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2-6. アメトリン酒場

結局、エイルの退院日に酒場でご馳走してくれることになった。

シルヴィ達は大はしゃぎで、友達を誘ってもいいと言ってくれた。


折角の機会だし、ルイやアインツ、リコリス、パナサーにも声を掛けることにした。

早速みんなを誘ったが、アインツ以外良い返事が返ってこなかった。



リコリスとパナサーは、予定が合わなかった。


リコリスは最近仕事が多く、しばらく夜遅くまで残業しないといけないらしい。

それを聞いた時見舞いによく来てくれるせいなのではないかと、申し訳なかった。

しかし、彼女はそうじゃないと即座に否定した。

どうやら他の担当の冒険者が問題を起こしたせいで、その後処理に追われているようだ。


ただ、リコリスはとても名残惜しそうだった。

だから後日一緒に出掛けようと言うと、涙を浮かべながら喜んでいた。



一方のパナサーは仕事のサボリのつけが回り、緊急の事務処理が溜まっているとのことだ。

流石に、掛ける言葉が見つからなかった。

無理を言う気にもなれなかったので、今度機会があれば絶対に誘うと約束した。



ルイの予定は開いていたが、遠慮気味だった。

だが彼と長い付き合いのパナサーの入り知恵で、酒場の名物がブドウタルトだと伝えた瞬間、目の色を変えた。

長時間目線を泳がせながら理性と願望の狭間で葛藤していたが、結局ルイは来ることになった。




数週間後、エイルとアインツ、ルイの三人で酒場を訪れた。

アメトリン酒場は評判が高いと聞いていたが、割と普通の酒場の見た目だ。

でも、窓から漏れる中の明かりはとても暖かい。


「ここが、シルヴィ達が働いている酒場?」

「そうらしいな。

結構繁盛しているじゃないか」


エイルが物思いに耽る中、アインツは冷静に分析していた。

エイルの故郷にあった酒場でも、ここまで活気はなかった。

アインツの感想を聞いた感じ、やはり都市でも割と賑わっているようだ。


そんな中、ルイがすたすたと店内に入って行ってしまった。


「あ、ちょっと待って!」


なんだかルイは何かに浸る間もなく行動し、エイルが追いかけるのが当たり前になってきている気がする。

二人もそのまま、ルイに続いて店の中に入った。






「……いらっしゃい」


三人を出迎えてくれたのは、威圧感のすごい男の人だった。


長身でマッチョ、加えて強面でこちらを睨みつけているように見える。

野性味のある髪型と、左目の眼帯がさらに彼の風格を只ならぬものにしている。

相反して、灰色のふさふさのしっぽと丸いケモ耳、そして白いエプロンが強い違和感を作り上げていた。


服装と発言から酒場の人っぽいが、すごく近寄りがたい印象だ。

何か下手なことを言うと、殴り掛かってきそうな勢いがある。


「あ、え、えっと……」


彼の雰囲気に圧倒されて、エイルは言葉を詰まらせた。

相手はこちらが何か言うのを、ただ鋭い目つきでじっと待っている。

思わずエイルの顔が引きつると、すごく不機嫌な顔でメンチを切ってきた。



エイルは恐怖の限界に達し、傍にいた二人に目で助けを求めた。


だが、無意味だった。

ルイは人見知りの子供みたいに、エイルの後ろに隠れている。

一方アインツは店の様子を観察していて、エイルに気づいていない。


この局面を、一人で何とかしないといけなかった。

でも怖すぎて、どうすればいいか分からない。

目の前の男は、みるみる機嫌が悪くなっている。

もう魂が抜けそうだった。




そんな中、店の奥から顔馴染みの人がひょこっと現れた。

シルヴィだ。


「あ、良かった!

無事に退院できたんだね!

クライド店長、この子達が前に言った冒険者だよ!」


(こ、この人が店長……?)


言い方が悪いとは思うが、この酒場はどうして繁盛しているのだろうか?

はっきり言って、こんな店長がいれば店はぎくしゃくしてしまう気がする。

本当に世界は広いんだな、とエイルは思った。


彼女の言葉を聞いたクライドは少しだけ眉間のしわが減ったが、相変わらずの強面だった。


「そうか、ではこちらへどうぞ」


そういってそのまま、空いている席に案内された。

道中エイルは無意識にアインツを少し睨みつけた。

しかし彼は何のことか分かっておらず、きょとんとしていた。




席に着くと、他の客の対応をしていたフィーネがにこにこしながら水と渡してくれた。

彼女もそうだが、シルヴィもこの前の怪我は完治していないものの、仕事できるくらいにはもう回復したみたいだった。

二人が元気そうで、エイルはホッとした。


「今日はコース料理だ。

こっちで勝手に出すから、そこでじっと座って待っていればいい。

なにか追加で注文したければ、メニューから好きに選べ。

今回金はいらん、うちの店員を助けてくれた礼だ」


クライドは怖い顔をしているが、声質から心の底で感謝しているようだった。

どうやら胸の内を表に出すのがとても不器用みたいだ。

本当はとても優しい人なのかもしれない。



しかし、エイルは顔を険しくせざるを得なかった。


「なんか文句あんのか?」

「い、いえ!そんな、滅相もないです!!」


クライドの低い声に対して、反射的にエイルは否定した。

彼はエイルをジロっと睨んだかと思うと、床板を軋ませながらその場を後にした。




ルイとアインツと一緒に暮らして分かったことだが、二人の食事はとても変わっていた。



ルイはかなりの小食だ。

何日も絶食しても平気そうだし、そもそも食事しているところを見たことがない。

アインツ曰く知らない合間に済ませているそうだが、数口で終わるそうだ。

ルイは痩せ細っているわけではないものの、少し心配になってしまう。



一方のアインツは、折り紙付きの偏食だ。

赤系統全般が生理的に無理なようで、絶対に口にしない。

肉類は火を通せば大丈夫らしいが、ベリーウェルダン限定で生の状態を見たらアウトだ。


周りのテーブルを見ると、トマトを使った料理が結構目に入る。

肉の焼き加減もレアが中心だ。

最悪、アインツはほとんど食べないかもしれない。



そんなメンツで、量が多く料理を選べないコースを食べるなんて無謀に近かった。

下手すると、一人で全部食べないといけない。


(残したらみんながっかりするだろうし、あの店長に怒鳴られるよね……?

