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幻創の楽園 外伝シリーズ  作者: 士宇一
第3章外伝 sideA
1/13

3A-00a プロローグ-彼等の『日常』

というわけで『幻創の楽園』外伝の第1弾です。砂漠の王国編の過去編となります。

 

光輝と大和。2人の話をどうぞ。

 

 +++

 

 

「で。ここはどこだ」

「……」

 

 見渡す限り砂砂砂。

 

 ここは砂漠のど真ん中。小高い砂丘の上にいて途方に暮れるのは2人の少年。

 

 どうしてこんなところへ放り出されたのか。思い出したくもない。

 

「コウ?」

「……あの魔女め。覚えてろよ」

 

 『使い魔』使いが荒い。彼の雇い主に向かって呟く光輝は『力』の使い過ぎでぶっ倒れた。

 

 

 見上げる太陽はどこにいても高いところから見下ろしている。光輝は眩しくて不快だと感じた。

 

 あの周囲に振りまく底抜けに明るい笑顔が多くの植物を育み、たくさんの洗濯物を乾かしてどれほどの恩恵を与えようが、その反面その容赦なさに干ばつをを起こすわ、紫外線で肌を灼いて染みとそばかすを作るわと、どれだけ有害なのかを思い知らせてやりたくなる。

 

 恒星1つを相手に喧嘩を売るという馬鹿な話だ。だけど。

 

 彼は思う。

 

 太陽だろうが人だろうが、無償の恩恵などありえない。ただ与えられたものが『幸せだけ』をもたらすなんて限らない。

 

 与えられるだけの世界なんて存在しない。何かを得れば何かを失う。しかもそれは、失くしてしまうものが自分のものとは限らない。

 

 気付くことさえないかもしれない。

 

 だから人は――

 

 

 と。妙なことを考えても仕方ないのだが。

 

 

「……暑い」

 

 外の暑さと内側から湧く気怠さにしばらく頭が回らない。

 

 心配する大和を他所に、光輝はぼそりと呟いた。

 

 +++

 

 

 梟。

 

 それは世界が再成される以前の、《精霊紀》の時代の神話から語り継がれる知恵と技術、招福と富の象徴。女神の従者、森の賢者などと神獣として崇められたモノである。

 

 また。この鳥は悪魔払い、不吉、死の象徴とされることもあって、《魔法使い》や《魔女》の使い魔というイメージもある。これらの伝説は作り直された世界においても変わることがない。

 

 

 もしかすると。

 

 この2面性の謂れがあるからこそ彼は自らを《梟》と名乗っているのかもしれない。

 

 

 天使と悪魔を救い、救われた少年。

 

 祝福され、呪われてしまった少年。

 

 夜を識る者。闇を狩るモノの彼は。

 

 

 

 

 高校生活最後の夏休み。日常とも非日常とも切り離された別の世界にて。

 

 彼とその相棒の、はじめての異世界旅行は前途多難。遭難からはじまった。

 

 

 +++

幻創の楽園

第3章外伝『砂漠の梟』

 +++

 

 

 世界が再成されてから千と十年の月日が経つ。それはいいとして。

 

 7月終旬。彼らの通う月陽高校も終業式を明日に迎え、夏休みが迫ってきた。

 

 

 夏休み。大学受験を控える3年生となると夏期講習やら模擬試験などの受験対策に追われ、何かと忙しいと思う。しかし。忘れてはいけないのは、この夏休みが高校生として最後の夏休みになるということだ。

 

 最後なのだ。受験勉強だけで使い潰してしまうのはもったいないと思う学生は少なくないはず。この時期になると月陽の生徒達は受験と遊びを両立すべく、綿密なスケジュールを組み立てることになる。うまく自由時間を捻出するためだ。

 

 この学習計画表1ヶ月分の提出は学校から与えられる夏休み前の課題でもある。その実施状況の記録が生徒にとって夏休みの課題となるのだ。自己管理と時間管理を養う一環らしい。

 

 

 そして。ここ3年2組の教室に1人、1日中授業を無視して一心不乱にノートに何か書いている男子生徒がいた。

 

 一見普通の、しかしどこか陰気のある眼鏡をかけた青年。18という年齢の割に良くも悪くも少年らしくない。

 

