1-7. ダンジョン潜入準備
次の日、エイルとアインツは再び冒険者ギルドを訪れた。
朝だというのに、昨日と変わらず冒険者達がひしめき合っている。
いつもこんな感じなのだろうかと考えていると、見知らぬ人物がすっと近づいてきた。
深い真紅のゴスロリワンピースを纏った、エルフの女性だった。
どこかの令嬢のような佇まいで、ギルドのざわついた空気から浮いて見える。
「ごきげんよう、“ブルーレース”の冒険者様」
……ブルーレース?
パーティ名をルイの店と同じ名前で登録したことを、エイルはようやく思い出した。
「私は本日からお二人のサポーターを努めさせていただきます、リコリス・ウィリアムズと申します。
どうか気軽にリコリスとお呼びくださいませ、ハイパー様、クリスト様」
そう言って、彼女は優雅にお辞儀をした。
……どこかで見たことがある気がする。
記憶を遡ると、昨日ギルドで視線を向けてきたあの冷たい眼差しのエルフの男性が思い浮かんだ。
服装や表情は違うが、顔が瓜二つだ。
さらに、白く長い髪に茶色のメッシュ――特徴まで全部一致している。
彼女の髪を束ね服装を入れ替えたら、全く見分けがつかないだろう。
「あの、どうかされましたか?」
リコリスにじっと見入っていたエイルはハッと我に返った。
しまった、と慌てて口を開く。
「あ、すみません。
昨日、ここで見かけた男性にそっくりだなって思って…………」
申し訳なさそうに笑うエイルに、リコリスは「あぁ」と声を上げた。
「恐らく、それは私の双子の兄だと思います」
「え?兄……?」
思わずエイルは目を丸くした。
確かに見た目はそっくりだが、冷徹そうな彼と無邪気そうな彼女では性格が真逆に見える。
兄妹と聞いて納得はできるが、にわかには信じがたい。
「ハイドと申しまして、 “アクアマリン騎士団”の幹部なのですよ。
普段はこちらに顔を出すことは滅多にないのですが、昨日は何か任務があったのでしょう」
騎士団の名前は、エイルも耳にしたことがある。
“秩序”を重んじ、警備や治安維持を行っている都市の要だ。
強力な冒険者すら監視・制裁できる実力者が集っていると聞く。
訓練のためにダンジョンに潜り、数えきれないほどの功績を挙げているという噂もある。
そんな騎士団の幹部の彼に目をつけられたのだ。
エイルの胸にずしりと重い不安が沈んだ。
「はぁ、来ていたなら一言くらい声を掛けてくださればよかったのに。
最近顔も見せてくれませんし、ほんっとうに冷たいお兄様です。
今度見かけたら、一発お仕置きして差し上げないといけませんね」
ムスッと膨れ顔を見せて、エイルは苦笑いを浮かべた。
どうやら兄妹仲は複雑なようだ。
もし。二人が同じ場所にいたら、一体どうなることやら。
そんな中、蚊帳の外になっていたアインツはコホンと咳払いした。
「あっ、申し訳ございません。
話が逸れてしまいました」
リコリスは小さく頭を下げ、ようやく本題に戻る。
エイルも、自分がここへ来た目的を思い出した。
「本日はダンジョンに潜りにいらしたのですか?」
アインツが「そうだ」と答えると、彼女はふっと柔らかく笑んだ。
「ではまず武器を支給させていただきますね」
彼女に案内されるがまま向かった先は、剣士用の武器庫だった。
中は相変わらず質素だが、豊富な種類の武器が所狭しと置かれている。
都市の武器屋でも、これほどの品揃えはそうそうないだろう。
こんなに充実した倉庫は、滅多にお目にかかれないはずだ。
「ここからお好きな装備をお選びくださいさせ。
私はクリスト様を魔術師用の武器庫にご案内して参ります。
お決まりになりましたら、倉庫の外にいらしてください。
それでは、ごゆっくりどうぞ」
リコリスは軽く会釈すると、ゆっくりと外へ出ていった。
武器の山を一つずつ手に取り、じっくりと吟味した。
その結果、エイルは一本の剣と軽装の防具を選んだ。
どちらも高級品ではないが、頑丈で作りも精巧だ。
剣は一見するとありふれたデザインだが、振るってみると驚くほど軽く手に吸い付くような感触がある。
まるで長年使い込んでいたかのように体に馴染み、すぐに信頼できる相棒になると確信できた。
一方の防具も、動きやすさを重視した軽量素材で作られている。
重厚な鎧ではないが、叩いてみると確かな硬さと弾力を感じる。
感覚で戦うエイルには、これ以上ないほど理想的な装備だ。
「うん、これでいいかな」
満足感を胸に壁の時計を見ると、思ったよりも時間は経っていなかった。
これ以上迷う必要もない。
エイルは装備を整えると、意を決して倉庫の外へと足を踏み出した。
「もういいのか?」
いきなり声を掛けられて反射的に振り向くと、アインツが壁にもたれかかっていた。
かなり待ちくたびれた様子だった。
「あれ?装備を貰いに行っていたんじゃ?」
「いや、必要ないからここで待ってた」
しかし、彼の手には、魔術師が持つべき杖などは見当たらない。
隣にいるリコリスの困り顔を見るに、支給を断ったらしいことがすぐにわかった。
だが専用の道具を使わなければ魔力が拡散してしまい、行使できない。
それはエイルですら知っている、この世界の常識だ。
アインツがそんな基本を知らないはずがない。
一体、何を考えているのだろう?
