2-10. ノスフェル戦(vsネヌファ)
ユリアを助けるためにワールドボスに立ち向かうことを決めたものはいいものの、戦略を立てないと無駄死にすることは目に見えていた。
だが緻密な計画を立てる時間はない。
そんな中、フィーネが重たい口を開いた。
彼女の目には、迷いと決意が複雑に入り混じっている。
「あの、ウチに考えがあるんだけど……
多分二人を危険にさらしちゃうかもしれない。
それでも、聞いてくれる?」
フィーネの提案に、エイルとシルヴィは顔を見合わせた。
武器を持った時から、既に覚悟はできている。
二人が頷くと、フィーネはぽつぽつと作戦を話し始めた。
ノスフェルはゆっくりとズシン、ズシンと鈍い音を立てながら獲物を探し回っていた。
木の上、倒木の下、時には地面を掘り返しもしていた。
そんな執着の強い怪物の前に、二人の人間が現れた。
「エイル、シルヴィ達の役目は奴の手の内をさらけ出させることだよ。
攻撃することは考えないで、回避だけに集中すればいいからね」
「うん、分かった」
二人は武器を構えた。
相手は獲物が見つかり、満足そうにこちらを見ている。
しばらくにらみ合いが続いた。
お互いにどちらが先に動くかを見極めようとしていた。
そんな中、最初に行動したのはシルヴィだった。
「はあああああ!!!」
シルヴィは全速力で敵に向かっていった。
ノスフェルは彼女を押しつぶそうと、手を高く上げた。
「遅い!!」
大きな手が地面に叩きつけられる前に、シルヴィはその場を離れた。
その後も彼女は自慢のスピードを駆使しながら、奴と渡り合っていた。
(私も行かないと……!)
シルヴィの雄姿を見たエイルは力が湧いてきた。
そして高まる気持ちの赴くままに、戦いに参戦した。
ノスフェルの攻撃は大きく分けて三パターンだった。
まずはさっきの相手を圧し潰す攻撃。
手だけでなく、とてもずっしりとした足も使ってくる。
攻撃が地面に当たると、まるで地震が起きたかのような振動が伝わってきた。
そんな攻撃が直撃したら、骨が折れるのは間違いない。
二つ目は、爪を使ったひっかき攻撃。
見た目は単純なものだが、周囲の木を簡単に輪切りにしてしまうほどの威力だ。
エイルの腕に掠った際、傷口はそこまで深くはなかったが血がなかなか止まらなかった。
もし避けていなかったら、エイルの体は今頃バラバラになっていただろう。
そして最も厄介なのが、口から棘を放ってくる攻撃だ。
ユリアが受けたのは恐らくこれだろう。
だとすると、棘が当たれば即戦闘不可能になる。
この攻撃だけは何が何でも絶対に避けないといけない。
だが幸い連射はしてこないので、口を開けた時に用心すれば何とかなりそうだった。
しばらくの間やりあって、ノスフェルの動きはとても遅いが攻撃の威力が凄まじいという特徴を持っていることにエイルは気が付いた。
攻撃をうまくかわせば、シルヴィであれば反撃はそんなに難しくない。
だからエイルはなるべく敵の注意を引くようにして、シルヴィが動きやすいように立ち回るようにした。
だが厄介なことに、シルヴィが切りつけても凄まじい回復力ですぐに傷口が塞がってしまう。
この怪物を倒すためには、コアを一撃で破壊するしかない。
しかしこちらの攻撃の際に、ノスフェルは胸の部分を手で覆う動きを何度も見せていた。
加えて獲物の危険度をしっかりと考えているようで、シルヴィから目を離さなかった。
普通の魔物ならあり得ない、明らかに弱点を守る動きだ。
でもかえってその動きが自分の弱点をさらけ出している。
コアがあるのは、恐らく心臓部だ。
エイルがそう判断した時だった。
フィーネが木陰から姿を現し、顔の前に剣を構えた。
どうやら十分に健闘できたようだ。
「『葬儀の舞踏』」
彼女が悲しそうな顔をすると、見開いた桃色の目が緑色に変化した。
怪物はフィーネに向かって、大きく口を広げた。
そしてそのまま彼女に棘の嵐を降らした。
