3-5. 借金を抱えている理由
ロバートは本当に頼もしい。
world Bは過酷な環境のため、クエストを達成するにはどうしても時間との戦いになる。
けれどロバートがいつも持ってくる魔道具のおかげで、早々に依頼を完遂してしまうことが多い。
ついでに他の魔物を倒して、お金をさらに稼ぐことができているほどだ。
加えて戦闘時の彼の支援もとても役立っている。
ロバート本人は戦わないものの、後方でアドバイスしてくれたり自身のアイテムを駆使して手助けしてくれた。
最初は自力で強くなってほしいと考えているアインツと衝突することがあった。
だが戦闘中に目の前の敵にしか気を配れなかったエイルが、ロバートの助言のおかげで周囲を見るようになったと分かると何も言わなくなった。
そのため今ではパーティーらしい戦い方ができていて、仲間との連携力が飛躍的に伸びていた。
因みにアインツは今まで通り戦闘には参加してくれない。
とはいえworld Aの時とは違い、いつも周囲を警戒していた。
それにロバートが危なくなった時や二人の手に負えないと判断した時は躊躇せず魔法を使い、魔物を瞬殺していた。
どうやらエイルを強くするために手出ししないというスタンスは変えないが、これまでよりも仲間の身を案じてくれているようだった。
それだけworld Bはworld Aよりも危険があふれているのかもしれない。
そんなある日、エイルはこれまで抱えていた疑問をロバートにぶつけた。
「ねぇ、どうしてロバートは借金を抱えているの?」
「……ん?」
倒した魔物のドロップアイテムを回収していた彼は、突然のことにきょとんとしていた。
「あ、いや、言いたくないのなら無理しなくていいんだけど……
ロバートってすごくしっかりしているのに、なんで借金しているのか気になっちゃって」
少し気まずく感じたエイルは、目を逸らしながら笑って誤魔化そうとした。
しかしロバートは意外にもあっさりと、エイルの疑問に答えてくれた。
「それは、今やってる魔道具の開発のコストがバカにならないからさ」
彼は作業している手を止めた。
そして目を輝かせながら、空を見上げて楽しそうに理由を話し始めた。
「小さい頃から、誰も作ったことのない最強の魔道具を作ることが夢だったんだ。
だから学生の時からオリジナルの技術を取り入れた魔道人形を制作していてな。
『自作の道具で無双する』なんて、かなりロマンあふれるだろ?」
ロバートは、気持ち早口になっていた。
まるで遊びに夢中になっている子供のように。
「だが特殊な材料を使う必要があったりと、金が滅茶苦茶かかるんだよ。
だから諦めきれなくて、手当たり次第に開発費用を借りているわけさ。
……まぁ、そのせいで借金取りに追われる羽目になったわけだがな」
そう言うとロバートは、ため息交じりに深く肩を落とした。
いつもピンと立っている耳まで垂れ下がっていて、かなり気持ちが沈んでしまっているようだった。
――彼は一度決めたことを一切曲げなかった。
自分が間違っていると思った時は別だが、目標を達成するためには絶対に努力を惜しまない。
かといって、手段を選ばないで闇雲にやるわけでもない。
なるべく他人に悪影響を及ぼさないように最大限の気を使っていた。
そんな彼を見ていると、なんだかいつも生き生きとしていて眩しく感じてしまう。
「その魔道人形って、一体どんなものなの?」
ロバートの全てを掛けた魔道人形。
エイルは興味に駆られて、自然と質問を口にしていた。
落ち込んでいたロバートはエイルの顔を一瞬見た後、再び無邪気な笑顔を見せた。
「知りたいか?
オレが今作っているのはな――」
「雑談はそこまでにした方がいいぞ。
そろそろポーションの効果が切れ始める頃だ」
近くにいたアインツが、二人の会話を急に遮った。
言われてみると、体感温度が少しずつ上がっている。
エイル達は全てのアイテムを回収した後、その日はそのままそそくさとダンジョンを出ることになった。
***
数日後、三人はいつも通りクエストを発注してダンジョンに入ろうとしていた。
恒例となったアイスポーションの数の確認を行うと、ロバートはパンパンになったポシェットから大量の瓶を取り出した。
「またそんなに持ってきたの?」
「だって、誰かが忘れたら命に関わるだろ?」
そういわれると、やらかした張本人であるエイルはぐうの音も出なかった。
しかしそれでも、丸一日以上は活動できそうなほどの量をロバートは持っていた。
流石にそれは持ちすぎではないだろうか?
