3-2. 仲間としての契約
エイルと技術師は追いかけていた男達に見つかることなく、何とか魔法店にたどり着いた。
周囲を警戒しながら店に入ると、いつも通りルイがカウンターで何かしらの作業をしている。
彼はドアベルの音を聞いて、エイル達の方を向いた。
「遅かったね、大丈夫だったか?」
どうやらアインツは既に帰ってきているようだ。
何となくわかっていたが、まさか少しも手伝ってくれないなんて。
面倒ごとに巻き込まれたくない気持ちは理解できるが、置いていくのは流石に酷い。
「安心していい、少しきつめに注意しておいた」
ルイはエイルの気持ちを察したように言った。
今度、自分からも一言文句を言ってもいいかもしれない。
「ん?ソレ……“魔術ランタン”じゃないか?」
一緒にいた技術師は、ルイがいじっている魔道具に目を向けた。
「お客さんから故障の修理を依頼されてね。
だが何が原因か分からくて、色々観察しているところだ」
技術師は「ふーん」と言って、耳の後ろを掻きながら考え込んだ。
「なぁ、少し見せてもらってもいいか?」
「……?構わないが」
ルイはきょとんとしていたが、近づいた技術師に魔術ランタンを見せた。
みんなで見守る中、技術師はランタンをあらゆる方向から眺め静かに観察している。
「なるほど、この接続部がちょいとイカれちまってるな。
これなら簡単に直せる」
そう言うと彼は自分のポシェットからいくつもの工具を取り出して、机の上に広げた。
そして慣れた手つきで黙々と一部解体したかと思うと、すぐに元通りに戻した。
その間、僅か三分。
「うし、修理完了っと」
技術師がランタンのスイッチを押すと、まぶしい光がガラスの奥から漏れ出した。
あまりものあっけなさに、ルイとエイルは開いた口が塞がらなかった。
「すごい、僕なら数日かかるところだった。
君は相当の腕をもっているようだ。
もしかして有名な技術師なのか?」
ルイはいつものトーンで彼を誉めていた。
言葉選びから察するに、本当に感心しているみたいだった。
「おっと、悪い悪い。
自己紹介がまだだったな。
オレの名前はロバート、しがない魔道具専門の技術師さ。
“有名”ってわけではないが……まぁ、腕には自信あるぜ?」
ロバートは少し照れくさそうだった。
さっきの彼の手際を見た限り、思わず謙遜しているのではとエイルは疑ってしまった。
しかしルイの様子から察するに、本当に彼の名前はあまり広がっていないようだ。
「さっきはありがとな、ええと……」
「あ、私はエイル。
こっちはここの店主、ルイだよ」
二人は遅めの簡単な自己紹介を済ませた。
「そっか、エイル。
ここまでよくしてくれるとなると、ちゃんと事情は話すべきだな。
実は、オレを追いかけていたのは借金取りなんだ」
「しゃ、借金取り……?」
そういえばあの男達は『貸したもんを取り返す』と言っていた気がする。
そうなると、もしかして彼らはただ返済を迫っていただけ……?
「実は借金しないと、食事にもありつけないレベルで困窮しているんだよ。
アイツらからは大金を借りたものの、返済期限をとっくに過ぎていてな。
だが返すアテがなくて逃げ回っていたところを、オマエに助けられたんだ」
「…………」
エイルはなんだか複雑な気持ちになっていた。
何で彼がそこまで貧乏なのかは分からないが、これは自業自得だ。
結果的にロバートを助けたことに変わらないものの、見ず知らずの人の面倒ごとに巻き込まれた気分だ。
なるほど、アインツはこれを避けたかったのか。
「だったら、僕の店の専属技術師にならないか?」
ルイはボソッとロバートに提案した。
突然のことに、エイルもロバートと一緒に目を丸くしてしまった。
「もし君が既に仕事を持っているなら、無理しなくていい。
しかしこれ以上借金の返済に追われるわけにはいかないだろう?
今まで僕が魔道具の修理をしていたが、専門家ではないから少し困っていたところだ。
君の腕は申し分ない、どうだろうか?」
ルイは少しだけ首を傾げた。
彼は本気のようだ。
でも、エイルとしてもルイのアイデアはとてもいいと思う。
「い、いいのか?」
ルイが肯定するように頷くと、ロバートは頭を机に擦りつけた。
「ホントに助かる、感謝しきれないよ!!
今の収入は雀の涙だし、仕事がめっちゃ少なかったんだ!
マジでありがとう!!」
彼の顔は見えなかったが、安心したのか声が震えている。
ロバートが借金を抱えていることを気いた時はとても不安になったが、やっぱり本人はとても誠実みたいだ。
こうしてひとまず収まったことに、エイルはほっと溜息をついた。
そんな中、奥からアインツがのそっと出てきた。
「無事に帰ってきたんだな。
流石だ、七番」
「…………」
アインツは本人にとっての最大限の誉め言葉を、エイルに向かって投げてきた。
これまでのいきさつが無ければ、エイルは素直に受け取ることができただろう。
しかし彼が置いていったことに、エイルは不満をあらわにした。
ロバートはアインツを見た瞬間、彼の首元に自然と目を向けた。
「透明の宝石のループタイ……
げっ!まさかお前、アインツ・クリスト!?」
ロバートはすごく驚き、その勢いでしっぽの毛が逆立っていた。
アインツはその様子を見てニコニコしている。
明らかに、自分のすごさを分かっている人に合えてご満悦のようだ。
「へぇ、このタイを見て俺のことが分かるとはな。
もしかして、お前もハーキマークォーツ魔法学校出身か?」
「席を置いていたという意味ではそうだが……
何で伝説がこんなところにいるんだよ!?」
エイルは会話の意味が一切理解できず、困惑した。
確かにアインツは天才だが、ロバートが伝説というほどなのだろうか?
