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幻創の楽園 外伝シリーズ  作者: 士宇一
第3章外伝 sideA
10/13

3A-06a リュッケの『夜』 1

内容的に中途半端ですが、今年度最後の更新となりました。


来年も《幻創の楽園》共々よろしくお願いします。

 

 +++

 

 

 砂漠の民は手を叩き、適当な歌を歌う。中心にいるのは、背まで伸ばした黒髪を尻尾のように1つに束ねた異邦人。アギが連れてきた旅の若者だった。

 

 帝国兵を退けた恩人。逞しさと親しみやすさを兼ね備えた、魅力ある若者。彼は一宿の例として集落の近くに水を掘り起こし、自ら狩ってきた魔獣の肉を皆に振る舞った。

 

 集落の民は宴の準備を通して若者を受け入れ、今では長くいる同胞のようにして、今夜の祭りを楽しんでいる。

 

 外から様子を満足そうに見つめる集落の長は、若者を見て1つの決定を下した。

 

 

「あの方を、是非とも招き入れよう」

 

 

 長の周りにいた大人や老人たちは、長の言葉に深く頷いた。

 

 +++

 

 

 一方。手品に失敗して「ウケないのはこの世界が悪い」と、鉄板相手に愚痴をこぼし出す陰気な眼鏡男。

 

 そんな彼の前に現れ話しかけてきたのは、頭にアギと同じ青いバンダナをした少女だ。

 

 

「マガヤンさん」

「……アギ妹か。丁度いいところに」

「えっ?」

 

 光輝は実に素敵な笑顔を作り、皿を取り出した。

 

「ここにシェフおすすめのサボテンステーキが」

「いらない」

 

 即答。嫌そうに膨れるリュッケ。

 

「それ。アギ兄にも『おいしいから』っていじわるされた」

「酷い兄だな」

 

 その兄に食わせたことは棚上げ。

 

「ところでマガヤンさん。さっき言ってた『まじしゃん』ってなに?」

「見せただろ」

 

 タネと仕掛けしかございません。そう言って光輝が指を鳴らすと、彼の掌からいきなり、トランプが出現した。

 

 山札の上からカードを数枚引き、手札の絵柄を1度彼女に見せシャッフル。次に広げた手札は、すべて同じ絵札だった。

 

「あたかも魔法のように手品を振る舞う芸人のことだ」

「魔法じゃないならゲンソウ術じゃない」

「……パンがないならケーキ、みたいに言うな」

 

 リュッケはさほど驚かない。よくも知らないでこの認識はどうかと思う。

 

 《再成世界》で手品といえば「見破るまでが手品の仕掛け」と言って、魔法に馴れ親しむ悪魔や天使に大ウケなのだ。光輝はせめてこの世界の住人にも魔術と奇術の違いくらいわかってほしかった。

 

 手品の仕掛けこそ技術の極み。人の錯覚と心理を突いたトリックの数々は人が編み出した最高の芸。魔法でないことに価値があるというのに。

 

「……まあ、いい。しばらく見かけなかったが。ちゃんと食べてたか?」

「うん! もうお腹いっぱい。それでね。もう夜も遅いから、眠そうなちいさな子たちを運んで寝かせたところなの」

「そうか」

 

 今は時間にして夜の10時を過ぎたところ。色々と気のつく子だ。

 

 比べて碌に休憩もとらず、3時間延々と鉄板に向き合っている自分はどうだろう? 虚しいことを光輝は考える。

 

「あ。マガヤンさんこそちゃんと食べたの? 1人でお肉焼いてたんでしょ、忙しかったんじゃ」

「焼いてるのが俺だからな。それを良い事に色々摘んでいたさ」

 

 野菜とか焦げた野菜とか。不評だったサボテンとか。

 

 

 ……おい、砂漠の民。質素な生活してたくせに好き嫌いすんなよ。

 

 そんなこと言わないけれど。

 

 

「そっか。よかったぁ。今からでもお手伝いする?」

「別にいい。あと1、2時間もしたらお開きだろうからな」

 

 気遣われるだけで十分だと、光輝は思う。

 

「明日の片付けにでも存分に働いてくれ」

「うん。わかった」

「楽しかったか? 祭りは」

「うん!」

 

