3-7. 巧妙な罠
アインツとロバートの視線の先には、砂に埋もれた灰色の物体があった。
表面が滑らかな三角錐のそれは、時々淡い水色の光の文様が消えたり現れたりしている。
どうやら遺物の一種のようだ。
「アインツ!!!」
ロバートがアインツを大声で呼ぶのと同時に、アインツは遺物を魔法で破壊した。
そしてエイルの手を無理やり引っ張り、二人は全速力で来た道を引き返し始める。
エイルは一体何のことが分からず、走らされながらポカンとしていた。
「ちょっ、二人ともどうしたの!?
あの遺物は一体!?」
「……Adductioだ」
エイルの腕を掴んでいるアインツが、ボソッと呟いた。
彼は前を向いたまま、真剣な声色で続ける。
「低周波の振動を一定周期で起こして、魔物を引き寄せる代物だ。
ここまで言えばわかるか?」
エイルの理解が追いつかなかった。
でも、まずい状況なのは分かる。
だから一旦走ることだけに集中した後、状況を整理してみた。
あのアッドゥクティオは、見た限り既に起動していた。
ロバートが聞いた音の正体もそれだろう。
そして遺物は、魔物をおびき寄せる効果がある。
だとしたら、まさか――
「……魔物の集団が、こっちに来てる?」
そう理解した途端に、エイルも血の気が引いてきた。
よく見ると、後方に砂煙が立っているのが見える。
いや、後ろだけではない。
四方八方至る所から魔物がこちらに迫ってきている。
数は……いや、考えたくない。
「それだけならまだいいんだがな……!」
不意にロバートが口をはさんだ。
「それって、どうい――」
エイルが言いかけたその瞬間。
後ろから、耳が痛くなるような金切り声が聞こえた。
ゾッとするような寒気。
目視できない程の距離でも感じられる殺気。
そして、前に感じたことのあるような威圧感。
――ノスフェルだ。
「雑魚だけなら何とかなるが、奴がいるとなると流石に俺でもきつい。
ましてやお前達を庇いながらは無理だ。
追いつかれたら終わりだと思え」
いつも余裕そうなアインツの言葉に、少し焦りが感じられる。
それだけ、今まずい状況に陥っているということだ。
アインツが手を離しても、エイルは足を一切止められなかった。
止まれば、確実に死ぬ。
それが直感的に分かっていたから。
「二人とも、前!!!」
ロバートの叫びで前を向くと、前方から複数の魔物が押し寄せてきた。
こんなところで足止めを食らっているわけにはいかない。
すぐに仕留めないと――!
「ちぃっ!!」
エイルが剣を抜く前に、アインツが無数の氷で魔物を瞬殺した。
「俺が道を塞ぐ魔物を片付ける。
七番はそいつを守れ!
お前は出口までの道案内を頼む!」
確かにその方がいい。
アインツが一番戦闘力が高いし、ロバートなら的確に安全なルートを導き出せるはずだ。
エイルはアインツの指示通り、ロバートの近くを走るようにした。
「おい、アインツ!
徐々に道から逸れてるぞ!!」
「分かっている!」
先行するアインツが魔物を屠る度、無意識に魔物の包囲網の薄いところへ向かおうとしてしまう。
そのせいで本来のルートから外れてきていて、さらに方向を見失いそうになっていた。
群れの中に、無数の棘のある硬い外殻で覆われた蛇のような魔物がいた。
大半の魔物がアインツの氷の餌食になる中、その魔物だけ傷一つない。
彼らはスピードを緩めることなく、アインツに一直線に向かっていく。
「魔法が効きづらいタイプか!
だったら――――」
アインツが何か準備を始めたが、少しだけ押され気味だった。
エイルは思わず、咄嗟に前に出た。
そしてアインツに気を取られている相手の隙をついて、エイルは魔物のコアを貫く。
だがアインツが放った言葉は、感謝ではなかった。
「七番、何やっている!
あいつを守れと言っただろ!!」
エイルは彼の恐ろしい剣幕に、一瞬身震いした。
アインツは今までに見たことがないほど苛立っている。
自分の思い通りに行かなことに憤慨しているみたいだった。
エイルが慌てて振り向くと、いつの間にかロバートが三体の魔物に囲まれていた。
彼は何とか手持ちの魔道具で応戦しつつ逃げ回っているが、明らかに押されている。
「くっそっ……!!」
ロバートは寸前のところで魔物の攻撃を回避し続けている。
しかし魔物は数の多さを武器にして、徐々に退路を塞いでいた。
「危ない!!」
魔物の群れの中にいるレッド・スコーピオンが、ロバートに狙いを定めている。
エイルは全力で駆け付け、彼に体当たりして庇った。
エイルの肩に、尾針が掠った。
だが傷口はそんなに大したことはない。
そのままエイルはなるべく手早く、ロバートを取り囲んでいた魔物を全て蹴散らした。
まだ周囲には魔物がいる。
幸い、進行方向にいた魔物は全てアインツがいつの間にか片付けていた。
急いで離脱しないと。
その時だった。
エイルの視界が急に歪み始めた。
同時に平衡感覚がなくなり、体のバランスが取れなくなった。
「エイル!!」
近くにいたロバートが、崩れかけたエイルを支えた。
そのおかげで倒れずに済んだが、すごく寒い。
加えて汗が止まらず、息も物凄く苦しい。
「まさか、スコーピオンの毒か!?」
ロバートは大急ぎでポシェットから解毒薬を取り出した。
そしてエイルに飲ませたが、症状は一切改善しなかった。
無理もない。
レッド・スコーピオンの毒は、普通なら即死してしまうほどの猛毒だ。
エイルがまだ僅かながらも意識があること自体、本来あり得ない。
普通の解毒薬などで治せるような代物ではないのだ。
そんな中、背後から鼓膜が破れそうな叫び声が聞こえてきた。
意識が朦朧としてきたエイルでも、ノスフェルが迫ってきているのがなんとなくわかった。
「とにかくここを離れるぞ!」
アインツの先導の元、ロバートはエイルを背負って走り出した。
だが最悪なことに、二人は既に出口の方角を見失っていた。
目印になるものが一切ない砂漠で道に迷うと、帰還は困難を極める。
只でも急いでエイルを治療しないといけないのにも関わらず。
二人は道中で見つけた大きな岩の陰に隠れた。
そして焦る気持ちを抑えながら、魔物が去っていくのを待つ以外に方法はなかった。
<<人物紹介>>
名前:ディック・シュナイダー
性別:男性
年齢:16歳
種族:ヒューマン
特徴:陽キャで気さくだが、プライドが高い




