1-5. 頼れる仲間(?)との出会い
都市パライバトルマリンに到着し、荷台から降ろしてもらった。
荷台を引いてくれた人に簡単なお礼を告げると、エイルは初めての都市の景色に目を奪われた。
アウイナイト村と比べものにならないほど、個々は活気に満ちていた。
人々の服装も、建物の造りも何もかもが見慣れない。
大通りでは露店がずらりと並び、アクセサリーや雑貨、食べ物、武器などあらゆるものが売られている。
至るところで客と店主が声を張り上げて値段交渉しており、その熱気に圧倒されそうになる。
人の流れも激しく、油断すればぶつかってしまいそうだ。
村では到底想像できなかった喧騒に目を丸くしながら、エイルはルイの背中を追いかけた。
やがて二人は、一軒の店前で足を止めた。
看板には『ブルーレース魔法店』と書かれている。
「ここだ」
ルイが短く告げると、そのまま扉を開けて中に入っていった。
(ここに、入るの……?)
店の放つ独特のオーラに圧倒され、エイルの足は止まった。
神秘的で、どこか禍々しさすら感じる。
もしこれまでの経緯が無ければ、絶対に近づこうと思わないだろう。
だが、いつまでも立ち尽くしていても仕方ない。
エイルは小さく深呼吸をし、思い切って扉を開けた。
店内は外からの光がほとんど入っていない。
代わりにランプ型の魔道具の明かりが静かに灯っていた。
棚や机には、様々な魔道具や素材が雑然と並べられている。
エイルは陳列された品々を手に取り、まじまじと眺めた。
見覚えのある生活用の道具もあれば、用途すら想像できない道具まである。
どうやら日常使いのものから専門的な品まで、幅広く扱っているようだ。
「へぇ、じゃあ魔力ってその人の経験に影響されるのね」
店の奥から、女性の声が聞こえた。
声の方へ進むと、ルイの前で男女が話し込んでいる。
「ああ。
人間は魔物と違って、魔力生成に特化した器官を持たない。
だか生存本能が刺激されると、既存の器官を応用して魔力を作る。
それに一度に使える魔力量は生存願望の強さや極限の経験の積み重ねで、理論的には増すはずだ。
まぁ、今では特殊な訓練によって誰でも魔法を使える時代だが――ん?」
こちらに気づいたのか、男が振り向いた。
同時に女性も振り返り、「あら」と小さく笑って口元を手で隠した。
男は、“漆黒“そのものを体現しているような人物だった。
清潔な黒髪に黒いシャツ、コート、ズボン、手袋まで黒一色だ。
首元には透明な宝石が飾られたループタイを締めている。
血の気のない白い肌が、その装いをより際立たせていた。
人の良さそうな顔立ちだが、どこか掴みどころのない雰囲気を纏っている。
どうやら彼がルイの言っていた“店番”らしい。
一方の女性は、客のようで舞台から飛び出したような“妖艶”さを放っていた。
女優のように整った顔に、口元の小さなホクロが色気を添えている。
髪は濃緑に黄緑のインナーカラーが入り、サラサラとしたロングヘア。
灰色のタイトなロングワンピースが、豊満な胸元を強調している。
そんな彼女の肩には黒い蛇が絡み、右手には煙管。
その姿はどこか異質で、独特な存在感があった。
「ルイ、戻ったのか」
男が声を掛けるのをよそに、ルイは女性をじっと睨んだ。
「……パナサー、また来ていたのか。
病院はどうした?」
パナサーと呼ばれた女性は、意外にも医者らしい。
その見た目からはとても想像できず、むしろモデルにしか見えなかった。
(世の中にはいろんな人がいるんだな……)
エイルは心の中でそっと呟いた。
「あら、心配してくれるの?
お姉さん嬉しいわ」
にこやかに彼女はルイの頭を撫でようとするも、無表情で振り払われてしまった。
少し気の毒そうだった。
「ところで、そっちの子は?」
パナサーが視線を向けると、場の空気が一瞬にしてエイルに集中した。
思わず背筋が伸びてしまった。
「ああ、この子は――」
ルイが説明を始めようとした途端、漆黒の男がずかずかとエイルに近寄った。
そして興味深げに鋭い視線を向け、じろじろと隅々まで観察し始める。
「え?あ、あの…………」
動揺するエイルをよそに、男はさらに顔を近づけ執拗に観察を続ける。
その黒い瞳は、全てを見透かすように深く、底知れない冷たさを帯びていた。
そして突然、満足そうに笑みを浮かべた彼がエイルの耳元で囁いた。
「――君、“魔剣”を手にしたね?」
一気に血の気が引いた。
相手はエイルのことを何も知らないはずだ。
それにも関わらず、ただ見ただけで魔剣のことを言い当ててきた。
彼は何者なのか?
