新霊体験隊結成
高校1年生になった白石隼人は、高校に通い始めた4月、クラスメイトからある噂を聞く事になった。それは、ごくどこの学校でもある噂話の1つに過ぎないと思っていたが・・・・
***囁く噂***
桜が散り始めた四月の昼下がり。
高校一年の白石隼人は、教室の窓辺で弁当を広げていた。隣では陸上部の田中が「今日の練習、マジでキツそう」と愚痴をこぼし、前の席の山田は数学の宿題に四苦八苦している。そんな穏やかな日常の中、同級生の小林が血の気を失った顔で近づいてきた。
「おい、隼人……聞いてくれ」
小林の声は震えていた。普段は軽口ばかり叩く彼が、こんな表情を見せるのは初めてだった。
「この学校の東棟三階、男子トイレに一人で入るな。絶対に」
隼人は箸を止める。「どうしたんだよ、急に」
「……ノックされるんだ」小林は周囲を見回し、声を潜めた。「個室に入ってると、外から必ず。コン、コン、コンって」
「それだけ?」
「返事をしても誰も答えない。ドアを開けても、誰もいない。でも……」小林の手が震えている。「手首を掴まれるんだ。氷みたいに冷たい指で」
隼人は笑おうとしたが、小林の瞳に宿る恐怖が本物だと気づいた。
「俺だけじゃない。田中も、吉田も……みんな同じ目に遭ってる。でも先生には言えない。誰が信じるって?」
その時、窓の外から冷たい風が吹き込んだ。桜の花びらが舞い踊り、教室の空気が一瞬だけ重くなった。隼人の背筋を、得体の知れない悪寒が駆け上がる。
***最初の邂逅***
それから三日後。部活動の準備で東棟に来た隼人は、偶然一人になった。
吹奏楽部からは「エーデルワイス」の練習音が微かに聞こえ、美術部の窓からは絵の具の匂いが漂ってくる。しかし夕日が差し込む廊下は静寂に包まれ、靴音だけが不自然に響く。古い建物特有のきしみ音が、まるで何かが這い回っているような錯覚を起こした。
(まさか、あの話が本当だったなんて……)
用を足そうと男子トイレに足を向ける。扉を開けた瞬間、湿った石鹸と、奇妙に甘い腐敗臭が鼻を突いた。蛍光灯は薄暗く明滅し、鏡の表面には説明のつかない水滴が垂れている。
個室に入り、ドアを閉めた途端――
コン、コン、コン。
音は規則正しく、まるで時計の針のように正確だった。隼人の心臓が激しく鼓動する。
「だ、誰ですか?」
答えはない。
十秒。二十秒。時間だけが過ぎていく。隼人は息をするのも忘れ、耳を澄ませた。廊下の向こうからは何の音も聞こえない。古い蛍光灯の微かな電気音だけが、やけに大きく響いている。この静寂は異常だった。まるで世界から音という音が消え去ったような、死に支配された静けさ。
そして――ドアの向こうで何かがゆっくりと動く気配がした。足音ではない。何かが床を這うような、ぞっとする音。
勇気を振り絞ってドアを開けると――そこに立っていた。
古い型の制服を着た男子生徒。しかし、その姿は生者のそれではなかった。
肌は青白く透け、髪の毛は濡れて額に張り付いている。最も恐ろしいのは、その眼だった。瞳孔が開ききり、焦点の定まらない視線がゆらゆらと揺れている。
「あ……あぁ……」
隼人の喉から、かすれた声が漏れた。
男子生徒の唇がゆっくりと動く。声にならない何かを呟いているようだが、音は聞こえない。
そして次の瞬間――その姿は霧のように消え去った。
残されたのは、濃厚な鉄の匂いと、床に広がる正体不明の水たまりだけ。
隼人は震える足でトイレから飛び出した。振り返ると、蛍光灯が一瞬激しく明滅し、再び静寂が戻る。
だが、その静寂の中に――かすかな水音が混じっていた。
***運命の三人***
翌朝、隼人は昨夜の出来事を誰にも話せずにいた。夢だったと自分に言い聞かせようとするが、鼻に残る鉄の匂いがそれを否定する。
「おい、大丈夫か?」
声をかけてきたのは、同じクラスの神谷秀だった。彼は普段から落ち着いており、オカルトに詳しいという噂があった。
隼人は迷った末、昨夜の体験を打ち明けた。秀は表情を変えずに聞き、やがて深くうなずく。
「……やっぱりな」
「やっぱりって?」
「俺も昨日、変なもの見たんだ」秀の声は低い。「校門の前で、誰もいないのに鈴の音が聞こえた。神社の鈴みたいな……でも振り向いた瞬間、急に血生臭い匂いがして」
秀は袖をまくり上げる。そこには、青あざのような痣があった。
「気がついたら、これが付いてた。誰かに掴まれたような跡だ」