「えっと、本当に必要ありませんか?」
「ああ、逆に荷物になるだけだ」
リコリスの再確認を、アインツはあっさりと退けた。
これ以上説得は無駄だと悟ったのか、彼女は小さくため息をつくだけだった。
エイルは胸の奥に不安を抱えたまま、アインツを見つめた。
次に彼女から渡されたものは、冒険に必要な物品の数々だった。
野営用のテントに炊事器具、回復薬、バッグ、水筒――
どれも欠かせない代物だ。
これだけあれば、数日間は野外で生活できそうだ。
しかもどれも安物ではなく、しっかりとした品質のものばかりだった。
ギルドは表向きの華やかさよりも、こうしたサポートに資金を惜しまないのだろう。
改めて、その堅実さに感心させられた。
装備が整うと、二人はギルドの奥へと案内された。
そこには、巨大で重厚な扉がそびえ立っていた。
「こちらがダンジョンの入り口となります」
そう言って、リコリスは大扉をゆっくりと開けた。
中は外の質素さとは対照的に、石造りの厳かな空間が広がっていた。
天井の高いホールのような場所で、まるで大広間か儀式の祭壇のようだ。
多くの冒険者が集まり、受付よりもさらに熱気が漂っている。
しかし全体は灰色一色に塗りつぶされ、色彩というものがまるで存在しない。
その中央に円形に並ぶ五つの石扉と、複雑そうな魔法陣がうっすら描かれている。
エイルが想像していたダンジョンは、暗い洞窟や古びた遺跡だった。
だが、目の前の光景はまるで別世界――何か神聖な儀式の場のようだ。
エイルが驚愕している傍ら、アインツは少し落ち着きがない。
今にも飛び込みたいといった表情だ。
「こちらの“世界の扉”は手前からそれぞれworld A、world B、world C、world D、world Eと呼ばれる世界に繋がっております。
各世界は環境が大きく異なり、攻略難易度はAからEの順に上がります。
まずはworld Aで肩慣らしをして頂き、余裕が出ましたら次へ進まれるのをお勧めいたします」
確かにその方が良さそうだ。
魔剣の力を制御するために、一刻も早く強くならなければならない。
だが、焦りすぎて命を落とせばすべてが無駄になる。
それこそ、アルメリア達に合わせる顔がない。
ここは焦る気持ちを押させるべきだ。
「何かご質問はございますか?」
説明の終わったリコリスが、二人の様子を伺った。
「俺は以前学校の授業で何回か潜ったことがあるから特にない」
アインツの言葉に、エイルは合点がいった。
彼が退屈そうにしていたのは、すでに知っていたからなのだ。
どうりで早く中に入りたがるわけだ。
「えっと、私も大丈夫です」
「ふふっ、そうですか」
リコリスは、嬉しそうに柔らかく笑った。
ぴくぴくと耳が上下に揺れたのが、満足そうな気持ちを物語っていた。
「それでは、記念すべき最初のクエストを発注致しますね」
リコリスは紫色の瞳で二人をまっすぐ見つめた。
「内容は『world Aでゴブリンを一体討伐せよ』、です。
倒した証拠として、ゴブリンの角をご提出ください。
冒険者であれば誰でもこなせる内容ですので、あまり緊張なさらなくて大丈夫ですよ」
彼女の励ましに反して、エイルは生唾を飲み込んだ。
初心者向けのクエストとはいえ、これを達成できなければ一人前にはなれない。
これまでの訓練では、ずっと負け続きだった。
正直、勝てる姿など想像できない。
だがここで勝たなければ、すべてが台無しになる。
何があっても、成功させなければならない。
world Aの重い扉を開けると、中は漆黒の闇が広がっていた。
一寸先も見えず、黒い壁がただ佇んでいるかのようだ。
一瞬、足がすくんだ。
だが、その間にアインツはさっさと先へ進んでいってしまう。
慌てて、エイルも彼の背中を追いかけた。
「行ってらっしゃいませ」
リコリスはにこやかに手を振り、二人を静かに見送った。
<<人物紹介>>
名前:リコリス・ウィリアムズ
性別:女性
年齢:16歳
種族:エルフ
所属:冒険者ギルド(スタッフ)
特徴:かわいいものにはとげがある・・・?




