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2-12. 天才魔術師、参上

ノスフェルの体が徐々に崩れる中、前方からの地響きは徐々にこちらに近づいていた。

地面に横たわっているエイルが感じ取れる振動は、1つではなかった。

数十、いや数百はくだらないだろう。



一体何が起こっているのか頭をフル回転させると、一つの光景が頭をよぎった。

フェルを介抱してきたときの、ノスフェルの雄叫びだ。


(まさか、魔物を呼び寄せたんじゃ……!?)


答えに至った瞬間、エイルは一気に血の気が引いた。



今この場で、戦いどころか動ける人なんていない。

ただでさえ多い数を相手に、いったいどう対処すればいいのか皆目見当もつかなかった。

何とかノスフェルを倒したというのに、こんなのいくら何でもない。

あまりにも理不尽すぎる。



そうエイルが絶望している時だった。

誰かの足音が背後から聞こえてきた。

そしてエイルの横で止まったかと思うと、足音の主はゆっくりと担いでいたムギを地面に降ろした。

彼女の呪いも消えていて、今は眠っているようだった。


「アインツ……?」



アインツは崩壊しているノスフェルの亡骸を一目見た後、魔物の群れの方に向かって歩いて行った。


「よく頑張った。

さぞ苦戦したとこだろう。

だが、流石にこの状況はひどすぎるな」


そう言って、エイルから少し離れたところで立ち止まった。




「安心しろ、ここからは俺の番だ」



アインツが話し終わった途端、彼の周囲に無数の氷柱が突如現れた。

そう思った矢先、音のする方向に氷柱は全て飛んでいった。



遠くから、魔物の悲鳴が聞こえる。

だがアインツの攻撃は一切緩まなかった。

周りの木々をなぎ倒しながらも、確実に魔物の集団に猛攻を浴びせている。



やがて悲鳴が聞こえなくなった頃、アインツはやっと攻撃をやめた。

彼の前方にあった木々は全て粉々に砕けており、跡形もなく消えていた。

森の中にできた開けた場所には、ただ土埃と魔物だった灰が舞い上がっている。


「……まぁ、前座はこんなもんか」


前方の視界が開けると、魔物の大群の姿が露わになった。

エイルはさっきの攻撃で生き残りがいることに驚いていたが、アインツは予想の範囲内だったようだ。

それどころか、手加減してわざと残したようにも見えた。

彼の口角が少し上がっていた。


「今まで手持無沙汰で、本を読みながら色々戦い方を練ってきたんだ。

折角だから、ここで実験させてもらおう――!」


アインツは無邪気に笑うと、群れの方向に一目散に突っ込んでしまった。






アインツの戦い方は、人の域を超えていた。



魔術師は基本的に専用の道具を構えてから呪文を唱え、魔力を集中させて攻撃するものだ。

どんな熟練の人でも、そのステップを省略することはない。


だが彼は、それらを全部すっ飛ばしていた。

両手をポケットに突っ込み、口を固く閉ざして予備動作すら全くない。

動作は攻撃の回避と相手を視界に収めること以外は行っておらず、無駄が一切ない。

その姿は洗練されており、まるで彼の周りに氷が勝手に形成されているかのようだった。



それに魔法をあんなに連射していたら、普通は魔力切れになるはずだ。

しかしその素振りは一切ない。

アインツは視界に入った魔物を一瞬で氷の槍に変えて串刺しにしたかと思えば、次の魔物は瞬きの間に氷像と化して砕け散った。

その速さはエイルの目と頭が追い付かないほどで、彼の戦い方を理解するのに時間を要した。



アインツは魔術師の弱点である、攻撃の準備時間とスピードを全て克服していた。

それどころか、可能な限り早くしようとした努力がひしひしと伝わってきた。



どうしてこんな芸当ができるのだろうか?


(そういえば……)


エイルの脳裏に、ある日の会話がよぎった。






エイルがスキルについて学んでいた頃、ふとアインツはもう既に発現したのか気になり質問したことがあった。


「そんなの当たり前だ」


即答だった。


「俺は『詠唱省略ダヴィンチ・トリック』を持っている。

常時発動型のスキルで、魔力消費量の増加と威力低下の代わりに詠唱を省略できる。

俺意外にも似たようなスキルを持った魔術師はいるが、デメリットが大きすぎて大抵は危機的状況のみしか使わない」

「それって外れスキルなんじゃ?」


エイルの疑問に、アインツは少し怪訝な顔をした。

どうやら彼のプライドを逆なでしてしまったらしい。

嫌味を言われるのを覚悟したが、アインツはすぐに面白可笑しいかのように笑い出した。


「くくっ、確かにそうだな。

だが、俺の場合は違う。

俺は学生時代に魔法行使の効率について研究していたから、その線に関しては世界で一番詳しいって自負している。

俺は自分の知識と能力を駆使して、一番効率よく魔法を使う方法を編み出した」


何かしらに酔いしれているアインツは続けた。


「するとどうだ?

