3-12. 技術師の3つの義務
大きさは、3メートルを優に超えているだろうか?
数多の部品が組み合わさってできた魔道人形は、巨大な海竜の化石の見た目をしている。
鋭く大きな爪に、魔物をいとも簡単に飲み込めそうな顎……
物理的に攻撃されただけでも、重傷を負いかねないほどだ。
口の中はとても複雑そうな構造をしていて、明らかにただの魔道具ではなかった。
言葉を失ったエイルとは反対に、ロバートはとても目を輝かせていた。
ロバートの説明では、モササウルスには彼独自の技術が詰め込まれている。
その中でも一番の目玉は、”遺物の応用技術”だそうだ。
遺物は現代の魔道具よりも性能は優れているが、使い勝手が悪いというデメリットがある。
そのため遺物が日常生活で使われることは滅多にないし、何かに利用されるケースもない。
そこに目をつけたのが、学生時代のロバートだった。
彼は遺物を専門としていたヤンソンに教えを請い、必要な知識と技術を身に付けた。
それらを駆使して作り上げたのが、なんと『遺物を魔道具に組み込ませる』技術だった。
これにより遺物の使い勝手は向上するうえに、汎用性も高くなる。
例えば、物を浮かせることのできる遺物があったとする。
この遺物は周囲のものを浮かせることができるが、浮かせる範囲や対象を選ぶことができない。
しかしロバートの技術で魔道具に加工すれば、いろんなところで使うことができるようになる。
彼が思いつく限りでも、既に何通りかはある。
例えば重たいものに取り付けて浮かせたり、浮かせる対象を設定できるようにしたり、より広範囲のものを対象にできるようにしたり……
エイルでもわかるほどの、とても画期的な技術だ。
モササウルスには、3つの遺物が組み込まれている。
1つ目は先程例に挙げたものを浮かせる遺物、レウィタティオ。
これは主にモササウルスを使うために組み込んだそうだ。
見た目の通り、モササウルスはとても重くて一人で持ち歩くことなんて不可能だ。
それに動かす時も重たすぎて、あまりにも使い勝手が悪すぎる。
しかしモササウルスを浮かせてしまえば、それらの不安はある程度解消される。
魔力を注げば自動的に浮くように設計しているそうで、宙を悠々と泳ぐように動くらしい。
2つ目は魔力を増幅させる遺物、アンプリフィカティオ。
モササウルス使用時の魔力消費量を軽減させるためのものだ。
この遺物は、注がれた魔力を何倍にも増幅させることができる。
とても優秀な性能だが、応用できないせいで今まで注目されたことが無いそうだ。
でもロバートの技術を使えば、少量の魔力で十分稼働するらしい。
もしアンプリフィカティオの応用技術が広まったら、普通の生活が一体どれだけ便利になるのだろう?
3つ目はこの魔道人形の一番の目玉で、あらゆる攻撃を通さない遺物、プラエシディウム。
この遺物の効果は、あらゆるものを通さない透明な障壁を貼るというものだ。
かなり強固らしく、ノスフェルの攻撃を受けてもびくともしないらしい。
これを組み込むことで、モササウルスはどんな攻撃を食らっても平気らしい。
自動的に作動させることは難しいが、割と簡単に障壁を張ることができる。
そのため、このモササウルスを盾にすることが可能だ。
遺物の応用技術の他にも、モササウルスには魔法を圧縮して前方に放つこともできるらしい。
この技術を使って雷魔法を放つと、ビームを出すこともできるそうだ。
ここまで聞いたエイルでも、モササウルスの画期的な技術と危険性は十分に理解できた。
確かにこの技術を使えば、より高性能の殺戮兵器を作れる。
ヤンソンが危惧するのも納得だ。
上手く使えば魔物を効率よく狩ることができるが、人に向けた時は――
そう考えると、エイルはとても怖くなった。
「どうして、この人形を作ろうと思ったの?」
「え? かっこいいからだけど?」
即答だった。
モササウルスの危険性と開発の動機の重さがかみ合わな過ぎて、エイルは戸惑った。
そんな軽いノリで、こんなものを作ってよいのだろうか?