 リュッケは満面の笑みを向けた。

 

「マガヤンさんのお料理もおいしかったし、ロウさんがぴょんぴょんぐるぐるーって跳び回ったりするのもすごかったよ。みんなで歌うのもはじめて」

「俺のマジックショーは?」

「よくわかんなかった」

「……」

 

 笑顔で言われるほど酷評なものはない。

 

「だってマガヤンさん、魔法でもゲンソウ術でもないって言うし。説明されてもわたしにはむずかしすぎるよ」

「わたし、じゃなくてお前ら、だよ。……もういい。俺の芸は崇高すぎる」

 

 お前らには大和の大道芸、筋肉芸がお似合いだ。そう思うことにする。

 

 手品。会心の出来だったのに……

 

 

「たのしかったあ。でも、もうすぐ終わりなんだね」

 

 リュッケは今も騒いでいる人の輪を見つめ、今夜を惜しむように言った。

 

「お祭り。ずっと続けばいいのに……」

「意味が無い。祭りなんて年に1度か2度、盛大にやるから楽しめるんだ。贅沢に馴れるとどんな祭りも楽しくないぞ」

「……そうかな?」

「また来年にでもやればいい。今度はお前たちだけの力で」

「私たち?」

「ああ。計画を立てて少しずつ準備をして。やればできるはずだ」

「うん……」

 

 彼女の返事は気のないものだった。そのことに光輝は何も言わない。

 

 今夜の祭りは自分たちというイレギュラーがいての異例。この先彼女たちが、本当の意味で砂漠の民の祭りを開くかどうかは彼女たち、彼ら次第だと思うから。

 

 その代わり光輝は、物憂げなリュッケの横顔を見てあることに気付く。

 

 彼女に確認する前に。

 

「リュッケ。こちらに来なさい」

「長様?」

「行ってこい。またな」

「……うん。それじゃあマガヤンさん」

「ああ」

 

 訊きそびれてしまった。

 

 集落の長に呼ばれたリュッケは、光輝と別れて大人たちの元へ。その代わり今度は長が光輝のところへ行き、声をかけた。

 

 

「お礼を申し上げるのが遅くなりました。このたびロウ様と『従者殿』には、このような催しを開いていただき、感謝いたします」

「……どうも」

 

 長に合わせて光輝もうっそりと頭を下げる。内心「面白い冗談だな」と思いながら。

 

「……あいつは様付けで、俺は手下かよ」

 

 『焼肉の伝道師』と名乗らせ、大和を表に立たせたのは役割分担だから。準備も今も、裏方に徹していた光輝ではあるが、それでも下っ端のように振舞った覚えはない。

 

 他人の目にどう映るかはさておき。

 

「最初に焼肉と言い出したのはロウだ。礼ならあいつに」

「それはもちろん。ところで従者殿」

「……まがやんだ。俺はロウの同行者で従者じゃない」

 

 大和の従者よりはマシだと『まがやん』で妥協した。

 

 光輝の嫌そうな表情に長は、実に馴れた振る舞いで頭を下げ、謝罪する。

 

「失礼。ではマガヤン殿。確か、あなた方は旅人と申されましたが」

「ええ。主の教えに従い、世界中を旅しては肉を食べることの喜びを各地に伝え回っています」

「それは素晴らしい」

 

 ……おい。意味通じてるのか? そう思いながらも、

 

「異教徒たるベジタリアンを改心させること。それが彼の使命です」

 

 平気でしょうもない嘘を重ねる光輝であるが。

 

「では私たちのところに立ち寄ったのは」

「道に迷ったところをアギくんに助けられたことも事実です。しかし、どんな時もロウのやることに変わりはありません」

 

 食べる。殴る。これだけだと碌な男でないな、大和。

 

 埋める。吊るす。流して沈めるの光輝より断然マシだが。

 

 

 ところで。このあたりで人の輪に囲まれている大和が、遠くから光輝と長の様子を伺いはじめていた。

 

 また妙なキャラ付けをされていることを察したのか。ずいぶんと勘が良い。

 

「おーい、コ…まがやん。肉を追加。わさび醤油で」

「食べ方が通だな。あと言い詰まるくらいなら妙な名前付けるな」

 

 そんなことなかった。

 

