3-6. 手段は選ばない
world Bを進んでいる間、エイル達は魔法学校の生徒達と行動を共にすることになった。
先頭をアインツと学生達、その後に続いてヤンソン、エイル、ロバートと少し距離を置いて続いた。
ロバートはやはりヤンソンに近づきたくないようで、一切距離を詰めようとしない。
一方のヤンソンは学生達を監視しているが、時々後ろをチラチラ見ている。
そんな二人の間に成り行きで挟まれたエイルの居心地は、最悪だった。
かといって先頭組に加わっても話についていけない。
それに前後の二人に話しかけられるような雰囲気ではない。
そのため、エイルはこの空気を我慢するしかなかった。
ふと、前方の会話がエイルの耳に入ってきた。
「この前、魔法が効きづらい魔物に出会ったんです。
歯が立たなくて止むを得ず撤退したんですが、先生に怒られてしまって……
アインツさんならどうしますか?」
「ふん、そんなのこうすればいい」
アインツが得意げに指を鳴らした。
すると、近くの岩場の上に大きな氷柱が突如現れて勢いよく落下した。
直後岩がガラガラと大きな音を立てて、跡形もなく崩れ去る。
「おぉ、なるほど!!
魔法を別の場所にわざと打って、物理攻撃に変えるんですね!
流石です!」
「くくっ……当たり前だ、俺は”天才”だからな」
アインツは満面の笑みを浮かべている。
プライドの高い彼にとって、最高の称賛のようだ。
全く、こっちは重苦しいのに向こうはワイワイ楽しそうで羨ましい。
出来ることなら場所を変わってほしい、そうエイルは思ってしまった。
話を盗み聞いていた感じ、アインツを取り巻いている四人の学生は十人十色みたいだった。
まず、出会った時に声を掛けてきたエルフの女の子はイェリンという名前のようだ。
とても大人しい子のようで、時々声がどもってしまう。
だがこの中では一番熱心のようで、よくアインツの言ったことをメモしていた。
次に、勇気を持ってヤンソンにアインツの同行をお願いした男の子の名前はディック。
とても陽気でフレンドリーのようで、初対面の相手でも物凄く親しく接してくる。
だがアインツと同様プライドが高いようで、間違いを指摘されると少しムスッとしていた。
つい先程質問していたのは、クラースという男の子。
内気っぽいが自分の好きなことになると話が止まらなくなる、いわゆる生粋のオタクだ。
特にアインツの無詠唱魔術に物凄く関心を持っているようで、時々彼を独り占めしていた。
そしてもう一人女の子がいて、名前はブリッタ。
かなりのお転婆のようで、クラースの暴走を無理やり止めに入っていた。
チンピラ学生のような見た目をしているものの、どうやら一番成績がいいらしい。
そんな色の濃い集団だからなのか、話題が尽きそうには見えない。
誰かが止めに入らないと、このまま校外実習が終わるまでこの調子が続きそうな勢いだ。
そう考えると、エイルは気が遠くなりそうだった。
「全く、前方の皆さんは楽しそうですね」
前を歩いていたヤンソンが、急にエイルに話しかけてきた。
「あ、はい、そうですね!あはは……」
相手が気を使って声を掛けてきたとはいえ、物凄く気まずかった。
ヤンソンの腹の底が全く読めない。
優しい印象を与えようとしてくるが、得体のしれない怖さを感じる。
無理に愛想笑いを作ってみたが、自分でも歪んだ笑顔になっているのが分かった。
「気まずい思いをさせてしまい申し訳ありません。
ロバート君の件ですよね?
あなたが一番気にされているのは」
「うっ……えっと、その…………」
ヤンソンの言う通りではある。
だがあのただならない様子を見ると、聞くにも聞けなかった。
そんな話題を、当の本人から振ってきたのだ。
エイルが動揺するのも無理はない。
「そんなに遠慮なさらなくて大丈夫ですよ。
彼とは色々ありましたが、私の一番弟子であることには変わりありませんから」
「えっ?……そう、なんですか?」
ヤンソンは肯定するように、エイルに優しく笑いかけた。
どうやら嘘ではないらしい。
その様子を見て、エイルは少し気持ちがほぐれた。
ヤンソンが言うには、数年前に研究の方針に関して大喧嘩をしてしまったそうだ。
詳しいことは「専門的なことなので」とお茶を濁されてしまったが。
最初は軽く注意するだけだったらしい。
だがお互いに譲れないところまで来てしまい、とうとうヤンソンが面倒見れなくなるほど仲が険悪になってしまったようだ。
そのせいでロバートは彼の門下から外れ、今日まで顔を合せなかったそうだ。
それ以降二人の溝は埋まることはなく、今回久々に再会した際にお互いどう接するべきか分からなかったようだ。
「今までの教え子の中でロバート君が最も優秀です。
私とて彼とよりを戻したいと思っています。
ですがいざ本人と対面しますと……はぁ、情けない限りです」
ヤンソンは徐に肩を落とした。
なるほど、あの重たい空気はそれが原因だったのか。
思ったよりもヤンソンは冷たい人ではないのかもしれない。
いや……むしろ自分の教え子に愛を注げる、人情のある人物のようにも見える。
彼が学生に冷酷な態度を時折見せるのは、彼らが大切だからだろうか?