「荷物は増えちまうが、何らかのトラブルで帰られなくなった時困るだろ?」
「……好きにしろ」
アインツが呆れる中、ロバートはポーションをしまい込んだ。
武闘派ではないものの体力には自信があるようで、荷物が多くなることくらいは大したことはないらしい。
そこまで言うならと、エイルとアインツはそれ以上の追及を止めることが日課となっていた。
ふと突然、背後から誰かに声を掛けられた。
「あの、もしかしてアインツ・クリストさんですか……?」
エイルが振り返ると、どこかの学校の制服を着た女の子がいた。
どこか落ち着いた雰囲気のエルフの子で、その後ろには同じ服装の男女が三人立っている。
皆、アインツを見てどこか落ち着かない様子だ。
「ああ、そうだが」
アインツがいつもの調子で答えると、学生達は目の色を変えて興奮し始めた。
「えっ、本当にあのクリストさんなのか!?」
「ほら、俺が言ったとおりだっただろ!」
「信じられない、こんなところで伝説の人に会えるなんて……」
「さ、サインください!!」
彼らは感情の赴くままに、アインツに近寄り迫った。
その気迫に押されて、普段涼しい顔をしているアインツがとても困り果てていた。
まるで有名な舞台俳優をファンが道端でばったりとあってしまった時みたいな光景が、エイルの目の前に広がっている。
「ロバート、彼らって……」
「ああ、オレらの母校“ハーキマークォーツ魔法学校”の生徒だ。
どうやら校外学習みたいだな」
そういってやれやれと言わんばかりに両手をひっくり返す。
アインツが助けを求めるようにエイルの方を必死に見ていたが、学生達の輝いた反応を見ているとなんだか止められなかった。
「そこまでにしなさい。
アインツ君が困っていますよ?」
学生達の横から、先生と思われる男性が歩み寄ってきた。
紺色の髪に所々白髪が混じっているが、見た目はとても若々しくて五十代前半のように見える。
とてもがっしりとした正装を着こなし厳格で少し息がつまりそうな空気を纏った、如何にも学者っぽいような人だ。
「先生、お久しぶりです」
アインツが先生に挨拶を交わすと、学生たちは大慌てでアインツから離れた。
教師がその様子を目を細めながら見守った後、エイル達に向かって軽く頭を下げた。
「久しいですね、相変わらず元気そうで何よりです。
私の教え子たちがご迷惑をお掛けしました。
そちらのお仲間さんも、見苦しいところをお見せしてしまい――――」
教師がロバートを見た瞬間、丁寧な謝罪が急に途切れた。
彼は無表情で動かないまま、ロバートを凝視していた。
その目つきはとても鋭く、エイルでも鳥肌が立ってしまうほどだ。
一方のロバートは、言葉が出ない様子で視線を逸らしている。
彼のしっぽは限界まで上がっており、少し毛が逆立っていた。
何故か相手をかなり警戒しているようだ。
そんな気まずい空気が、実際の時間より長い間二人の間に流れていた。
「――――お見せしてしまい申し訳ございません。
後程このことはきつく言っておきますので」
教師は何もなかったかのように謝罪を再開した。
だがロバートはとても気まずそうにしており、空気が変わることはない。
それでも教師はお構いなしに、何もなかったかのようにエイルの方を向いて話を続けた。
「そちらの方、お初にお目にかかります。
私はパール・ヤンソン、魔法学校で教鞭を取っている者です。
以後お見知りおきを」
「え?あ、はい、こちらこそ…………」
相手の礼儀正しい対応に、エイルは思わず圧倒されてしまった。
ロバートとの間に何があったのかは分からないが、雰囲気からしてかなり重大なことなのだろう。
それを素知らぬ顔で押し通すのだから、只者ではないようだ。
「ではこれ以上貴方達の邪魔をするわけにはいきませんし、こちらも授業がありますので。
失礼致しますね」
そう言うとそそくさと学生を連れて、world Bへと向かおうとした。
その方がエイルとしては助かる。
彼が作り出す圧は余所者のエイルでも心臓が高鳴るほどだった。
そんな恐ろしい場所にこれ以上いるのはごめんだ。
だが、一人の男子生徒が自分の教師の行く手を阻んだ。
「あの、先生。
折角伝説のOBに出会えたんです。
もう少し話や質問をさせて頂きたいのですが……」
最初は興奮して早口だったが、ヤンソンの冷たい態度を目の当たりにして徐々に声がしぼんでいく。
明らかに拒否している。
よっぽど怖い人のようで、学生は暗い顔したまま押し黙ってしまった。
「俺は構わないが」
突然、アインツが場の空気の流れを変えた。
「どうやら先生の教え子たちはとても熱心みたいだしな。
それに俺達もworld Bに向かうところだったんだ。
道中、少しだけ教鞭を取るくらいはお安い御用だ。
構わないだろ?」
アインツはエイルとロバートを見た。
どうやら学生達にかなり持ち上げられたみたいで、物凄い上機嫌だ。
もう色々と教えたくてうずうずしているのがまるわかりだった。
エイルはため息交じりに頷いたが、ロバートは下を向いたままだった。
「決まりだな」
アインツがそう言うと、学生達は大はしゃぎでアインツを取り囲んだ。
なにやら専門用語らしきものが飛び交っているので、質問攻めにされているようだ。
だがアインツは少し引き気味ながらも、とても嬉しそうに会話している。
こんな様子を見せられたら止める気は起きなかった。
ヤンソンも完全に説得をあきらめていた。
アインツと学生達はそのまま、遠足に行くような足取りでworld Bへと入っていった。
エイルもその後ろに続き、その場にはどっしりと重たい空気が残された。
「どうしてここにいるのですか?」
強張った様子のロバートに、ヤンソンが低いトーンで声を掛けた。
思わずびっくりした彼の頬を、大粒の汗が伝わる。
「えっと、その……せ、生活に、困っているので…………」
ロバートは重たい口をやっとの思いで開いた。
ヤンソンは彼の様子をじっと見つめ、一つ一つの言葉をゆっくりとかみ砕いている。
まるで全ての真意を読み取ろうとしているようだった。
ロバートは生唾を飲み込んだ。
「……でしたら構いません」
ヤンソンは一言だけ残した後、皆に続いて扉をくぐってしまった。
ロバートも重たい足を引きずるように、ゆっくりと後に続いた。
<<人物紹介>>
名前:パール・ヤンソン
性別:男性
年齢:57歳
種族:ヒューマン
特徴:厳しくも学者肌の教師




