3-4. 技術師の本領
「――――あづい」
目の前に広がった光景は、真昼の砂漠だった。
world Aとは異なる環境だとは聞いていたが、まさかこれほどの差があるとは。
息を吸うたびにカラッとした熱い空気が鼻を通り抜け、とても息苦しい。
それに太陽が高く昇り、地面の砂に反射して目がくらくらする。
長袖の上に軽装の防具を着ているエイルにとって、これは地獄だ。
まるで防寒着を着た状態で、サウナの中にいるような気分になる。
「おい、まさか何にも対策してないのか?」
死にそうな顔で汗だくになっているエイルを見て、ロバートは驚いていた。
彼はいつもの服装で砂漠に適した格好をしているわけではないが、別に苦しそうではない。
全身真っ黒なアインツもエイルよりも暑さを感じるはずだが、眩しそうにしているだけで平然としている。
「た、たいさくって…………どんな……?」
「じょ、冗談だろ!?
何も知らないで来たのかよ!?
ちょっと待ってろ、分けてやるから……!!」
ロバートは大慌てでポシェットから白い液体の入った瓶を取り出した。
そして蓋を外してエイルに中身を飲ませた。
すると嘘のように暑さを感じなくなり、噴き出していた汗もすぐに止まった。
それどころか、少し涼しくすら感じる。
「すごい……」
「『すごい』って、アホか!!!」
感心するエイルとは正反対に、ロバートは鬼の形相になっていた。
「オマエ、“アイスポーション”なしでこの世界を探索するつもりだったのかよ!!
ここは他の世界の中でいっちばん猛暑の場所なんだぞ!!
今度からは絶対に持ち歩けよ!?
じゃないとすぐ干からびてお陀仏だぞ!!!」
暑さでやられていた頭が動き始めると、リコリスがそんなことを以前話していたことを思い出した。
確か摂取した本人の周囲だけを一時間くらい冷やすことのできる、“アイスポーション”が命綱になるって言っていた気がする。
いつことだったかは定かではないが、新しい世界に行けることで浮かれてしまいつい忘れていた。
「アインツ、オマエもしれっと使うんじゃなくて事前にエイルに言っとけよ!!
危うくコイツ死ぬところだったんだぞ!!!」
「今度は注意する。
……多分」
アインツは気まずそうに頭を掻いていた。
反省しているのだろうが、なんだか頼りなさが滲み出ていた。
「あぁぁ、頭いてぇ……
このパーティー、大丈夫なのか?」
ロバートは頭を抱え始めた。
なんだかすごく申し訳なかった。
確かにダンジョンでは僅かな油断が命取りになりかねない。
今度はこういうことがないように気を付けないと、そうエイルは胸に刻んだ。
「え、えっと……
クエストは確か『レッド・スコーピオンの針の回収』だったけ?」
エイルはこの気まずい空気を無理やり変えた。
「そのはずだ。
奴らは基本的に砂の中に隠れていることが多いんだが……
ロバート、アイスポーションはあといくつある?」
「六本だ」
アインツはロバートの返事を聞いて、自分の懐を確認した。
「俺は五本だ。
だとすると四時間くらいが限界か。
これから探し出した後に倒して帰還となると……」
「きついな、少々」
ロバートの率直な意見に、アインツも賛同した。
確かに、こんなどこまでも広がっている砂漠の中から一メートル弱の魔物を探し出すには時間がかかる。
さっきの体感した暑さを考えると、ポーションなしで戦うなんて不可能に近い。
となると――
「一度引き返して、物資をしっかり整え直した方がいいな」
そう言うとアインツは、入口の方に引き返そうとした。
エイルは一瞬止めようとしたが、それが自殺行為であるのは分かっていたので諦めた。
まさか、こんなことで帰る羽目になるなんて。
自分の愚かさを嘆く以外になかった。
だが躊躇していたところで、結果は変わらない。
エイルも体の向きを変えようとした。
「ちょっと待った」
不意に、ロバートが二人を引き留めた。
彼は懐を漁ったかと思うと、小さなランプのような見た目の魔道具を取り出した。
「コイツをちょっと試してもいいか?
