4-8. 師弟の深い溝
ヤンソンは2人の目の前で、なんの躊躇いもなくアッドゥクティオを起動させた。
「前回はアインツ君が同行していたせいで、かなり生ぬるかったようですね。
しかし、今は不在です。
エイル君をまた巻き込んでしまうのには心がとても痛みますが、やむを得ません」
そう言うと彼は二人の手の届かない場所へと、遺物を投げてしまった。
前回無事に帰還できたが、今回は状況が違う。
最大戦力のアインツがいない中、魔物の集団とやり合うなんて無謀にもほどがある。
(アインツが壊したのに……!
遺物って、同じやつが幾つもあるの!?)
エイルは疑問を抱えながらも、咄嗟にアッドゥクティオが転がる方向へと駆け出した。
早く壊さないと、大変なことになる。
「エイル! 下だ!!」
ロバートの一声にエイルが反射的に退くと、前方の砂の中から魔物が飛び出してきた。
何とか咄嗟に動いてコアを貫くも、今度は背後に現れる。
そうやって次々と敵が現れるせいで、遺物に一向に近づけない。
(こんなに魔物がひっきりなしに来るんじゃ、ヤンソン先生自身も危ないんじゃ……!?)
そう思いヤンソンを目視するも、彼は平然とその場に立ち尽くしている。
周囲にいる魔物は彼に関心を示すどころか、むしろ避けていた。
そんなありえない光景に、エイルは危うく魔物を屠る手を止めてしまいそうになる。
そんなエイルの考えを察してか、ヤンソンが徐に口を開く。
「非力な学生を連れて、手ぶらでこんな危険地帯に来るわけないでしょう?
私は自分で開発した、魔物避けの魔導具を持っているのですよ。
かなり狭い範囲でしか効果ありませんが、こんな魔物の密集地帯でも襲われることはありません。
無論、学生も1人1人所持しています」
そういうことだったのか。
この前も今も、自分達が襲われる危険がないからこそこんな危ないことができるのだ。
でもこれはギルドの規則、『他の冒険者を襲ってはいけない』ことに反している。
いくらダンジョン内で証拠が残りづらいからって、やり過ぎだ。
「あなたはどうして、こんな非道なことができるんですか!?
これじゃあ殺戮兵器を開発して大量虐殺をするのと同じじゃないですか!?」
エイルは苛立ちのあまり、喉が裂けるような勢いで叫んだ。
一瞬、ヤンソンの顔に陰りが生じた気がする。
エイルの言ったことが、正論だと思ったのかもしれない。
しかし彼は、表向きの平然さを崩すことなかった。
「貴方達と一緒にしないでください。
このままロバート君が突き進めば、一体どれほどの人間が犠牲になり得るのですか?
取り返しのつかないことになる前に、無理にでも止めるのが教師としての責務です。
……例え、貴方達を殺すことになったとしても」
駄目だ、こちらの話を聞く気すらない。
と言うより、引き返せないところまで来てしまって意固地になっている。
このままでは、ただヤンソンとの溝が深まるばかりだ。
エイルは反論しようとしたが、敵を捌くのが精一杯になってしまい口を開く余裕がない。
ロバートも魔物の攻撃を躱すのに精一杯で、何も言わない。
自分が無意味にもがいているような感じがして、エイルはとても気分が悪かった。
言葉にできない思いが沸々と大きくなっていき、どんどん体の中で激しく蠢いていく。
やがて抑えきれなくなり、エイルは自然と呼吸が荒くなっていた。
その時だった。
体の奥底に眠る何かが、エイルの激情に呼応し始めた。
それは徐々に大きく胎動していき、体の外に出ていく。
――青白い、小さな稲妻のような形として。
エイルは無意識に、魔剣の力を使っていた。
しかしただでもうまく扱えないのに冷静さを欠いているせいで、一切制御できていない。
エイルの体にまとわりついているそれは、徐々に大きくなっていく。
やがて無秩序に辺りを攻撃し始め、周囲の魔物を巻き込みながら辺りに雷を落とし始める。
そんな中エイル本人は、感情に飲み込まれてしまっている。
そのせいで暴走寸前なのはおろか、今自分がどんな状態なのかもわかっていなかった。
「なんですか、この膨大な力は……?
