驟雪と静謐の統括者
静かな、とても静かな雪の降る街の片隅で私は川の上にある飛び石の上で空を見上げていた。
初雪だった。
私は外出をして初雪を楽しんでいた。
時刻は昼のはずなのに、昼ではない不思議な時間帯に迷い込んでいるようだった。
大きな街のはずなのに、雪は人を退けさせ家々には燈が灯っている。
少し歩いてみれば、何やら神事の準備をしている神社があった。
鳥居に礼をして、その先にある階段を登る。
長い、長い階段だった。
外から見るのとは大きく違うように歩いた様な気がした。
「あら、こんな日に客が来るとはな……こんな日だからこそかもしれないが」
和服を身に纏った少女だった。
だがその姿は神聖なものを感じた。
「君は神社の子だったりするのかい?」
そう尋ねると彼女はくるっと一回転して話す。
「この神社の神様だよ、我は」
「そうですか……神様だったんですね」
「おや? 想像以上に冷静だね? てっきりもっと驚いてくれるものだと思っていたが」
「明らかに人とは違う雰囲気が出ていましたし、私自身こういう経験は多いもので」
「神が見えるのかね? この京でそのようならば大変だな。」
確かに、私は京都に生まれて過ごしてきたが、人間ではない存在を目にする機会は多くあった。
「しかし、やはりこのような日に来るとは何やら縁がありそうだ」
「神事を今日やるんでしょうか」
先程、階段の下の方では正装を纏った宮司と思われる人物がいた。
「下にいた神職の方が着ていたのは……衣冠ですよね」
「現代っ子にしてはよく知っているじゃぁないか」
神様はそう言うと急に少し険しい表情をする。
「だからこそ……主が此処から帰ることはできん」
「……え?」
唐突にそのようなことを言われて私は戸惑った。
「少なくとも、条件を満たさないと帰れんぞ」
「条件ですか?」
「詳しいことは制約で言えんが、主が見つけて無事に帰れることを神らしくないが、願っている」
……
私は神様に言われた通り、帰るために必要な条件を探すことにした。
辺りを散策するほどここが現実の場所ではない何処かであることは明白であった。
街にいた時とは違う、もはや不気味と言えるほどの静謐。
「なんでこんなことしなくちゃいけないのかな?」
私は次第にそう思った。
考えられることはいくつかあった。正装である衣冠を纏った人がいたことから、とても大きく重要な祭事の日であった。
そのような日の中で神の領域に入り込んだ私は穢れとして扱われるのは間違い無いだろう。
私はそこで自らの穢れを落とす必要があると悟った。
不思議とこの空間には神社だけでなく小川、森まで様々な自然が存在していた。
ただ、生命の気配はなく常に驟雪が舞っていた。
神様は私に条件の手掛かりは何も教えてくれなかった。
これは自分と向き合うことで得られる答えなのかもしれないと私の心はそう言っていた。
……
ただ歩いた、歩き続けた。
ふと自分が今までの人生でしてきた事を考え直してみようと思った。
……
昔から、私には神様が見えた。
「ねぇ、お母さんは神様って見える?」
「……さぁ、私には見えないわ、でもねやっぱりいると思ってるわ」
「……神様が見えたらどう思う?」
「ただ今までのことを感謝するんじゃないかな?」
京都に住んでいるからといって神職と関わりのある家ではなかったけれども、母は普通の人よりは信心深かった。
「もし、神様が見えたらお礼を言うのよ?」
「……うん」
母には私が見える人間である事は伝えていなかった。
……
そうか、神への感謝、必要かもしれない。
そう思い、神様のところに戻ってきた。
「なんだ戻ってきたのか、どうだ? 手掛かりは見つかったか?」
「そういえば、神様って何の神様なんですか?」
「ああ、そういえば言っておらんかったな、我は雪の神、それも人間は知らない神だがな」
「人間の知らない……?」
その言葉に何か突っかかりを感じて私は聞き返した。
「そうだ、もともと我は信仰されておらん」
私はとても驚いてすぐに質問をした。
「信仰されてないって、どういうことですか?」
「誰かに信仰されて産まれた神じゃないのよ、我は」
少しつまらなそうに、神様は続ける。
「下で神職を見たと言っていたな、あれも人間ではない、さらに言えば、この神社も元々葦原中国に存在しておらん」
どうやら私にはこの世のものではない神社が見えていて、それに迷い込んでしまったらしい。
「かといって高天原に存在しているというわけでも、黄泉国 に存在しているわけでもない」
話が急に難しくなってきていた。
「この世界のどこにも存在してないってことなんですか?」
「あーまてまて、確かにこの日の本の神話上はそう見えるかもしれんがな……まぁ端的に言えば、この神社は現実世界の裏に存在している。」
余計わからなくなってしまったと言いたいが……不敬になるかもしれないので黙っておいた。
「我の神社は初雪の日だけ、葦原中国……まぁ現世とのつながりを持つというわけよ」
私は納得したが、次の言葉に緊張を抱いた。
「だからこそ、今日中にここからでなければ、一年は帰れんぞ」
……
驟雪はこの神社含め、異世界、ともいえるところに常に降り続けていた。
静かな世界には私が積もった雪を踏み分ける音しか聞こえない。
ここから出る条件は何なのだろうか?
手掛かりを探そうにも、建造物といえるものは神様がいた神社くらいしかない。
どうやっても神様から聞き出すしかないと思い、もう一度神様と話すことにした。
「神様は、ずっとここにいて何してるの?」
「なーんにも、ずっとここにいるだけさ」
「なら一緒にゲームやってみない?」
私は持っていたスマートフォンを取り出して神様に渡す。
一瞬見えたが、スマートフォンの電波はやはり圏外だった。
「スマートフォンとかいうやつだな? 我は初めて見たぞ」
「じゃあ最初から使い方教えますね」
こうして私は神様にゲームを教えることにした。
……
「なるほど、これは楽しいな! 人間が時間を忘れてやる理由もわかるわ」
すっかり神様はゲームにはまってくれたようだ。
「気に入ってくれて何よりです」
静かな雪の降る空の下で、ゲームの電子音が響く。
……
「おもしろかったぞ」
「神様が楽しんでくれて何よりです」
「そうだ、主、もう帰れるぞ」
「え?」
ゲームをさせただけでいきなり帰れると言われて私は困惑した。
「えっと……私なにか条件を満たしたんですか?」
「そうだな、条件は『我を楽しませる事』だ」
神様を楽しませる事、それだけの事でいいという事に拍子抜けした。
「そんなことでよかったんですか……」
「ん、拍子抜けさせてしまったようだがこんな事でいいのだよ」
「ゲームで解決するなんて思っていませんでしたが……」
「主、神事……もとい祭りは何のためにやるか知っているかね?」
「いえ……神様を祀るという事以外は特に……」
そういうと神様は笑顔で言った。
「神を楽しませることだ」
……
驟雪の降る、京都の冬の朝、私はある神社の前にいた。
「今年も来たよ、神様」




