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外伝Ⅳ 憂鬱なルイ

「…………はぁ」


ルイは退屈していた。

胸にぽっかりと穴が開いたような感じがして、どうしようもなかった。

酒場の事務室に潜入して窓を壊したことで、店主のクライドに連れて行かれてから数日間エイルは帰ってこない。

店主曰く泊まり込みで働かせているようだったが、ルイにも悪い影響が出ていた。




ここ最近、エイルがダンジョンによく潜るようになったため顔を合わせる機会が減っていた。

それが仕方ないことなのは、ルイにもよく分かっている。

だが甘えられる相手がいないというのは、意外ときつい。

心が張り裂けてしまいそうだ。


ルイがどんなに甘えても、嫌な顔を一つしない人物はエイルだけだった。

エイルが来てから、ルイは気兼ねなくおねだりをしている。

おんぶしてもらったり、頭を撫でてもらったり、膝枕してもらったり。

エイルは決して断らなかった。



そんなことをしてほしいのに、今は我慢するしかない。

特に何日も家を空けることがなかったため、最近は特に寂しさが募る一方だ。




かといって、アインツに甘えられるわけではない。

彼が子供の頃は喜んでいたが、魔法学校に入ってから迷惑そうな顔をするようになった。

これが反抗期というものだろうか?

その頃から、ルイはアインツに甘えることを止めた。


それ以前に、アインツは早朝出かけてから夕方になった今でも帰ってこない。

そのせいで今日は気晴らしに話し相手になってくれる人もおらず、自分の気持ちを発散させることもできずにいた。



「……仕事、しないと」


机の上に置いてあった書類を、手元に引き寄せた。

そして引き出しから『アインツの文字解読表』を取り出して、新しい紙に書き込み始める。




以前に古い魔導書の解読と解説をお願いしたが、アインツから渡された書類は字が汚すぎて解読不能だった。

本当はルイが直々にやった方が遥かに効率いい。

しかし常連客からアインツの解説が分かりやすいとあまりにも好評で、何度もリクエストが来るほどだった。

そのためルイは仕方なく、毎度自作の解読表を照らし合わせながら清書していたのだ。


「……めんどくさい」


しかしアインツの字の酷さに、とうとう限界が来てしまう。


「だるい、つまんない、さびしい、もう無理」


ルイはそのまま机に突っ伏した。




しばらくすると、店の入り口のドアチャイムが鳴る。


「ごめんくださーい!

ルイ、ちょっと頼みがあるん――

……何があったの?」


シルヴィが店に入ると、ルイは突っ伏したまま呪詛のように何かをぶつぶつ呟いていた。

彼からはどす黒いオーラが漂っている。

客の存在に気が付かずに、ただ壊れた人形のようになっていた。

如何にも近寄りがたい雰囲気だ。




シルヴィが思わず引いていると、もう一人客が訪れた。


「あら、ルイ君ったらストレスが溜まりすぎてふさぎ込んじゃっているわね。

こうなったらしばらくはあの状態だわ。

シルヴィ、ここに来たのは急用かしら?」

「グッタス先生?あ、いや。

そういうわけじゃないけど……

今日ダメだとしばらくは来れないかも」


そう言うとパナサーは少し考え込んで、煙管を吸った。

やがてポケットを探ったかと思うと、小さな赤い塊を取り出す。


「今後のためにいいこと教えてあげる。

ルイが落ち込んでいるときは、こうすると元気になるわよ?」


パナサーはルイに近づくと、取り出したものを彼に見せた。


「ほら、元気出しなさいな?

あなたの好きなブドウ飴、あげるわ」


そう言うと彼女は、ルイのフードの襟のボタンをはずして口に飴を放り込んだ。

最初何を口にいられたのか分からず、ルイは驚いて飛び起きる。

だが正体が何かわかった途端、とても幸せそうに飴を舐め始めた。


「ね?簡単でしょ?」

「……ルイって、何歳なの?」






「二人とも、いらっしゃい。

何か欲しいものがあるのか?」


飴を食べ終わったルイは、何事もなかったかのように歓迎した。

パナサーは慣れているようだが、シルヴィはさっきのことを流すのに無理があった。


「ふふっ、ルイ君の様子を見に来たのよ?

案の定不貞腐れていたなんて、来た甲斐があったわ」

「そう言って、たださぼりに来ただけだろう?」


パナサーは幼い子供をなだめるようにルイの頭を撫でようとしたが、さらっと躱された。


二人はいつもこんな感じだ。

パナサーが可愛がろうとすると、何が気に食わないのかルイは必ず拒絶する。

だが、ルイは気が付かないうちに彼女の手の上で転がされているのだ。



「シルヴィ、君は何か要件があるんじゃないのか?」


蚊帳の外になっていたシルヴィに、ルイが気付いた。

彼女の白い猫耳が垂れ下がっていたが、声を掛けられてぴょこんと立ち上がる。


「そ、そうだった!