 仕方ないので光輝は肉を焼き始める。アギに焼いたステーキと同サイズのものを2枚。サボテンでも挟んでステーキサンドにしてやろうかと思う。

 

 しかし大和、装備としてわさびチューブまで常備していたとは……

 

「……あのう、マガヤン殿?」

「聞いてます。話があるのでしょう?」

「え、ええ。実はあなた方に折り入って話が……」

「聞きましょう。今晩で済む話ならば」

「……は?」

「明日の朝には発とうと思います。長居するとご迷惑をおかけするでしょうし」

「そんなこと」

 

 光輝は視線を合わせず、それでいて有無を言わせず長に告げた。

 

 長が僅かに表情を変えたなんて、見もしない。気にもしない。相手が何を考えていようが、光輝には関係ない。

 

 彼はただ、頭を下げる。

 

「お世話になりました。残った肉は朝までに長期保存できるよう加工しておきますので、皆でお召し上がり下さい」

「マガヤン殿?」

「俺の手品、どうでしたか?」

「それは……もちろん素晴らしく、楽しませていただきました」

「ありがとうございます」

 

 顔を上げて長の顔を見ると、光輝は笑った。お互いが愛想笑いを浮かべている。

 

 

 長の笑顔を見ていると、彼のお世辞より、リュッケのように酷評でも素直な感想を言われた方がいいなと、光輝は思った。

 

 +++

 

 

 深夜。松明の明かりが消され、騒ぎ疲れて皆が寝静まった頃。光輝たちの寝床として用意された天幕に1人の少女が近づいた。

 

 リュッケである。彼女は天幕の入り口付近をうろうろしていた。やや緊張した面持ちをして、中に入ろうとして天幕に触れては躊躇って手を引き、それを10分ほど繰り返すとようやく決意を固めて。

 

 

「中に入らないのか?」

「――!?」

 

 

 声をかけられたのは天幕の中からではない。外からだ。リュッケは心臓が止まる思いをしたあと、ぎこちなく、声のした方へ振り返った。

 

 ゲンソウ術で指先に灯した《灯火》のあかりを、そちらへと向ける。

 

「……マガヤンさん。どうして?」

「忙しいんだ。俺は」

 

 燻製作るのに、火加減の調整で、と光輝。

 

 リュッケは暗闇と緊張ですぐには気付かなかったが、天幕の傍には干し煉瓦を積み上げ、砂山を固めてかまくらのようにして作った大きなかまどがある。光輝は徹夜を前提に残った肉の加工をしていたらしい。

 

 塩漬け、油漬けに燻製。特に燻製は1、2時間煙に燻すだけでは保存食に向かない。肉の水分を飛ばし、殺菌効果のある煙を十分に染みこませるには低温で、最低でも数時間から1日燻す必要があるのだ。

 

 それで光輝はリュッケが訊きたかった質問をはぐらかし「どうしてここにいるのか?」に答えなかった。

 

 『お誘い』は丁重にお断りしていた。

 

「ちなみにロウは夜の散歩だ。久々に肉食べて、元気有り余ってるからな」

「……そっか」

「残念だったな。折角2人きりになれるよう『お膳立て』してもらったのに」

「……」

「一応訊こうか。こんな夜更けに何しに来た。夜這いか?」

「……うん」

 

 すんなりと頷かれたのには、流石に光輝も顔を顰めた。

 

 リュッケは話をする。淡々と、自分の事情を。

 

 

「長様たちに言われたの。わたしね、みんなの中から選ばれたんだ」

 

 ロウさんのお嫁さんに。

 

「わたしと夫婦にして、ロウさんを砂漠の民に迎え入れるって」

「そうか」

「それでね。今夜の内に夫婦となるべく契りを結びなさいって言われたの」

「へぇ」

「……マガヤンさん、聞いてる?」

「聞いてる聞いてる」

 

 燻製作るのに忙しいけど。

 

 『ながら作業』は不誠実で不真面目、非効率だと言われているが時間がもったいない。『王蜥蜴』の殻を剥がすときに壊したツルハシなんかも修理しないといけないし、光輝は第一、真面目に聞くつもりがない。

 

「要するにあれだ。部族に新しい血を入れる、そんなところか」

 

