3-11. 孤独な工房
エイルはクライドからもらった地図を片手に一目散に走った。
かなり簡易的な地図だったから少し迷いかけたが、それでも足を止めることはない。
最初は雑多な街中を縫うように進んでいたが、いつの間にか人気のない場所に出ていた。
地図を見た限り、この辺りにロバートの作業場があるはずだ。
そう思って周囲を見渡すと、ある平屋が目に入った。
レンガ造りの頑丈な建物で、玄関のドアも金庫の扉のような重厚な金属製。
窓ガラスには一面に紙が張られていて、中の様子が全く確認できない。
かなり異様な雰囲気を醸し出しているが、このこじんまりとした平屋が目的地のようだ。
中の音も全く聞こえず、人の気配らしきものも感じられない。
ロバートがいるかどうか分からなかった。
エイルは勇気を振り絞って、玄関の前に立ち軽くノックした。
……何の反応もない。
仕方なく今度は強めにドアをたたいたが、それでも音沙汰がない。
試しにドアノブを回してみるも、鍵がかかっている。
もしかすると、不在なのかもしれない。
でも、あんな別れ方をしたのだ。
エイルに会いたくないだけの可能性もある。
そうであれば、ここで諦めてはいけない。
(どうしよう? ここで待ってようかな……?)
そう考えていると、無意識にポケットに触れていた。
そこにはいつもこっそり忍ばせているピッキング工具がある。
もし中にいるのであれば、会えるかもしれない。
例え不在だったとしても、調べればロバートのことが少しでも分かるかもしれない。
よくないことだとはわかっているが、入らない理由は……ない。
エイルは考えた挙句に、ポケットから工具を取り出した。
その時だった。
「……エイル?」
背後から突然、声を掛けられた。
慌てて工具を引っ込めて振り返ると、買い物帰りのロバートが立っていた。
彼は予想外の人物が工房の前に立っていることに、目を丸くしていた。
「どうして、ここに……?」
「あ、えっと……」
とても、気まずい。
どこから話すべきだろうか?
いざ本人を目の前にすると、頭が回らなくなる上に目を合わせられない。
ロバートも居心地悪そうにしている。
けれど、ここでしっかり向き合わないと。
エイルは勇気を出して、ロバートの質問に答えた。
「……どうしても、ロバートが抜けることが納得できなかったんだ。
私達を思って、離れたことは分かってる。
でも、それでも、こんなこと受け入れられない」
エイルは一度軽く深呼吸をした後、感情の赴くままに言葉を紡いだ。
「せめて、あなたがどうしてそこまで開発にこだわるのか、一体どんなものを作っているのかだけでも聞かせてほしい!
お願い、最後のワガママだと思って教えて……!」
「……」
ロバートは耳の裏をかき始めた。
相当悩んでいるようだった。
だが、ここは譲れない。
どんな理由であろうとも、しっかりとした説明を聞くまではここを離れるつもりはない。
そんなエイルの気持ちは、ロバートにも伝わったようだった。
彼は大きなため息をつくと、諦めたかのような顔を見せた。
「――はぁ、仕方ないなぁ。
ちゃんと話すから、中に入れよ。
ただし、これ以上オレのところに来んな。
それといろんなもんがあって危ないから、怪我しないためにもオレの言うことは聞け。
いいな?」
「うん、分かった」
エイルが頷くと、ロバートは玄関の扉で何か作業を始めた。
「しかし、オマエが無理して入らなくてよかった。
実は、侵入者防止用の仕掛けを玄関に施してあってな。
オレが解除する前に中に入れば、罠が発動して体が痺れて動けなくなるところだったぞ」
「えっ?」
エイルは耳を疑った。
もしタイミングが悪ければ、今頃痛い目を見ていたということだ。
でも、防犯対策とはいえどうしてそんな危ない仕掛けを……?