その日の放課後。隼人は廊下で、同じクラスの桜井美優と偶然話すことになった。窓辺でじっと外を見つめる彼女の横顔は、どこか憂いを帯びている。
「美優さん、何見てるんですか?」
美優は振り向かずに答えた。「……校庭に、誰かいるの」
隼人が窓の外を覗くと、夕暮れのグラウンドには誰もいない。
「どこに?」
美優がゆっくりと振り返る。その瞳には、深い恐怖が宿っていた。
「鉄棒のところ。ずっと前からいるの。濡れた制服を着て、こっちを見てる」
隼人の血が凍った。美優の描写は、自分が見たあの男子生徒と完全に一致していた。
「もしかして……昨日から?」
美優は小さくうなずく。「実は、一昨日から夢にも出てくるの。水の中で苦しそうに手を伸ばしてる」
三人は図書室で落ち合い、学校の七不思議について調べ始めた。古い新聞記事や卒業生の証言を漁る内に、恐ろしい事実が浮かび上がってきた。
この学校では過去に複数の不審死が起きており、そのすべてに「水」が関わっていた。プールでの事故死、雨の日の転落死、そして原因不明の溺死……。
美優が震え声で言った。「偶然じゃない。私たち、『標的』にされてる」
***新霊体験隊結成***
資料を整理しながら、秀が口を開いた。
「このままじゃ危険だ。一人ずつ狙われたら、絶対に対処できない」
隼人も同感だった。「じゃあ、一緒に調べよう。三人で協力すれば……」
「チームにしましょう」美優が提案した。「名前も付けて。そうすれば、きっと結束も強くなる」
隼人は少し考えてから言った。「『新霊体験隊』はどうだろう」
「新霊体験隊?」
「『新』は新しいという字で、新たに霊現象を調査するという意味。俺たちは今までとは違う。ただ怖がって逃げるんじゃなく、真相を解明して、霊たちの想いに応えたい」
秀が手を叩く。「いいな。俺たちは肝試しじゃなく、供養を目的とする」
桜井美優も微笑んだ。「賛成。でも、これって相当危険よね」
「だからこそ、三人でやるんだ」隼人は窓の外を見つめる。「あの霊、何か伝えたがってる気がするんだ」
三人は右手を重ね合わせた。その瞬間、図書室の空気が微かに震え、どこからか水の滴る音が聞こえた気がした。
「新霊体験隊、結成」
彼らはまだ知らない。この結成が、恐怖の連鎖の始まりに過ぎないということを――。
***第五章 夜の調査***
新霊体験隊結成から二日後の夜八時。
三人は人気のなくなった旧校舎に忍び込んだ。月明かりだけが薄く廊下を照らし、天井からは不気味な軋み音が響く。
「ここだ」隼人が例のトイレを指差す。
秀は入口に護符を貼り、美優は録音機を仕掛けた。しばらく廊下で待機していると――
**コン、コン、コン。**
音が響いた瞬間、廊下の温度が急激に下がった。三人の息が白くなり、壁の向こうから湿った足音が近づいてくる。
「……誰だ?」隼人が震え声で呼びかける。
答えはない。しかし、今度は天井から水が滴り始めた。ポタ、ポタと、まるで誰かが上にいるかのように。
コン、コン, コン, コン, コン。
今度は連続で五回。明らかに苛立ちを含んだ叩き方だった。
三人は身を寄せ合い、息を殺した。一分が永遠のように感じられる。廊下は墓場のような静寂に支配され、自分たちの心音だけが異様に大きく響いていた。空気は重く、まるで水の底にいるような圧迫感。この静けさの中に、何か得体の知れないものが潜んでいる――三人は直感的にそれを感じ取っていた。
秀がドアを開け放つと、個室は空だった。しかし床には、濡れた足跡が無数に残されている。それも、一人分ではない。まるで複数の人間が這い回ったような、異常な軌跡を描いていた。
「……やっぱり、一人じゃない」美優の声は恐怖に震えている。
録音機から、低いノイズに混じって声が聞こえてきた。
『かえせ……かえせ……みんな、かえせ……』
同時に、別の声も混ざっている。
『渡すな!絶対に渡すな!』
二つの声は激しく重なり合い、やがて録音機から悲鳴のような音が響いた。
「おい、これヤバくないか?」秀の顔は青ざめている。
その時、トイレの奥の壁が突然濡れ始めた。まるで内側から大量の水が染み出してくるように。そして壁の表面に、指先で書かれたような文字が浮かび上がる。
『たすけて・・・・』
『くるしい・・・・』
『かえりたい・・・』
文字は次々と現れ、やがて壁一面を覆った。その光景は、まるで多くの霊魂が同時に助けを求めているかのようだった。
「ここ、一体何なんだ……」隼人は後ずさる。
美優が震え声で答える。「私、見える……水の中で、たくさんの人が……」