最近開発したもんなんだが、うまくいけばレッド・スコーピオンを呼び出せるかもしれない」
そう言うと彼は魔道具をいじり始めた。
ロバートの説明では、レッド・スコーピオンは特殊な外骨格を持っているため、特定の波長を当てると光るそうだ。
とても強く発光するみたいで、遠くにいても一目瞭然らしい。
彼の持ってきた魔道具がその波長を出すことができるらしく、地面で光る場所を探せば見つけられるかもしれないということだ。
「まぁ、浅いところにいない限りは無理だけどな」
そういってロバートは魔道具のスイッチを押して地面を照らしてみた。
すると近場の砂が、淡く青色に光始めた。
発光している主はするすると移動し始め、ロバートの近くまでやってきた。
「――――げ」
状況を把握した途端に、彼の足元から赤い物体が飛び出てきた。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!」
ロバートの悲鳴と同時に、レッド・スコーピオンはハサミで目の前の獲物を掴もうとした。
しかしアインツがすぐに氷柱を魔物にぶつけ、間一髪のところでロバートは避ける。
だが氷はすぐに溶けてしまい、レッド・スコーピオンはただ少し離れたところに飛ばされただけだった。
エイルは剣を抜き、魔物に向かって駆け出す。
「尾針に注意しろ!!」
レッド・スコーピオンが尾を振りかざそうとしているのを見て、ロバートが叫んだ。
奴の針の先には毒がある。
掠るだけでも、命に関わる危険がある。
エイルはロバートの指示通り、魔物の尾の攻撃をかわした。
そしてその勢いに乗じて、レッド・スコーピオンのコアを破壊する。
「おい、まだいるぞ!!」
目の前の魔物が灰と化していくのに安心しきっていたエイルは、ロバートの声で我に返った。
周囲の砂から、レッド・スコーピオンがわらわらと出てきている。
その数は、ざっと三匹。
エイルは魔物の連携攻撃の抜け穴を探そうとしたが、回避するのがやっとだった。
いつもなら感覚任せに突っ込んでいくところだが、相手が毒を持っている以上そうやすやすと見切り発車の攻撃はできない。
とても戦いづらい相手だ。
「目を瞑れ!!!」
ロバートはエイルの方に向かって小さい球体のようなものを投げた。
エイルは咄嗟に彼の指示通りに目を閉じた。
その瞬間、球体はまばゆい光を放った。
落ち着いた頃に目を開けると、魔物たちは目をやられたようでのたうち回っている。
今がチャンスだ。
「はぁぁぁぁぁ!!」
エイルは相手の攻撃に注意しながら、彼らの核を壊していった。
そして何とか、四匹のレッド・スコーピオンを倒すことに成功した。
ふと自分の体を見てみると、所々にかすり傷があるだけだった。
これまでボロボロになって帰るのが当たり前だったのが、まるで嘘のようだ。
以前ノスフェルと対峙したことで、剣の腕が上がったのもあるかもしれない。
でも、今回の前進はそれだけが要因ではなかった。
ロバートが適切にアドバイスし、手助けしてくれたからだ。
彼がいなければ、こんなに早くクエストを達成することなんて出来なかった。
「少し手助けしすぎだ。
あいつは今、強くなるための特訓をしている最中なんだ。
あまり甘やかないでくれ」
後ろにいたアインツが、ロバートに話しかけた。
「はぁ?さっきの状況でただ見てろって?
それはいくら何でもないだろ!
いいか、強くなるためには仲間の助けも必要なんだぞ!」
ロバートの言葉を聞いて、エイルはハッとした。
エイルが憧れるおとぎ話の英雄は、一人で戦ったわけではない。
仲間と一緒に悪龍を倒したのだ。
確かに魔剣の力の制御のために、エイル個人が強くなる必要がある。
でも、英雄のようになるためには一人だけで頑張っても意味がないのではないか?
仲間と支えあってこそ、偉業を成し遂げられるのではないか?
そう考えるとロバートがとても頼もしく見え、何だが心が温まるような感覚がした。
「確かにそうかもしれないが、こいつは今――」
「まぁまぁ、ここにいても仕方ないしとっとと帰ろうよ」
二人の喧嘩が始まりそうな気がしたので、エイルは止めに入った。
折角のいい気分を、そんなことで台無しにしたくない。
それに頼りになる仲間を増えたことだ。
あの時、ロバートを助けて本当に良かった。
三人はドロップアイテムを取った後、world Bを後にした。
<<ラトーの一言メモ>>
おやおやぁ?
エイルさんに頼もしい仲間が増えたようですねぇ?
おかげで助かったようですが、あの魔物の毒は少しでも体内に入れば即死ですからね。
もし彼がいなければ、今頃死んでいたかも……?




