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幻創の楽園 外伝シリーズ  作者: 士宇一
第3章外伝 sideA
11/13

3A-06b リュッケの『夜』 2

 

 +++

 

 

 4年前。光輝14歳。

 

 彼がものすごくタチの悪い中2病、及び反抗期を大和パンチで脱却してまもないころ。

 

 

「ねーふくろうくん。シンデレラって知ってる?」

 

 訊ねたのは好物のカニカマを肴に、缶チューハイを飲むミコト。自称ハタチ。その隣では彼女に酒の味を覚えさせた光輝の義姉が酔いつぶれ、一升瓶を抱いて眠っている。

 

 ミコトは稀に《桜道場》へと赴き、土産を持ってきては友人の十六夜と一緒にお酒を楽しむことがある。飲み会では、光輝はおつまみ係として付き合わされるのが常だった。

 

 光輝はカリカリに揚げた海苔の天ぷらに塩を振ってスナックとし、ミコトの前に置く。

 

「シンデレラ? ……ああ。ガラスの靴の」

「そうそう! ……って、さっきの角煮といいおもちの揚げだしといい、乙女のわたしにあぶらものばっかり出すのはなんの嫌がらせ?」

「『大昔』の食べ物は合成食品ばかりで貧しかったんだろ? これはもっと太れという俺の厚意だ。遠慮無く食え」

「もう! どうして意地悪するのさ」

「それよりシンデレラだろ。気に入った女を逃すまいと、王子が靴に細工を施すやつ」

「……へ?」

 

 膨れっ面から一転。きょとんとするミコトを他所にシンデレラを語る光輝。

 

「結局逃げられて、脱げた靴を手掛かりにシンデレラを捜す王子。シンデレラの継母の娘は玉の輿に乗ろうと、ガラスの靴に足を合わせてつま先や踵を切り落としたりするんだ」

 

 体の張り方が斬新で馬鹿な女たちだよな、と光輝。詰めが甘いとも。

 

「ストッキングに血を着けて、インチキだってバレるんだから。最期なんて鳩に目潰されてるし」

「……君はなんの話をしてるの?」

 

 グリム童話である。意訳ではあるが。

 

「もーちがうちがう。シンデレラだよ、シンデレラ。不幸な境遇の心優しい女の子。魔法使いが舞踏会に連れていく、女の子の願いを魔法で助けてくれるハッピーストーリー」

「それはデスニィのアニメだ。なんだよ、いったい」

 

 わけがわからない。ミコトは変わらずへらへらしているし。

 

 別にアルコール入らない通常運転でも、彼女は似たようなテンションなのだが。

 

 

「鷹介くんが大学の卒論に忙しくて《ナイト・ファミリア》再集結! といかなかったのは残念だったけどね、今日わたしが来たのはほかでもない。わたしを助けてくれた君たち3人に言いたいことがあったんだ」

「言いたいこと? それで?」

「あのね、よいちゃんとディアナにはもう話したんだけどね。シ…ふくろうくん、君にも聞いて欲しい。わたし、決めたんだよ」

 

 魔法使いになるよ。シンデレラみたいに。

 

 ミコトは心を込めて、誓うようにそう言った。これは彼女が千年もの長い眠りから目覚めてちょうど1年経った日のことだった。

 

 

 光電子精霊の使い手と死霊による、人類の存亡を懸けた戦争の果て。かつての世界は崩壊し、再成して千年と少しが経つ。

 

 だけど。ミコトは今、ここにいる。

 

 

 修司に沙柚、森重と火澄。リュガもアイリーンも。もうあの頃の仲間たちはいないけど、彼女のエレメンタルと天使たちは一縷の望みをかけ、自分が目覚めるのをずっと待っていてくれた。《神殺し》の復活を巡る争いで十六夜や光輝が起こしてくれた奇跡が、彼女にもう1度だけ、生きる力を与えてくれた。

 

 浦島太郎のような境遇にもこの世界の暮らしにも慣れて、1年かけて自分が生きている理由を考えたミコト。再成した世界で出会った人たちとの『再会』を得て、彼女は遂に答えを得ることができた。

 

 これはニューゲームではない。コンティニューだと。

 

 世界崩壊を止められなかったゲームの続き。神を殺しても《世界》は変わらない。この事実を知っているのはおそらく、最後まで戦った彼女だけ。

 

 『彼』も別の世界で戦っていることを教えてもらった。だからミコトは、

 

 

「もう2度とわたしたちの世界を壊させない。みんなを離れ離れにさせない。夜ちゃんや君がわたしを助けてくれたみたいに、今度はわたしも、みんなを助けるよ」

 

