外伝Ⅴ ブルーレースの料理事情
その日のお昼ごろ、ロバートはアメトリン酒場に向かっていた。
クライドは「全てが片付いたら顔を出せ」と言われたが、何年もの間彼には会ってはいなかった。
故郷にいたころは勿論、都市に来てからも色々と世話になったのに、流石に申し訳なかった。
だからロバートは仕事の合間を見て、準備中の酒場に顔を出してクライドと少しだけ話そうかと思ったのだ。
久々の酒場の外観は、最後に来た時と全く変わっていなかった。
営業時間外のため少し寂しげだが、デザインや装飾は開店当初のままだ。
「あれから6年か……
月日が流れるのって、早いな……」
当時冒険者を引退したばかりのクライドは稼ぎを得るために、趣味の料理を活かそうと酒場を建てた。
店員は魔法学校に入学したてのロバートと、なぜか一緒に上京してきた幼馴染のシルヴィ、ユリア、フィーネの4人。
最初はこじんまりと営業していたが、クライドの料理の腕が口コミで広まりいつの間にか都市一の酒場になっていた。
そんな中ロバートの学業が忙しくなり、店の手伝いをやめてしまった。
もちろんみんなにちゃんとその旨を説明し、一人抜けて忙しくなるのに誰も文句を言わなかった。
代わりにかけられたのは、「頑張れ」という応援の言葉だった。
それ以降ロバートは時々合間を縫って店に行っていたが、ヤンソンと揉めたころからぱったりと行かなくなった。
肉体的にも精神的にもきつくなってしまい、余裕がなかったのだ。
それに退学まですることになり、ますますみんなに合わせる顔がなくなってしまった。
(みんな、元気かな?
その前におじさんにボコボコにされそうだが……)
クライドは、何年も消息を絶っていたロバートを確実に怒っているだろう。
彼は手加減というものを知らないから、本気で殴ってくるはずだ。
今回は吐くだけで済めばいいのだが。
そんなことを考えながら、おそるおそるロバートは店の扉を開けた。
内装も、昔の記憶のままだった。
以前より傷が増えたりと少し全体的に古くなっていたが、本当に何も変わっていない。
「ごめんなさい、今準備中なんです」
奥のキッチンから、懐かしい声が聞こえた。
とても優しくて、温かみのある声色。
やがて声の主のフィーネが、カウンターに顔を出した。
フィーネはロバートの顔を見て、固まってしまった。
あまりもの衝撃で、持っていたお皿を落としたのに気づいていないほどだ。
「フィーネ、どうしたの?」
彼女のただならぬ様子を見て、シルヴィ、ユリアも出てきた。
2人もフィーネ同様、ロバートを見て驚きを隠せなかった。
「あははは……みんな、久しぶり……」
ロバートは気まずそうに、耳の裏をかき始めた。
3人は目の前にいる人物が誰なのか、信じられないようだ。
長い沈黙の後、フィーネが突然しゃっくりを上げながら泣き始めた。
「ロバート……ロバートォォォ!
うわぁぁぁぁん!」
フィーネは号泣しながら、ロバートに思い切り抱き着いた。
よほど心配していたみたいだ。
あまりにも嬉しすぎて、言葉を発することができないようだった。
「全く、女の子を泣かせるなんて罪深いなぁ。
ロバートはんは」
そう言いながら、やれやれ言わんばかりにユリアは呆れ返っていた。
だが明らかに久々の再会を喜んでいるようだった。
一方シルヴィは、下を向いて肩を震わせている。
そして大股でロバートに近づいたかと思うと、鬼の形相で彼の長い耳を引っ張った。
「いてててて!
や、やめろシルヴィ! 千切れる、千切れるから!」
「ロバート! 今までどこにいたんだミャ!
フィーネなんか心配で、不眠症になりかけてたんだよ!
店長に殺される前に、シルヴィが一回殺してあげるミャ!」
シルヴィは怒りのあまり、都市に来てから言わなくなった”ミャ口調”が無意識に出てしまっている。
更にロバートの耳元で鼓膜を破る勢いでシャーシャー言っている。
気が付いたフィーネがシルヴィをなだめようとしたが、彼女の怒りは静まる気配がなかった。
このままでは本当にシルヴィに殺されてもおかしくない。
(これ、マジで生きて帰れないかもな……)
ロバートは死を本気で覚悟した。
そんな中、奥からなぜかエイルが出てきた。
「ねぇ、シルヴィ。
この後どうすれば――あれ? ロバート?」
「え、エイル?
