3-1. 追いかけっこしよう!
あの時から、もうどれくらい経っただろうか?
カレンダーを確認してみると、まだ数か月しか経っていない。
だが思い返せば、短い月日の中で色々なことが目まぐるしく起きた気がする。
はじまりは、親友への強い嫉妬心で魔剣に触れた事だった。
結果故郷と大切な人全てを失い、あろうことか魔剣が自分の体と融合してしまった。
そんな絶望の中、エイルはルイに出会った。
彼は魔剣の力を制御できるようになるよう強くなることを勧め、エイルは冒険者となったのだ。
それから天才魔術師アインツと共にダンジョンに潜るようになると、エイルは驚く速さで強くなっていった。
人との出会いにも恵まれ、ついに最強生物ノスフェルの討伐に貢献したのだ。
今のエイルは幼い頃の夢だった『おとぎ話の英雄』を志し、アインツのように強くなるという目標までできた。
その甲斐あってエイル達は、一人前の冒険者のみが入れるworld Bへの潜入を許可された。
今日は、world Bへ入る手続きのために冒険者ギルドを訪れていた。
エイルが書類を一通り書き終わった後、ギルドのサポーターであるリコリスは「ご苦労様」と言わんばかりの顔をしていた。
「そういえば、今回のことで皆でちょっとしたお祝いをすることになったんだ。
3日後に酒場でやるんだけど、良かったらリコリスも来ない?」
「えっ、いいんですか!?」
エイルの提案に、リコリスの顔はとても輝いている。
ルイとパナサーが大方の費用を持ってくれることになったので、実質タダ。
それに彼女の性格上パーティーを逃さないと踏んでいた。
やはり、エイルの予想通りだった。
「もちろんだよ、絶対来てね」
「ありがとうございます、エイル!」
リコリスは机をはさみながらも、エイルに抱きついた。
隣にいたアインツは何もなかったかのように、書類にサインをし続けている。
「ほら、終わったぞ」
「あ、はい! すぐ確認しますね」
リコリスはエイルから離れると、アインツが持っていた紙に全て目を通した。
「……大丈夫そうですね。
お疲れ様です、これでお2人は明日からworld Bに入ることができますよ!」
彼女はにこにこしながら、耳を上下に動かしている。
なんだか、自分も嬉しくなる。
何年も親友に負け続けていた自分が、まさかここまで来れるなんて。
一時期は生きる気力すら失っていたのに、今はとても幸せだった。
今でも信じられず、まるで夢心地の気分だ。
2人はリコリスに見送られながら、ギルドを後にした。
外は快晴で心地よく、まるで天気までもが二人を祝福しているようだ。
「いつworld Bに入る?」
エイルは少し浮かれ気分でアインツに声を掛けた。
アインツはいつも通り冷静だったが、心なしか機嫌がいい気がする。
「そうだな……お祝いをした後でいいんじゃないか?
その方が気持ち的に区切りがつくだろ?」
確かにみんなに背中を押されるような感じで入った方が、より気持ち的にいいだろう。
それに、なんだか今まで以上に頑張れる気がする。
だけどあまり無茶しすぎるとまたみんなに心配かけてしまうから、無理のない範囲で経験を積み重ねようとエイルは心の中で自分に言い聞かせた。
ふと、普段のように明るく賑わっている大通りの前方が騒がしいことにエイルは気づいた。
よく見えないが、何か揉め事が起きているようだった。
「あまり面倒ごとに首を突っ込まない方がいい」
アインツはエイルの考えを読み取ったように、制止した。
しかし、なんだかただ事ではない様子。
もし誰かが何かに巻き込まれていると考えると、なんとなく放っておけない。
「へぶっ!!」
エイルが反論しようとすると、前からものすごいスピードで人がぶつかってきた。
その衝撃で、エイルと相手は同時に倒れ込んだ。
顔面が衝突したので、とても鼻が痛かった。
顔をしかめながらエイルは、正面にいる人を確認した。
オレンジ色のボサボサな頭の上に、長いウサギの耳が生えている。
少し畏まった服装だが、所々くすんでいて作業服のようだった。
何かの工具が入ったポシェットとゴーグルを頭に身に付けていることから、この獣人の男性は技術師らしい。
「あいてて……
悪い、大丈夫か? けがはないか?」
技術師はお尻をさすりながら、エイルのことを心配してきた。
彼はそっと手を差し出し、エイルが立ち上がるのを手伝ってくれた。
どうやら悪い人ではなさそうだ。
彼の背後から、3人組の男がこちらに向かって走ってくるのが見えた。
彼らは何かを叫びながら、技術師に狙いを定めている。
「げっ! しつこいなぁ、あいつら。
ホントに悪い、機会があったら後でお詫びするから。
それじゃ!」
技術師は大慌てで、男たちがこちらに来る前にその場を立ち去った。
彼らが路地裏に走っていった後、いつもの都市の平和な雰囲気に戻った。
どうやら彼らが騒ぎの原因だったらしい。
本当に展開が慌ただしかったため、エイルが目の前で一体何が起こったのか理解するのに時間がかかってしまった。
やがてあの技術師が複数人に追われていることに、エイルは気づいた。
彼は気さくな顔立ちで、何か悪いことを起こしたようには見えない。
それに彼の目はとてもまっすぐで、どこか芯があるように感じた。
もしかすると事件か何かに巻き込まれていて、彼の身に危険が迫っているのかもしれない。
「あ、おい!」
アインツは、反射的に技術師たちが向かった方向へと走っていこうとするエイルを止めようとした。
だがエイルは見向きもせず、そのまま彼の前から姿を消す。
「全く、懲りない奴だ……どうなっても知らないからな」
アインツはそのままエイルを置いて、先に魔法店へと帰ってしまった。
エイルは建物の屋根に上り、彼らを探そうと遠くまで見渡した。
するとあまり遠くないところで、見覚えのある人影が複数見える。
だがこのままだと、突き当りにぶつかる。
(まずい、手を打たないと!)
