1-6. 冒険者登録
アインツと挨拶を交わした後、ルイに案内されて魔法店の二階に向かった。
そこは二人の暮らす住居になっていて、3LDKの空間が広がっていた。
質素な木造造りでやや狭いが、整理整頓されていて埃一つもない。
几帳面な性格の持ち主がいるのだろうか?
ルイは奥の空き部屋をエイルにあてがった。
長く使われていなかったようだが、ベッドや箪笥といった生活必需品が既にある。
埃もほとんどない。
どうやら客室として用意されていたらしい。
「今日はゆっくりするといい」
そう言い残して、ルイは階下へ戻っていった。
エイルはベッドに身を投げた。
見た目以上にふかふかで、思わず声が漏れてしまった。
自分の家ではないはずなのに、どこか心が温まる。
ぼんやり天井を見つめているうちに、今までの疲れがどっと押し寄せてきた。
やがて体が沈んでいくような感覚と共に、いつしか意識が闇へ落ちていった。
***
数日後、エイルはアインツと一緒に外へ出かけた。
冒険者登録を行うためだ。
ルイは特注の魔法薬の依頼でしばらく手を離せず、今回は同行しないという。
エイルは寂しさを覚えたが、「アインツがいれば大丈夫だ」と背中を押され、そのまま店を出た。
ただ感情を表に出さない彼が、不安げに目を細めていたのが少し気になった。
一方のアインツはまったく気にしていない様子だ。
ルイの気持ちに気づいていないようだった。
まぁ、気のせいだろう。
”天才”を自ら語っているのだから、大丈夫なはず。
エイルはそう思い込むことにした。
連れられたのは、都市の中心にある『冒険者ギルド』だった。
アインツ曰く、ダンジョンを管理を行う場所らしい。
冒険者はギルドから発注されるクエストをこなすのが基本で、未登録者はダンジョンに立ち入ることすらできない。
無謀な挑戦者を危険から守るための制度なのだという。
つまり、今日はエイルにとって『冒険者としての第一歩』を踏み出す日なのだ。
そんな冒険者ギルドの建物は、意外にも質素だった。
古びた木造で、外観も内装も飾り気がない。
そんな中に冒険者らしき人物が大勢いて、集会所に見間違えそうだ。
誰かとパーティーを組もうと様子を伺っている者や、クエスト掲示板にかじりついている者など、にぎやかだ。
その内何人かがエイル達に目を向けたが、服装から新人だと察したらしい。
全員すぐに興味を失ったようだった。
何となく、居心地の悪さを感じる。
そんな中アインツはそんな空気を一切気にしていない。
そのまま、空いている受付へとすたすた向かっていった。
「すみません、冒険者の登録をしたいんだが」
受付嬢は、にこやかに笑みを浮かべた。
「新規登録ですね。
では、こちらの書類にご記入をお願いします」
差し出された書類を受け取り、アインツはペンを手に取った。
ふと、鋭い視線を感じた。
エイルが振り向くと、少し離れた場所に一人の男性が立っていた。
すらりとした体格に、整った顔立ち。
だが、目つきはすごく冷たい。
耳が尖っており、エルフのようだ。
水色ベースのタキシードを身にまとい、まるで執事のような雰囲気を漂わせているが、ただの傍観者ではない。
その視線は、まっすぐエイルを射抜いていた。
目が合った瞬間、エイルの心臓が跳ねた。
彼の瞳は、汚れたものを見るかのような軽蔑と敵意に満ちていた。
(まさか、魔剣のことに気づいたんじゃ……?)
無言の圧力が、罪を暴かれるような錯覚を呼び起こす。
記憶の底に沈んでいた村の光景がよみがえり、背筋に冷たいものが走った。
エイルは耐えきれず、そっと視線を逸らした。
「ご記入ありがとうございます。
では、不備がないか確認いたしますね」
受付嬢が笑顔で書類を受け取ったが、その表情がすぐに曇った。
「……あの、大変申し上げにくいのですが…………
もう少し、丁寧に書いていただけますか?」
エイルが書類を覗き込むと、思わず顔が引きつってしまった。
――字が汚すぎて読めない。
『ミミズが這ったような文字』とはこのことだったのか。
線がうねっているようにしか見えず、何かの模様と勘違いしてしまう程だ。
もはや、芸術の域だ。
(あぁ……ルイが不安がっていたのって、これか)
「そうか?俺は問題なく読めるが」
アインツの真顔に、受付嬢の笑顔が一瞬引きつった気がした。
それを見て、エイルは呆れるしかなかった。
(…………ダメだ、この人)
「く、クリストさん。
私が代筆します。
どこに何を書けばいいのか、教えてくれますか?」
受付嬢が明らかにほっとした様子を見せる。
アインツはどこか納得がいかない表情だったが、エイルの提案に渋々頷いた。
記入した用紙を受付嬢が確認すると、にこやかに「問題ありません」と告げた。
「では、ダンジョンに潜る際の注意事項をお伝えしますね」
そう言って彼女は二人に向き直ると、静かに説明を始めた。
まず、ギルドのサポート体制について。
パーティーには、ギルドから専属のサポーターが一人つく。
サポーターはパーティーに見合ったクエストを提案し、必要な物を支給してくれるという。
ダンジョンに入る前には、必ずサポーターに声をかけるように念を押された。安全確保のための決まりらしい。
一体どんな人がつくのだろうか?