 

 その日は、彼女が再び《世界》と戦うと決意を露わにした日だった。

 

 

「……そうかよ。頑張れ」

「うん。それでね、君にも手伝ってほしいんだ、ふくろうくん」

「わかった。断ろう」

「うん! ……うん?」

 

 あれ? 語調としては「がんばろう」みたいな感じだったのだけど。

 

「ええーっ!? ちょっと、1人はいやだよぉ」

「寝言は寝て言え」

 

 無下もなく断られてミコトは絶叫。光輝はしらけている。所詮酔っ払いの戯言だと、間に受けなかった。

 

「ねぇ、一緒にやろうよ。正義の味方!」

「……」

 

 どちらかというと、間に受けたくなかったのだけど。

 

 なぜならこの時点でもう、光輝は取り返しのつかない失敗を何度と繰り返してしまっていたから。怪我で引退してしまった義姉の代わりになろうとして。

 

 

 だから。正義の味方なんて。

 

 

 

 

 ミコトの復帰と光輝の再起。

 

 《ナイト・ファミリア》の完全復活はここより2年後。もう少しあとの話。

 

 +++

 

 

 深夜。リュッケは光輝にどこかへと連れていかれている。リュッケの腕を引っ張る光輝は1度も彼女の方を振り返らず、黙々と暗闇の中をまっすぐ進む。

 

 

「マガヤンさん? いったいどこに……」

「ふざけてるよな」

「えっ?」

「大和に夜這い仕掛ける相手なんてそれこそ星の数ほどいたが、お前みたいな酷い身なりの奴はいなかった」

「……そう、なんだ」

 

 酷いと言われ気落ちするリュッケ。黒髪のコンプレックスからか、彼女は自分の容姿というものに今ひとつ自信がない。

 

「だから少しだけマシにしてやる。着いたぞ」

「? ここって」

 

 天幕に使われる大きな布で間仕切りをされたその場所は、

 

 先日光輝たちが穴掘りして作った、岩盤プールだった。

 

 +++

 

 

 水を張ったプールに炎系魔法を付与したトランプの1枚を中に投擲。カードが発する熱で湯を沸かして露天風呂にする。続いて信号や囮に使う発光するトランプを数枚、照明として湯の上に浮かべた。

 

 それからリュッケの服を脱がせにかかる外道眼鏡。

 

 悲鳴を上げて暴れるリュッケを妙なツボを押して黙らせ、下着どころかバンダナまで奪い取ると、光輝は彼女を湯の中へ放り込み無理矢理風呂に入れた。

 

「痛っ……。散々暴れやがって。口の中切ったじゃないか」

「マガヤンさんヒドイよ!」

「ああ?」

「だだ、だって無理矢理っ、わたしのはだかっ!」

「ガキに興味ない」

 

 酷い男だった。今も女の子の服(生脱ぎ)を手にしているくせに。

 

 リュッケは顔を真っ赤にしている。湯の熱さではなくもちろん羞恥と怒りで。頬を膨らませてぶくぶくと顔まで沈み、肩に届く長さの黒髪が湯船に広がった。

 

 間仕切りの布越しに光輝は訊ねる。それはお祭りの時に聞き損なったことだ。

 

「お前、焼肉の準備のあいだ、1度も風呂入ってなかったんだろ?」

「……えっ? どうして」

「1人だけ薄汚れていたら嫌でも目に付く。どうして入らなかった」

「それは」

 

 1人だけ違う髪の色。比べられたくなくて、同性相手でも見られたくなかったから。

 

 そんなこと、リュッケは口にできない。

 

「それは、わたしが……」

「……そうか。湯加減はどうだ?」

「……うん」

 

 リュッケは素直に頷いた。

 

 砂漠の夜は冷え込む。夏とはいえ気温20℃を下回り、日中との温度差は30℃、酷い時は50℃も違うことがある。放射冷却という現象らしい。

 

 それで。お湯で身体を温めるという行為は、リュッケもはじめての体験だった。

 

 オアシスでの水浴びとは全く違う。裸になってお湯の中に浸かると、つま先や手の指先から熱がじんわり来て、身体中に電気が走るように全身が震えてしまった。しばらく浸かっていると、体の芯からぽかぽかしてきて気持ちがいい。

 

 星あかりの下、有り余るほどのお湯を一人占めしている。なんて贅沢だろう。疲れが湯の中に溶けてしまいそう。夢の中のようだと、リュッケはぼんやり考える。

 

 

 とはいえ。裸に剥かれ、湯の中に放り投げられた恨みが消えるわけないのだが。

 

 