実は部屋を整理していたら、昔拾った遺物が見つかったの。

使い方もどういう性能なのか全く分からなくて、ずっと放置していたんだ。

エイルからルイが遺物に詳しいって聞いたから、鑑定お願いできる?」


シルヴィはルイの前に片手に収まるサイズのキューブを置いた。

灰色の立方体の形の遺物は、模様も一切なく表面がつるつるとしている。



ルイが手に取ると、色々な角度から眺めた。

どこかにスイッチのようなものは一切ない。

少しだけ魔力を注ぐと、遺物はルイの手から離れて宙に浮いた。


「……これは“Colloquium(コッロクィウム)”だ。

二つ一組の遺物で、魔力を注ぐことで遠くにいる同じ遺物の持ち主と会話ができる。

一個だけでは意味を成さないが、比較的ダンジョン内で見つかりやすい代物だ。

今度潜ったときには同じものを探すといいだろう」


シルヴィとパナサーは思わず感激をあげた。

遺物に関する謎は多い。

中には使い方すら解明されていないものを少なくない。

そんなものを、彼はいとも簡単に言い当てた。


「すごい!そんなに細かいことまで分かるなんて」

「……たまたまだ」


遺物に魔力を注ぐのをやめると、ルイの手の上に落ちた。

そしてそのまま、シルヴィに遺物を返す。


「ありがとう!お代はどれくらい?」

「要らない、そんな大したことはしていない」


シルヴィが反論しようとしたが、パナサーが止めに入った。

どうやら必要以上にルイはお金を取ることはしないらしい。

そんな優しい彼だからこそ、エイルが身を置いている理由の一つなのかもしれない。


「じゃあ、今度お店に来た時に何かサービスしてあげる!

本当にありがとう!」

「私ももう行くわ。

じゃあね、ルイ君」


ルイは立ち去る二人を、ただ手を振りながら見送った。






店を閉める時間となり、ルイは閉店準備をしていた。

結局アインツはまだ帰ってこない。

大方、道に迷っているのだろう。

十年以上住んでいるのに関わらず。

この調子だと、夜中に帰ってくるかもしれない。


少しため息をつくと、机の上の新聞が目に入る。


「……そういえば、今日のニュースを確認していなかった」


そう思ったルイは新聞を手に取り、目を通し始めた。




一面に書かれていたのは、エイルが住んでいた村についてだった。

「魔剣を管理する村、一夜にして壊滅か?」というタイトルが大きく書かれている。


どうやらある旅人が村が跡形もなく壊滅しているのを発見し、アクアマリン騎士団に通報したらしい。

騎士団は緊急で調査隊を派遣したが、生存者はおらず原因は一切不明だそうだ。

村には魔剣がなく、犯人がどさくさに紛れて盗んだとふんでいるようだった。


特に住人だったアルメリアという少女は、騎士団に入ることが決まっていたそうだ。

剣の才があり将来有望だったそうで、騎士団長は絶対に事実を解明すると記者たちに答えたらしい。


「………………」


ルイは最後まで目を通すと、新聞を丸める。

そして近くの暖炉に投げ込み、完全に燃え尽きるまでじっと見つめた。




今のエイルに、この情報を耳に入れさせるわけにはいかない。

最近心を開き始めたようで笑うことが多くなったが、まだ心の傷は生々しかった。

騎士団が本腰を入れて調べていることを知れば、エイルの精神が壊れてしまうような気がする。


しかし、いつまでも現実から逃げてもいられない。

エイルはいつか騎士団と対立し、罪に問われることは明白だった。

恐らく、本人の悪意に関係なく責任を迫られるだろう。

ルイはいつか、エイルが自分の罪に正面から向き合わないといけない日が来ることを十分理解していた。



だが、いまではない。

今向き合わせても、恐らくエイルは押しつぶされてしまうだろう。

だとしたら、エイルの精神がもっと強くなった後でも遅くはないはずだ。


アインツはルイの考えを察しているようだった。

彼も、力の制御以外で魔剣に関することをエイルの前では一切話さなかった。

エイルがいない今を機に、二人で今後のことをしっかりと話した方は良さそうだ。



ルイはただ、エイルが強くなる前に騎士団に嗅ぎ付けられないことを願うしかなかった。

アインツを信じて、あの子が少しでも早く強くなることを祈ろう。

そのためにできることなら、どんなことでもやろう。


(今度こそ、絶対に悔いを残したくない)




新聞紙が完全に灰になったことを確認すると、ルイは店仕舞いを再開した。


<<人物紹介>>

名前:アルメリア・ウェイパー

年齢:16歳(没)

性別:女性

種族:ヒューマン

所属:アクアマリン騎士団(来年度所属予定)

特徴:明るくて生真面目

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