさ。集落のこと、同胞たちのことを第一に考えていた。だが。あんたらはあいつが黒髪だからと、砂漠の民ではないと言って彼女を選び送り出した」

 

 その時の……あの子の気持ちを考えたか!

 

 

 あの時。夜這いに来たリュッケにアギのことを訊いても、彼女は表情を変えなかった。

 

 迷いがなかったのだ。それは諦めることと同義で、きっと覚悟していたから。だけど。

 

 

 ――だから、わたしなの

 

 

 バンダナを握り締めてそう言った彼女は、泣いていた。

 

「もう少しマシな理由で選べばよかったものを。誰よりも同胞を想ったあいつを同胞ではないと否定し、あいつを裏切ったのはあんたらだ。――失望させるなよ、砂漠の民」

「違、そんなつもりでは。我々だって、あの子の幸せを思って」

「ふーん」

「!? お、お許しを。どうかお許しを」

「許す? 違うだろ? 許しを乞う相手が」

 

 光輝は気付いていない。激昂するあまり瞳どころか、髪まで『変わっている』ことに。

 

「それとも何だ? あんたらは、許しを乞うほどやましいことをした自覚でもあるのか? だったら……最初からするな!」

 

 怒声に長の身が震え上がる。

 

 長はこの場からすぐに立ち去りたかった。自分を見下す目の前のモノから。だけどできない。落とし穴の中にいて逃げられない。

 

 助けも来ない。落とし穴で長の姿は隠され、光輝が予め集落の四方に全裸を配置したから彼らを救出するのに皆の注意が分散してしまっている。

 

 長にできることは、頭を低くしてやり過ごすだけ。

 

 

「お許し下さい……。そんなに、あの子のことを気にかけていらっしゃるならマガヤン殿。リュッケをあなたに差し上げます。だから……」

「まだそんなことを言うのかよ。……違うか」

 

 長の態度に光輝は思い直した。こうまでしなければ生きていけなかったのだろうと。

 

 彼らを虐げているという、帝国兵を相手に。

 

(ふざけた世界だ)

 

 だからと言って、手を弛める光輝でなかったが。

 

 

 ここで光輝は、長を『説得』する手札を切る。

 

「土下座なんてやめろ。……おい。そこまで言うのならリュッケを貰ってもいい」

「! ではっ」

「だがそれだけじゃ足りない。アギも連れて行く」

「!?」

 

 光輝の言葉に長は愕然として、青褪める。

 

「いけません。それは、それだけは!」

「リュッケはよくてアギは駄目。とんだ贔屓だな。でも当然だよな。この集落の暮らしはあいつの稼ぎでなんとか成り立っている。そうなんだろ?」

 

 長は黙り込んだ。その通りだったから。

 

 

 広大で過酷な環境の砂漠地帯にいて運び屋をするアギは稀少な存在。その稼ぎは決して少なくない。集落全体の収入、約8割を彼が賄っているのが現状。食糧などの物資も、彼が砂漠を渡り買い付けてくれるから手に入れることができるのだ。

 

 光輝だって集落の様子を1日見れば、彼が大人たちに一目置かれ若者のリーダーをしている理由くらいわかる。アギがいなくなれば、集落の暮らしは破綻する。

 

 

「アギは間違いなくあいつ自身が言う、誇り高い砂漠の民なんだろう。誰よりも同胞を思い、家族を思って身を粉にして働いて、仲間を食べさせようと努力している。あんたらの暮らしにケチをつけた俺達に怒ってもみせた」

「……」

「なのにあんたらは何だ? 集落のすべてをアギ1人に背負わせ食い潰す気か? その上であいつのたった1人の家族を、道具に使いやがって」

「わ、私だって! 集落のためを思って」

「黙れよ」

 

 光輝は言い訳を聞く気がない。

 

 ただ彼は『説得』を通すために、言葉で長を打ちのめす。

 

「アギはリュッケがしようとしたことを知らない。リュッケは話せなかった」

「!」

「あいつが昨晩の事を知ったらどう思うか。誰よりも家族思いで、砂漠の民としての誇りを持つあいつは、あんたらのことをどう思う。……失望するかもな」

 

 砂漠の民のことを、集落から出て行きたくなるほど。

 

「集落のためと言いながら、同胞であるはずのアギにしっかり話を通さないから仇になる。あんたらはリュッケだけじゃない、アギも裏切ったんだ」

「そんな!」

「いいか。今からアギにすべてを話す。リュッケを出汁にしたこと、あいつだけが集落の中で知らされていなかったこと、俺がリュッケを止めたことも全部だ」

 

 その上で光輝は、アギに言うつもりだ。

 

「話を聞いたあいつが、もしもあんたらに嫌気が差して、外に出たいというのなら。俺達が喜んで、兄妹まとめて面倒みてやる。今からあいつにそう提案してくる」

「なっ!?」

「きっと2人にとって、ここにいるより良い事だらけだ」

 

 これがトドメ。

 

 長と光輝。すべてを知ったアギはいったい、どちらについていくというのか?