「……うーっ。わたし、泳げないって言ったのに……」

「だから風呂で泳ぐな。あと暗いから見えてない」

「でも」

 

 恨み言は無視。代わりに光輝はぶつぶつと説教をはじめる。

 

「大体なんだお前。夜這いとか言っておきながら服剥かれたくらいで暴れるわ裸見られたくらいで騒ぐわ、汗まみれの砂まみれのまま男の寝床に来るわ」

 

 逆ギレ。

 

「全然なってない。垢抜け(文字通りの意味で)してないお前なんてガキで十分。身だしなみは礼儀だ。夜這い舐めんなよ」

「うっ」

 

 リュッケは反論できなかった。

 

 首筋や髪はベタベタ。砂も混じっている。光輝に言われるがまま手で肌をこすると、びっくりするほど自分が汚れていたことに嫌でも気付かされた。不潔だと自覚してしまうと、乙女としては裸を見られることよりも恥ずかしい。

 

 光輝だけでなく大和、集落のみんなも、アギだって気付いていたのかも知れない。

 

 そう思うと。

 

「ううっ……」

 

 再びお湯とは違う熱さで真っ赤になり、項垂れてしまった。

 

 

 リュッケが黙り込むと辺りは静かになった。光輝も何も喋らない。

 

 聞こえてくるのは布を断つハサミの音くらいで……

 

「……マガヤンさん? 何してるの?」

「服切ってる。お前の」

「ちょっ!?」

 

 思わず湯船から立ち上がるリュッケ。飛び出して間仕切りに手をかける直前で裸であることを思い出し、留まった。

 

「やめてよ! 服がなくなったらわたし、どうしたらいいの!?」

「大声出すな。夜這いしようとした女が何を今更。服を着たままする気だったか?」

「しっ、しらない! 女の子に夜這い夜這い言わないで!」

「安心しろ。ボロすぎるから少し手直しするだけだ」

 

 そう言って砂避けのローブをざくざくと裁断し、光輝は腰のポーチから裁縫セットを取り出す。どう見ても『少し』とは思えない。ワイヤーなんて取り出してるし。

 

 この男、在学する月陽高校では手芸部と機械工学部(*学部ではなく部活)を掛け持ちする名誉顧問(*上級幽霊部員ともいう)である。採寸は『目』で済ませていて、暗闇の中でも針に糸を通すことなど『目』を使えば造作も無い。

 

「30分で仕上げる。終わるまで風呂を楽しんでろ」

「大丈夫、だよね?」

「悪いようにはしない。言っとくがロウの服も俺の自作だぞ」

 

 強化・改造的な意味で。

 

「マガヤンさんって、いろんなこと知っててお裁縫もお料理もできるし、なんだかおかあさんみたい」

「せめて主夫と呼べ。終わったら髪を洗ってやるからな」

「それは嫌!」

 

 おかあさんじゃないし。

 

 結局「ヘアケアなんて知らないだろ。髪にダメージが残る」と主張し、強引にも持参した男物のシャンプーでリュッケの髪を洗ってしまう光輝。リュッケは大和へ夜這いを仕掛けたばっかりに、今夜一晩で乙女の部分に計り知れないダメージを受けてしまう。もうお嫁にいけないかも。

 

 

 髪を洗うことは一応、説得し同意の上でのことであるが、「裸なんて、暗くて見えないからいいだろ」なんて光輝の嘘だ。

 

 夜行性の《梟》が、夜目が効かないなんて。

 

 +++

 

 

 頭皮と髪につく汚れや埃を、まずお湯で軽く洗い流す。シャンプーは毛先で泡立て、髪全体に泡を馴染ませる。汚れが酷く泡の立ち方がよくなかったので1度お湯で洗い流し、これを2度ほど繰り返した。

 

 シャンプーはよく泡立てておくと、洗う際髪に負担がかからない。あとは指の腹で丁寧に、やさしく洗うだけ。

 

 この眼鏡男、女の髪の扱いに関してやけに手馴れていた。

 

 

「……マガヤンさん」

「どうした。かゆい所でもあるか?」

 

 縮こまるように座り込んで光輝に背を向けているリュッケ。腕は胸を隠すようにして交差している。

 

 複雑気持ちいいとは、髪を洗われている彼女の感想。

 

「ううん。そうじゃなくて……どうしてそんなに上手なの?」

 

 すると光輝は嫌そうに答えた。

 

「……昔取った杵柄だと言っておく」

「きねずか?」

「それ以上聞くな」

 

 身だしなみに不精な義姉の髪(腰より下のスーパーロング)を、小学生だった頃の自分が洗っていたなんて言いたくない。光輝のトップシークレットだ。

 