食べ過ぎで気持ち悪くならなきゃいいけど……)


そう考えると、とても頭が痛かった。




やがて、シルヴィとフィーネ、ユリアの三人がかりで一気に料理が運ばれてきた。

サラダにコーンスープ、ステーキ、チーズのピザ、ブドウタルトなど・・・

どの料理もとても手が込んでいて、よだれが出そうだった。



よく見ると、三人前にしては量が少ない。

二人前ちょうど、くらいだろうか。

加えてどの料理も赤色のものが見当たらず、肉も中まで火がしっかりと通っている。


「じゃーん!

みんなの好みや苦手とかを考慮した、“スペシャルコース”だよ!

全く、一人変わり者がいたからメニュー考えるの大変だったわ……

店長はバックヤードでなんかブツブツ言っていたし」


どうやら事前にシルヴィがアインツに皆の食の傾向を聞いていたみたいだ。

おかげで無理することなく食事を楽しめそうだ。

三人の心遣いに感謝するしかなかった。

そして、アインツも知らないうちに手を回してくれて本当にありがたい。


「みんなで精いっぱい作ったんやで。

デザートは店長が直々に作ったから絶品のはずや。

ささ、食べて」


三人はしっぽをゆらゆら揺らしながら、その場でエイル達をじっと眺めている。

味の感想を聞きたいらしい。

なんだか落ち着かないが、彼女たちの気持ちを汲んで早速一番手前のピザを口に運んだ。




「――おいしい」


エイルは自然と感想を漏らしていた。


生地がモチモチしていて、様々な味のチーズがハーモニーを奏でている。

でも思ったより脂っこさがなく、どこかさっぱりしている。

こんなピザ、食べたことがない。


他の料理もつまんでみたが、どれも絶品だった。


なるほど、あの店長がいるのに繁盛しているのは料理がとてもおいしいからなのか。

エイルは合点がいった。



そんなエイルの様子を見て、三人はとても大喜びしていた。


「ねぇルイ、これすごくおいしいよ!」


あまりものおいしさにテンションが上がったエイルは、隣にいるルイの方を向いた。

しかし、ルイを見た瞬間に思わず固まってしまった。



ルイはフードを取り、コートの一番上のボタンを外して口元を露わにしている。

普段隠している彼の素顔は、息を忘れるほど美しかった。


小さい口と整った鼻、そして度々見ていた金木犀色の瞳で構成されている彼の顔立ちはまさに西洋人形のようだ。

かと言って造形っぽさはないが、綺麗な純白の長い髪も相まって神秘的だ。

周囲の客が彼を見て、俳優なのではとひそひそ話しているのが四方から聞こえてきた。


シルヴィ達もエイルと同様に、彼の顔の美しさに見とれているようだった。

そんな皆の視線に気づいたルイは、タルトを口に運ぶ手を止めて首を傾げた。


「?どうした?」

「いや、何でもない!」


思わず耳を赤くして、エイルは目を逸らした。


唯一残念なのは、手を隠していることだ。

見せたくないのか、垂れた袖を庇いながらルイは食べていた。

もし手が見えていたら、さらに美しい一枚絵が目の前にあったというのに。




アインツはルイの顔を見たことがあるのだろうか?

ふと反応が気になり、エイルが彼の方を見るとルイとは別の意味で驚愕な光景が目に入った。


アインツはルイのことを気にせず、いつの間にかアイスクリームを注文していた。

それをステーキの上に直接乗せ、そのまま美味しそうに食べている。


「……それ、おいしいの?」


エイルの反応に、他の人達もアインツの方を向くと皆言葉を失った。

フィーネに至っては「ひっ」と悲鳴を漏らしている。


だが当の本人は満足そうだ。


「ああ、最高だよ。

こうするとアイスの甘さが肉のしょっぱさを引き立てるんだ。

それに脂っこさも消えて、温度もちょうどよくなる。

食べてみるか?」

「遠慮します」


エイルは即答で断った。

アインツが普段の生活でかなりズボラな面があるのは知っていた。

しかし、まさか味覚も普通じゃなかったとは。


もしかして、魔法以外の取り柄がないのでは?

思わずそんな疑問が、エイルの頭の中でよぎった。




嬉しそうなシルヴィ達に見守られる中料理を楽しんでいると、いつの間にか後ろでクライドが般若の顔で仁王立ちしていた。


「おい、いつまで油売っている気だ?

俺一人でこの店を回せって言うのか?」


彼の低い声を聴いた瞬間、三人は思わず「げっ」と声を上げておびえだした。


「ご、ごめんなさい!

ついみんなの反応がうれしくて……!」

「堪忍や!

まだエイルはんたちと話したりん!」

「そうそう!

まだおもてなししきれてないよぉ!」


クライドは彼女達の言葉に一切耳を傾けず、引きずるように厨房に連れていった。

エイル達は絶望した彼女を見送りながら、可哀想だと思いつつ食事を続けた。


<<人物紹介>>

名前:クライド・ラニグレア

年齢:38歳

性別:男性

種族:獣人 (チンチラ)

所属:アメトリン酒場(店長)

特徴:強面で感情表現が苦手

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