戦いに特化した魔道人形を。
「でも、ロバートはモササウルスと開発した技術の危険性は十分理解しているんだよね?」
「あぁ」
「ヤンソン先生があなたに言ったことも間違っていないって思っている?」
「あぁ」
「先生が全力で止めに来ている理由も、分かっているんだよね?」
「あぁ」
エイルの深刻な質問に対して、ロバートは淡々と返した。
決してめんどくさがって適当に返事しているわけではない。
まるで当たり前のことに対して答えている、そんな感じだった。
「じゃあどうして、ここまで追い詰められても止まらないの?」
「そりゃあ、オレの小さい頃からの夢だからさ」
「でも……」
確かに、夢を追い続けることはとても素晴らしいことだ。
しかしその危うさを熟知している上に、自分の立場も犠牲にしているなら話は違う。
決して、ロマンで済まされる話ではない。
ロバートはエイルの表情を見て、とても真剣な顔をした。
「確かにオレが作ろうとしているのは、滅茶苦茶危ないもんだ。
だが、そこいらに転がってる鉛筆でさえ相手の首に刺せば死んでしまうように、どんなものも人殺しの道具になり得る。
ただの想像しやすいかどうかの問題さ。
そんなことをいちいち恐れてちゃあ、何にも出来なくなっちまう。
だからオレ達開発者が新しいもんを生み出す時には、最低三つのルールを守らなきゃいけない」
そう言うと彼は右手を握り、言葉に合わせるように一本ずつ立てていった。
「一つ、『あらゆる可能性を考慮して事前に対処できることはする』
一つ、『開発したものを悪用されないように常にアンテナを張る』
一つ、『万が一悪用された場合それを全力で阻止するよう努める』
これらの義務を守れない奴は開発者として失格だし、最悪取り返しのつかないことになる。
オレは少なくともそれを理解してるし、全身全霊をかけて実践している自負がある。
だから誰に何を言われようと、オレがやると決めた限りはやり続けるのさ」
ロバートはエイルに近づき、真剣な眼差してエイルの目の奥を覗いた。
彼は今までに見たことのない、本気で信念を曲げたくないという強い意志が滲み出ていた。
「モササウルスは完成しても、どこかに公表するつもりはない。
それに悪用されないよう、最強の魔道人形だと証明できれば壊してオレの自己満足で完結させるつもりだ。
その為なら、オレが罪人扱いされたとしても構わない。
だがな、オレの問題に周囲を巻き込むつもりは毛頭ない。
だからこれ以上、オレに関わってほしくないんだ。
これで納得できたか?」
「……」
ロバートの信念に対して、エイルは言葉が出なかった。
彼の説明は、エイルにとって十分に納得できるものだった。
ロバートの異常な執念は、本人も含め誰にも止めることはできない。
だからエイル達と距離を取ろうとするのも共感できる。
だが、彼は完全に狂っているわけではない。
自分の夢を叶えるために、ありとあらゆることを考慮して全力を注いでいる。
そのために『技術師の責務』を自問自答し、自分なりの答えを出した。
加えて開発者として重要なことを夢と一緒に天秤にかけ、名誉を捨て去った。
自分の作業場や成果、最高傑作すらも犠牲にするつもりでいる。
そこまでして最悪の事態を考慮して突き進むなんて、決して真似できるものではない。
だからこそ、エイルはロバートをますます放っとけなくなった。
エイル自身も、成り行きとはいえ幼い頃の夢を叶えるために突き進んでいる。
故郷を滅ぼしたという、とても重たい罪を背負いながら。
そんな自分の生い立ちを、自然と彼に重ねてしまうのだ。
ロバートが夢を叶えることができるのなら、自分も”おとぎ話の英雄”になることができるのではないか?
つい、そう考えてしまう。
「……応援したい」
そう、自然と口からこぼれてしまう程に。
ロバートはエイルのつぶやきを聞いて、目を丸くしていた。
「やっぱり応援したい、ロバートの夢を!
あなたが何を考えて、私達を思って離れた理由も十分分かった。
でも、だからこそ放っておけないよ!
このままだと、あなたは一人でつぶれてしまいそうな気がするんだ。
できるなら、ロバートの背負うものを私も一緒に背負わせてくれる?
だって、同じ冒険者パーティーの仲間じゃん?」
エイルは湧き上がった感情をそのまま、ロバートにぶつけた。
反論しようと彼は口を開けたが、エイルのまっすぐな目を見てそれをやめた。
エイルの目にはうっすらと涙を浮かんでおり、真剣ながらも優しい表情している。
ロバートは軽く唇を噛み締めた。
「……今度は死ぬかもしれないぞ?」
エイルは力強く頷いた。
冒険者になった時点で、既に死ぬ覚悟はできている。
ただ何に殺される可能性があるかという問題だ。
そんなの、エイルにとってはどうでもよかった。
ロバートは思わず目を伏せた。
想像以上に彼は、色々と背負い込んでしまっていたようだ。
顔を隠すその姿からは、嬉しさが滲み出ているような気がした。
「……本当に、いいのか?」
「うん」
彼の消えそうな呟きに、エイルははっきりと答えた。
ロバートの肩は、注視しないと分からないくらい僅かに震えていた。
そんな彼に、エイルは明るく声を掛けた。
「改めてよろしく、凄腕の開発者さん」
「…………あぁ」
ロバートは下を向いたまま、けれどしっかりと言葉を返した。
こうして冒険パーティー”ブルーレース”は、正式に新しい仲間を迎えることになった。
<<後日談>>
エイル「そういえば、クライドさんから伝言を預かってるよ」
ロバート「げ! おじさんから!? ……な、なんだって?」
エイル「『全部片付いたら酒場に来い。でないと殴り込みに行く』だって」
ロバート「……『来ても来なくても殴る』の間違いだろ、あの人の場合は。はぁ、カタが付いたら殺されに行くか。エイル、骨は回収してくれよ?」
エイル「わ、分かった……」