エイルは急いで、屋根伝いに彼らのいることろへ向かった。
先回りして突き当りに到着した。
周囲は建物に囲まれていて、一人ではよじ登れそうにない。
それにどこかに隙間があるわけでもなく、隠れられる場所もない。
しかし幸いにも、ここは角を曲がったところにある。
相手が建物の陰に隠れた時に引っ張り上げれば、追いかける男達にばれないはずだ。
例の技術師が道を曲がり行き止まりに直面した瞬間、エイルは彼の耳を掴んで自分のところへ引っ張り上げた。
「いでででで! やめろ!
もげるもげる――むぐっ!」
状況を把握しきれていない技術師の口を、慌てて塞いだ。
そして暴れる彼を抑え込んで、屋根の上にへばりつく。
そうしているうちに、追いかけていた3人組がエイル達の下に到着した。
「おい、あのウサギはどこに行った!」
彼らは目の前にいた獲物が突如姿を消えて、慌てふためいていた。
技術師はエイルが助けてくれたことに気づいたようで、落ち着きを取り戻していた。
「仕方ねぇ、手分けして探すぞ!
アイツから絶対に貸したもんを取り返せ!!
手こずらせやがって……!
見つけたら絶対にしっぽの毛むしってやる!」
3人はその場で散り散りになり、その場から立ち去って行った。
しばらくして確実に男たちが離れたことを確認したエイルは、技術師を解放した。
「ぶはっ! 度々悪いな、助かったよ。
だが恩を仇で返すようで心苦しんだが、獣人の耳はデリケートなんだ。
次は気を付けてくれ」
そういって技術師は、自分のモフモフの耳を擦っていた。
どうやら相当痛かったようだ。
「あ、ごめんなさい!
つい必死になりすぎて……」
申し訳なさそうにエイルが頭を下げようとすると、相手は大慌てでそれを止めた。
「おいおい、謝んな!
お前がオレを引っ張ってくれなきゃ、どんな目に合ってたことか!
おかげで命を救われたようなもんだぞ!」
彼は必死に弁解している。
彼自身はとてもいい人みたいだ。
ただ、一体どんな理由で追いかけられていたのかは気になる。
相手の言い方から察するに、何か正当な理由があるのかもしれない。
でも、何だろう?
なんだか、彼がどこか自分に似たようなところがあるようにエイルは感じた。
「おっと、あんまりここに居座ってるのはよくないな。
そろそろ離れた方がいいだろ。
ホントにありがと、必ずお礼するから!」
そういって技術師は手を振って後ろを向こうとした。
「あ、ちょっと待って!」
気が付くと、エイルは無意識に彼を呼び止めていた。
だが何かを言おうとしたわけではない。
エイルは視線を泳がせながら、言葉を探した。
「……えっと、安全な場所を知っているんだ。
良かったらついてきて」
エイルの提案に、技術師は足を止めた。
そして考え込むように、小さなしっぽを上下に動かしながら難しい顔をしている。
少し可愛いらしい。
「これ以上はちと申し訳ない気がするなぁ……
だがあいつら相当ねちっこいから、ここはお言葉に甘えるとしますか」
エイルと技術師は建物の屋根伝いに、ブルーレース魔法店へと向かった。
<<同刻魔法店にて>>
アインツ「ただいま」
ルイ「お帰り。エイルは?」
アインツ「知らないやつを追いかけて、どっかにいったよ」
ルイ「……探したのか?」
アインツ「…………(目線が泳いでいる)」
(その後、ルイのお叱りは小一時間続いた)