それにしては少し冷たすぎる気がするが、そこが彼の不器用なところかもしれない。
そう考えると、エイルの警戒心は徐々に薄れていた。
「そうだったんですね。
私にもその気持ち、わかるような気がします。
私も親友と喧嘩して、引き返せないところまで行ってしまいましたから」
「そうでしたか……」
エイルは自然と、親友のアルメリアの話をヤンソンにしていた。
しかし彼は一切退屈そうにせず、静かに相槌を打ち続ける。
その様子を目の当たりにすると、いつの間にかエイルは彼に心を許していた。
「あ、ごめんなさい!
つい夢中になってしまって……」
エイルは我に返り謝ると、ヤンソンは「お気になさらず」と言ってにこにこしている。
「ところで、お名前は?」
「エイル・ハイパーです」
エイルの名前を聞いたヤンソンは、温和な顔を見せた。
「そうですか。
ではエイル君、少しお願いがあるのですが……
ロバート君と仲直りするのを手伝ってくれませんか?」
彼の言葉は少し詰まり気味だった。
だが、ヤンソンの気持ちに偽りはないように見える。
そう思ったエイルは、彼の頼みを断ることはできなかった。
「もちろんです、ヤンソン先生。
是非協力させてください!」
「ふふっ……ありがとうございます」
そういったヤンソンは満足げだった。
「では、最近のロバート君のことを聞かせて頂けますか?
もしかすると、そこに手がかりがあるかもしれませんので」
エイルは喜んで、ロバートと出会った時のことからヤンソンに全て話し始めた。
出会った時、彼が借金取りに追われていたこと。
彼の作った魔道具が優れていて、今では魔法店の目玉になっていること。
ダンジョン内でも、彼の機転がとても役立っていること。
――そして、彼が生活苦になりながらも夢を追い続けていること。
「……ほう?」
エイルが最後の話をしたときに、ヤンソンは強い関心を示した。
彼の目は鋭く、今までの優しさが少しだけ薄くなった気がする。
「その“夢”というのは、一体どんなものなのですか?」
「……え?
詳しくは知らないんですけど、何か魔道具を開発しているとか……」
エイルは素直に答えたが、とても曖昧な答えになってしまった。
しかしヤンソンはとても満足したように、口角が少し吊り上がっている。
「エイル君、ありがとうございます。
とても参考になりました。
あなたから聞いたことをもとに、ロバート君と真摯に向き合いたいと思います」
「え?あ、はぁ……それはよかったです……?」
正直エイルが言ったことで、何か解決口が見つかるとは思えない。
しかし相手にとっては十分だったらしい。
少しもやもやするが、エイルは二人の手助けになったと考えて無理やり自分を納得させた。
「皆さん、そろそろ目的地に向かいましょう」
ヤンソンは前を歩いていた学生達に声を掛けた。
「えっ?先生、もうですか?
まだ話し足りませ――――」
「引率者として、これ以上は黙認できません。
すでに私たちが通るべき道から逸れかかっています。
行きますよ?」
反論するクラースを、ヤンソンは説き伏せた。
学生達は、先生の言うことを聞く以外の選択肢はなさそうだ。
アインツも少し残念そうだが、ヤンソンの意思を尊重するつもりのようだった。
エイル達は、魔法学校の校外実習組と別れを告げた。
お互いに姿が見えなくなるまで、元気よく手を振り続けた。
今度、また会える機会があるだろうか?
その時にはロバートとヤンソンの仲が、今より良くなっていることを願うばかりだ。
「……なぁ、エイル。
ヤンソン先生と一体何を話していたんだ?」
学生達の姿が見えなくなったころ、ロバートが声を掛けてきた。
彼は未だに顔に陰りがあり、少し体が震えている。
「えっと……ロバートと出会った後のことをちょっとだけ」
「……そうか、ならいいんだが」
エイルの話を聞いて、彼は冷や汗をかきながらも少し安堵したようだ。
無理もない。
あんな状態なら、ロバートにしてはヤンソンが何を吹き込んだのか分かったもんではない。
エイルはロバートに「心配ないよ」と声を掛けてあげようとした。
しかし、その前にロバートが話を続けた。
「ところで、なんか変な音がしないか?」
ロバートは長い耳を動かして、不安そうに音源を探している様子だった。
だが辺りは、風で砂が運ばれる音しかない。
「音?俺は何も聞こえないが」
アインツもエイルと同じようだ。
しかし、ロバートは何か引っかかる様子だ。
アインツは彼の思い違いではないと判断したようで、辺りを警戒し始める。
「そうなのか?
さっきからなんか、『ブーン』ってめっちゃ低い音が近くで聞こえる気がするんだよなぁ。
うーん、多分この辺りに――――」
そういってロバートはアインツと一緒に後ろを振り返った。
その時、二人の顔が急に真っ青になった。
<<人物紹介>>
名前:イェリン・ミュラー
性別:女性
年齢:17歳
種族:エルフ
特徴:とても生真面目だが、自己主張が弱い




