第三十二話 招待
王都にエウドクスの本が出回り始めた頃、ソフィとカマリエは王都近くの森にひっそりと建てられた小屋に潜んでいた。二人が朝食を食べているとき、扉が一回、時間を置いて二回ノックされた。アスティは身構えたが、カマリエは待っていたように、扉に駆け寄った。カマリエが扉を開けると、男が立っていた。その風貌から、ソフィの付き人だとアスティは思った。男はちらりと中を覗いてアスティの姿を確認すると、カマリエに告げた。
「今日の正午、計画を実行に移す。移動の準備をしておけ」
男はそれだけ言うと、すぐに森の中へ消えて行った。
「今のは?」
アスティは扉を閉めるカマリエに尋ねた。カマリエは答える。
「エウドクス様とソフィ様の計画が今日、実行されます。おそらく王都には混乱が起こるでしょう。我々はその隙をついて王城へ行きます」
「王城に?」
「ええ。詳しいことは王城に着いてから、ソフィ様からお話があるかと思います。アスティ様はいつでも出られるよう準備をお願いします」
「分かりました」
アスティは持ってきた荷物を部屋から運び出し、いつでも出発できるよう準備をした。正午になると、王都がざわめいているのが森からも聞こえてきた。
「一体何が起こっているんだ・・・」
アスティはカマリエに促されるまま、荷物を持って再び王都へ入り貧困街を目指した。
「こちらです」
カマリエは貧困街にある空き家の一つに入った。アスティはカマリエの後を追う。カマリエは空き家の居間にある木のテーブルをずらし、下に敷かれている絨毯をはがした。
「これは・・・、隠し通路ですか」
「ご明察です」
よく見ると床に扉が付いている。カマリエは取手を両手で持ち、引っ張り上げて扉を開いた。しばらく使っていなかったようで、ミシミシと音を立てながら少しずつ開いて言った。
「さあ、行きましょう。こちらから直接王城へ行くことができます」
二人は梯子を伝い、下へ降りた。数秒で足が地面についた。地下は長いトンネルになっているようだが、暗くて先が見えない。カマリエは自分の鞄からランタンを取り出し、火をつけた。二人のまわりがぼうっと明るくなった。トンネルは奥にまっすぐ続いていて、壁には等間隔で燭台が付けられていた。
「昔はよく使われていた道なんでしょうか」
アスティは燭台を手でそっと触りながらカマリエに聞いた。
「さあ・・・。私も実際に使うのは二回目ですので、分かりませんね」
「一度目はソフィと一緒に僕を迎えにきてくれたときですね」
「ええ、そうです」
二人は話しながら、トンネルを歩いた。二人の声以外は、時折天井から滴る水の音や、ネズミの鳴き声が響いていた。
一時間ほど歩いたころ、カマリエが立ち止まった。
「アスティニース様、着きました」
カマリエが立ち止まった場所を見上げると、うっすらと扉のようなものが見える。よく見ると、壁に梯子もついていた。カマリエは地面に置いてある長い木の棒を手に取り、その扉を一回、間を置いて二回叩いた。しばらくすると、扉がギギッという音を立てて開いた。光が地下に差し込む。アスティとカマリエは思わず手で目を覆った。
「やあアスティ、無事でなによりだ」
光の向こうからさわやかな声が聞こえる。
「ソフィ、お招き感謝するよ」