4-2. 安堵後の大事件
3人は少しだけ休憩を挟んだ後、ダンジョンの入り口に帰還した。
魔物に飲み込まれて服が溶けたとはいえ、今回はほぼ一人で大型の個体を討伐することができた。
本当に着々と、エイルは自分の実力が上がってきているのを感じていた。
嬉しくて、周囲から見てもかなり上機嫌で何があったのかある程度予想できるくらいだ。
「さて、さっさと報告して帰るか」
アインツはエイルの様子なんざ気にも止めないで、いつも通りマイペースにさっさと歩いていく。
エイルが我に返って慌てて後を追いかけ始めたとき、隣にいたロバートが歩み寄ってきた。
「今日の夕飯、オマエの好きなチーズピザにしてやろうか?」
「えっ! いいの!?」
エイルは目を輝かせてロバートをまじまじと見た。
彼は期待に答えるように、「おう!」と言って親指を立てる。
思わずエイルは大喜びで、子供のようにはしゃぎ始めた。
2人が冒険者ギルドの受付に来ると、既にアインツはリコリスと話し始めていた。
クエスト達成の報告をしているように見える。
「あれ……? ルイ?」
彼らの隣には、魔法店にいるはずのルイがいた。
彼がここにいるなんて、一体何の用事があるのだろう?
いつものことだが、フードで顔の半分が隠れているせいで表情が読み取れない。
よく見ると、アインツとリコリスは事務的な話のわりにとても険しい顔をしている。
どうやらクエストとは別の話をしているようで、エイルは首を傾げた。
ルイはエイル達に気がつくと、慌ててこちらに駆け寄ってきた。
そしてロバートの腕を急に掴み、強引に引っ張りだす。
ルイがこんなに焦っているのは、村の壊滅でエイルが自暴自棄になったとき以来だ。
「君の工房が燃えている」
「……は?」
ロバートは状況を飲み込めず、情けない声を漏らした。
ルイはそんな彼を無理やり連れて、何処かに走り去ってしまう。
エイルもしばらくぽかんとしていた。
でもルイの言葉が何度も頭の中でこだましたことで、やっと何が起こっているのかを理解した。
(――燃えている!?
何で!? 嘘でしょ!?)
エイルは衝動的にロバート達を追いかけ始めた。
リコリスも心配で追いかけようとしたが、今仕事を投げ出すわけにも行かずそのまま立ちすくむしかなかった。
一方アインツは無表情で、3人が立ち去るのを見守りリコリスと事務的な話を再開する。
まるで赤の他人のように。
エイルがロバートの工房に辿り着いたときには、既に大きな火柱が上がっていた。
建物はもう既に半壊しており、炎の中で未だにガラガラと音を立てて崩れている。
何人もの消防隊が必死に消火活動をしているが、一向に火の勢いは止まりそうになかった。
ロバートは、呆然と立ち尽くしていた。
当然だ。
エイルやルイでさえも、言葉を失う光景が目の前にあるのだから。
3人はただその場で、火事の現場を見守ることしかできない。
そんな中、ふとエイルの頭にある事がよぎる。
「――っ!?
ロバート! モササウルスは!?」
彼が留守にしている間、モササウルスは工房の中にあった筈だ。
だとしたら今、彼の全てを詰め込んだ作品は今炎に包まれていることになる。
それは彼にとってどんなことなのか、想像は容易い。
たがロバートは一切取り乱さなかった。
彼が返答する代わりに、ルイが自分の懐をあさりあるものを取り出した。
それは、十二面体の小さな遺物だった。
「このRepositioの中に保管してある。
君達が潜っている間、魔導人形を預かって欲しいとロバートに頼まれてこの中に入れていた。
魔力を込めれば取り出せる、君にこのまま返そう」
ルイはロバートに遺物を差し出した。
ロバートはゆっくりと頷き、「ありがとう」と言ってそれを受け取った。
流石と言うべきだろうか?
本人の用心のおかげで、一応最悪の事態は免れたようだ。
ルイも彼の期待に答えるべく、持ち歩きやすくしてくれた。
エイルはそっと胸を撫で下ろした。
しかし、まだ突っかかりが残っていた。
「なんで、火事が起きたの……?」
この前工房に訪れた時、火事の原因となるものはなかったはずだ。
必死に記憶の中を探っても、それらしきものは置いてあった記憶がない。
その状態で、無人の建物の中で火が起こるだろうか?
……放火?
