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2-4. 初々しい泥船

world Aのとある場所で、三人の冒険者がオーガの集団に追いかけられていた。

みな、今の世界よりも難易度の高いworld Bを踏破できる実力を持っている。

しかしオーガ達の数があまりにも多い上に、一人が仲間をかばって重傷を負ってしまった。

三人と二人では戦力差が大きく変わる。

冒険者たちはその場からの離脱を余儀なくされた。



だが、オーガは一度見つけた獲物を逃さない魔物だ。

少しでも多くの獲物を狩ろうと、彼らは冒険者たちを追い続けた。

獲物を見失うまいと武器を振り回し、周囲の障害物を根こそぎ取り払いながら。

そのせいで通った後は全ての木々がなぎ倒され、森の中に一本の道ができていた。


にも関わらず、オーガたちのスピードは一切緩まない。

そんな地獄の鬼ごっこは、長い間繰り広げられていた。



とうとう、崖まで追いつめられてしまった。

もはや冒険者達には、ケガした仲間を庇いながら六体ものオーガを相手にするしかなかった。


「ハァ……ハァ……

シルヴィはん、動けまっか?」


けが人を抱えている狐の獣人は、猫の獣人に問いかけた。


「な、何とか……

でも流石にこんな数を相手にする元気は、ちょっと……」


息絶え絶えに、シルヴィは仲間のユリアに答えた。

二人はとっくに限界を超えていた。


「ご、ごめん……

ウチが足引っ張っちゃって、こんなことに……」


フェレットの獣人であるフィーネは、申し訳なさそうに呟いた。

シルヴィはそんな彼女の不安を打ち消すように、明るく無邪気な顔を見せた。


「謝っちゃダメ!!

フィーネが怪我したのは、シルヴィが油断したせいなんだから!