 まったく目立ちそうもなくて地味というかじめったいというか。

 

 

「コウ。今日1日なにしてたんだ?」

 

 放課後にその男子生徒、真鐘光輝まがね・こうきに声をかけるのは古葉大和こば・やまとだ。こちらの青年は人として光輝とは真逆の性質を持ち、なんといっても規格外の一言に尽きる。

 

 長髪を首筋で縛った尻尾頭。身長190センチを超える巨体を鍛え上げられた強靭な筋肉が鎧のように覆っている。

 

 腕、腿、肩、胸。どのバーツも人より2回り近く太いものの、体全体でみれば均整がとれている。男でさえ見惚れるほどの奇跡のようなスタイル。加えて顔が良い。『さわやか格闘家』とは誰が言ったか。表情も豊かで威圧感のある体格を良い意味で打ち消している。

 

 中性的でキレイな王子様系とは違う男らしさが好評。学内のトラブルもその身体能力を駆使して解決、活躍する大和は、ワイルド系のヒーローとして1、2を争う人気がある。

 

 

「でも巨漢で美形、ってオネエ系や腐女子の方にウケがいいよな?」

「何の話だ?」

 

 地の文の話だ。とは言わない光輝。大和の立つ方へ顔を向ける。

 

「気にするな。じめったい俺とは違って大和君はかっこいいって話だ」

「なんだよそれ。あと何書いてたんだ? 夏休みの学習予定表なら俺の分も書いてくれ」

 

 大和は4、5枚のプリントを光輝に差し出した。これに1日24時間の計画に加え週間、月間の目標と予定を書かねばならないのだ。

 

 内容は「9時から10時半まで数学徹底」「この日はゼミ」「睡眠。6時に起床(予定)」といった円グラフのスケジュールを書く簡単なものではあるが、教師による添削を受けなければならないのであまりふざけたことが書けない。

 

「これ面倒なんだよ」

「自分で書け。こんなの1日分を数パターン書いてコピペするだけだろ」

「その1日を大師匠が見て駄目だと言われた」

「は? 陽香さ……倉野先生が?」

「これだ」

 

 その大和の書いた1日の学習予定表をみてみる。

 

「……起床4時。ランニング、山3周。6時。師匠(光輝の義姉)と組手、今年の夏こそ1本取る。6時半。コウを起こして飯を作ってもらう。献立は……っておい」

 

 何故か大和の予定表には、ごはん係として光輝の予定と朝食の希望が書き込まれている。

 

 昼も夜も。

 

「もういい」

「駄目か?」

「馬鹿だろ。給食の献立表か」

 

 大体この戦闘馬鹿に受験勉強など縁のない話だろと思いながら、光輝は嫌そうな顔をする。

 

「わかった。それなら外に出てその辺の女子に話かけて相談してみろ。お前の予定くらい勝手に埋めてくれる」

「お前こそ馬鹿言うなよ」

 

 今度は大和が心底嫌そうな顔をした。

 

 周囲の気配を探ると、教室の外からこちらの様子を伺っている女子生徒がちらほら。この殆どが大和目当てだったりする。

 

 今学校には女子の人気を2分する彼と隣のクラスに留学生の《天使の王子様》がいる。他にも《悪魔のお姫様》がいて、3年のフロアは例年と比べ賑わっている。

 

 学校のヒーローに絶世の美男子美少女。彼等のファンという子が下級生も含めてよく来るのだ。あわよくば声を掛けようとして。

 

 ちなみにその3人と一緒にいることが多い光輝といえば、例えば今なんて「あの人誰?」「真鐘くん邪魔」、「大和くん置いて帰ってくれないかな」などと周囲の子に思われていたりする。

 

 大和はうんざり。「デートなんて窮屈だ」なんて思う彼は、間違いなく勝ち組である。

 

「埋められてたまるか。勉強の、学校に提出するやつだぞ。間違ってもデートのスケジュール表を作るんじゃない」

「そこは勉強会でも開けばいいだろ。毎日毎日『ドキッ、女子高生だらけの勉強会! 大和くんもくるよ(はーと)』みたいな。……もういい。死ねよ」

 

 別に羨ましくもなかったが、世の男子生徒の儚なさを思い大和に死刑宣告。

 

 指で銃の形を作って……BANG!