何でこんなところに?」
予想外の人物が出てきたことに、ロバートは驚きを隠せなかった。
エイルに酒場にいる理由を聞くと、シルヴィ達に料理を習いに来たとのことだった。
ブルーレース魔法店のメンバーは、どうやらまともに料理できる人がいないらしい。
ある時ルイが手料理を振舞ってくれたことがあったそうだが、出されたのは真っ黒な消し炭料理だった。
どうやら火加減の調整がとても下手で、何もかも焦がしてしまうらしい。
後日、今度はアインツが料理をしてくれたそうだ。
だが出されたものはバジルパスタにチョコソースを和え、あんこと牡蠣を乗せたものだった。
どうやら彼は料理の腕自体は申し分ないものの、レシピ通りに作らずにオリジナルの何かを作ってしまうそうだ。
大体9割以上の確率で、食べられるものではないらしい。
そのせいでいつも出来合いのものを買って食べたり、外食をする毎日だそうだ。
だがそれでは、食費がとてもかさんでしまう。
今月はとうとう、家計簿が赤字になってしまったらしい。
「でも私料理したことなくて、包丁も握ったことないんだ。
だからシルヴィ達に教えてもらって、少しでも食費を節約できるようになればと思って」
今日がそのレッスンの初日らしい。
基本的な調理器具の使い方を教えながら、簡単なシチューを手始めに作ろうとしていたようだ。
材料の野菜を切り始めたころ、ロバートが突然現れたというわけらしい。
「なるほどな、それは……愁傷様。
だが、目がいいな。
コイツらは確かに料理がうまいから、数日で簡単なものは作れるようになるはずだぞ」
「本当!?」
エイルは喜びを隠せずにいた。
よほど困っていたようだ。
因みにクライドはタイミング悪く不在のようだ。
どうやら重要な予定があるらしく、営業時間まで帰ってこないそうだ。
「仕方ないか、後日また顔を出すことにするよ。
ちゃんと落ち着いておじさんと話したいしな」
いつの間にか、シルヴィとフィーネはロバートから離れていた。
エイルと話している間に、気持ちが落ち着いたようだ。
もっとも、シルヴィは相変わらず脹れていたが。
だが折角来たのだ。
ロバートはシルヴィ達と昔話に花を咲かせながら、エイルの料理の手伝いをすることにした。
「――で、何でこうなった?」
完成したのは、虹色のどろどろした何かだった。
ちゃんと4人体制でしっかりと教えたし、エイルも真面目に指導を聞いていた。
一体どこで間違えたのだろう?
見たことのない、すごいものが出来上がった。
そのうえ調理中に包丁は折れ、お玉は変形、鍋の底まで溶けかけた。
明らかに、異常だ。
「エイルって、なんというか……
凄いね、こんなことは始めてだよ。
あ、あははは……」
流石のフィーネも、苦笑していた。
ここまで来ると、エイルの料理のセンスを褒めたくなってしまう。
悪い意味で。
「ご、ごめん……
みんな頑張って教えてくれたのに……
それに調理器具壊しちゃったし……」
「気にしないで、予備はいくらでもあるから!
……でも、どうする?
誰が試食する?」
シルヴィの”試食”という単語に、五人は固唾を飲んだ。
金属製の器具を変形させるほどの料理。
普通なら捨てるだろうが、改善点を知るためにも誰かが試食しないといけない。
アドバイスのために、エイル以外の人間が。
「ロバートはん、一口だけ食べてみぃ」
「は!? 何でオレ!」
ユリアの提案に、ロバートは青ざめた。
「だって、何年も行方をくらませとったし。
みんなを心配させた責任取ってや?
嫌なら無理やり食べさせるから」
彼女の言葉に、シルヴィとフィーネも賛同している。
エイルは可哀想にロバートを見ている。
ロバートは、絶句せざるを得なかった。
イスに座り、ロバートは料理をまじまじと眺めた。
シチューのつもりでつくったものは、明らかに食べ物ではない。
毒物よりも危険なものだと、本能が訴えかけていた。
だが、見た目が悪いだけという可能性もある。
案外食べると、とても絶品かもしれない。
そうだ、絶対にそうだ。
ロバートはそう心の中で自分に必死に言い聞かせた。
恐る恐るスプーンで虹色の液体を掬うと、糸が引いた。
明らかにヤバいものだ。
だがここで食べないと、ユリアに無理やり口にねじ込まれる羽目になる。
どのみち口に入れないといけない運命には変わりなかった。
ロバートは目を瞑り、覚悟を決めてスプーンを口の中に入れた。
「――っ!
うぐっ、ごぼごぼごぼ……」
ロバートはすぐに白目をむき、泡を吹きながら倒れた。
「ロバート……? ロバート!」
エイルが反射的に駆け寄ると、彼はあまりものショックで気絶していた。
幸い料理を飲み込む前だったため、口の中を洗浄してしばらく彼を横にさせた。
数時間後、ロバートは意識を取り戻した。
「――うっ、おぇっ!
……い、生きてる……?」
反射的に嘔吐しかけていたが、何とか生き返ることができた。
だが彼の顔色は、とても青白いままだった。
「……エイル、良心で言わせてもらう。
どんなに練習しても、オマエに料理は絶対無理だ。
例え死にかけたとしても、絶対にするな。
生でそのまま食った方がマシだ」
「うっ……はい……」
弱々しくも力強い訴えに、エイルは首を縦に振るしかなかった。
もはや、センスの問題ではない。
完全に人を殺すことのできる、破壊兵器をエイルはつくりだしたのだ。
これでは、どんなことがあろうと台所に立たせない方が絶対にいい。
ロバートはそう考えざるを得なかった。
「でも、それならどうする?
食費の問題はこれで白紙に戻っちゃったわけだけど」
確かに、シルヴィのいう通りだ。
まともな料理ができる人間がいないのなら、この問題は解決しない。
であれば、ここは肌を脱ぐほかない。
「ったく、オレが代わりに作るよ。
難しいもんは無理だが、一通りの料理はおじさんに教わってる。
……まぁ、オレの応援をしてくれる礼ってことで」
エイルは一瞬躊躇したが、ロバートの提案を喜んで受け入れてくれた。
こうしてロバートは、半ば住み込みで魔法店のメンバーの食事を賄うことになった。
簡素な料理が多かったが、それでもみんなおいしいと言ってくれて悪い気はしなかった。
しかし、ロバートは時々こう思うことがあった。
「……俺って技術師だよな?
何でこんなことしてるんだ?」
<<作者の一言メモ>>
うさぎの耳はデリケートです。
絶対に引っ張らないでください。
愛でるときは、優しく頭をモフモフしましょう。




