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エピローグ

 走太と二人でどこかへ遊びに行きたい、というのが、麗央奈の要望であった。

「せっかく仲直り出来たわけでしょ? だから、幼馴染み同士、親交を深める為にも、走太とどこか一緒に遊びに行きたいなぁって、思うんだけど……」

 もともと走太から、自分に何か出来ることはないかと言い出したのであり、加えて麗央奈のような可愛い女の子と出掛けるのが嫌であるはずもなく、その週の日曜日に、御門市へと遊びに行くことになった。

 目的地は、ノーフェイスが繭を作っていたショッピングセンター。その中には映画館もあって、ちょうど話題の映画をやっていたので、それを一緒に観た後に、ショッピングセンターの中をぶらぶら出来たらいいな、と思ったのだ。

 本当はもっと、女の子と二人で出掛けるのに適した場所があるのかもしれないが、書店の雑誌コーナーに足を運び、『デートスポット』を調べている内に、自分が麗央奈と出掛けることを、『デート』と強く意識していることに気付く。

(いやいやいやいや、俺はあくまで、幼馴染みの麗央奈と遊びに行くのであって、決してデートに行くというわけでは……! しかし、男女が二人で出掛けるってだけで、それはもうデートなのか……? いや、でも──)

 悩み続けた結果、頭がパンクしそうになったので、これはデートではない、と思うことにする。

 というか、そもそも走太は生まれてこの方、女の子と二人で遊びに出掛けたことなど、一度も無いのだ。

 変に格好付けて、雑誌に乗ってるようなデートスポットに出掛けたところで、ボロが出て失敗するのがオチだ。

 だったら、男友達と行くような、肩の力を抜いて楽しめる場所の方がいい。幸い、麗央奈も走太の提案に頷いてくれた。

 そんなわけで、六月五日、日曜日。走太は朝七時には起きて、出掛ける準備を始めていた。

 朝食を食べて、いつもは大して意識をしない身だしなみを整え、朝の九時前には玄関でスニーカーを履き、靴紐を結ぶ。

「おうおう、気合いが入ってるじゃねぇか、クソガキ」

 年甲斐も無く露出度の高いタンクトップと短パン姿の母が、見送りに来る。

「まぁ、一応、女の子と出掛けるわけだし。身嗜みくらいは整えないと、相手に失礼っていうか……」

「ヘタレのテメェにしては、いい心掛けだ。後は、デートの中で、どうやって上手く麗央奈ちゃんを口説き落とすかだな!」

「いや、口説かねぇよ! 別にデートに行くわけじゃないし!」

「馬鹿野郎! そんな気概でどうする! 麗央奈ちゃんを我が家の嫁に迎える計画は、もう既に始まっているんだぞ!」

「何その計画!? 俺、全く聞いてないんだけど!?」

 始まっているかどうか以前に、計画の存在すらも初耳だった。

「四の五の言ってないで、お前は麗央奈ちゃんに告白すりゃあいいんだよ! そんなんだから、お前はヘタレだってんだ!」

「いや、それ以前に、麗央奈はあくまで俺の幼馴染みなのであって、告白するとかしないとか、そういうんじゃ……」

「あのなぁ」

 首に腕を回され、グイッと引き寄せられる。

 ひそひそ話をするように、耳元で言われた。

「幼馴染みなんて適当な言葉で濁してると、その内誰かに取られちまうぞ?」

「うぐ……! れ、麗央奈は!」

 走太は母の腕を払い退ける。

 バッグを持って立ち上がり、玄関のドアノブに手を掛ける。

 振り返って、言った。

「俺の幼馴染みなんだよ!」

 外に飛び出し、バタン! と勢い良く扉を閉める。

 家の中から「麗央奈ちゃんに変なことしなかったら承知しねぇからな~!」という母の声が聞こえて来る。普通は逆だろ、どういう母親だよ、と思わざるを得ない。間違っても麗央奈の両親には聞かせられない台詞である。