 砂漠の民は決して少数民族ではない。西国の砂漠地帯のあちこちに数十人の規模で集落を形成し、点在している。彼らは定期的に移動を繰り返しては他の集落と交流して子を成し、家族を増やすのだ。

 

 中には砂漠を渡る旅人を集落に迎え入れ、取り入れることもあるのだろう。優秀な者ならば尚更。

 

「夫婦だの契りだの言ってるがお前、ガキのくせに自分が何しようとしてるのかわかってるのか?」

「わたしだってもう15なんだから。……知ってるよ。夫婦になった女の1番の仕事って、子どもをつくることなんだよ」

「……。まあ、男にはできない仕事だしな」

「うん。だからね、わたし、1人でロウさんのところに来たんだ。ロウさんにお願いして、わたしと夫婦になってもらって、集落に残ってもらうの」

「ふーん」

 

 一方的な希望。都合がいい話だな、と光輝は言わない。

 

「ロウさんが残ったらマガヤンさんもいてくれるでしょ? そしたら、またみんなで今日みたいな楽しいこと、いっぱいできると思うから」

 

 人に頼らず祭りくらい自分達でやってみろよ、なんて光輝は言わない。

 

「でもロウさん。留守だったけど……」

「……」

 

 失敗したことを残念だと思ったか、それとも安心したのか光輝にはわからない。光輝がわかっているのは、リュッケがあの時、長たちに言われただろうこと。

 

 端的に言えば「集落の繁栄のため、大和へ差し出す貢物になれ」と。それをこの少女は受け入れたのだと。

 

 それが自分の意志だというのなら、所詮他所の事情だ。光輝は今のところ邪魔はしてもリュッケに返す言葉はない。

 

 ……いや、大和にはリュッケとはいえ女を寄越して、自分には刺客のように男たちをけしかけられたことに不満はあるが。

 

 

 訊きたいことが2つある。

 

「今お前がしていること、アギは知っているのか?」

「……。ううん」

 

 兄には自分から説明すると、リュッケは長に頼んだらしい。

 

 彼女の表情は変わらない。

 

「集落で知らないのはあいつだけなのか? 若い奴らのリーダーがハブにされるなんて、それこそ問題だな」

「……」

「じゃあ。どうしてお前なんだ?」

「……えっ?」

「どうしてお前みたいなガキが、ロウの嫁とやらに選ばれた」

「それはっ」

 

 言葉に詰まる。リュッケははじめて表情を歪ませた。決意を揺さぶられたのだ。

 

 光輝の言葉に彼女は思い出す。何故自分なのか。

 

「わたし」

 

 リュッケは俯いて、声を震わせた。手が自然と頭を覆うバンダナに触れる。

 

 この青いバンダナは、兄となった彼が家族の証としてくれたお揃いのもの。

 

 だけど。

 

 

 ――わたし、東国の血が混じってるからみんなと容姿が違うの

 

 

「わたし……わたしだけが、ロウさんたちと同じ、黒髪……」

 

 

 ――我らと違うその黒髪はきっと、彼も気に入ってくれる

 

 

 長をはじめとする大人たちが彼女にそう言ったのだ。

 

 お前の容姿は、《帝国》が卑下する『砂喰い』のそれではないと。

 

 お前は、砂漠の民ではないからと。

 

 

 集落の為、アギを含めた仲間の、家族の為だというのなら。長たちの決定にリュッケは喜んで従える。帝国兵に連れ去られる女もいることを考えると、大和を夫に迎えることは幸せなことだというのも理解できる。

 

 だけどこの日。彼女は皆と違うと、今日まで苦楽を共にした同胞たちに、はっきりと告げられてしまった。

 

 

「だから、わたしなの」

「そうか」

 

 光輝は俯いたまま答える彼女に、素っ気ない返事を返すだけだった。

 

 

 さて。どうしようか。

 

 

「とりあえずあれだな。お前はなっちゃいない」

「……。へ?」

「付いて来い。ロウも大砂漠から帰ってこないし、俺が色々と教えてやる」

「大砂漠!? わわっ、マガヤンさん? 教えるってなにを」

 

 暗闇の中いきなり手を引かれ、戸惑うリュッケが訊ねてみると。

 

 

 夜這いの作法だと、光輝は言った。

 

 +++

 

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