 

「殺すな。どうしたんだ。またなんか作るのに煮詰まっているのか?」

 

 もう長い付き合いだ。なんとなく大和が訊ねると、光輝は「まあな」と答えてノートに向き合った。

 

 

 光輝は器用というか物作りに関してやけに多才だ。趣味の範疇を超えている。

 

 彼が作るものはがらくたを材料にしたくだらない玩具もあれば、貴金属に加工と細工を施した売り物になるアクセサリーと、作るジャンルは多種多様。大和や自ら破壊した学校の校舎も修繕することができる。プログラムも自作して機械はソフトとハード両方に強い。

 

 果ては料理に編み物まで。人は見かけによらない。

 

 

「今度は何を作るんだよ? 3分で炊ける炊飯器とか」

「今の3倍速で炊けるやつ(真鐘カスタムの大和専用機。赤い)で我慢しろ。あれだ。もうすぐ8月なんだよ。8月1日」

「ああ」

 

 大和は納得して頷く。

 

「金曜日だから肉が全品3割引だな。任せろ。戦場タイムセールへは俺が往く」

「なんで10日以上先の買い出しの心配をしてるんだよ。今から隣のクラス行ってこい。行って優花にそれ言って蹴られてこい」

「……冗談だ」

 

 胡乱な目を向ける光輝。大和は目を逸らす。

 

 外面が良くても中身は所詮大和は飢えたはらぺこ狼だ。光輝はそれをよく知っている。

 

 ここで言う優花とは2人の幼馴染にあたる少女、御剣優花みつるぎ・ゆうかのことを指す。大和は彼女の名前を聞いて、ようやく光輝が何を作ろうとしているのか悟った。

 

 8月1日は優花の誕生日なのだ。光輝は毎年彼女に自作のプレゼントを渡している。

 

 別に2人が恋人同士というわけでなくある理由で。

 

「いつものアレ(プレゼント)だろ。それで何を悩んでる?」

「デザインが決まらない。何を作ってもありきたりな気がする」

「確かユウのアレって身に付けるものなら何でもいいんだよな? いつも通りアクセサリーじゃ駄目なのか?」

「その『いつも通り』が問題なんだよ」

 

 見れば光輝のノートには花や星、デフォルメされた動物などの絵らしきもの。あとは髪留めにペンダント、リング、ブレスレットとアクセサリーのデザインがたくさん書き殴られている。

 

「すごいな。これ全部か」

「ネットで適当に通販でも調べてみろ。アクセサリーなんて馬鹿みたいにあるぞ。あと今年は昼も夜も色々あって製作時間が全く足りないんだ」

「それで学校で書いていたのか。じゃあ、その通販のやつを参考にすれば」

「お前にクリエイターの誇りはないのか!」

「あるわけないだろ」

「だよな」

 

 光輝は大和相手に憤るのはお門違いだと言ってから気付いた。

 

 落ち着こう。ステイ・クールだ。

 

 大和など「肉だ飯だ」と食べることにしか脳のない獣。人間様の悩みは理解できまい。

 

「また妙なこと考えてるな」

「勘繰るなよ。参考に聞くが大和君。女の子にプレゼントして喜ばれそうなものはなんだい?」

「あ?」

 

 急に馴れ馴れしく嫌らしい態度をみせる光輝。

 

「ほら。なんかアイデア出せよ。何をやってもデカくて顔がいいだけで許される、めちゃモテ大明神の木葉大和先生よぉ」

「その言い回しはなんだ。……さあ。貰うことはあっても女にプレゼントを贈ったことがない」

「ちっ。この世界は間違っている」

 

 僻みの対象が世界規模になった。

 

 と。ここで何かが引っ掛かった。

 

 光輝は過去の記憶を探りとんでもないことに気付く。

 

「そういえばお前、優花の誕生日にプレゼントしたことあったか?」

「ないな。優真の時もない」

「同じ幼馴染のくせに……理不尽だ」

 

 なんで俺だけ毎年頭を抱えなきゃならん、と光輝。それはお前の勝手だろ、と大和。

 

