4-9. 預けられる背中
アインツは舞い上がる砂と灰を邪魔くさそうに、手で払い除けながら近付いてきた。
そしてエイルの前に立つと、軽くげんこつを落とす。
「いてっ!!」
想像以上に、本気の一撃だった。
脳天を擦ると、少しだけ腫れ上がっている気がする。
どうやらそれが、魔剣の力を無断で使った罰みたいだ。
「……そうだ、アインツ! ロバートが――」
「分かっている」
アインツはエイルの後ろで蹲るロバートの方へ向かった。
ロバートは必死で傷口を抑えているが、血が溢れ続けている。
アインツが怪我の度合いを確認しようと彼の手を退かすと、更に多くの血が砂の上に落ちた。
「見事に貫通しているな。
少し待ってくれ、回復薬をかけてやるから」
「あぁ……頼む……」
アインツは懐から小さな瓶を取り出した。
蓋を取って一旦ロバートの方を見て、彼は一旦手を止める。
少し間を置いて相手が頷くのを確認すると、アインツは傷口に中身を全てぶちまけた。
「ぐっ――!!」
ロバートは薬が沁みるのを、顔を歪ませながら堪えた。
エイルとアインツは思わず目を細めたが、彼が痛がるのをただ見守る。
その甲斐あってか、しばらくすると出血は止まり彼の顔つきが和らいだ。
「まだ完全には塞がってないから、今すぐ病院に行ったほうがいいんだが……
行く気はさらさらないだろ?」
「そうだな……オレには、自分の命より大事な使命がある……!」
ロバートはふらつく足をなんとか抑え込んで立ち上がった。
だがすぐにバランスを崩しそうになり、エイルに支えられる。
アインツは慣れたかのようにその様子を眺めていると、あからさまにため息を漏らした。
ロバートのシャツには大量の血が広がり、その中心には小さな穴が開いていた。
それを見てエイルは再び強い罪悪感に襲われ、居た堪れない気持ちになる。
「ご、ごめんなさい……私なんかのせいで、こんな……」
「気にすんな、お互い様だろ。
……まぁでも、本当に反省してるんならこの後ちゃんと事情をはな――」
ロバートが言い終わりそうな時だった。
遠くから、おぞましい金切り声が響きわたった。
それと同時に、強い殺気で周囲の温度がさらに下がる。
その感覚は、エイルの体に既に染み付いたものだった。
「まさか……ノスフェル!?」
まずい。
ただでも急がないといけないのに、ここで厄介な相手に見つかるとは。
慌てて離れようにも、怪我人を抱えてはそんなに急げない。
一体どうすれば、奴から逃げ切れる……!?
突然、アインツが二人に背中を向けた。
「さっきの攻撃で遺物も破壊したが、遅かったか。
……お前達は行け、あいつは俺が抑える」
「――えっ!?」
開いた口が塞がらなかった。
ノスフェルはあの騎士団でも戦闘を避けるような相手だ。
エイルが倒したときも、仲間の尽力と偶然が重なってギリギリだった。
いくらアインツとはいえ、一人で渡り合うのは危なすぎる。
しかし、当の本人は自信に溢れている。
というより、楽しそうで仕方がない様子だ。
「お前達に気を使う必要がないなら、足止めくらい楽勝だ。
色々試したいこともあるし、やっと全力で暴れられるかもしれない」
確かに彼は一度も、ノスフェルを倒すのは不可能とは言っていない。
だからって、無茶をするには変わりないだろう。
エイルはアインツを引き留めようとしたが、ロバートに止められた。
「今は彼に任せるしかない」と、彼は目で訴えてきた。
実際優先順位を考えたら、本当にそれしかなかった。
「ほら、邪魔だから早く行け」
アインツは煩わしそうに、エイル達を手で追い払う仕草をした。
エイルは出かけた言葉を飲み込んで、後ろを向き歩きずらそうなロバートに肩を貸す。
そして振り返ることなく、足早に去っていった。
残されたアインツの背後には、禍々しい気配が迫っていた。
姿は見えないものの、相手がアインツに狙いを定めているのが分かる。
だが彼の心は、小躍りしていた。
不敵に笑みを浮かべている彼の頭には、どうやって調理しようかということしかない。
敵が現れるのが待ち遠しくて、遊ぶのをずっと我慢していた子供みたいになっている。
「……さぁて、お前はどこまで耐えられるかな?