それに、これくらいへっちゃらよ!」


しかしシルヴィが虚勢を張っていることは誰が見ても筒抜けで、汗だくになっていた。

それでも仲間を励まそうとする姿に、フィーネは何も返すことができなかった。




「ユリア、“エクスケッスス”は使えそう?」

「まぁ、一回だけなら……」


ユリアはエクスケッススと呼ばれる遺物の一種を懐から取り出した。

その謎めいた球体からは、淡い緑色の光が漏れ出ている。


「シルヴィがスキルを使ってあいつらの気を逸らす。

だからユリア、その間にチャージして。

溜まったら迷わずエクスケッススの爆発で奴らを木端微塵にして」

「え?そしたらシルヴィはんも巻き込んでしまいやす。

流石にそれは危険や!」

「それしかこの状況を打破できない!!」


ユリアの制止をよそに、シルヴィは双剣を構えて敵に突っ込んでいった。

彼女の言う通り、危険を冒さない限りオーガの集団から逃げ切ることは不可能だった。

オーガたちは一瞬彼女の勢いに戸惑うが、血迷った獲物だと判断し不敵の笑みを浮かべた。



だがシルヴィは自分の気持ちを奮い立たせ、ある言葉を頭の中で叫んだ。


<<神速疾走ラスト・スプリント>>


瞳孔が開いた彼女は、強く足を踏みしめた。

そして次の瞬間、目にも止まらない速さで駆け出し、かまいたちのごとく次々とオーガたちを切りつけていった。



シルヴィのスキルは、彼女の奥底にある猫の狩猟本能を限界まで引き上げる。

主な効果は移動スピードの大幅上昇とそれに伴う攻撃力向上。


そのスピードは、目で捉えることすらできない程だ。

敵は彼女を認識することすらできないまま、ただ攻撃を受けることしかできない。


しかしあまりにも速すぎるせいで、シルヴィは相手を識別して攻撃するのが難しい。

そのため、スキル発動中は目についた物体が何なのか分からないまま攻撃している。

下手をすると、仲間に攻撃してしまう可能性があるのだ。



神速疾走(ラスト・スプリント)は敵を翻弄させるにはとても優れたスキルだが、あくまで彼女の最終手段であった。


「ああ、もう……!」


シルヴィが飛び出してしまった以上、ユリアは意を決するしかなかった。

ユリアはフィーネを地面にそっと降ろすと、エクスケッススに魔力を込め始めた。

すると、放っていた光がだんだん強くなっていく。




「うぐっ!!??」


だが、そううまくはいかなかった。


あるオーガがやけくそに振り回していた大槌に、シルヴィが偶然当たってしまったのだ。

彼女は叩きつけられ、衝撃で地面にひび割れて土煙が舞い上がった。


スキルを使ったおかげで、シルヴィは二体のオーガを倒すことができた。

周囲には彼女が付けた剣筋が至る所についており、生き残っているオーガも切り傷だらけで、ある個体は手足が欠損している。



しかし、まだエクスケッススには魔力が溜まりきっていない。


シルヴィは立ち上がろうとした。

けれど先程の衝撃で足の骨が折れてしまったようで、無理だった。


やがて生き残ったオーガに彼女は囲まれてしまった。


「シルヴィ!逃げて!!」


フィーネが痛みに耐えながら叫んだ。

相変わらず、シルヴィはその場から動けない。

ユリアとフィーネは絶体絶命の彼女をただ見ていることしかできなかった。


やがて、オーガがシルヴィに止めを刺そうと武器を大きく振りかざした。


「あ、ああ…………」


シルヴィは全力で地面を這いながら、何とか逃げようと藻掻いた。

だが無意味だった。

相手の攻撃範囲から逃げるには、彼女の移動スピードは遅すぎた。

オーガはあざ笑うように口を歪ませて、彼女に向って大槌を振り下ろした。


(ユリア、フィーネ、店長……ごめん…………

シルヴィは、もう――)






その時、ある冒険者がオーガとシルヴィの間に入った。

助っ人は彼女を掴むと、そのままの勢いで攻撃を間一髪で躱した。


「良かった、何とか間に合った」


見知らぬ冒険者は攻撃が掠ったようで頭から血を流していたが、シルヴィを助けられたことに安堵していた。



シルヴィがその人物をよく見ると、どうやら新人のようで初々しさが抜けていなかった。

加えて、激戦を繰り広げた後みたいで体がボロボロで既に疲れている様子だ。

言い方が悪いが、助けとしては少し頼りない。


「き、キミは……」

「私はエイル。

あなた達が危ないと聞いて、助けに来ました」


エイルは疲れと痛みを吹き飛ばす勢いでにっこりと笑った。

だが虚勢を張っているのは丸見えだった。

三人の冒険者はそれを見て、唖然とするしかなかった。


エイルが体勢を整えオーガたちを見ると、最初は邪魔が入ったことに憤慨していた。

しかし、獲物が増えたことに満足したようだ。

残っている四体のオーガはエイルに狙いを定めた。




他の冒険者を助けると決めたとはいえ、エイルはもうすでに疲弊していた。

奴ら全員を倒す余力はないだろう。


だがここで彼女達を見捨てることはできない。

自分でも三人を逃がす時間ぐらいは稼げるはずだ。

いや、稼がないと。


そうエイルは自分を奮い立たせ、剣を抜いた。


「はぁぁぁぁ!!」


エイルは一番手前にいるオーガの心臓めがけて走り出した。

相手もそれをさせまいと、武器をエイルに振りかざす。


(当たったらまずい!)


エイルは直感で相手の攻撃を躱し、剣を振り下ろした。



―――浅い。

胸を切りつけられたが、明らかにコアに到達していない。

もう一回攻撃しないと……!