どこまで知っているのだろう?
まさか、自分の全てを見透かしているのでは……?
そういえば、ルイは『よほど魔法に詳しい者でない限りは気づかないが、君の体から微かに独特な魔力を感じる』と言っていた。
さっきの会話の内容を踏まえると、彼は“魔法に詳しい者”なのだろうか?
「アインツ、相手怖がっているわよ?」
エイルが真っ青で震えているのに気づくと、アインツは慌てて一歩引いた。
「すまない、怖がらせるつもりはなかったんだ」
彼は申し訳なさそうに頭を少し下げた。
その姿に、エイルはほんのわずか緊張を解いた。
「あら、もうこんな時間。
そろそろ帰らせてもらうわね」
パナサーが扉の方へ向かいながら、さっと振り返る。
どうやら、ここから先の話には立ち入らない方がいいと察したようだ。
彼女がエイルの目の前を通り過ぎると、ふんわりと上品な香りが漂った。
しかしその足が突然止まり、思い出したかのように声を上げた。
「あっ、そうそう。
一番大事なことを忘れてたわ」
彼女は再びアインツのもとに戻ると、紙袋を一つ手渡した。
「はいこれ、いつもの薬よ。
多分、三十日は持つはずだわ」
どうやらアインツは何らかの持病を抱えているようだ。
彼女が度々ここを訪れる理由の一つは、きっとこれだろう。
「すまない、助かる。
いつもありがとう」
「それと、ついでにルイ君にこれあげる」
そう言うと、今度は赤い液体が入った瓶をルイに渡した。
「患者さんからぶどうジュースを貰ったの。
でも、ウチの病院で誰も飲まなくて困っていてね。
良かったら飲んで頂戴。
どうやら良いものらしいわよ」
ルイは目を輝かせ、まるで子供が大好きなおもちゃを手にしたかのように喜んだ。
その眩しい姿に、エイルは思わず微笑んだ。
パナサーが彼の頭を撫でたくなる気持ちが、今ならよくわかる。
そんなルイの様子に、パナサーは小さく笑った。
「じゃあ、今度こそ失礼するわね」
パナサーが去った後も、しばらくルイは瓶を見つめて嬉しそうにしていた。
「――で、そろそろ事情を説明してくれないか?」
アインツの呆れたような声にルイはハッと我に返り、机に瓶を置くといつもの無表情に戻った。
ルイはエイルに起きたことを淡々と説明した。
魔剣のこと、村で起きた悲劇、エイルが抱える危険性――――
アインツは真剣な顔で一切相槌を打たず、ただ静かに耳を傾けていた。
一方エイルは自分の現実を改めて言葉にされて、胸が強く締め付けられる。
「……なるほど」
話が終わると、アインツは短く呟き顎に手を添えたまま考え込んだ。
「つまり、こいつを強い冒険者に育てたいんだな。
そのためにはパーティーを組める仲間と、指導役が必要だ。
ルイ、俺にそれを任せたいんだろ?」
「流石だ、説明が省ける」
彼が即座にルイの意図を汲み取ったことに、エイルは驚きを隠せなかった。
なるほど、魔剣のことを一目で見抜いたのも納得だ。
この人を絶対に敵に絶対回したくない――そう思ってしまった。
「丁度俺も、ダンジョンの最奥に何があるのか気になっていたところだ。
だが、パーティーを組んでくれる人がいなくて困っていてな。
ルイには世話になっているし、それに何より……
魔剣の持ち主がどんな人物なのか、すごく興味がある」
『パーティーを組んでくれる人がいない』という言葉が少し気になった。
しかし、ルイへの恩義と好奇心が勝ったのだろう。
むしろこういう理由があった方が、かえって信用できる。
アインツはエイルの方を向き、再び歩み寄った。
「俺はアインツ・クリスト。
ハーキマークォーツ魔法学校出身の天才魔術師だ」
そう言って、彼は堂々と手を差し出した。
自分を”天才”と言い切る人には初めて会ったが、その瞳には相当な自信と覚悟が宿っている。
「エイル・ハイパー、です。
色々ご迷惑をお掛けするかもですが、よろしくお願いします」
恐る恐る、覚悟を決めてエイルは手を伸ばした。
そうして二人は固い握手を交わした。
<<人物紹介>>
名前:ルイ・ロートブラット
性別:男性
年齢:26歳(自称)
所属:ブルーレース魔法店(店主)
専門:魔法全般(特に歴史)
特徴:仏頂面ときどきお子様