「大体俺から女子にお礼をしたりするのは揉め事になる、って前に言ったのはコウだぞ」

「それはそれだ。お前の方が怪我やら『おやつ』やら昔から御剣家に散々世話になってるだろ。思い出せ。《竜殺し》の刀の件でお前の斬り飛んだ腕をくっつけたのは誰だ」

「ユウだな」

「フェンリルに肩を食い千切られた時は」

「環さん」

「お前のおやつ係は! ひもじい思いをした時に煮干を恵んでくれるのは誰だ!」

「優真。……タマ公。(本名タマツー。御剣家の猫)」

「ほら」

 

 勝ち誇る光輝。なにが「ほら」なのか、大和は釈然としない。

 

 確かに御剣家に迷惑をかけることが多いのは大和である。しかし。彼を含むその他大勢に迷惑をかけているのは光輝の方なのだ。

 

「よし。今年はお前も優花に何か贈れ」

「俺が? 何を?」

「考えろよ。それで精一杯悩め。悩み抜いた挙句優花に仕様もないもの贈って、己の不甲斐なさを悔やむんだ。そのあとで毎年この苦行を成し遂げる俺を尊敬しろ」

「馬鹿だろ」

 

 一人笑う光輝を大和は一蹴した。

 

 きっと疲れてるんだな。可哀想な人を見る目で光輝を見る。

 

「……なんだよ」

「コウ。今日はまっすぐ帰ろう。晩飯は惣菜で我慢してやるから、1度ちゃんと寝ろ」

「居候が。お前こそ何様だよ。帰って寝たいのは山々だが今日は用事がある」

 

 光輝はノートを鞄にしまい席を立った。大和はそれに続く。

 

「……《ガード》の仕事か?」

「一応俺達は受験生を理由に休業してるだろ。行くのは大学の方」

「大学? ああ。ミコトさんに用なのか」

 

 いくつもの顔を持つ年齢不詳の考古学教授。彼女にとって光輝は恩人でありお得意様である。

 

 光輝は彼女がどこからと仕入れてくるのかわからない、オーパーツやがらくたを『見切り品』といって安く買い取っていたりする。

 

「レアメタルでもあの人の伝手で仕入れると相当安くなるんだよ。頼んでいたものがあるから受け取りに行ってくる」

「もしかして。それも誕生日絡みなのか?」

「まあな。デザインもなにも、物がなければ何も作れない」

「ユウのためによくやるよ」

「自分でもそう思う」

 

 お互いに違う意味合いをもって苦笑する。特に大和は「いい加減付き合えよ、お前」といったところだろう。

 

 優花のことに関しては義理とか責任とか、そういうものじゃないのだろうと彼は言いたい。だけど。光輝の『事情』を少しは知る大和には強く言うことができない。

 

 

(お前は、いつになったら解放されるんだろうな)

 

 

 鍵となる『王子様とお姫様』は、彼の前に現れたというのに。

 

 

「どうした?」

「……いや。俺まで行く必要はないな。ミコトさんによろしく言っといてくれ」

「ああ。晩飯の支度頃には戻る」

 

 光輝と大和は並んで教室を出た。それを遠巻きに見送るのは女子生徒たち。

 

「また一緒に帰ってる。……ねえ。あの2人がデキてるって本当?」

「まさか。でも家も一緒らしいし……まさかね」

「ねえ」

 

「「……」」

 

 何が「まさか」で「ねえ」なのだろう。

 

 すれ違う女子生徒たちの内緒話は深く考えてはいけない。この手の噂話は2年経っても消えることがなかった。

 

「……おい。少し離れて歩け。10メートルくらい」

「駄目だ。1人になったら女子に囲まれる。どうしたらいいか困るんだ」

「俺を女避けに使うな」

 

 

 こうして彼等の『日常』は変わらず過ぎてゆく。『非日常』なんてそうそうやってくるものではないのだ。

 

 と思ったが。

 

「メール? ……はあ!?」

 

 差出人はミコト。光輝に送られたメールの内容はこうだ。

 

 

 

 

“ごめんふくろうくん。

 

 例のブツ手に入れる前に捕まっちゃった。

 

 たすけてくれるとうれしいな。(てへっ)”

 

 

 

 

「コウ?」

「……ふざけるなよ」

 

 

 終業式は明日。優花の誕生日まで10日足らず。

 

 プレゼントのデザインもその材料も揃わないまま、光輝は夏休みに突入することになる。

 

 +++

 

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