エイルは緊張とわずかな期待が入り混じった気持ちになった。
次に、ダンジョン内の禁止事項について。
一つ、必ず二人以上で潜ること。
二つ、他の冒険者を妨害や殺傷行為をしないこと。
三つ、魔物をダンジョンの外に連れ出さないこと。
これらを破った場合、最悪冒険者の資格を永久剥奪になるという。
けれど、よく考えれば当たり前のことだ。
普通に活動していれば、まず問題ないだろう。
「――以上が注意事項になります。
同意して頂けるようでしたら、こちらにリーダーのサインをお願いします」
エイルがアインツにペンを渡すと、彼は例の汚い文字で名前を書いた。
「以上で冒険者登録は完了です。
明日からサポーターが付きますので、いつでもいらしてください。
その際にギルドから簡単な装備品やアイテムを支給いたします」
あっけないほど簡単に、手続きは終わった。
これでエイルも正式に”冒険者”となったのだ。
だが、実感は全くない。
むしろ、これから魔物と戦わなければならない。
そんな現実が重くのしかかり、怖さがじわじわと胸に広がった。
本当に、強くなれるのだろうか?
魔剣を制御できるほどの強さを、手に入れられるんだろうか?
そんな不安を抱えたまま、エイルはアインツと共にギルドを後にした。
***
「あの、クリストさん」
帰り道にエイルが声をかけると、アインツは顔だけをこちらに向けた。
「アインツでいい。
敬語もいらない。
それと、ルイのことも名前で呼んであげてくれ。
きっと喜ぶはずだ」
いきなりの提案に、エイルは少し戸惑った。
まだ二人とは知り合ったばかりで、正直気まずい。
でも、ずっと堅苦しくしているわけにもいかない。
エイルは彼の心遣いを受け入れることにした。
「え、えっと……じゃあ、アインツ。
どうしてルイをメンバーに入れなかったの?」
アインツは少し考えこむと、視線を前に戻した。
実は、先ほどの登録用紙にルイの名前は記載しなかった。
エイルは当然、彼も一緒にダンジョンへ行くものだと思っていた。
魔剣のことを一目で見抜いた鋭い感覚、そして高い知識。
戦えないわけがないはずだ。
「それは、ルイが戦えないからだよ」
「……え?」
あまりに予想外の答えに、思わず足が止まりそうになる。
「確かに彼は魔法に詳しいし、決して弱いわけじゃない。
だが昔色々あったらしくてな、魔法を使うことにすごく懐疑的なんだ。
だから俺たちを支えてくれるが、一緒にダンジョンに潜れない――
そう本人が言っていた」
言葉を選ぶように話すアインツの横顔に、エイルは静かに息をのんだ。
そうだったのか。
ここまで面倒を見てくれているのに、これ以上は厚かましいだろう。
それにルイは全てを理解したうえで、アインツに託したはずだ。
エイルは胸に芽生えた小さな寂しさを、そっと飲み込んだ。
「じゃあ、基本的には私とアインツで二人で潜るってこと?」
「まぁ、そういうことだ」
しばらく沈黙が流れた。
アインツも口下手のようで、少し気まずい空気が漂う。
何か話題を探そうと必死に頭を回していると、突然アインツが振り返りまっすぐエイルを見た。
「明日、早速ダンジョンに潜るよ」
その言葉が、今までよりもずっと鮮明に響いた。
<<人物紹介>>
名前:アインツ・クリスト
性別:男性
年齢:18歳
所属:ブルーレース魔法店(店員)
職業:”天才”魔術師
特徴:興味あること以外ズボラ




