3-10. 沈黙のSOS
ロバートが去った後、エイルは何も身に入らなかった。
どうしても彼の脱退が納得できず、四六時中どうすればいいのか考えてしまう。
退院後、リコリスにヤンソンの妨害行為に対してギルドで罰せないのかと相談した。
しかし、彼女は悲しそうに首を横に振った。
ヤンソンの行為の証拠となるものは一切なく、例の遺物も壊してしまった上に手元にない。
その状態では訴えても白を切られて終わるだけだと、リコリスは言った。
エイルはやり場のない感情を、ただのみ込むことしかできなかった。
その後、酒場のシルヴィ達と一緒にダンジョンに潜った。
でもエイルは上の空で、ろくに剣を振るうことができなかった。
みんなエイルの様子を見て何も声を掛けられなかった。
この状態ではかえって逆効果だと考えたアインツは、エイルが持ち直すまで休暇期間にすることにした。
「あいつが出ていったのは、俺達を思ってのことだ。
無理に急ぐ必要はない。
ゆっくり気持ちを整理してくれ」
魔法店に戻った後、彼はエイルにそう告げた。
エイルが軽く頷くと、アインツは部屋に戻った。
それから何日もの間、エイルは都市をただ散歩する毎日を送っていた。
本当はこういう時にお店の手伝いをした方がいいのだろう。
だけど、ルイは無理に手伝う必要はないと言った。
「今は気持ちを整理した方がいい。
店の仕事で気持ちが紛れるなら、それで構わない。
しかし、逆に負担になってほしくない。
普段手伝ってくれているのだから、気負わなくていい」
ルイはエイルの頭を撫でた。
彼の気遣いに、胸がきつく締められた。
だからエイルは、毎日気の赴くままにぶらぶらと歩いていた。
都市のざわめきを尻目に頭を空っぽにして、無意識に足を動かす。
そうすることで、少しだけ心の痛みが和らいだのだ。
それでも、胸の奥のつっかかりは消えなかった。
時間が経つにつれその感覚は薄くなったが、なんとなく慣れてきただけのような気がした。
少し休める場所にたどり着いた時には、ぼうっと景色を眺めながら解決案を考えた。
でも、妙案は思いつかない。
それ以前に、今ロバートがどこにいるのかさえ分からない。
まさにお手上げだった。
ある日、エイルは公園のベンチに座って小川を眺めていた。
そしていつものように考えに耽っていると、誰かがゆっくりと近づいてくる。
「オマエ、あん時の冒険者か?」
ゆっくりと相手の方を向くと、酒場の店長クライドが立っていた。
食料の入った紙袋を持っていることから察するに、買い出しの帰りみたいだ。
「随分しけた顔をしているな」
そう言って、クライドはエイルの隣に座った。
彼の声色は、いつもみたいに威圧的ではなかった。
強面の彼らしくないとても優しく儚い感じで、逆になんだか落ち着かなかった。
長い間、2人とも言葉を発しなかった。
エイルは何か話題をふる気力はなく、クライドも無理に話しかけようとしなかった。
静かに2人で噴水を眺めていたが、逆にその方が気楽だった。
そんな中、沈黙を破ったのはクライドのほうだった。
「何をそんなに悩んでいる?」
「……え?」
正直、彼が率直に聞いてくるのは予想外だった。
顔を覗くと、いつにもまして真剣だった。
「オレはこれでも酒場の人間だ。
誰かに相談しづらいことで悩んでいることくらい想像できる。
ここで吐き出してちまえばどうだ?
何なら聞かなかったことにしてやる」
クライドは懐から煙草を取り出し、火をつけた。
なんとなく、彼に相談するのがはばかられた。
個人的なことに、無関係な人を巻き込みたくはなかった。
それに言葉にしてしまえば、今度こそ本当にロバートを失ってしまいそうで怖かった。
だからエイルは、下を向いて黙り込むしかなかった。
「あ?吐かないつもりか?
