プロローグ
小林走太は、自分は多分、平凡に生きて、平凡に死んで行くのだろうと思っていた。
特に高望みはしない。最も手に入れたかった幸せは、とっくの昔、幼い時に自分の意思で手放してしまっている。
だから、せめて平凡に過ごせれば、それが自分の人生の最上なのだろうと思っていた。
しかし、今現在目の前にある状況は、明らかに平凡から外れてしまっている。
なにせ、見たことも無い巨大人型ロボットが、見たことも無い巨大異形生物と、謎の壮大なバトルを繰り広げているからである。
「えっ……何コレ? 夢? 夢だよね?」
走太は目を瞬かせ、辺りを見回す。
確か、自分は学校から自宅への帰路を歩いていた最中だったはずである。帰路はちょうど学生達の帰宅ラッシュ時で混み合っており、走太が立っている大通りの交差点は本来、人で溢れていて良いはずなのだが……。
「あり得ないだろ……! だってさっきまで……」
走太の周りには人っ子一人居やしない。
交差点の信号が無意味に、赤と青の光を交互に灯しているだけである。
交差点の四方を見回す。が、大通りの彼方まで、何も無い。車も人も、何も見えない。
あるのは、ゴーストタウンのごとく静まり返った街並みだけ。
高校に入学して、今年の四月現在で一年が経過し、この街も大分見慣れたものだが、こんな街の光景は見たことが無い。
地平の様子を粗方確認したところで、空を見上げる。雲一つ無く、澄んでいるのだが、明らかに色がおかしい。青っぽさは欠片も無く、どんよりとした灰色だった。
そして、そんな灰色の空を縦横無人に飛び回り、ビーム兵器を撒き散らし、流れ弾で時折街を破壊しながら世界の終末チックなバトルを繰り広げる、ロボットと、異形生物。
何なんだこれは。一体、何がどうなっている?
「――って、おわぁぁぁ!?」
状況に戸惑っていたのも束の間、巨大異形生物が巨大人型ロボットに吹っ飛ばされて、こちらに突っ込んで来た。
走太は全力疾走し、ハリウッドのB級アクション映画の主演男優さながら、大きく跳躍、大通りのコンクリート上を綺麗に前転し、見事な直立復帰を果たす。
うわぁ、すげぇ、人間って、必死になれば意外と凄まじい動きが出来るもんだ! とやたら冷静に頭の中で考えてしまう。
それはともかくとして、走太は恐る恐る背後を見やる。
「ひぃぃぃ!?」
覚悟はしていたが、それでも悲鳴を上げてしまった。
走太はへタレだ。そのことは自分が一番良く知っている。ハリウッドの主演男優なら、ここで気の利いたジョークの一つでも言うのだろうが、走太には絶対に無理である。
走太の眼前に、巨大異形生物がうつ伏せで転がっていた。
しかも運の悪いことに、巨大異形生物と目が合ってしまった。紫色の流線型の頭部に付いている、大きく赤い一つ眼と。
「ゲググギガゴゴ!」
赤い一つ目が点滅して、何か宇宙人語を喋った。
その直後、上空から巨大人型ロボットが勢い良く降下して来て、巨大異形生物の背中を踏み潰す。
ロボットアニメに出て来そうな、ヒロイックな全身赤色のボディ。全身に分厚いアーマーを装着し、一撃で何もかも消し炭に出来そうな、長大なキャノン砲を両肩に背負ったそれは、まさに重火力型といった出で立ちだった。
『この一撃で決める! 覚悟!』
ロボットの黄色い、二つのアイカメラが点滅し、外部音声が辺りに響く。女の子の声だった。
あれ? この声、気のせいか、聞いたことがあるような……?
カシャコッ、と真っ赤なロボットの腹部装甲の一部が開き、銃口らしきものが覗く。そこが深紅に輝き出し、走太が肌に感じるくらいの熱量が収束してゆく。
(ん? ちょっと待て。俺のこの位置ってまずくね?)
完全にロボットアニメの必殺技シーンを眺めている気になっていたが、もしもこのままロボットが必殺技を放ったなら、自分のようなひ弱な人間は、目の前の異形生物よりも先に蒸発してしまうことだろう。
『くらえ! クリムゾン・ノ――』
「ちょっ、待って! そこのロボット、必殺技ストォォォップッッッ!」
『えっ!?』
銃口の熱量収束が止まり、深紅の輝きが霧散する。
「と、止まった……!」
『嘘でしょ……!? なんで……!』
驚いたように、後退さる赤いロボット。
異形生物は、その隙を見逃さなかった。大きな尻尾を振り、赤いロボットを弾き飛ばす。
『ぐっ!?』
ロボットは大通り沿いのビルの壁面に叩きつけられる。
異形生物がゆっくりとその巨体を起き上がらせる。爬虫類を思わせる、スマートな下半身と、それぞれ三本の太く鋭利な爪を持った左右の豪腕を支える、マッシブな上半身。恐竜(下半身)とゴリラ(上半身)を合体させたような一つ眼の怪獣が今、二本足で立ち、走太の視界を覆い尽くす。
「ゲガギグギゴギゴゴ!」
異形生物は、赤いロボットを見向きもしない。その赤い一つ眼に走太の姿を映す。
「う……あ……」
走太は当然、逃げようと思った。だが、足が震えて動かない。腰から力が抜け、その場に尻餅をついてしまう。
怪獣が三本の爪の先を一点に合わせ、右腕を大きく振り上げる。どうやら、自分に狙いを定めたらしい。
『駄目! 逃げてぇ――っっっ!』
赤いロボットの中にいる女の子が、声を張り上げて叫んだ。
だが、謎の宇宙人語を喋る怪獣に、それが通じるはずもない。
怪獣は走太に向けて、鋭い爪を真っ直ぐに放つ。
(あっ、絶対に死んだわコレ)
走太はふと思う。
(さよなら、俺の平凡な人生。こんなことなら、勇気を振り絞って、あの娘に謝っておけば良かった)
――ドグワシャッッッ!
そうして、走太の視界は真っ暗な闇に包まれた。