だが、構える前に別のオーガがエイルに狙いを定めた。

咄嗟に防御を取ったが、そのまま吹き飛ばされた。


「が……っ…………」


重傷ではないが、体の内部にダメージが行ってしまった。

口の中が鉄臭いにおいで充満した。


だが、まだ動ける。

エイルは力ずくで立ち上がった。

そして、再びオーガに向かって走っていった。



それでも、相変わらずエイルはオーガの攻撃を食らっていた。

攻撃、回避、ダメージ、攻撃、回避、ダメージ……

それをずっと繰り返しており、駆け付けた時よりもさらにボロボロになっていた。


「ユリア、早く!あの子死んじゃう!!」

「分かっとる!」


シルヴィの必死の訴えに対して、ユリアは遺物に注ぐ魔力量を増やした。

遺物の放つ輝きが、あともう少しで魔力が十分に溜まることを彼女に伝えていた。




その光に、オーガたちが反応した。

彼らはこのままではまずいと判断したようで、獲物をユリアに切り替えた。


近くの木に叩きつけられたエイルをよそに、オーガたちは一目散に彼女の方に走り始めた。

エイルが止めようと立ち上がった際に、ラトーの言葉を思い出した。


『気を逸らせれば、心臓にあるコアを狙いやすくなると思いますよ?』


今、相手はエイルに背中を向けている。

絶好のチャンスだ。




エイルは静かに剣を構えると、一番手前にいるオーガの心臓に剣先を向けた。

そしてそのまま悟られないように、音を立てずに急接近した。


「!!??」


エイルはオーガの心臓を貫いた。

オーガは何が起きたのか分からないまま、灰と化した。


「た、倒した……?」


一部始終を見ていたフィーネは、驚きを隠せなかった。

オーガは新人が倒せるような魔物ではない。

状況が味方してくれたというのもあるが、エイルがここまで張り合えるとは想像していなかった。



しかし、まだ残り三体いる。

一体は何とかなったが、完全にエイルに狙いを定めている。

もう気を逸らす手段は残っていない。


正面から挑んだら、また無駄にダメージを受けるだけだ。

全身の打たれた痛みに耐えながら、エイルは必死に頭を回転させた。


「新人はん!

離れてください!!」


ユリアが持つエクスケッススは、とてもまぶしい緑色の光を放っていた。

オーガたちもそれに気づいたようで、彼女の方を見た。

そのすきに、エイルは逃げの体制をとった。


「食らいなさい!!」


ユリアがオーガたちに向かって投げると、エクスケッススから緑色の稲妻が放たれ始めた。

それがどんどん強くなっていき、今にも中にある魔力が暴発しそうに見える。


エイルが慌ててその場を離れようとしたが、度重なるダメージと疲労で急に力が抜けてしまった。

咄嗟に起き上がろうとするが、体は悲鳴を上げ口から血がこぼれ出るだけだった。



エクスケッススはもう爆発寸前だった。

オーガたちも慌てて逃げようとするが、放たれている魔力から察するに逃げきれないだろう。


一方のユリアたちは動けない仲間を引きずるように逃げていて、既にかなり遠くまで離れていた。

あまりにも必死で、エイルがその場で蹲っていることに気づいていない。


「待って、あの子がまだ――!!」


後ろを見たシルヴィはユリアに必死に訴えた。

だが爆発に巻き込まれないように大人二人を担いで全速力で走るユリアには、彼女の声が一切届かなかった。




ああ、もうここまでか。

結局償いはできなかったけど、何とか人を助けられた。

小さいことでも、英雄らしいことができてよかった――


エイルは死を覚悟した。




その時、背後から誰かの走る音が聞こえてきた。

直後急に後ろ襟を掴まれ、猛スピードで遠くに投げ飛ばされた。


目を見開くと、遠くで誰かが代わりに光の方向へ体を放り出されている。

その人物は漆黒に包まれた、エイルが良く知る人だった。


「アインツ…………?」


エイルが状況を飲み込む前に、視界が緑の光に包まれた。


<<人物紹介>>

名前:シルヴィ・カトュス

年齢:20歳

性別:女性

種族:獣人(猫)

所属:アメトリン酒場(店員)

特徴:思いついたら即行動

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