まさか、スキルの暴走ですか!?」
あの冷静なヤンソンでさえ、流石に状況を飲み込めなかった。
ロバートも同様だ。
2人ともエイルが魔剣と融合していることを知らない。
だからこそ、どう対処すればいいのか分からなかった。
だがロバートは、反射的にエイルの元へ走り出した。
「――っ!? ロバート君!!」
ヤンソンが慌てて制止しようとした。
でもロバートは耳を傾けることなく、魔物の間を縫いながら全速力で駆ける。
一体、エイルに何が起こっているのか分からない。
しかし、正体不明のものが暴走しつつあるのは明らかだ。
このまま放っておくのはまずい。
最悪、人の命に関わりかねない。
幸い、謎の力のおかげで道は開けている。
魔物達も、ロバートの速さに追いつけていない。
(何とかして、エイルの目を覚まさせないと……!)
止める手段は思いつかない。
でも、我を忘れかけているエイルを一喝することはできる。
その為だけに、ロバートは激しい落雷の中を疾走し続けた。
しかし、雷を避けるのは不可能だった。
ロバートは気づかないうちに、腹部に稲妻が直撃してしまう。
「がっ――!!」
当たったところから鮮血が飛び散り、激痛が走った。
雷に打たれたというのに、感電は一切しなかった。
むしろ、稲妻の形をした刃物に突き刺されたような感じだ。
ロバートの腹には小さな穴ができ、背中にまで貫通していた。
その光景を目にしたエイルは、あまりもの衝撃で我に返った。
「……え?」
気付いた時には、ロバートは地面に倒れていた。
腹を抑える手からは血が零れ落ち、口からも少し流れている。
その時には、青白い稲妻は跡形もなく消えていた。
「――ロバート!? しっかりして!!!」
エイルは咄嗟に彼に駆け寄った。
傷口が深いせいで、血が止まる気配がない。
一刻も早く止血しないと、命に関わる重傷だ。
エイルの頭は真っ白になった。
まさか、自分のせいでロバートを傷つけてしまうなんて。
こんな事態にならないよう、必死に強くなろうとしていたのに。
彼になんて謝罪すればいいのか、分からない。
ロバートは痛みを堪えながら、体を起こした。
そしてエイルの肩を血まみれになった手でしっかりと掴んだ。
「オレは……大丈夫、だ……ゴボッ!
それより……周り…………!!」
血を吐きながらの必死の訴えに促されるように、エイルは周囲に目を向けた。
いつの間にか、魔物に取り囲まれている。
逃げ道も、助けもない。
混乱に乗じて去ったのか、ヤンソンの姿も消えている。
……このままだと、敵の餌食になる。
エイルは咄嗟に剣を構えた。
ロバートを怪我させたことを謝りたい。
どうしてそんな無茶をしたのかって叱りたい。
早く彼の治療をしたい。
でも、状況がそれを許していくれない。
エイルは一体、どうすればいいのか分からなかった。
その間にも、魔物達はじりじりとエイル達に近づいていく。
そんな時、突如上空に無数の氷柱が生じた。
それらはエイル達が呆気にとられている間に、垂直に落下する。
同時に、魔物達は一斉に灰と化した。
視界は、砂埃と灰で真っ白になっていた。
周囲にある氷のせいか、かなり肌寒くも感じる。
一体何事かと考えている2人の耳に、ある声が聞こえてくる。
「……全く、その力は使うなと最初に忠告しただろ?
今度俺の指示を無視したらどうなるか保証できないぞ?七番」
声の主は、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
そして氷塊の裏から、ひょっこりと頭を掻きながら姿を現す。
……アインツだ。
<<同刻ギルド前にて>>
エドワード「……貴様ら、堂々と被疑者に出し抜かれたようだな」
騎士団員「ジキル隊長! 申し訳ありません、全力で追いかけたのですが予想以上に足が速くてギルド内に逃げられてしまいました」
エドワード「知っている。奴らの視界を見ていた。仕方ない、逮捕はできないが人探しという名目で居場所を確認してくる」
騎士団員「承知いたしました。ところで、こちらにいらっしゃるのが遅かったですね。何かありましたか?」
エドワード「どういうわけか、道を尋ねられたりつまらないトラブルに巻き込まれたりして足止めを食らった。偶然にしては出来すぎているような気がするが……」
(その時、道中でアインツらしき人物の横を通り過ぎたことに気づいた)
エドワード「……まさか」