可能性はあり得るが、工房はレンガ造りだ。
外から油をまいたとしても、中々燃えないはずだ。
だとしたら、誰かが入って火をつけたということになる。
でも中はロバートが仕掛けた侵入者用の罠があちこちにある。
そんなことは用意ではないだろう。
(待って……罠の中には、確か…………)
そこでエイルは、急に寒気に襲われた。
「……資料の近くには、発火する罠が仕掛けてある。
ソイツが作動すれば、こうなる」
ロバートが下を向いて、ぼそっと呟いた。
だがすぐに唇を噛み締めて、体を震わせ始めた。
その後、近くに落ちていた黒焦げの残骸を思い切り蹴飛ばす。
「誰だ! オレの工房に入ったヤツは!?
クソッ!!」
ロバートはそこら中に、当たり散らしていた。
エイルとルイは、そんな彼を止めることはできなかった。
情報漏洩対策とはいえ、実際に作動するなんて思いもしなかっただろう。
彼が失ったものは、とても多い。
いつかはこうなるかもしれないと覚悟していただろう。
それでもつらいことには変わりないはず。
そう思ったからこそ、ロバートをただ見ていることしかできなかった。
工房が全壊し火が弱まり始めた時、ようやくロバートは落ち着き始めた。
だがまだ怒りが収まらないようで、息を荒げている。
「――しないと」
ふと彼が、小声で何かを囁いた。
最初は聞き取れなかった。
しかし、ロバートはもう一度自分に言い聞かせるように同じことをはっきりと口にする。
「犯人を探さないと……!
資料が盗まれているかもしれない!!」
ロバートは突然、火事の現場へと歩き出した。
どうやら自分で調査をするつもりらしい。
まだ鎮火されていないにも関わらず。
「ちょ、ちょっと待って!」
エイルは慌ててロバートの前に立ち塞がった。
彼は見たこともない恐ろしい形相で、エイルを睨んでいる。
――ロバートが以前教えてくれた、技術師の3つの責務。
彼はそのうちの2つ、技術悪用への事前対処と監視を完全に全うできなかった。
だとしたら、最後の1つ……
盗まれた技術が悪用される前に、全力でそれを阻止しなければならない。
ロバートはその責任の重さから、我を忘れかけているみたいだった。
思わずたじろいでしまったが、ここは彼を落ち着かせないとまずい。
「今はまだ危ないよ!
完全に火が消えてからじゃないと!」
ロバートは両手を力一杯握りしめた。
そこからは、僅かに血が滴り落ちている。
エイルの言った通り、今は危険だと分かっているみたいだ。
しかし彼の感情は抑えられなかった。
ロバートは突然エイルの胸倉を掴み、大声で怒鳴り始める。
「オレの技術が盗まれることが、どれだけヤバイことか教えただろ!!
オレが火傷を負う事なんざ、些細なことにしかならない!
早く犯人を見つけないと、さらに大惨事になりかねないんだぞ!!」
彼は完全に自責の念に飲まれていた。
怒りと焦りが、彼の中で激しく渦巻いている。
冷静さを失っているのは一目瞭然だった。
それでもエイルは、彼を止めようと真っ直ぐ目を見つめた。
ロバートはキリキリと歯ぎしりし、必死に理性と本能の間で戦っている。
しかし、彼はエイルをそのまま突き飛ばしてしまった。
そしてそのまま、再び足早に歩を進める。
その時だった。
「「「■■■!!!」」」
ルイが、急に何かを叫んだ。
何か言葉を発したようだが、突然のことで聞き取れなかった。
しかも外にいるにも関わらず、声が何重にも反響していた。
まるで、何かの術を使ったかのように。
すると、ロバートはぴたっと立ち止まった。
……いや、違う。
動けなくなったのだ。
必死に悶えているが、その場から少しも微動だにしない。
本人にも何が起こっているのか分からない様子で、かなり戸惑っていて大汗をかいている。
ルイはコートの裾を引きずりながら、ゆっくりとロバートに近づく。
「エイルの言う通りだ、落ち着いた方がいい。
今の君では、冷静に対処できないだろう。
一日で大きく変わることはない、一旦頭を冷やすんだ」
ルイが言い終わると、ロバートは急に解放されたように倒れ込んだ。
無理やり止まらされたせいで、少し冷静になったらしい。
彼は息を切らして、しばらくそのまま俯いていた。
<<アクアマリン騎士団刑事隊の報告書の抜粋>>
9月12日の夕方ごろ、パライバトルマリンの市街地で火災が発生。
家主の男性は当時外出中で、死傷者はゼロ。
しかし火災が起きた工房は全壊し、かなり激しく燃えた模様。
原因は放火または魔術の暴走などが考えられるが、詳細は現場の調査と被害者の聴取を行う必要あり。
最近事件を頻繁に起こしているマリーガーネット・ファミリーの関与の可能性を考慮し、今回は隊長が直々に調査することとなった。




