2-13. 私の目標は――
アインツが襲ってきた魔物を全て屠り終わった後、気絶していたシルヴィが目を覚ました。
彼女は頭を打ったこと以外に特になんともないようで、みんなが生きていることにエイルはとても嬉しかった。
シルヴィはアインツから何があったのか事情を聞いたが、彼がほぼ無傷のため最初は信じていなかった。
だが一部始終見ていたエイルが彼の言い分に口添えすると、彼女は言葉を失った。
無理もない。
エイルもこの目で見ていなければ、大海のような灰の山を一人で作り上げたことを信じられないだろう。
二人は動けないエイルとユリア、フィーネを担いでダンジョンを後にした。
世界の扉から元の世界に戻ると、冒険者達がダンジョン入口の空間の中心に集まっていた。
この場所はいつも賑やかだが、今回は少し違う。
集団は皆床の同じところを向いているようで、何かざわざわと話している。
なにか異変が起きたようだった。
一体何事かとエイルが考えていると、集団の中から目立った格好の人物がこちらに気づいた。
リコリスだ。
彼女はアインツを除く他の人達が傷だらけなのを見て、思わずショックを受けたようだ。
「皆様、どうされたのですか!?
ここまでボロボロになって、一体どんな魔物に遭遇したのですか!?
ああ、大変!
今すぐグッタス先生に連絡入れきますね!!」
リコリスは大慌てで受付の方に向かった。
その後すぐに看護師たちがエイル一行に駆け付け、皆グッタス医院に運ばれていった。
エイルは呪いでかなりの体力を消耗していたものの、外傷は大したことなかった。
ユリアも数日後に目を覚まし、疲れていること以外特に問題はなさそうだった。
二人は少しの間だけ入院していたが、一週間もたたないうちに退院することになった。
フィーネはかなりの重傷だった。
命に支障はないものの、ノスフェルに噛まれた肩がぐちゃぐちゃだったらしい。
あまりにもひどかったので、パナサーが直々に長い時間をかけて手術を行ってくれた。
おかげで何とか元通りの生活に戻れそうだったが、彼女は何ヵ月も入院しリハビリを受けることになった。
アインツとシルヴィは簡単な診療を受けたが、すぐに家に帰された。
その後二人はリコリスにworld Aで何があったのかを説明してくれたようだ。
リコリスは顔を真っ青にして倒れそうになったが、みんなが無事に帰ってくれたことに涙を流してくれたらしい。
エイルが入院している間、ルイが毎日お見舞いに来てくれた。
最初に来たときは、ジャイアント・アントの一件の時と同様に思いっきり抱きついてきた。
その後エイルの頭を撫でて、「よく頑張った」と褒めてくれた。
どうやら、今回のことでエイル達“ブルーレース”の実力がギルドに認められたようだった。
ノスフェルを倒したことで、world Bに入る資格を得られたと言われた。
「この調子でいけば、魔剣の力を制御できる日も遠くはないだろう」
ルイの目からは、喜びが垣間見える。
エイルも嬉しくなったが、とても複雑な気持ちでもあった。
確かに最初ゴブリンに腰を抜かしていたのに、苦戦しながらもこの手でノスフェルに止めを刺したのだ。
自分の実力が着実に伸びていることは間違いないだろう。
しかしシルヴィやフィーネがいなければ、到底歯がたたなかっただろう。
二人が奮闘して弱点を見つけ、弱らせてくれたおかげでたまたまできたことだ。
むしろ自分は少し足を引っ張り気味で、あまり役に立てていなかった。
それに無事にみんなで生還できたのは、アインツのおかげだ。
彼がいなければ、みんな魔物の餌食にされていただろう。
エイルは彼が奮闘するところを、圧倒されながら見ることしかできなかったのだ。
そう考えると、エイルはただ偶然おいしいところだけを頂いたようなものだ。
仲間と一緒に勝利を掴むことはよいことだ。
それでも、自分の努力は他の三人と比べるととてもちっぽけにしか見えない。
そのせいで、エイルは周囲からの称賛を素直に受け取れなかった。
自分はあの怪物を倒せるほどの実力は持っていない。
みんなの功績を横取りしている気分だ。
本来ならworld Bに行く資格なんて、自分にはないのではないか?
