第八話 大罪
測量は順調に進んだ。城壁の周りは三日で測り終え、アスティは王都を十字に走る大通りの測量に入った。大通りは人通りが多いため、夜間に測量することにした。
「すまないアスティ、僕は夜に王城から出ることは難しいんだ」
城壁の周りを測り終える頃、ソフィは申し訳なさそうにアスティに伝えた。
「かわりに信頼できる人をよこすよ。それと夜間の警備兵にも僕から伝えておく」
その日の夜、アスティは学生寮の前でソフィの使いを待った。
「こんばんは。あなたがアスティニース様ですか?」
アスティは声の方を向いた。街灯に照らされた女性がアスティの方へ歩いてきた。
「ええ、あなたは・・・」
「ソフィロス様から頼まれてきました。カマリエと申します。ソフィロス様のメイドをしています」
闇に溶けるような黒のメイド服を着た女性、カマリエは丁寧にお辞儀をしながら挨拶した。服と同じくらい黒い髪が揺れる。
「カマリエさんですね。よろしくお願いします。何をするかはソフィから聞いていますか?」
カマリエは表情を変えずに答えた。
「はい。測量をされているとお聞きしています」
「そうです。まあ、細かなやり方については実際に測りながら教えますね。今日は今から南門まで移動して、そこから王城までの大通りの長さを測ります」
「分かりました。よろしくお願いします」
アスティとカマリエは南門の方へ歩いた。測量を開始してすぐ、アスティは驚いた。カマリエはアスティのしていることをすぐに理解したようで、途中から計算の手伝いまで行っていた。半分ほど測り終え、二人は道の端にあるベンチに座って休憩をした。
「カマリエさん、計算早いですね」
カマリエはこの日初めて、少し嬉しそうな表情をした。
「ありがとうございます。昔から好きなんです」
「メイドさんなら、こういう計算も必要なんですか?」
「いえ、もちろんメイドとして財務管理も少々していますが、それはメイドになってから勉強しました。計算はメイドになる前、ソフィロス様やアスティ様と同じ学術大学に通っていたときにしていたのです」
アスティは驚いた。バセレシウ王国では、女性で大学に通う人はかなり珍しい。
「なんの研究をされていたんですか?」
カマリエは口を開きかけ、少し黙った。何か逡巡しているようにアスティには見えた。
「・・・地質学です」
「ああ、そうだったんですね」
カマリエの答えを聞き、アスティの表情も曇った。バセレシウ学術大学では、地質学の研究は数年前に教会の圧力によって廃止されていた。
「過去を調べる研究は完全な世界を作った神への冒涜である・・・、か」
アスティは、苦虫を嚙み潰したような表情で言った。
「私が大学にいたころに地質学の研究は廃止され、退学を余儀なくされたのです。異端といわれた地質学を研究していた私は行く当てを無くしました。そんなとき、ソフィロス様に声をかけていただいたのです」
カマリエは昔を懐かしむような口調で言った。
「アスティニース様、あなたは天文学を学んでいるとお聞きしました」
「ええ、そうです」
「気をつけてください。教会はあなたが思っているより陰湿で、執念深く付け狙ってきます。彼らにとって行き過ぎた知識欲は大罪なのです。この地図作りも、ソフィロス様は王族なのでまだ安全ですが、アスティニース様、あなたの身は危険かもしれません。十分気を付けてください」
「心配してくださってありがとうございます。大罪・・・確かにそうかもしれまん。それでも僕は、真実の探求を止めない。この作業だってそうです。未知を知ることは未来に繋がる。僕はそう信じている」
アスティは微笑んで言った。
「じゃあ、測量の続きをしますか」
朝、明るくなり始める頃に王城までの測量は終わり、二人はそれぞれ帰路についた。