魔道具なんかに頼る必要はないし、スキルを使っても本来より少ない魔力で同程度もしくはそれ以上の魔法を行使できるようになった。

お陰様で俺のスキルは『外れ』じゃなくて、むしろ準備時間を大幅に削減できる『大当たり』になったわけさ」



アインツの言っていることが本当ならすごいことだと思った。

しかしあまりにも現実味がなさ過ぎて、正直信じられなかった。

かといって嘘か本当か問い詰めたら、彼がどんな態度をとるか分からなかった。

最悪の場合、ダンジョンでこれまでよりも過酷な環境につれて行かれそうな気がした。



「えっと……因みに『一番効率よく使う方法』って?」


エイルは話を合わせるように彼に訊ねた。


「無駄を極力減らすのは勿論、基本的には反射神経で魔法を使って必要な時は魔法行使を意識する。

例えるなら、そうだな……

普段歩くとき、どっちの足をどの程度出すかなんていちいち気にしないだろ?

だが道中障害物が多いときは、それを極力避けるように足取りを考える。

この世界の魔術師はそんな簡単なことができないから、平らな道でもこと細かく歩き方を熟考しているんだ。

俺はそれをやめて、ただ自然に歩いているだけさ」


彼の説明は、納得できそうで理解ができなかった。

唯一分かったのは、彼が並外れた“天才”か“バカ”のどちらかだということだけだった。






――アインツは“天才”の方だった。

今までの言動で見栄を張っているのではと心配な点はいくつかあったが、全部杞憂だった。

本当に武器はいらないし、通常の戦闘に参加すれば秒で終わる。

こんなに無駄のない戦い方なんて、見たことがない。


エイルはアインツが輝いて見え、目が離せなかった。




彼が魔物の死骸の山の上に立っていると、後方からゴブリンと巨大昆虫の群れが押し寄せてきた。

アインツが横目で睨みつけた瞬間、魔物の周囲にダイヤモンドダストが生じた。

何事かと戸惑っているのも束の間、氷の小さな粒が急激に大きなトゲの塊になった。

怪奇な現象が起きた後ゴブリンなどの小さい魔物は消滅したが、大型の魔物は生き残っていた。


「あー、これはダメだな。

魔力消費量が多いくせに威力が弱い。

これは雑魚用か目くらまし用だな」



そう呟いていると、今度は横からオーガが突如現れた。

オーガが武器をアインツに向かって振り下ろそうとした瞬間、氷の壁が突如現れた。

壁はとても頑丈で、魔物の武器が当たると粉々に砕け散った。


だがオーガは諦めずに、氷の壁を叩き割ろうとした。

何度も拳で叩くと、やがてガシャンと音を立ててアインツの姿が見えた。



だが彼はそれを待っていたかのように、オーガの心臓に向かって指鉄砲を構えていた。

その先には高密度で小さな氷の塊があり、目にも止まらない速さで放たれた。

オーガはその勢いで後ろにいた魔物もろとも吹き飛び、全て一瞬で灰と化した。


「おっ、これは使えるな。

弾丸を作るに少し時間はかかるが、その分申し分ないパワーだ」




そんな試行錯誤を続けながら、アインツは一方的に魔物を殺戮していった。

だがしばらくすると、ため息交じりに頭を掻き始めた。


「なんだ、もう終わりか?

全く、world Aはこれだからつまらないんだ。

まだ試したい戦法がいくつかあったのに」



彼の周りには魔物は一切いなくなっていた。

広がっていたのは、かつて魔物だった灰と無数の氷の塊だった。




エイルはその光景を、ただ茫然と眺めていた。


<<ラトーの一言メモ>>

いたたた…………

アインツの旦那、本当に容赦がありませんねぇ……

本気で逃げたのに、旦那の氷が少し掠ってしまいましたよ……

しかしあの攻撃っぷり、アタシでも少し怖くなってしまいました。

旦那は一体、何のためにあそこまで強くなったんでしょうかねぇ?

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