俺を本気にさせるくらい強ければ、とても嬉しんだが」
そう吐き捨てた矢先、突如氷塊が砕けて地面から大きな影が姿を現した。
***
エイルとロバートは必死にヤンソンの追いかけた。
幸い砂の上に真新しい足跡があり、彼の後を辿るのはそこまで難しくない。
だが、怪我のせいでスピードが出せなかった。
ロバートは全速力はおろか、走ることもままならない。
そのため早足で歩くも、時々血の混じった咳をしていた。
「ロバート……担ごうか?」
「だ、大丈夫だ。
これくらいなら――いっつ!」
彼はエイルを気遣っているらしく、出来るだけ笑顔を装っていた。
しかし、重傷を負っている事実は変わらない。
エイルでもかなり無理をしているのは嫌でも分かる。
「オレは何がなんでも、先生ともう1回話さなきゃならない。
それで学生達を問い詰めて、取り返しのつく前に愚行を止めないと。
だったら、ここで止まるわけには……!」
ロバートはエイルに支えられながらも、歩みを止めなかった。
2人にはかなりの身長差があった。
そもそもエイルが彼を担ぐのは、物理的に不可能なのだ。
だからこそロバートは、悲鳴を上げる体を酷使するしか方法がなかった。
エイルは何かできないかと、必死に考えを巡らせた。
そんな中、目の前の地平線から魔物の姿が現れる。
「……! ちょっと止まるね!」
エイルは一旦ロバートをその場に座らせた。
その後前に出て、剣を構える。
2人のスピードでは、遅かれ早かれ衝突するのが目に見えていた。
しかも相手は3体。
今の状態で逃げ切るのは不可能だろう。
だったら対処できる時にやってしまったほうが、確実だ。
魔物の姿は徐々に大きくなり、すぐに目前まで迫ってきた。
そこでエイルは地面を蹴り、敵に突っ込む。
「はぁぁぁぁぁぁ!!」
エイルは可能な限り手早く、魔物を倒そうとした。
そのために魔物のコアだけを狙い、無駄な動きは極力減らす。
そのかいあってか、わずか三撃で全個体を屠ることに成功した。
「ロバート! 先を急ごう!!」
エイルは少し急ぎ気味に彼の手を掴み、再び歩き出した。
さっきの魔物は恐らく、遺物に引き寄せられたのだろう。
大半はアインツが倒してくれたが、元々遠くにいた個体がまだこちらに向かってきているらしい。
だとしたら、まだ魔物が押し寄せてくるかもしれない……!
案の定、エイルの予想通りだった。
少し進んだところで、再び魔物の姿が遠くから見え始める。
(どうしよ……! このままじゃきりがない!!)
ただでも急がないといけないのに、こんなところで足止めを食らうわけには行かない。
でも、魔物は対処しないと駄目だ。
このままでは、いちいち向かってくる度に止まる羽目になる。
「あぁもう、やっぱ使う羽目になるのかよ!」
ロバートは突然、やけくそ気味にポシェットを漁り出した。
そしてすぐに、あるものを取り出す。
「それって、ルイがくれたレポジティオ!?」
確か、ルイがその中にモササウルスを入れていたはず。
今彼が持っているということは、その状態のままずっと持ち歩いていたのだろう。
だとしたら、つまり……
「最終調整はまだだし、先生の前で使ったら火に油を注ぐだけだからな。
最終手段のつもりだったんだが……うまく動かなくても笑うなよ!」
ロバートはそう言って、魔力をレポジティオに込め始めた。
すると遺物は隙間から黄色い光を放ち始めた。
それは徐々に強くなり、やがて眩しいくらいにまで達する。
だが一瞬、光が弱くなった。
そう思った矢先、突然這い出るように金色の何かがぬるりと出てくる。
最初指先くらいの大きさだったそれはまたたく間に巨大化し、見上げるほどの巨竜へと変化した。
「……よし、ひとまず問題なさそうだな。
じゃあいっちょ試運転してみるか!」
ロバートは少し楽しげに、モササウルスに魔力を送り始めた。
モササウルスはそれに呼応するように、目に緑色の光が灯り始める。
そしてギシギシと機械音を立てながらゆっくりと起き上がり、宙に浮いた。
その姿を見て、エイルは思わず息をのんだ。
「――これが、ロバートの……最高傑作」
巨竜はこちらに向かって、堂々とした佇まいを見せた。
動いてない状態で見たことはあったが、迫力が全然違う。
魔導人形でありながらそれは、命が躍動しているかのようだった。
これが本当に人の手で作り出したものとは、到底信じられない。
「ちっ、魔物が迫ってる……
ひとっ飛びするぞ!」
「え、ちょ――」
ロバートは咄嗟に、モササウルスを操り始めた。
するとそれは大きく弧を描くように、空中を優雅に泳いだ。
その光景に圧巻されている中、モササウルスはエイルに向かってくる。
そして大きな口を開けて、エイルを優しく咥えると空高くに向かって上り始めた。
「あわわわわ……!!」
いつの間にか、十メートル以上上空にまで来ていた。
向かってきていた魔物が、今では米粒のように小さい。
こんな高い場所に行くのは、エイルは初めてだった。
「……見つけた!
あっちに先生達がいる!
飛ばすぞ!!」
ロバートは知らない内に、モササウルスの背中にしがみついていたらしい。
どこか意気揚々とした声がしたかと思うと、巨竜はそのまま特定の方向へと泳ぎ始める。
そのスピードはかなり速く、内臓が引きずられるような感覚に襲われた。
「――いやぁぁぁぁぁぁ!!」
エイルは恐怖のあまり、情けない悲鳴を出していた。
その一方でロバートは作業用ゴーグルを付け、怪我のことを忘れて爆笑していた。
<<同刻ギルドにて>>
エドワード「ウィリアムズ、ここにうさぎの獣人が来なかったか?」
リコリス「……」
エドワード「答えろ。同胞を尋問する気は毛頭ない」
リコリス「……(小さく頷く)」
エドワード「そうか、では外で待つとしよう。この建物を出た時に、一斉に被疑者を逮捕する。貴様のことだ、協力してくれることを期待する」
リコリス「…………」
(リコリスは俯いたまま微動だにしなかった)




