魔法
夢と邪法の専制がどれほどのものかと、友人たちが元気にやっているか確認がてら訪れた。なんだか全て小さく見えてしまって、夢を幻覚か何かの病気と疑う年になってしまってから訪れるものではなかったかもしれない。子供のころ遊んだ増水時の川のきらめきほどではなかった。鼠の王国から締め出される前に、最後になぜか山の中を走る機関車に乗ることになった。本日二度目である。これに乗ってしまうと花火が見えなくなってしまうと、予約などの手配をすべてしてくれた後輩が教えてくれた。それは残念だ。しかし、並んでいるところから十分見えた。木に隠れているところもあったが、全て見えたようなものだ。満足した。最後だろうなという花火が打ちあがった後、AIで作成された猫とウルトラマンが戦う動画を見ていた。最近のお気に入りだ。それを見つけた後輩が、やはりあなたは異常者だと言った。それを笑って四人で盛り上がった。
それにしてもここにきている人間は若いのが多い。それには驚いた。頭に桃色の鼠の耳をみんな一緒に着けている。この国をぐるぐると回っている間に、光る大名行列を最前列で見ようとブルーシートを引いて座っている人たちもたくさん見た。そんなに興味深いものだろうか。その大名行列を追いかけてカメラを持った女の子が走っていた。あんなに大きなカメラを持った女の子は初めて見た。世界はまだまだ新しさにあふれている。あの長さのレンズは高いだろうな。よくあれを抱えて走れるものだ。
並んでいる私の後ろも制服を着た若い女の子二人組である。前にいるのはスーツ姿の白髪まじりの中年と若い女の売春婦である。なんという世界だろう。入園と同時に後輩が最新のアトラクションに乗るために特別な券を買うと言って私から二千円徴収した時ぐらいの困惑である。
結局、自分が老いただけであることだと理解していた。最初の厄年程度でそれは過剰な反応だろうか。しかし、もう子供ではないのだなと確信できるこの感覚はそうとしか言いようがない。男子とは、中学あたりからこのような非現実的幻想にケチをつけ始めるものだが、それは正常な成長であって、それを通して、男子は現実の姿を少しずつ認識し始めるものだ。一方で、どの世代よりも夢の中にいる。不思議な時期である。その時期も過ぎ、嫌だった仕事もあと五時間で終わりか、すぐ終わるなと感じるほどに一日も短くなって、何をしても大して心が盛り上がることなどなくなってきた。とはいえ、友人たちと会って話すのがつまらないわけではない。よく私の相手をしてくれるものだと感謝しながら、健康であってくれと祈る毎日である。ただ、私の心は、もう一度すべてのしがらみを取り去って、現実というものでなくて、まるで夢を見ているような没頭を待っていた。ただ、それはもはやなく、子供たちに魔法をかける側になったのだと、悲しいながら自覚していた。
ただ、きいていたほどには、この国の住人は笑顔いっぱいで楽しそうというわけでもない。私の職場にいそうな不満げな人も多々見受けられる。ここが職場なのだから致し方ないか。子供を連れた父親母親などは楽しそうであるが、まるまるとした赤ん坊など不満げである。小さい女の子たちは楽しんでいるようで嬉しくなった。
仕事で夢を見せようが、うつつより暇をいただいて夢を見ようが、結局人々は家に帰ってゆくのだ。やはり日常の大部分が魔法にかかっていないからこそ、非日常が輝くのだ、と浅い推論を、私は本日の結論としたい。
大雷山の山頂に近づき、あと15分ほどで、汽車に乗れるかというところで、あることが起こった。当然私は理解していることを、まずここに説明として書き残す。私の先輩が二名。私の後輩が一名。そして私がいて、合計四人である。私の先輩である女性と私の後輩である男性が交際しており、もう一人の先輩一名は男性であり、既婚者である。我々四人は元職場の同僚たちである。おもしろおかしく共に働かせていただき、三人ともに未だ感謝している。
そして、とても小さな事件が起こった。
「やばい爪割れた。」
女性の先輩Uさんの爪が割れてしまったのだ。はっきり言ってたいしたことではない。ほんのわずかに血が出て、ネイルが取れるときに割れたぐらいの傷である。なぜ割れたのかはわからない。ポケットに手を入れていたように思ったが、ネイルは何かに引っかかると取れてしまうものなのだろうか。そもそもあれは何のためのものだ?
「えぇ!そんな!大丈夫ですか?」
と私は心配した。ちゃんと心配はしているのだが、うっすらふざけているようにとられるのが私の悲しい点である。
大したことではないとわかってから、
「私が爪を割りました。申し訳ありません。」
とふざけて私が言った。
「自分が悪くないことで謝れる夫の鑑だ。」
と後輩が言って笑っていた。みんなで盛り上がりながら、もう爪のことなど忘れて馬鹿な話に戻っていた。
大抵のテーマパークで並んでいる列を行ったり来たりさせるあの蛇行する待機列の終盤にさしかかった。すれ違う人の顔を覚え始めたくらいの頃、前の女性が突然スマホを見せてきた。金髪で、目の下に腫れたような赤い色を入れ、黒いマスクをし、桃色と黒色の服を着て、荷物とは呼べない小さい鞄を持ったあの売春婦である。私はびっくりして声もでなかったが、なぜかちゃんと画面は見ていた。「爪割れてしまって、絆創膏使いますか?」と書いてあった。
私は声を出してとても驚きながら、それを受け取って先輩にお渡しした。先輩も口を真ん丸に開けて驚愕していた。
暴走列車に乗るまでは、まだ少しの間があった。私たち四人の面白い話を何も知らない人が聞いてもわかるように細かくかみ砕き、前後に聞こえる大きな声で話し続けた。後に、男性の先輩が「エンターテイナーですね」と言ってくれた。
無意味だが少しでも、あの優しさに応えることができたならと思いながら、話し続けていたが、私の心は既に魔法にかかっていた。子供たちに魔法をかける側になったのだと、警句を弄しながら自らは大してなにもせず、現実の与えてくる苦痛に耐えるだけで、誰かに喜びを与えてこなかった。責任を背負っているつもりが、背負うつらさを語るだけで満足していた。
不意に降り注いだ祝福がその清らかさで、あらゆる穢れと禍を浄化して、奇跡を信じさせた。そして、私はいたたまれなくもなった。このような素晴らしい人間があのような状態に身を落とさなければならないことが、私には悔しかった。力があれば、何かができたのではないだろうかと思うたびに悲しかった。
心にもやもやとしたものが残った。しかしこの思い出は、思い出すたびに私に人間を信じ直させる力を持っている。優しさというものがこの世にはまだあって、まだまだ世界は捨てたもんじゃないと思わせる。私はこの魔法だけは信じている。