 とにかく、走太は肩にバッグを掛けてから、駅に向けて一人歩き出した。

 麗央奈を待たないのは、彼女との待ち合わせ場所が、御門駅前だからである。

 家が隣同士なのにも関わらず、何故そうなったのかというと、これまた麗央奈の要望によるものだった。

「出来たら、御門駅前での待ち合わせにしたいんだけど……駄目かな?」

「え? どうしてだ? 家が隣なんだから、普通に一緒に出掛ければいいんじゃ……」

「そ、それはそうなんだけど、せっかく二人で遊びに行くわけだし、何というか、その……待ち合わせにした方が……っぽいって言うか……」

「ん? ごめん、よく聞き取れなかった。待ち合わせにした方が何っぽいって?」

 すると、彼女は慌てて、首を横に振り、

「い、いや、何でもない! とにかくちょっと、女の子の事情っていうか! 出来るなら、駅前集合にして貰えると、凄く有り難いんだけど……」

「まぁ、麗央奈がそうしたいって言うのなら、別に俺はそれで構わないよ」

「う、うん! じゃあ、日曜日の午前十時に、御門駅前で待ち合わせね!」

 何故か妙に嬉しそうな顔で言う麗央奈だった。

 走太は十分程歩いて、地元の駅に行き、電車に乗って御門駅へと向かう。

 御門駅構内に着くと、日曜日とあって、御門学園の制服姿は全く見えなかった。日曜日に御門市に来るのは稀なので、何だか新鮮な気分だ。

 携帯を開いて時刻を確認すると、待ち合わせの午前十時には、まだいささかの余裕があった。

「そういえば……」

 ふと気付いたのだが、麗央奈の住所は走太の家の隣であり、そこから御門駅に向かうには、走太と同じように、地元の駅から電車を利用すると考えるのが普通だ。

 しかしそれでは、午前十時くらいを目指して家を出て、御門駅へと向かった場合、途中で走太とブッキングする可能性が高くなる。

 ということは、だ。

(もしかして、麗央奈の奴、もう待ち合わせ場所に来てるんじゃないか……?)

 走太は早足で、待ち合わせ場所である南口の駅前広場へと向かった。

 広場の中を歩き、目立つであろう、赤色の髪を探す。

 果たして、麗央奈は既に、駅前広場の片隅で待っていた。そして、予想通り、注目を集めていた。

 通り掛かる男性は勿論、女性も、カップルでさえ、彼女へと視線を向けている。おかげで、メールも電話もする必要無く、見つけることが出来た。

 珍しい上に、宝石のルビーのように綺麗な赤色の髪をしているので、通行人の人達が振り向いてしまうのは、当然のことだろう。

 走太は彼女の所へと歩いて行く。

 彼女の名前を呼ぼうとして、

「れ……」

 走太は絶句し、途中で立ち止まってしまった。近付いてみて、彼女がどのような恰好をしているのかを、改めて知ったからだった。

 麗央奈は、白いワンピースを着ていた。袖とスカートにフリルが付いており、スカートは短めで、そこから伸びた白く長い脚が眩しい。胸の下の所にピンクのリボンが付いており、そこで胴回りをきゅっと締めていて、彼女の胸の大きさが強調され、スタイルの良さが際立っている。履いている茶色の靴は、自身が長身であることを意識してか、靴底の低いものをセレクトしている。手には白のミニバッグ。

 加えて、いつもはポニーテールにしている髪を、今日は下ろしていた。麗央奈は特に癖っ毛のいうわけでは無いので、髪を下ろすと、腰まで伸びたストレートロングヘアーになる。前髪の左側を白い花のヘアピンで留めており、赤色の髪と、純白のワンピースとヘアピンのコントラストが、非常に美しい。

 走太個人の明け透けな感想を言うならば、今日の麗央奈は、滅茶苦茶可愛かった。雑誌のモデルなんて目じゃない。自分がアイドルのスカウトマンだったら、間違いなく声を掛ける。それくらいの可愛さだった。

 そりゃあ、通行人の注目も集めるはずである。

(参ったな……)

