2-5. 九死に一生を得る
エイルがそっと目を開けると、木々の隙間から太陽の光が差し込んでいた。
いつもなら聞こえるはずの小鳥のさえずりはない。
辺りは不気味なほど静まり返っている。
どうやら爆発に巻き込まれなかったものの、衝撃で吹き飛ばされ気を失っていたらしい。
(……爆発?)
「そうだ、アインツは!?」
直前の記憶が鮮明に蘇る。
彼が自分を庇ったことを思い出し、慌てて体を起こそうとする。
だが受けた傷と爆風の衝撃で体は思うように動かず、咳き込むと血の味が口の中に広がった。
それでも、戻らないと。
自分の目で、アインツの無事を確認しないと。
エイルは痛む体を引きずりながら、足を前へと運んだ。
戦場だった場所は、もはや森の面影すら残っていなかった。
巨大なクレーターが口を開け、爆風で吹き飛んだ木々の破片やオーガの武器の残骸が散乱している。
土埃がまだ空気に漂い、焦げ臭い匂いが鼻を突いた。
(この状況じゃ、アインツも……)
エイルはその場にしゃがみ見込んだ。
そんな中、ユリアとシルヴィがフィーネを背負って現れた。
3人とも無事だったらしい。
怪我をしたフィーネは布で傷を押さえ、シルヴィは木の枝で足を固定している。
「新人はん、無事やったんやなぁ」
ユリアが安堵の声をあげた。
「シルヴィからジブンが逃げられとれへんって聞いて肝を冷やしたで。
すんまへん、気ぃ付かんで……」
彼女は申し訳なさそうに頭を下げた。
だが、エイルは上の空でクレーターを見つめている。
「どうしたの?」
フィーネがやさしく問いかけると、エイルは唇を震わせか細い声で答えた。
「あ、アインツが……
私を、庇って……」
3人はその言葉で全てを悟った。
気まずい沈黙がその場を支配する。
その時だった。
「おい、勝手に殺すな」
不意に響いた声に、エイルの心臓が跳ねた。
耳に馴染みがある声だ。
エイルが顔を上げると、土煙の中から人影が現れる。
――アインツだ。
「全く、手がかかるな。
最近特にそうだが、どうしてお前はギリギリの戦いをするんだ?
あんな大規模の爆発、俺でも少し危なかったぞ?」
彼は平然と服の土埃を払っている。
大きな傷どころか、無傷に見えた。
「アインツ!」
エイルは思わず駆け寄ろうとした。
しかし足がもつれ、そのまま転がるように彼の足元へ倒れ込む。
顔を上げると、確かにそこに彼がいる。
涙が溢れ、嗚咽が喉を塞いだ。
「はぁ……そう見切り発車なところを何とかしろ。
そんなこと繰り返していたら、いつか死ぬぞ?」
彼はエイルの頭にげんこつを落とした。
威力は軽かったが、「いてっ」と反射的にエイルは反応してしまった。
「あと、コレ。
近くに転がっていたぞ」
アインツはユリアたちに、エクスケッススを放り投げる。
シルヴィが慌てて受け取ると、それはすでに淡い光を取り戻していた。
「あ、ありがと……
でも、どうやってあの爆発から――」
彼女が疑問を口にした瞬間。
緊張の糸が切れたように、エイルは崩れるようにその場へ倒れ込んだ。
遠ざかる声に名前を呼ばれながら、意識が暗闇に沈んでいった。
***
エイルが目を覚ますと、パナサーの病院――“グッタス医院”のベッドの上だった。
窓の外では透き通るような青空に太陽が高く昇り、雲ひとつない空を鳥が悠々と羽ばたいている。
とても美しい光景だ。
起き上がろうとした瞬間、全身に激痛が走る。
体を見下ろすと、包帯が幾重にも巻かれ腕には点滴の針が刺さっていた。
どうやら眠っている間に治療を受けたようだ。
しかしまだ完治には程遠いらしく、包帯や脱脂綿のあちこちに赤い染みが滲んでいる。
「あら、おはようエイルちゃん。
まだ起き上がれないみたいけど、心配はなさそうね」
声の方を見ると、扉の前にパナサーとルイ、そしてどこか疲れ切った様子のアインツが立っていた。
ルイは目が合った瞬間、駆け寄ってきてエイルに勢いよく抱きついた。
驚いたエイルが言葉を探すより早く、彼の体がかすかに震えているのに気づく。
泣いているわけではない。
だが、その気持ちは痛いほど伝わってきた。
「ハイパー様、目を覚ましたのですね!」
「良かった! 2日も起きなかったから心配したよ!」
パナサーの言葉を聞きつけたシルヴィとリコリスが駆け込んできて、ルイに続いてエイルに抱きつく。
2人は声を上げてわんわん泣き出した。
その後ろから、安堵した表情のユリアとフィーネも顔をのぞかせる。
さすがに3人がかりでは重くて息苦しい。
パナサーはため息をつき、彼女たちを無理やり引きはがした。
「こら、エイルちゃんはまだ回復しきっていないのよ?