 

 わからない。想像できなかった事態に長の顔は蒼白に。

 

「やめて下さい! そんなことをしたら我々の集落は!」

「何言ってる。長のくせに自信がないのか? 同胞であるアギを信じられないか? それは下手な手を打ち、2人を裏切る真似をしたあんたらの失敗だ」

「……! そんな。そんなこと……」

「あとは勝手に自滅しろ」

 

 集落は見捨てると断言する光輝。

 

 

 砂漠の民の誇りを汚し、同胞を裏切ったなどと言われ過ちを突き付けられた長は愕然とし、崩れ落ちてしまうのだった。

 

 +++

 

 

「……やめて下さい。こんなことになるとは思わなかったのです」

 

 

 長は落とし穴の中から必死になって、光輝に頭を下げている。平伏して許しを請う様子を光輝は無情に見つめている。

 

 改めて光輝は思った。これは老害だと。

 

 今回の件が解決しても長のような人間がいるならば、集落は何も変わらない。同じ事は何度でも起きる。そのことを光輝は悟る。

 

 

 さて。どうしようか。

 

 

「……」

「お願いします。アギに言わないでください。連れて行くことだけはどうか……」

「条件を『3つ』付ける」

「……はい?」

 

 長は唖然として光輝を見上げる。

 

 いつの間にか、彼の瞳と髪は黒に戻っていた。

 

 

 説得開始。光輝は『アギに事情を説明しない』『その上でアギを連れ出さない』を交渉の手札とし、長に要求した。

 

「1つはリュッケへの謝罪だ。彼女はあんたらが思っている以上に自分の容姿のことで気に病んでいる。ただでさえ思春期真っ盛りの女は面倒なんだ。彼女のことを同胞だと思うのなら、よく考えて接してあげてくれ」

「は、はい。リュッケには悪いことをしました」

「……」

 

 半目で睨む。

 

「ほ、本当です。あの子は働き者で気立ての良い娘です。子供らにも好かれ、年頃の若いのにも将来嫁に貰おうと考えていた者がいるくらいです」

「ほう」

 

 それは新情報だな、と光輝。

 

 もしかすると。全裸にした彼らの中にも、リュッケに想いを寄せていたのがいたのかもしれない。長の決定に断腸の思いで彼女を大和に譲り、その時のやるせなさを彼の生意気な腰巾着にぶつけようとしたのかも。そう思うと光輝は可哀想なことをしたと反省。

 

 せめて全裸はやめておけばよかったと。

 

 

「……まあ、いい。2つめは昨晩に企んだことはすべてなかったことにしろ。ロウを誰かと夫婦にするなど、もってのほかだ」

 

 第一相棒はお前らにやらんと、大和の『所有権』を主張する光輝。

 

「アギに知られたくなかったらまず、緘口令でも敷いてあんたらがどうにかしろ。この件はこの先誰も、絶対に口にするな」

「もちろんです」

 

 だからその辺で全裸になってる奴らも俺には関係ない、アレはただの酔っ払いだと光輝が言えば、長は微妙な顔をする。

 

「……なんだよ」

「……いえなにも。ですがそれで『なかったこと』にしてくださるのですね?」

「条件は3つと言ったぞ」

 

 まあ。最初は上の条件2つだけだったのだが。

 

 

「ではマガヤン殿。3つめの条件とは?」

「あんたは長を辞めろ」

 

 光輝が簡潔に言い、長が驚く。

 

 呆然。

 

「……今、なんと」

「引退だよ引退。あんたと、集落をまとめている大人と年寄り。全員だ」

「なっ!?」

 

 光輝は言った。あんたらはもう駄目だと。

 

「今までお疲れ様でした。これからは若い奴に任せて、ゆっくりしましょう」

「ど、どうして?」

「このままだと砂漠の民は滅びるからだ」

「!」

 

 意外な言葉に驚く長。光輝は話を続ける。

 

「自覚しているか? あんたの考え方は古い。あんたらに必要なのは新しい血じゃない。しがらみを捨て自力で未来を作ろうとする気概だ。この広く厳しい砂漠の中にいて、砂と太陽、帝国兵にも負けず前に進もうとする若い力だ」

 

 青いこと言ってるなー。なんて自分で言って思うが顔に出すわけにはいかない。

 

 これが『説得』の仕上げなのだ。

 

「あんたらが……帝国兵に虐げられすぎて奴隷根性の染み付いた老いぼれがこの先集落を導いて何になる? それじゃ何も変わらない。アギをはじめとする若者の可能性を潰しながら生き続けて何になる? 風化するようなゆるやかな滅亡を、現長であるあんたは望むのか? 砂漠の民の存続と繁栄を望むのならば、今やるべきことは改革だ」