彼女の瞳は焦点を失い、どこか遠くを見つめている。
「みんな、苦しそうに手を伸ばしてる。でも、誰かが……誰かが引きずり込んでる」
その瞬間、三人の背後で水音が響いた。振り返ると、廊下が膝下まで水に浸かっている。しかし、その水は透明ではなく、赤黒い液体だった。
「逃げろ!」
三人は必死に走った。背後から、複数の声が響く。
『まて……まて……いっしょに……』
***第六章 過去の真実***
翌日、三人はそれぞれ信頼できる人物に相談した。
隼人は霊感の強い親戚の白石瑞希のもとを訪れた。彼女は隼人の顔を見るなり、家の中に引き入れる。
「あなた、危険よ」瑞希の表情は深刻だった。「複数の霊に憑かれてる。しかも、相当強い怨念」
瑞希は隼人の肩に手を置き、浄化の術を施した。その間、隼人は激しい頭痛に襲われ、鼻血が止まらなくなった。
「これは……集団自殺の霊ね」瑞希の顔は青ざめている。「しかも、事故や病死じゃない。『殺された』霊たちよ」
同じ頃、神谷秀は祖父の知り合いの神主、川田を訪ねていた。川田は護符を見るなり、険しい表情を浮かべる。
「これは水神の怒りじゃ。何者かが神聖な場所を汚したのだろう」
川田によると、この学校の敷地は昔、処刑場だったという。多くの罪人が水責めによって命を落とし、その怨念が土地に染み付いているのだ。
一方、桜井美優は街の霊媒師マリヤを訪ねた。水晶玉に映ったのは、おぞましい光景だった。制服を着た生徒たちが、何者かによって次々と水の中に沈められていく。
「これは……連続殺人よ」マリヤの声は震えている。「犯人は学校関係者。今でも、この学校にいる」
三人が再び集まった時、恐ろしい真実が明らかになった。
この学校では過去二十年間、不審死が続いている。犠牲者はすべて、ある特定の条件を満たしていた――「真実を知ろうとした生徒」だった。
「つまり、俺たちも……」隼人の声は震えている。
「標的になった」秀が続ける。
美優が震え声で言った。「でも、もう後戻りはできない。あの霊たち、『真相を暴いてくれ』って言ってる」
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### **第七章 物置の秘密**
その夜、三人は再び旧校舎に向かった。今度の目的は、トイレの奥にある古い物置の調査だった。
錆びた南京錠を外し、重い木の扉を開ける。中は埃と腐敗臭が充満し、古い教材や机が積まれていた。
奥の壁際に、古い木箱が置かれている。その上には、黄ばんだ学生帽と、何か光る物体があった。
「あれ……」美優が指差す。
懐中電灯の光が照らし出したのは、小さな銀色の笛だった。しかし笛の傍らには、もう一つ別のものがあった――黄ばんだ楽譜の束。表紙には「僕たちの卒業式 作曲:高村悠真」と書かれ、中を開くと途中で止まったままの五線譜が並んでいる。最後のページには、震える文字で「みんなでいっしょに演奏したかった」と書かれていた。
隼人が笛を手に取った瞬間――箱の中から、激しい音が響いた。
**ドンッ!ドンッ!ドンッ!**
まるで誰かが内側から必死に叩いているように。箱の蓋が震え、隙間から黒い液体が溢れ出す。
「開けちゃダメ!」美優が叫ぶ。しかし、もう遅かった。
蓋が勢いよく開き、中から濁った水と共に、腐乱した手が飛び出した。続いて、顔面を水膨れで変形させた男子生徒の上半身が現れる。
「かえせ……俺の……笛を……」
その声は水でうがいをしているような、おぞましい響きだった。
同時に、部屋の反対側から別の霊が現れた。こちらは焼け焦げたような姿で、目玉が飛び出している。
「渡すな……それは俺のだ……殺してでも……」
二体の霊が同時に笛に手を伸ばした時、部屋全体が激しく揺れた。天井から血のような液体が雨のように降り注ぎ、壁には無数の手形が浮かび上がる。
「これ、どっちのものなんだ!」隼人が叫ぶ。
美優が血を吐きながら答える。「両方とも……でも、片方が……片方を殺したの……」
その時、箱の底から古い新聞記事が舞い上がった。そこには恐ろしい見出しが躍っている。
『高校生連続溺死事件 犯人は同級生か』
***血塗られた真実***
新聞記事を読み進める内に、おぞましい真実が明らかになった。
二十年前、この学校で高村悠真という生徒が謎の溺死を遂げた。同時期に、同じ吹奏楽部の大谷浩介が行方不明になっていた。
しかし真実は違った。大谷は高村を殺害し、その後自殺していたのだ。動機は、部内での地位争いと楽器への執着だった。