正直、生きているのが不思議なくらい重傷だったんだから。
気持ちは分かるけど、今は我慢しなさいな」
引き離されても、シルヴィとリコリスはなかなか泣き止まなかった。
一方ルイは無表情のまま、ただじっとエイルを見つめていた。
パナサーによれば、一昨日アインツが気を失ったエイルを突然運び込んできたのだという。
治療の際に分かったのは、内臓出血に骨折……数えきれないほどの重傷。
命を繋ぐだけでも奇跡的で、本来なら2週間は昏睡しているはずだった。
今日目覚めたのは驚きだとパナサーは言った。
リコリスは毎日見舞いに訪れ、ルイは店を放り出してずっと傍にいた。
シルヴィたちは容態が気になり、たまたま今日顔を見せたらしい。
因みに、アインツが疲れていたのには理由があった。
エイルを連れ帰った後、ルイに「無茶をさせすぎだ」と一晩中説教されたようだ。
正座のまま夜明けまで解放されなかったらしい。
さらに追い打ちをかけたのはリコリスだった。
彼女はナイフを片手に魔法店を乗り込み、怒りで震えていた。
「ハイパー様をよくも……!
どうしてもっと早く助けなかったのですか!?
クリスト様なら容易でしょうに!」
そう叫んで、今日の朝まで追いかけ回したのだという。
どんな場所に隠れても、なぜかすぐに見つかってしまったらしい。
もちろん魔法で止めることも考えた。
しかし模擬戦以外での対人魔法は法律で禁止されているため、逃げるしかなかった。
そう、アインツは掠れ声で愚痴った。
結局2日間まともに眠れず、神経も体力も限界まで削られたのだ。
一方リコリスは、何事もなかったかのように元気そのものだった。
今回のことでアインツのスパルタ指導が和らぐことを、エイルは切に願うしかなかった。
パナサーは真剣な面持ちでエイルに言った。
「エイルちゃん、みんな心配したのよ?
誰かを助けることは素晴らしいことだけど、無茶が過ぎるわ。
最近ダンジョンから戻るたび、怪我してここに来るでしょ?
顔を見せてくれるのは嬉しいけど、もうボロボロな姿は見たくないわ」
ルイが鋭い視線をパナサーに向ける。
それに応えるように、彼女の肩の黒蛇がルイを睨み返した。
だが、パナサーの言葉は正論だった。
エイルは元来、集中すると周囲が見えなくなる性分だ。
今回もシルヴィたちを助けたい一心で、自分の命を顧みなかった。
結果的に無事で済んだからいいものの、アインツの命まで危うくしてしまったのだ。
「ごめんなさい、みんなに心配をかけてしまって……
これからは無茶しないよう、もっと気をつけます」
素直な言葉に、皆が一瞬目を丸くした。
「……もう、今度来るときは思い人を連れてきなさいね?」
パナサーの冗談に、一同は自然と笑みをこぼす。
ルイもホッとしたように視線を落とした。
「でも、目を覚まして本当によかった。
ここまでボロボロになってまでウチ達を救ってくれて、ありがとう」
フィーネが感謝を口にする。
「もしエイルちゃんが来なかったら、今頃どうなってたか……
みんなで相談したんだけど、どうかお礼をさせてくれないかな?」
「お礼……?」
エイルは首を傾げた。
「そう!
シルヴィ達、“アメトリン酒場”で働いてるの。
助けてくれたお礼に、ごちそうを用意するよ!
店長には話を通しておくから、いつでも来て!」
エイルはアインツに目を向けたが、彼は疲れ切っていて無関心そのもの。
一方のシルヴィたちは期待に目を輝かせている。
断ろうにも、その表情を見てしまうと申し訳なくなる。
結局、エイルは退院したら必ず店に行くと約束した。
だが、エイルは予想もしていなかった。
この約束が、エイルにとって大切な思い出へ繋がることになるとは。
<<人物紹介>>
名前:ユリア・ウルぺス
年齢:21歳
性別:女性
種族:獣人(狐)
所属:アメトリン酒場(店員)
特徴:良いことも悪いことも倍返し