 それこそ二次性徴がはじまるまで風呂は一緒だったなんてことは余計に。十六夜のことを師匠と慕う大和に間違っても知られたら大惨事になる。

 

 リュッケの場合、杵を知らなくて首を傾げているのだが。

 

 

 洗った髪は毛先から流す。それから地肌を丁寧に流してトリートメント。傷んだ髪の手入れを試みる。

 

 最後に湯船に髪が浸からないよう、簡単にまとめ上げて洗髪完了。

 

「よし。こんなものか。体冷えただろ? 俺は外にいるからもう1度温まってこい。最後に髪を乾かすからな」

「うん」

 

 ここまでされると、リュッケも素直に従うようになった。大人しく風呂に入る。光輝もまた黙々と裁縫を再開した。

 

「……マガヤンさん。どうして色々としてくれるの?」

「夜這いするんだろ。手伝ってるだけだが?」

「もう! そんなことしないよ」

「しない、じゃなくてやりたくなかった、の間違いだろ」

「……」

 

 返事はなかった。光輝から話しかける。

 

「長や大人たちに言われたんだったか。失敗したのはお前のせいじゃない。俺達を相手にしたのが不幸、運が悪かったと思え」

「……うん」

「そう。運が悪かったんだ。俺に服を奪われ裸にされた挙句、髪まで洗われてしまったことも。全部お前の運が悪い」

 

 もうそれセクハラじゃないか、生憎突っ込む者は誰もいない。

 

「それ全部マガヤンさんのせいだよぉ……」

「アギには言うなよ」

「言わない! 絶対に言えない!」

「ロウの嫁になれって話も、同じようにあいつに言えなかったんだな」

「……」

 

 うん。リュッケは一言だけ、間仕切りの向こうにいる相手に言葉を返した。

 

 顔を合わせていないおかげだろう。溜め込んでいた言葉が素直に出てくる。

 

「どうしてこうなっちゃったのかな。わたし、みんなとずっと一緒にいたいだけなのに」

「……」

「長様に言われた時にね、集落で決まったことなのに、言うこと聞かなきゃいけなかったのに……嫌だな、って思っちゃった。……マガヤンさん、聞いてる?」

「聞いてる聞いてる」

 

 裁縫に忙しいけど。

 

 

 それにしても、砂漠の民が用いる砂除けのローブ。これは思った以上に良い布が使われている。布自体の素材というよりもその織り方が。伝統工芸というものだろうか。

 

 クリーム色に近い白の布地は薄手の割に丈夫。表面は耐候性のある塗料が塗られてナイロンのようにつるつるしており、砂を簡単に払い除けるようになっている。

 

 防寒性は低いようだが、砂漠の民は夜、このローブの中に不繊布の毛布を着込み、寝袋にして眠るらしい。色々と工夫されている。他にも魔獣避けとして、砂漠の迷彩マントとしても使えるようだ。クリエイターたる光輝としてもローブの評価は高い。

 

 惜しむべきはそのデザインか。おとぎ話の魔法使いじゃあるまいし、フード付きの長衣は動き辛くないだろうか。

 

 

「……ちゃんと聞いてるの?」

「聞いてるって。つまりこういうことだろ? 『わたし、アギ兄を置いてお嫁にいくなんていや!』」

「ぶっ」

 

 噴いた。光輝、妙に女の子のモノマネが上手い。

 

「『ずっと……アギ兄と一緒がいい』」

「きゃーーっ!! ちち、ちが、ちがうよ!」

「そうか?」

「だだ、だって」

 

 今日1番の真っ赤な顔で、リュッケはぼそっと呟く。

 

「…………だって兄妹だし」

「義理のな」

「でも。こんなの、おかしいでしょ?」

「さあ。こっちの法律はよく知らなし、お前の『それ』が本物かどうかなんてわかりはしないが……男にとって義妹はアリらしいぞ。そそるらしい」

「……!」

 

 他人事のように光輝は言いやがった。しかも情報源はゲームやマンガ。

 

 リュッケは光輝に言われた意味を考えて脳内オーバーフロー。湯船に沈んではまたぶくぶくしだした。

 

「うーっ」

「難しいことか? 迷ったんだろ? 『誰に裏切られても、自分だけは、自分の気持ちを裏切るな』」

「う?」

「俺の義姉さんの受け売りだがな。迷うということは諦めていないことと同義だ」

「……よくわかんない」

「自分の気持ちに素直になることは悪いことじゃない。そのくらいに思っとけ。俺としてはあのバンダナのどこがいいかわからんが」

「あ、アギ兄は……やさしいもん」

「……さいですか」

 

