1-3. 消えない罪
暗闇の中、体がゆっくりと沈んでいくのを感じる。
まるで深海にいるように。
ただただ、重力に身を任せる。
そうしていると心がふわっと軽くなった。
ふと、背中に柔らかい感触を感じる。
優しいけど、とても冷たい手。
そんな手が、私を水面へと押し上げる。
どんどん、どんどん周りが明るくなるような感じがする。
やがて、誰かが私の腕を掴んだ。
今度は力強くて硬いけど、温かい手。
意識が朦朧とする中、勢いよく体が引っ張られていく。
そして、まぶしい光が私を包み込む。
***
気が付くと、エイルは柔らかい枕を下にして横になっていた。
どうやら村の近くの森に運ばれてきたらしい。
周りが暗いので、さっきの出来事からあまり時間が経過していないのだろう。
だが今宵は月明りが強かったことを考えると、森の中はあまりにも暗かった。
木々が風で揺れるサワサワという音だけが、静かに聞こえてきた。
意識がはっきりしてくると、自分が誰かに膝枕されていることに気づいた。
「!?」
ドキッとして慌てて飛び起きると、そこには先程出会った謎の男性がいた。
相手はエイルをただじっと見つめていた。
状況を把握できないエイルとは違い、彼は置物のように動かなかった。
「体は大丈夫か?」
相手はゆっくりと首を傾げた。
相変わらず表情を読み取ることができない。
だが声のトーンから本当にエイルを心配しているようだった。
「え?あ、はい。
なんとも・・・・・」
気を失う前、雷に打たれたかのような激痛と衝撃があったにも関わらず体は無傷だ。
まるで魔剣を取りに行ったことが全て夢だったかのように。
「あの、私はどうして・・・・?」
エイルが疑問をぶつけると、相手は少し考え込んだ。
「どこまで覚えている?」
「ええと、確か魔剣を抜こうとしたら、急に何かが体に流れ込んで、それで・・・・」
そこまで言うと、男性は淡々と話し始めた。
「君が教会の地下で倒れているのをたまたま見つけたんだ。
外傷はなさそうだが、息が浅かったから面倒を見た方がいいと判断した。
だから安全を考慮して、ここまで運んできた。
その様子だと大事なさそうでよかった」
―――おかしい。
自分が見張りを追っ払ったとはいえ、余所者である彼が魔剣のところに行く理由はない。
魔剣を盗みに来たのだろうか?
いや、それならエイルを助ける義理はないはずだ。
さっさと魔剣を取ってその場をすぐに離れるだろう。
それに『安全を考慮して』という言葉が気になる。
なにか村で起きたのだろうか?
そもそも、魔剣はどうなったのだろうか?
少し周りの空気が冷たくなったような気がした。
この人は怪しすぎる、そう判断したエイルは今すぐここを離れた方がいいと思った。
幸い、村がある方角は分かる。
「か、介護してくださりありがとうございました!
それでは私はこれで!!」
「あ、ちょっと待っ―――」
エイルは慌てて制止する相手を無視して、村の方向に全力で走っていった。
暗い森を一目散に駆けていくと、徐々に前方が明るくなってきた。
村の明かりだ。
あともうちょっとで村に着く。
しかし、何かがおかしい。
まだ村人は眠りについている時間のはずだ。
それにしては明るすぎる。
加えてかすかに焦げ臭いにおいが鼻についた。
嫌な予感がした。
急に村に戻るのが怖くなって、足が重くなった。
だけどここで止まっても意味がない。
そうだ、きっと気のせいだ。
この辺りは平和な場所だ。
何か事件が起こることなんてありえない。
エイルは走るスピードを上げて村へと急いだ。
***
「・・・・・・え?」
そこに広がっていたのは地獄だった。
家は全て跡形もなく全壊し、辺りは赤い炎が激しく燃え盛っている。
見慣れた村ではなく、ただの焼け野原が広がっていた。
ごうごうという音と炎の明かりだけが、周辺をただ埋め尽くしていた。
「何で?
いったい何があったの?
どうしてこんなことに・・・?」
エイルは呆然とするしかなかった。
足の力が抜け、立っているのがやっとだった。
自分が意識を失っている間に、盗賊が徒党を組んで襲ってきたのだろうか?
いや、この村はそんな金目のものがあるような場所じゃない。
たとえそうだとしてもここまでやる必要はない。
戦争か何かに巻き込まれたのだろうか?
それも違う。
そこまでこのあたりは緊迫した状況ではない。
じゃあ一体・・・?
「・・・生存者。
そうだ、生存者は?
父さん、母さんは?
アルメリアは?
どこにいるの?」
無意識に炎に包まれた村の方に歩き出そうとすると、誰かにガシッと腕を掴まれた。
振り返ると、さっきの人だった。
「この先は危険だ。
行ってはいけない」
真剣な眼差しで忠告された。
彼がエイルを掴む力は強く、少し痛みを感じるほどだった。
「あ、あの!
これはいったい何なんですか!?
父さんや母さん、村人は無事なんですか!?」
エイルは感情のまま疑問をぶつけた。
相手は答えようか躊躇して、少しの間沈黙が流れた。
やがて目を逸らして一言だけ呟いた。
「―――魔剣の力が暴走したんだ」
エイルの頭が真っ白になった。
魔剣の力が暴走?
どういうこと?
あの時の稲妻が、この村を壊滅させたってこと?
ということは―――
「私のせい、なんですか・・・?」
「・・・・・・・・」
何も答えが返ってこなかった。
「他の人は・・・?」
「・・・・・・・・」
相手は少し間を置いた後、ゆっくりと首を横に振った。
体温が一気に失われていく。
あまりのことに涙さえ出てこない。
胸のあたりが掴まれているかのように強く痛む。
体の力が急に抜け、同時にとても重い何かが上からのしかかる。
エイルはその場にしゃがみこんだ。
自分が村を壊滅させた。
それだけではない。
みんなを殺してしまった。
父さんも、母さんも、村長も、ヘンリーさんやロニーさんも。
そして、アルメリアも・・・
ただ強くなりたいだけだった。
友を越えられればそれでよかった。
ただそれだけだったのに―――
ふとある言葉がエイルの頭をよぎった。
『欲に溺れる愚者、魔剣により破滅を与えられん』
ああ、自分は“愚者”だったのだ。
だから大切な人達が住む故郷を壊して、自分に“破滅”が与えられた。
死ぬ覚悟はできていた。
しかし、与えられた“破滅”は死ぬよりもつらいものだ。
自分はこのまま生き地獄を背負って生きていかないといけないのか?
エイルは立ち上がり、再び炎の方へとゆっくり向かっていく。
「どこに行く気だ?」
また強い力でエイルの腕を掴んだ。
「―――ほっといてください」
「?」
エイルがボソッと呟いたことに、男性は聞き取れなかった様子だった。
「もう、放っといてください!!!
あなたは余所者でしょ!?
だったら私がどうなろうと関係ないじゃないですか!!」
エイルの震えた声が響き渡った。
それに対して、相手は無言でただエイルを引き留めていた。
振りほどこうともがいたが無意味だった。
そんなことはさせないと言わんばかりに、痣になりそうなほどとても強い力でエイルの腕を掴んでいた。
「どうして―――」
エイルの目からやっと大粒の涙がこぼれ出て、力なく倒れ込み泣き始めた。
そして、空に向かって声にならない嗚咽を吐き出し、燃え盛る炎の音をかき消した。
抑えきれずにあふれ出てくる感情を、ただ周囲にまき散らした。
そんな中、隣にいた男性はエイルをそっと支えた。