 走太は足を止めたまま、動けなくなってしまった。

 別に麗央奈との間にはもう、何の溝も、わだかまりも無いのだから、気軽に「おはよう」と挨拶すればいいだけの話なのだが、何故だか凄く緊張してしまう。

 気温が高いわけではないのに、握った手の平が汗ばむ。

 麗央奈はまだ、走太の存在に気が付いていない。

 そうやって、躊躇している内に、

「ねぇねぇ、そこの彼女」

 走太よりも先に、彼女に声を掛ける輩が現れた。

「ひょっとして一人? もし良かったら、これから俺達と一緒に遊ばない?」

 人数は三人で、いずれも髪を真っ金々に染め、服をだらしなく着こなし、耳やら口やら鼻やらにピアスを付けた、お世辞にも柄が良いとは言えない男達であった。

 麗央奈は首を横に振る。

「いえ、申し訳ないですけど、待ち合わせをしてる人が居るので」

「えー、そうなのー? 誰それ、ひょっとして彼氏?」

 見るからにあしらう気満々の麗央奈は、笑顔を浮かべる。

「はい、そうなんです。彼氏を──」

 が、そこで何故か、彼女は言葉を詰まらせる。

 笑顔を曇らせ、俯き、言う。

「……いえ、幼馴染みを待ってるんです」

「はあ? 幼馴染みぃ? 何だよそれ、あはははははは!」

 金髪の男達は笑う。

 それから麗央奈に詰め寄り、

「幼馴染みだったら、いいじゃん別に。放って置いて、後でメールでも何でもすればさ。今日一日、俺らと遊ぼうぜ! な?」

「お断りします」

「俺達さぁ、君を一目見た時、凄ぇ可愛いって思っちゃったんだよね。だから、彼氏がいないってんなら、そう簡単には諦め切れないっていうかさ」

 話し続けていた金髪の男が、いきなり麗央奈の腕を掴んだ。

 彼女は険しい表情になって、すぐにそれを振り解く。

「何をするんですか! 触らないで下さい!」

「おおっ、びっくりした。清楚系かと思ってたら、以外と気が強いんだね。まぁ、俺は、そういう子嫌いじゃないけど」

 周りの二人と合わせて、下卑た笑い声を漏らす金髪。

 身の危険を感じてか、黙ってその場を離れようとする麗央奈。

 が、金髪は彼女の肩を掴んで、それを制する。

「なんだよ彼女ー。別に逃げなくたっていいじゃん?」

「離して下さい!」

 麗央奈が大きな声を上げる。

 その瞬間。

「麗央奈っ!」

 走太は、彼女の名前を呼んでいた。

「あ?」

「走太……!」

 金髪の男達三人と、麗央奈が、それぞれ走太の方を向く。

 走太は足を、前へと踏み出す。歩いて行って、麗央奈の肩を掴んでいる金髪の前に立った。

「彼女から手を離して貰えますか?」

 金髪は眉根に皺を寄せ、麗央奈を離すと、走太に顔を近付け、至近距離から睨み付けて来る。

「誰だお前? ひょっとして、この子が言ってた幼馴染みって奴か?」

 彼は、ふんと鼻を鳴らし、

「悪いんだけどさ、俺達今、彼女と大事な話してんだよね。幼馴染みだか何だか知らないけど、引っ込んでてくれる?」

「違います」

「は?」

「俺は──」

 走太は目を逸らさず、金髪と視線をぶつけたまま、言った。

「その子の彼氏です」

「彼氏だぁ?」

「はい」

「嘘吐いてんじゃねぇぞ、テメェ」

「彼氏ですっっっ!」

 出せる限りの大声で、叫んだ。

 金髪が驚いたように、近付けていた顔を離す。

 そのまましばらくお互いに睨み続けていたが、やがて「ちっ」と舌打ちをして、金髪の方が視線を逸らす。

「何だよ、結局、彼氏持ちなんじゃねぇかクソッ! 行こうぜ!」

 吐き捨てるように言って、他の男二人と共に、その場を去って行く。

 金髪達の姿が完全に人混みの中に消えたのを確認したところで、走太の全身から、どっと冷や汗が吹き出した。

 肺に溜まっていた空気を全て吐き出し、それから目一杯吸う。

「し、心臓が止まるかと思った……!」

 今更になって、膝がガクガクと震えていた。

 場合によっては、殴り合いに発展する可能性もあったわけで、金髪の男達が退いてくれて、心底良かったと思う。

 いや、そんなことよりも今は、麗央奈の無事を確認することが先決だ。

「大丈夫だったか、麗央奈?」

 走太が振り返ると、彼女は──


 顔がゆでだこのように、真っ赤になっていた。


「あ……」

 麗央奈が赤面する理由なんて一つしかなく、走太自身も顔が熱くなる。

 彼女は両手でミニバッグの取っ手を握り締め、俯き、黙り込んでしまう。

 先の金髪男達とのいざこざもあってか、周囲からの注目が更に集まっている。

 なので走太は、麗央奈に近付き、彼女の手を取った。

「え……!?」

 顔を上げて、熱っぽく潤んだ瞳を見開く麗央奈。

「と、とりあえず、行こう」

「う、うん」

 彼女がこくこくと頷いたのを確認してから、手を引いて、その場を離れる。

 駅前の通りを、ショッピングセンターの方へと歩いて行く。

 繋いだ手が、焼けるように熱かった。全力疾走でもしたかのように、しかしいつまで経っても落ち着くことなく、心臓は大きく速く、鼓動を繰り返していた。

「あの……走太」

 ふと、麗央奈が口を開いた。

「ど、どうした?」

 後ろを見やると、そこには麗央奈のはにかんだ顔があって。

「助けてくれて……ありがとう」

「っ!?」

 一際ドキッと心臓が脈打って、走太は進行方向へ顔を背けた。動揺したのと、もともと汗ばんでいたのとで、繋いでいた手が滑ってすっぽ抜け、離れる。

 しかし、すぐに麗央奈が走太の手を取り、握り直して来る。

「……お、おう」

 走太はそれだけ答えて、彼女の手をそっと握り返した。

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