 からかうのはここまでにしよう。他人のノロケは聞きたくない。

 

 光輝は言った。

 

「とにかく。俺だってお前らの都合なんかで相棒を取られるのは困る。だからこの件、俺が預かる」

「あずかる?」

「長を『説得』してなかったことにする」

「えっ? ほんと? そんなことできるの?」

「ああ。大体お前、まだ15なんだろ? ガキじゃないか」

 

 結婚だの夫婦だのまだ早い。どうかしてる。だから。

 

「大人になるまでもう少し『お兄ちゃん』に保護してもらえ。『いもうと』の特権だ」

「……。うん!」

 

 その先は知らないけどな、そう言おうとしたがやめた。リュッケがあまりにも嬉しそうに返事をするものだから。

 

 いつもと変わらない明日がやって来ることを望む少女。ささやかな願いだ。ミコトだったら少女の幸せのため、喜んで誰とでも戦うだろう。

 

 

 それでふと、光輝はシンデレラの話を思いだした。

 

 あの《魔女》曰く、『不幸な境遇の心優しい女の子を、魔法使いが助けてくれる』お話らしい。『魔法使いの魔法で、シンデレラは幸せになったんじゃない』とも。

 

 魔法使いはシンデレラにドレスを与え、「舞踏会へ行きたい」という願いを魔法で叶えてあげただけ。王子と踊ったのはシンデレラ自身であって、見初められたことだって魔法で王子が魅了されたわけではない。

 

 舞踏会に来た所で王子と踊れるとは限らなかったのだ。踊れても緊張で失敗してもおかしくなかった。そうならなかったのはシンデレラが頑張ったからだ。物語が成り立たないというのは野暮である。

 

 シンデレラの幸せは自分で掴んだものなのだ。魔法使いはシンデレラにきっかけを与えただけ。それでミコトは、この魔法使いのようになりたいと言っていた。

 

 

「わたしがみんなを守る、みんなを幸せにするなんて絶対できっこない。それは傲慢だ。でもね、助けることくらいなら」

 

 

 人は誰だって抗えない、大きなちからに流されながら生きている。

 

 ある時はどうしようもなくて、諦めるしかできないことがあるかも知れない。

 

 

「でも、そんな時にもう1度だけ」

 

 

 自分の意志で立ち上がれることができたら。手を伸ばすことができたなら。

 

 

「ほんとうは誰だって戦える。抗うことができるんだ。自分のために。わたしはみんなを少しだけ助けて、きっかけを与えたい」

 

 

 運命を変えるために。

 

 簡単に諦めてないでほしい。そう言って光輝を再び《梟》として立ち上がらせた彼女は、

 

 

(……ああ。あれの片割れを回収しなきゃいけなかったな)

 

 

 だけど。彼女にはもう少し待ってもらおうと光輝は思う。アフターケアは必要だ。

 

 どうせミコト=ソルディアナのほうは殺しても死なないし。

 

 これでも光輝は魔女ミコトの下僕、使い魔なのだ。彼女の代わりに『不幸な境遇の心優しい女の子』を助けるのは間違いじゃない。遅刻の良い言い訳にもなる。むしろ助けなかったら怒った彼女必殺の《光速ビンタ》が飛ぶかも知れない。

 

 それに。シンデレラの物語には諸説あり、魔法使いではなく代わりに魔法の木やねずみ、白鳩やホルス神の使い魔である隼がシンデレラを助けていたりするのだ。

 

 ハトやハヤブサも同じ鳥類。だったら《梟》だって、魔法使いの真似事くらいできないことはない。

 

 

「……できた。おい。服が完成したからあがれ。体を拭って下着を着てくるんだ」

「うん」

「髪を乾かしたら試着会だ」

「しちゃく? わわっ!?」

 

 初めて聞く言葉にリュッケは首を傾げていると、光輝から間仕切り越しに自分の下着と、光輝の物らしいタオルが無造作に投げ入れられた。

 

 あれ? 下着がやけに綺麗で、よく乾いているけど。

 

「マガヤンさん! わ、わたしの、したぎ!」

「ドライクリーニングだ。あとドレスとまではいかないが、お前のローブをアレンジしてみた。実際に着て調整する」

「えっ、ええっ?」

「そのあとで作戦に移る。簡単なレクチャー後夜這いの実践演習だ。少し『美少女補正』入れてやるから、それで『振り』でもいいからアギのとこで寝てこい」

「…………へ?」

 

 集落の長を『説得』するのにアリバイとか言い訳とか、そういうものが欲しいと光輝。

 

 何かとんでもないことを言われて、リュッケは絶叫した。

 

 +++

 

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