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2-8. 閉ざした心の溶解

走り続けていたエイルとユリアは、気づけば遠く離れた広い公園まで来ていた。

周囲は色々な人が散歩している中、子供がワイワイ遊んでいる。

ここならたとえクライドが来ても簡単には見つからないだろう。


気が抜けた二人は、その場にしゃがみこんでしまった。

切らした息を整えながら、エイルはこれまでのことを思い返していた。



何とか目的の嘔吐剤は見つけることができたが、最後は本当に危なかった。

時間は気にしていたものの、まさかクライドと鉢合わせするとは。

幸い姿は見られていないはずだから、彼に問い詰められることはないだろう。

危機一髪ではあったが、何とか作戦は成功したというわけだ。



「……ぷっ」


エイルは思わず懐かしい感覚に襲われた。

何事かと振り返るユリアをよそに、あふれ出る感情を抑えられなくなった。


「あははははは!

し、死ぬかと思った!!

あはっ、いひひひひ!!」


周囲の人の視線を気にせず、エイルは笑い転げていた。

その姿はいつもの内気さとはかけ離れた、とても無邪気でわんぱくな子そのものだ。




心の底から笑ったのはいつぶりだろうか?

もう久しく、こんなに笑っていない気がする。

記憶をたどってみると、もう10年以上前のことだった。



その頃のエイルは、色々ないたずらをしていた問題児だった。

得意なピッキングで至る所の扉を開けていたり、パーティーの料理で唐辛子を大量に混ぜたり、村長の大切なものを薪木の山の中に隠したり。

そんなしょうもないことを毎日のようにやっていた。


当然何度も大人にばれたことがあった。

しかし、毎度エイルは捕まらないように全力で逃げていた。

時々逃げ切れない時もあったが、大抵の場合は大人が諦めるのが先だった。

その後はお決まりで達成感に浸りながら大笑いしていた。


エイルがいたずらを続けたのは、この時の緊迫感が堪らなかったからだ。

そして今度は何を仕掛けてどうやって逃げようかを考えるのが、とても楽しかった。

エイルにとってこれがどんな遊びにも勝る、一番の娯楽だった。



しかし親友のアルメリアと戦闘訓練を始め、エイルが負け始めた時から全てが変わってしまった。

どんなに大がかりないたずらを仕込んで大人たちを困らせても、エイルの心は満たされなくなってしまっていた。

やがてそんなことに時間を割くよりも、アルメリアに勝つために鍛錬をした方がいいと考えるようになった。



その時から、エイルはいたずらを一切しなくなった。

同時に明るくいつも笑っていたエイルの顔から徐々に笑顔が消え、影が深くなっていた。

周囲の人達はやっと大人になったのかと安堵していたが、実際は違ったのだろう。

今思うに、ただ笑う余裕がなくなっていたのかもしれない。


加えて最近は魔剣の暴走のせいで、エイルの心は固く閉ざされていた。

エイルは本来そんなに引っ込み思案というわけではない。

最近のエイルの性格は、精神的に追い詰められたことで形成されたものだった。



もしかするとユリアの無茶苦茶な頼みにエイルが無意識に了承してしまったのは、久々にいたずらをしたくなったからかもしれない。

最近やっと勝てるようになったり、初心を思い出したり、シルヴィ達の窮地を救えたりと嬉しいことが続いていた。

それらの出来事がエイルの心を溶かし始めたのだろう。



「――ありがとう。

久々にすごく楽しかったよ」


ユリアはエイルの予想外の言葉に、驚きを隠せなかった。

不可解そうだったが、まだ笑い続けているエイルを見て彼女もつられてほほ笑んだ。


「全く、お礼言いたいんはこっちよ。

でも、どういたしまして」


もしかすると思いがけずにいいことをしたのかもしれない。

ユリアは心の中でそうつぶやいた。

エイルは疲れて苦しくなるまで、その場で笑い転げていた。




二人は少し休憩した後、各々の帰路についた。

別れる前に、もしクライドにばれてもお互いのことは一切言わないという契りを交わした。

特にユリアは彼と距離が近いし、事務室から何がなくなっていることを知ったら真っ先に第一容疑者になる。

だが今回のことは自分が全責任を負うと言い、エイルを絶対に巻き込まないと約束してくれた。






完全に安心しきっていたエイルがブルーレース魔法店に戻ると、店先にルイとグライドがいた。

何か話しているようだが、ルイの反応を見るにあまりよい話をしていなさそうだった。



嫌な予感がする。

たまたまグライドが魔道具を買いに来た可能性はあるが、それにしてはタイミングが良すぎる。


冷や汗が出始めると、エイルは酒場から脱出した時のことをふと思い出した。

確か窓から外に出るとき、背後から大きな音がしていた。

もしその音が、ドアを破壊した音だったら……


(まさか、ばれた……!?)


エイルが状況を把握したと同時に、グライドが振り向いた。

その顔はこの世のものと思えぬほど恐ろしく、不気味に目が輝いている。

遠くにいるエイルにも、背筋が凍るほどの殺意が感じ取れるほどだ。



エイルは反射的に慌てて逃げようと走り出した。


だが、手遅れだった。

グライドは信じられないくらいの猛スピードで、エイルの目の前に立ち塞がる。

そして右手を握りしめ、エイルの腹に全力の一撃を放った。


「ごはっ――!!」


彼の容赦ない拳は、見事に急所に入った。

同時にエイルの体は勢いよく折れ曲がり、メリメリと鈍い音が発した。

エイルは白目をむいて、そのまま崩れるように倒れた。


「しばらく借りるぞ」


ルイは何か言おうしようとしたが、グライドの気迫に圧倒されて言葉を飲み込んだ。

彼から事情も聞いているため、今回ばかりはエイルを庇うことはできなかった。


「……主犯の方は?」

「もちろん、とっ捕まえる。

あいつはドアと窓の修理費を稼ぐまで給料なしだな」


そういって気絶したエイルを担いで、グライドはその場を後にした。

その様子をルイはただ無事を祈りながら見送ることしかできなかった。




こうしてエイルは無給かつ一週間住み込みで、半泣きになりながら酒場の皿洗いをすることになった。

もちろん、さぼらないようグライドの厳しい監視付きで。


<<同時刻魔法店にて>>

アインツ「さっき酒場の店主が来ていたみたいだが、何かあったのか?」

ルイ「エイルが何かやらかして、しばらく借りたいらしい」

アインツ「ああ、どうりで恐ろしい顔していたわけだ。助けに行かないのか?」

ルイ「……無理。多分店主に返り討ちにされる」

アインツ「そうだな。今頃あいつはどんな顔で働かされていることやら」

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