「ちょっ、すこし待っていただきたい」

 

 言葉をまくし立てる光輝に長は混乱気味。

 

 ようやく話を理解した所で、「それは無茶だと」長は言った。

 

「いくらなんでもそれは……」

「無理じゃないはずだ。現にアギがこの集落の暮らしを支えているようなもの。指導者として経験不足な点は後見人として、あんたが若者たちを支えればいい」

 

 出しゃばらずに見守る。ご隠居とはそういうものだと光輝。ここまで言われて長は黙り込んだ。改めて集落の、そして砂漠の民の未来を考え、深く思案しているようだ。

 

 『説得』まであと少し。

 

 

「元長」

「引退確定!? マガヤン殿!」

「呼び方なんてどうでも言いでしょう? いきなりの話で戸惑うのはわかります。不安があることも。ですからこうしましょう。あなた方が俺が挙げた3つ条件を飲むならば、俺とロウはしばらくの間集落に逗まり、新しい長の手助けをしましょう」

「……え?」

 

 それはそれは素直に、嫌そうな顔をする長。概ね正しい反応。

 

「なにか?」

「……いえなにも」

 

 長は光輝の口調が、いつの間にか少し丁寧なものに戻っていることさえ突っ込めない。

 

「言っておくとこれは俺の条件を飲んだあと、あなた方が約束を守るかどうかの監視を含めてのことです。約束を違えたと判断すれば、問答無用でアギを拉致します」

「うっ。それだけは」

 

 最終的に脅迫だった。

 

「3つの条件。全部飲んでくれますね? じゃないと今から埋めますよ」

「わっ! わかりました!」

 

 やっぱり脅迫だった。

 

 

 

 

 こうしてすべてが『なかったこと』にされたその日。集落の長は皆を集めて一大発表をおこなった。引退表明である。

 

 集落を未来ある若者達に任せ隠居することを告げる長。その後の話し合いで次の長には、満場一致でアギ少年が選ばれることになった。集落の若きリーダー誕生の瞬間。

 

 本人の知らぬ間(リュッケに抱きつかれ、ドギマギしている間)の事だった。

 

 

 そして光輝は――

 

 +++

 

 

 遡って『説得』直後のこと。

 

 《西の大砂漠》から戻ってきた大和は、集落の騒ぎを見るとまっすぐに光輝を探した。「元凶はコウだ」と大和が素早く断定するのは長年の付き合いに拠る。

 

 

 大和が発見した光輝は、スコップ片手にふんぞり返っている姿。わけがわからない。

 

「……コウ。なにしてるんだよ」

「大和か?」

「ロ、ロウ様……」

「って。長さん?」

 

 すぐ傍の落とし穴の中には、助けを求めるどこかやつれた感じのする長の姿が。

 

 コウがまた何かやったな。そう思いながら、大和は長を穴から引き上げる。

 

「大丈夫ですか? ……コウ。お前いったい何を」

「話はあとだ。村おこしするから手伝え、相棒」

「……は?」

 

 わけがわからない。

 

 いや。大和にはわかることがある。それは光輝がまた悪巧みを企んでいること。しかもこの様子だともう始まっている。

 

 仕方がない相棒だと、大和はため息をひとつ。

 

 

「コウ……」

「なんだよ。人助けだよ人助け。俺は皆の為に生きている」

「冗談は聞いてない。……わかった。とりあえずお前は反省しろ」

 

 そう言って大和は光輝を落とし穴の中へ蹴り入れ、そのあとで埋めた。

 

 教訓。お年寄りは大事にしよう。じゃないと大和が埋めるぞ。

 

 

 ……まあ。集落はしばらく、彼らのせいで騒がしい毎日を送りそうだ。

 

 +++

 

 

 ミコトの救出、優花の誕生日のことなど、いろいろ忘れてる気もするけど。

 

 光輝と大和。2人の異世界冒険はまだまだ続く。

 

 

 

 

 ――『砂漠の梟』後編へ続く――

 

 +++

 

ここまで読んでくださりありがとうございます。

 

《後編予告》

 

 迷うということは、諦めていないことと同義だ。自分だけは、自分の気持ちを裏切るな

 

 覚悟すべきは……罪を背負うこと

 

 

 義妹のことが気になりつつも新たな長となり奔走するアギ。その彼を手伝い集落の改革に取り掛かる光輝と大和。そして。義兄への想いに悩むリュッケ。

 

 彼ら4人の出会いが残したものは何だったのか。大和が拾ってきた幼い少女をきっかけに兄妹の運命が大きく動き出す。

 

 帝国軍の襲撃に集落が戦火に晒された時。光輝は怒りに変貌し、大和は拳を握り駆ける。

 

 そしてアギは――

 

 

 《幻創の楽園外伝・砂漠の梟》

 

 *後編は近日公開予定

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