そう考えるエイルをよそに、ロバートは慣れた手つきで作業を終わらせてドアを開けた。
「ほら、上がれ。
中にも色々仕掛けがあるから、オレの後ろをしっかりとついてこい。
周囲のものにも触るなよ?」
ロバートの催促に促されるままに、エイルは工房へと踏み入れた。
中は部屋を仕切る壁は全くなく、広い部屋に魔道具や専用の工具であふれかえっていた。
一応丁寧に整理整頓されているようではあるが、物が多すぎるせいでごちゃごちゃしている印象を植え付けられる。
これが工房なのかと感心してしまうような光景だった。
「ここでくつろいでくれ、今お茶持ってくる」
ロバートは近くにあった椅子に座るように、エイルを促した。
エイルが腰を下ろした後、ロバートは簡易的な備え付けのキッチンでお湯を沸かし始めた。
よく見ると、未完成のような魔道具も多く置かれていた。
実際に今組み立て中のものもあるらしく、小さなはしごがいくつも置かれている。
それに奥の方には、布で覆われた巨大な何かがある。
普段見ないものがあふれているせいで、エイルの興味は尽きることが無かった。
しまいには、無意識に近くの工具に手を伸ばしてしまう程だ。
「おい、勝手に触るな!
こう見えてあちこちに侵入者用の罠があるんだ。
そこにも仕掛けが隠してある、眺めるだけにしてくれ!」
お茶を持ってきたロバートの一喝に、エイルは我に返った。
渡されたお茶をすすって少し気持ちを整理した後、彼にここに来てから思っていたことをぶつけた。
「ねぇ、どうしてこんなに罠を仕掛けてるの?」
「ん? ああ……」
ロバートも目張りした窓を眺めながら、お茶を少し飲んだ。
思いの他にも彼は、友達を家に誘った時のような感じでとてもリラックスしている。
逆にエイルの方が緊張していて、体が強張っていた。
「オレが作ってる魔道具の危険性はある程度知ってるだろ?
先生に『殺戮兵器』と揶揄された技術を盗まれちゃあ、何が起こるか分かったもんじゃない。
だから念入りに罠を張って、オレの技術が流出しないようにしてるんだ。
中には、発動するとこの工房が燃えちまう仕掛けもあるんだぜ?」
「えっ! そこまで!」
驚かざるを得なかった。
この作業場が燃えたら、ロバートの全てを失うのも同然だ。
道具に自作の魔道具、重要な資料、設計図……
彼にとって大切なものを投げうってでも、その技術の悪用を防ごうとしているのだ。
ロバートは、自分が開発しているものの危険性を甘く見ているわけではなかった。
むしろ、誰よりも警戒している。
「大した問題じゃないさ。
道具は買い直せばいいだけの話だし、本当に大事な情報はオレの頭ん中に全部ある。
それにそもそも重要な設計図とか資料はどこにもない。
ここにあるのは、作りかけの魔道具と残しとかないと制作に支障が出るレベルの情報のメモだけさ」
「つまり、たとえ泥棒が入っても重要な情報は盗めないってこと?」
「そういうこった」
技術者や研究者というのは、細かい記録を残さないといけない。
アインツから聞いたことだ。
でないと、発見したことや開発したことが自分で行ったことを証明できない上に、信憑性を保証できない。
最悪の場合全ての成果をなかったことにされるか、剽窃や不正の疑いがかけられる。
だから、『記録を残す』というのはその分野の人間にとってとても重要なことなのだ。
それをロバートは、ほとんど捨てている。
これは明らかに異常なことだった。
彼は自分の成果をなかったことにされたとしても、今の開発に全てを捧げているということだ。
そこまで徹底して情報漏洩を防いでいるとなると、当然根本的な疑問が再び湧いてくる。
「ロバート、あなたは一体何を作っているの?」
「……」
エイルの疑問に対して、ロバートは沈黙した。
しばらくすると、ぬるくなったお茶を机において奥の方へと歩いて行った。
向かった先は、さっき目に入った布に覆われたものだった。
「――コイツだよ」
彼は布を勢いよく引っ張った。
そこにあったのは、巨大な機械仕掛けの恐竜の化石のような魔道人形だった。
「コイツの名前は、モササウルス。
オレの最高傑作だ」
<<ある図鑑からの抜粋>>
モササウルスは、絶滅した巨大な水棲爬虫類である。
かつて捕食者として海の頂点に立ち、ワニのようなシルエットに大きなひれを持つ。
泳ぐスビートはとても早く、陸上の恐竜すら襲っていたのではないかともいわれている。