しかし、フィーネはまるでひらひらと舞う紙の如く全て避けた。
その時の姿は、まるで踊っているように美しかった。
フィーネのスキル『葬儀の舞踏』は、相手の攻撃を全て予測することができる。
そのため発動中の彼女の動きは、剣舞を待っているように見えるのだ。
とても強力な反面、発動するためには相手の動きのパターンを全て把握する必要がある。
だから、最初にシルヴィとエイルが先に敵とやりあうことになった。
その方がフィーネの体力も温存できるし、確実にノスフェルを圧倒できる。
「燃え盛る烈火よ、我が咆哮を聞き給え」
ノスフェルの猛攻を華麗に躱しつつ、彼女は魔法の詠唱を唱え始めた。
「どうか敵を薙ぎ払い、灰塵と化す力を与えよ」
相手は阻止しようと手を全力で振り落としたが、予期していたフィーネは飛び上がって回避した。
「『全てを焼き尽くす業火』!」
するとフィーネのもつ剣が、ゴォォと激しい音を立てて赤い炎に包まれた。
とても温度が高いようで、刀身が赤くなっている。
「やあぁぁぁぁっ!!!」
フィーネが業火の剣を振り下ろすと、敵の手を切断した。
怪物は痛みのあまりに金切り声をあげた。
本来であれば、奴の驚異的な回復力ですぐに元通りになってしまう。
しかし傷口には炎が飛び火しているせいで、腕が生えてこなかった。
「やっぱり、炎が弱点だったんだね」
フィーネの予想が的中し、みんな確信した。
――このままいけば、コアを破壊できる。
エイルとシルヴィは、フィーネの援護に回った。
彼女の炎の剣は自在に大きさを変え、怪物を圧倒していた。
相手も反撃しようとするが、フィーネは表情を変えずに悠々と躱し続ける。
やがてフィーネは敵の両手を切り落とした。
怪物はもう立ち上がる余力すら残っていない。
もう決着は目の前だ。
フィーネは残りの魔力を全て剣に向けた。
すると炎はさっきまでよりもはるかに大きく燃え盛った。
彼女はそのまま、全力で飛び上がる。
ノスフェルは低くうなりながら、口を大きく開いた。
そして棘が今までよりも鋭い速さで放たれた。
しかし、フィーネは難なく攻撃を躱す。
「これで、トドメっ!!!!」
巨大な炎の剣は、怪物を胸から腰に掛けて上下に真っ二つにした。
確実に心臓にも届いている。
ノスフェルはそのまま、ゆっくりと地面に崩れた。
傷口部分はごうごうと大きな音を立てて燃えていて、明らかに致命傷だ。
やがて地面の上に倒れた怪物の目から徐々に光が消えていった。
「や、やった!ノスフェルを倒した!!」
エイルは思わず声をあげた。
シルヴィも歓声を上げて、二人でハイタッチした。
そんな中、フィーネはお腹からとても大きい音を鳴らしながら座り込んだ。
「お腹、空いた……
アタマ痛いよぉ…………」
どうやらスキル発動中、頭をすごく使うようでその反動のようだ。
それでもフィーネの顔は嬉しさに満ち溢れている。
三人はしばらくの間一緒に勝利の喜びを分かち合った。
まさか、仲間の助けがあったとはいえ自分が功績を挙げられるとは思ってもいなかった。
今までを振り返ると、エイルは都市に来てから大きく成長した。
最初はゴブリンも倒せなかったのに、今ではギリギリだったがノスフェルの討伐に貢献できるのだ。
それに、大切な友達を救うことができた。
エイルはこれ以上ない幸福に満ち溢れていた。
しかし、終わりではなかった。
死んだはずのノスフェルの目が、突然光始めた。
そして顔をゆっくりと持ち上げ、口を裂けそうなほど大きく開く。
狙いは、フィーネだ。
「フィーネ、逃げて!!!」
「…………え?」
エイルが気づいた時には、もう遅かった。
ノスフェルは勢いよくフィーネの肩にかぶりつき、鈍い音と共に鮮血が舞い上がった。
<<人物紹介>>
名前:フィーネ・ムステラ
年齢:19歳
性別:女性
種族:獣人 (フェレット)
所属:アメトリン酒場(店員)
特徴:優しいがゆえに強い