「つまり、高村が被害者で、大谷が加害者……」隼人が呟く。
だが、美優が震え声で否定する。「違う……もっと複雑よ」
彼女の霊視によると、高村も無実ではなかった。彼は大谷の楽器を盗み、さらに別の生徒を陥れていた。そして大谷の復讐は、高村だけでなく、真実を知ろうとする生徒すべてに向けられていたのだ。
「だから、調査を始めた生徒が次々と……」秀が青ざめる。
その時、物置の扉が勢いよく閉まった。三人は完全に閉じ込められ、部屋には二体の霊だけが残った。
高村の霊が隼人に迫る。その口からは、際限なく汚水が流れ出ている。
「お前らも……一緒に来い……水の底は……楽だぞ……」
大谷の霊は炎のような怒気を発しながら、笛を奪おうとする。
「殺してやる……みんな殺してやる……俺の邪魔をするな……」
二体の霊に挟まれ、三人は絶体絶命の状況に追い込まれた。空気は水のように重くなり、呼吸も困難になってくる。
しかし、その時――笛から突然、美しい音色が響いた。
***第九章 魂の鎮魂歌***
笛の音は、誰も吹いていないにも関わらず響き続けた。その旋律は哀しく美しく、まるで死者たちの心を慰めるようだった。
音色に反応し、二体の霊の表情が変わった。怒りや怨念が薄れ、代わりに深い哀しみが浮かぶ。
「……俺たちは……何をしていたんだ……」
高村の霊が、初めて正気に戻ったような声で呟く。水膨れした顔に、涙のような液体が流れた。
大谷の霊も、焼け焦げた手で顔を覆う。
「俺が……俺がすべてを……壊してしまった……」
笛の音色は次第に大きくなり、部屋全体を包み込んだ。その中で、二つの霊は徐々に重なり合っていく。
美優が息絶え絶えに言う。「二人とも……本当は……友達だったのね……」
隼人は笛と楽譜を両手で包み込み、心を込めて語りかけた。
「もう争わなくていい。二人とも苦しかったんだろう。高村、お前は最後まで仲間のことを想ってたんだな。この楽譜……みんなで演奏したかったんだろう?」
楽譜のページが風もないのにそっとめくれ、未完成だった最後の小節に、光る文字で音符が浮かび上がった。それは二つの楽器が重なり合う、美しいハーモニーの完成形だった。
秀が護符を高々と掲げ、鎮魂の祈りを唱える。美優は数珠を握りしめ、死者への想いを込めた。
笛の音色は最高潮に達し、やがて静寂が訪れた。二つの霊は光となって天井に昇り、物置から姿を消した。
その光は窓の隙間から外へと流れ出し、夕焼けの茜色と溶け合うように消えていく。まるで長い苦悩から解放された魂が、ようやく安らぎの場所を見つけたかのように。春の風が物置を通り抜け、埃と共に古い悲しみも運び去っていく。二つの魂が最後に残したのは、微かな感謝の気配だった。
床に残されたのは、美しく輝く銀の笛だけだった。
***第十章 新たな始まり***
事件から一週間後。
三人は笛と楽譜を吹奏楽部に返還し、顧問の佐久間先生に経緯を説明した。先生は楽譜を見るなり、目を見開いた。
「これ……高村が作っていた曲だ。彼は卒業式で、部員みんなで演奏する曲を作ろうとしていた。でも、完成する前に……」
先生は楽譜の最後のページを見つめ、静かに呟く。「最後まで、仲間想いの子だったんだな」
笛と楽譜は部室の棚に飾られ、「友情への讃美歌」という札が添えられた。部員たちは時々、その楽譜を見ては高村の優しさを思い出すという。
帰り道、三人は中庭のベンチに座っていた。夕日が桜の花びらを照らし、穏やかな風が頬を撫でていく。
「これで、本当に終わったのかな」美優が呟く。
隼人は微笑んだ。「終わったさ。俺たちが、ちゃんと供養してやったからな」
神谷秀も頷く。「でも、これが新霊体験隊の最初の仕事だとすると……まだまだ他にもありそうだな」
三人は顔を見合わせ、静かに笑った。恐ろしい体験だったが、確実に成長できたと感じていた。
「次は何が待ってるかな」隼人が空を見上げる。
「分からないけど」美優が立ち上がる。「きっと大丈夫。私たち、もう一人じゃないから」
夕日が西の空に沈んでいく。三人の影は長く伸び、まるで未来への道を示しているようだった。
春の風が、桜の花びらと共に新しい季節を運んでくる。
新霊体験隊の活動は、これから始まるのだ。
購読、ありがとうございました。
今回は、改めて高校1年生からの心霊物語をスタートしました。
これから、次々と起こる心霊体験に対して新霊体験隊は、どう直面して行くのか?お楽しみに。