そう考えずにいられなかった。
エイルの顔に陰りがあることに、ルイが気付いた。
彼は少し考えた後、エイルに優しく言葉を投げかけた。
「もし自分の実力不足を感じているなら、その気持ちを絶対に忘れてはいけない。
その悔しさが、君をもっと強くするだろう」
エイルは下唇をぎゅっと嚙み締めた。
エイルが退院する日、アインツがお迎えに来ていた。
ルイはお見舞いのために店を空けすぎたせいで、今手が回らないらしい。
帰ったら手伝ってあげようかと思うと、アインツから話題を振られる。
「そういえば、俺達が戻ってきた時のこと聞いたか?」
「え、何のこと?」
エイルには何のことかさっぱりわからなかった。
事情を聞くと、どうやらとんでもないことが裏で起きていたようだ。
ノスフェルを倒した頃、ダンジョン入口の床に描かれていた魔法陣の一部が突然光り出したらしい。
エイル達が戻ってきたときに冒険者たちが集まっていたのは、それが原因だったようだ。
その魔方陣は、どうやったら起動するのか、どんな目的で描かれたのか一切不明だった。
しかしタイミングから察するに、ノスフェルが倒されたことと何らかの因果関係があると冒険者ギルドは考えているようだった。
これからダンジョンの秘密が明かされるのではないか、魔法陣が起動すると隠しエリアに入れるようになるのではないかと色々な憶測が飛び交っているらしい。
今、都市ではそんな話題であふれかえっているようだった。
「お陰様で、“ブルーレース”は『ダンジョンの秘密を明かす手がかりを掴んだパーティー』として名前が広まっているよ。
まぁ、俺としては知名度より魔法陣の謎の方が気になるが。
恐らくこれから他の世界のノスフェルを倒していけば、いつかは分かるときが来るだろうな。
君にとっても強くなるチャンスだから、目標としてちょうどいいんじゃないか?」
確かにアインツの言う通りかもしれない。
だが、このままではダメだ。
彼に頼ってばかりでは、冒険者になった意味がない。
ふと、アインツの戦闘風景がエイルの脳裏を横切った。
彼の戦い方は洗練されていて、無駄がなかった。
それは常軌を逸していたが、才能だけで手に入れたものではない。
想像できないほどの努力をして、あそこまで極めたのだ。
そんな戦い方ができるようになれば、自力でノスフェルを倒せるようになるのだろうか?
数えきれないほどの経験を積んでもっと腕を磨けば、あんな戦闘ができるのだろうか?
自分も、努力すれば彼のように圧倒的に強くなれるのだろうか?
「――アインツ」
診療所から出ようとするアインツを、エイルは引き留めた。
前を歩いていた彼は、後ろを振り向く。
「この前、『憧れの冒険者を見つける』べきだって言ってくれたよね?
私、決めたよ。
私は、アインツみたいな戦い方がしたい。
あなたのように、無駄がなくて相手を圧倒するようになりたい……!」
アインツは驚きを隠せなかった。
誰かからそんなことを言われるとは、想像もしていなかったような顔だ。
彼は目を見開きながら、動きを止めていた。
「…………俺は剣士じゃなくて魔術師だぞ?」
「分かっている。
でも、アインツの動きはとてもすごくて感動したんだ。
私、あなたを目標にして頑張るよ!」
アインツは開いた口が塞がらない様子だった。
だがエイルの目は、まっすぐ彼を見つめている。
決して冗談を言っている様子ではない。
「……くっ、ははははは!!」
アインツの顔に笑みが浮かんだかと思うと、面白可笑しそうに大声で笑った。
彼がそこまで爆笑しているのをエイルは初めて見た。
「なら俺に『二番』と呼ばせるように精進しろよ、七番」
「……?」
エイルは彼が言っていることを理解できなかった。
だがアインツがとても嬉しそうにしていることは分かった。
これから、アインツを見習って努力しよう。
本当に、彼のようになれるかは分からない。
それでもあの時の洗練された戦いを目指して、魔剣を制御できる力を付けよう。
そしていつか彼と肩を並べて戦う日を想像して、戦っていこう。
そうエイルが決心した矢先、浮かれ気分のアインツは前を向いた途端に扉に激突した。
彼は反動で後方に倒れ込み、当たり所が悪かったのか鼻血が出ていた。
ぶつかった際に大きな音がしたせいだろう。
近くにいた看護師たちが何事かと焦りながら駆け付けた。
アインツは複数の人に介抱され、ポカンとしているエイルの目の前は大状態になっていた。
――訂正する。
これから、“戦闘面だけ” アインツを見習って努力しよう。
<作者コメント>
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まだまだ物語は続きますが、これからも楽しんで頂けると嬉しいです。