だったらもう一度腹に一発拳を――」
「わ、分かりました!
言います、言いますから!
腹パンだけはよしてください!」
拳を強く握りしめた彼を、エイルは慌ててなだめた。
こうなったら、彼に全てを話さないと殺されかねない。
エイルはため息をついて、腹を括りぽつぽつと話し始めた。
ロバートのことを一部始終話している間、クライドは静かにタバコを吸っていた。
一切相槌を打たずに、エイルの話を遮らないようにしていた。
アメトリン酒場が繁盛している理由は、味だけではなくこういった店長の隠れた優しさにもあるのかもしれない。
エイルが全てを話し終えると、クライドは口から煙を思い切り吐き出した。
「……あのバカ、どこをほっつき歩いているかと思えばまた一人で抱え込みやがって。
ったく、本当にどうしようもない奴だな」
「え?知り合いなんですか?」
彼の反応に、エイルは驚きを隠せなかった。
クライドは眉間にしわを寄せていて、明らかに機嫌が悪い。
しかしその怒りの矛先は、エイルではなくロバートのようだ。
「……ロバートは、オレの甥だ」
「へっ? え――ええっ!」
あまりもの衝撃の事実だった。
驚きすぎて、恥ずかしいほど情けない声が出てしまった。
世界は狭いというが、エイルは初めてそれを実感した。
実の親ではないとはいえ、見た目や性格があまり似ていない気がする。
……いや、強引なところや口調は似ている……かも?
「アイツは昔から、信念を曲げねぇ奴だった。
だが妙に優しいところがあってな、絶対に他人を巻き込もうとしない。
そのせいでいっつも一人で何かを抱え込んでいるくせに、平気な顔をしやがる。
あん野郎、何度も注意したのに相変わらずみたいだな。
少し教育が生ぬるかったか?」
彼は大きく舌打ちをし、吸い終わった煙草を握りしめて粉々にした。
かなりイラついているようだ。
エイルでも、少し背筋が寒くなるほどに。
「……オマエ、あのバカに会いてぇのか?」
クライドは、違和感のある優しいトーンに戻った。
彼の目には、少し寂しさが滲み出ているような気がした。
(そんなの、決まっている――)
「会いたいです!
会ってちゃんと話し合って、せめて私が納得できる理由を聞きたいです!」
エイルは力強く返答した。
クライドの表情が、少し和らいだ気がする。
彼も、ロバートのことをかなり心配していたようだ。
一匹狼でいようとする甥のことを気にかけている人がいて、とても嬉しいみたいだった。
クライドはどこからか紙と鉛筆を取り出したかと思うと、さらさらと何かを書き出した。
そして無造作にエイルに差し出したそれは、何かの地図のようだった。
「アイツの工房の場所だ。
保障はしねぇが、ここなら会える可能性は高い。
オレが行けばただぶつかるだけだろうが、オマエなら少しくらい話をする気になるだろ」
エイルは感謝しきれなかった。
まさかこんなところで、ロバートに会う手がかりを得られるなんて思ってもいなかった。
今までの暗闇に、一筋の光が差し込んだ気分だ。
「ありがとうございます、クライドさん!」
「……ふん」
クライドは顔をそむけた。
あまりお礼を言われるのに慣れていないようだ。
エイルは即座に立ち上がった。
「アイツに会ったら伝えといてくれ。
『全部片付いたら酒場に来い。でないと殴り込みに行く』ってな」
クライドらしい言葉だ。
乱暴に聞こえるが、どこからか優しさを感じる。
2人の関係性に、エイルは思わず笑みをこぼした。
エイルはクライドに見送られながら、ロバートのアトリエへと走った。
その足取りはとてもしっかりとしていて、力強いものだった。
<<人物紹介>>
名前:ブリッタ・ヴェヒター
性別:女性
年齢:17歳
種族:ヒューマン
特徴:頭がいいが、見た目が怖い