二人が感情のまま話を続ける中、エイルはルイに解説を求めた。
どうやらアインツのループタイは、卒業時に学校から贈られたものらしい。
それにあしらわれる宝石は、その人が学んでいた分野によって色が変わるそうだ。
アインツの専門分野であれば、本来青色の宝石のタイが送られる。
しかし、彼は例外だ。
学生時代に発表した『魔力の効率的な使用方法』に関する論文は、あまりにも突拍子がなかった。
多くの人の理解を超えており、「これは実践不可能だ」と揶揄されるほどだったらしい。
しかしアインツは論文の内容を自ら実践し、実現可能であることを証明して見せた。
それでも一部の人は彼に非難を浴びせたが、先生達を味方に付けたみたいだ。
結果彼は歴史でも数少ない優秀な人間だと判断され、偉大な卒業生にのみ用意される透明な石のタイが送られた。
だがそのタイを持つ人物は、故人も含めて歴史あるハーキマークォーツ魔法学校でも両手で数えられるほどしかいない。
だから魔法学校関係者の間で伝説扱いされていたとしても不思議なことではないと、ルイは言っていた。
だとしたら、同じ学校にいたロバートがアインツのことを知っているのは当たり前なのかもしれない。
(アインツは普段はかなり抜けているのに、魔法に関しては本当に人の域を超えているんだなぁ)
彼の話を聞いて、エイルはそう改めて考えざるをえなかった。
「――まぁそんな感じで今はここの手伝いをしつつ、冒険者もやっているというわけさ」
エイルがルイの話を聞いている中、アインツも自分の経緯をロバートに説明していたようだ。
アインツは得意げに軽く鼻を鳴らす一方、ロバートは驚愕していた。
彼らが具体的にどんな話をしていたのか分からないが、大方何か呆れ返るところがあったのだろう。
エイルは最初そう思い込んでいた。
「……冒険者」
だが、ロバートの反応には違和感があった。
彼の口からは、一つの単語だけが何度も出てくる。
まるで何年も取っ掛かりのなかった難問の解き方を、ふとしたきっかけで思いついたかのように。
やがてロバートは我に返ったかと思うと、なぜが突然みんなに向かって勢いよく土下座した。
「頼む!オレをパーティーに入れてくれないか!?」
突然飛び出した発言に、エイル達はどう反応すればいいのか分からなかった。
しかし顔をあげた時に向けられた彼の表情は、真剣そのものだった。
「助けてくれた上に、仕事までくれてこれ以上は自分でも厚かましいと思う。
それにオレは戦闘に関しては素人で、あんまり役に立てないかもしれない。
……だが、オレはいつか自分の夢を叶えるために冒険者にならないといけないんだ!
だから、この通りだ!頼まれたことは何でもする!
オレを仲間に入れてくれ!!」
ロバートは再び、自分の頭を思いっきり下げた。
相当の覚悟でお願いしているのが、痛いほど伝わってくる。
アインツの方を見ると、彼は勢いに圧倒されながらも非戦闘員のロバートを入れるかどうか悩んでいる様子だ。
恐らく彼なら、最終的に断ってしまうだろう。
けれど、エイルは違った。
小さい頃に強くなりたいと思って剣の修行を始めた時も、ロバートのように強く決心したことを今でも覚えていた。
最後は誘惑に負けて取り返しのつかないことをしてしまったが、それでもここまでこれたのはその覚悟のおかげでもある気がする。
だとしたら、自分は彼の願望を無視することはできない。
「アインツ、いいんじゃないかな?
確かに危険が多いかもしれないけど、彼ならきっと乗り越えられるよ」
エイルの言葉を聞いても、アインツはまだ険しい顔をしている。
するとルイがおもむろに口を開いた。
「僕も賛成だ。
ロバートはとても優秀な子だから、きっと君の役に立つと思う。
それにここで恩を売っておけばその内帰ってくるはずだ」
恐らくアインツを説得するために、普段言わないような理屈をルイは並べているのだろう。
本人の前では少し酷な言い方ではあるが、アインツには効果覿面だったようだ。
「……そうだな。
じゃあひとまず、今度ギルドに行った時に手続きをするか」
ロバートは顔をあげると、こちらがまぶしくなるほどの明るい顔で喜んでいた。
「マジで感謝する!!
この恩は絶対に忘れない!!
全力で貢献するよ!!!」
こうして、冒険者パーティー“ブルーレース”に新しい仲間が加わった。
<<人物紹介>>
名前:ロバート・モーガン
性別:男性
年齢:19歳
種族:獣人 (うさぎ)
所属:ブルーレース魔法店(技術師)
特徴:トラブル体質の平凡な人




