2-2. 試験という名のクエスト(再)
この前も思ったが、world Aは自然あふれるのどかな場所だ。
ダンジョンでなければ、ピクニックや散歩に最高だろう。
だが、周囲からは複数の気配が漂ってくる。
油断はできない。
ジャイアント・アントを探す道中、いろんな魔物の姿を目にした。
仲間と寄り添って昼寝をしているもの。
果物を食べているもの。
中には奇妙に踊っているものまでいる。
これが魔物の日常生活なのだろうか?
常に獲物を襲う存在だと思っていたから、少し意外だった。
しかし、こちらに気づけば一瞬で殺伐とした空気に変わるだろう。
そう考えると、やはり恐ろしい。
これから相手にするのは、さらに厄介な魔物だ。
他の連中に構っている暇はない。
エイルはアインツの指示に従い、物陰に身を潜めながら群れをやり過ごした。
やがて二人は、小さな洞穴の前にたどり着いた。
「ここって……」
「ああ、奴の巣だ」
見た目は野生動物の住処のように小ぢんまりしている。
だが中は暗く奥行きがあり、今にも何かが飛び出してきそうだった。
「今はいないみたいだ。
食料を探しに行っているんだろう」
その言葉にエイルは少し安堵する。
辺りは静まっていて、緊張がほんのわずか緩んだ。
「戻るまで木の上で待とう」
アインツに手を引かれ、近くの木に登る。
二人は黙って小さな巣を監視し続けた。
日が傾き始めると、さすがに退屈でエイルは大きなあくびをこぼした。
隣のアインツはどこからか取り出した専門書を読んでおり、こちらを気にも留めていない。
とても集中している。
そんな中、がさがさという音が聞こえてきた。
草の茂みを見ると、体長二メートルの巨大なアリが一匹姿を現した。
口には自分の体より大きな熊の死骸を咥え、軽々と運んでいる。
――ジャイアント・アントだ。
「来たな」
アインツも気が付いたようだ。
「どうした? 早くしないと巣に入ってしまうぞ?」
エイルの様子を見た彼がふと問いかけた。
やはり戦う気はないらしい。
ジャイアント・アントを目の前にして、ようやく自分がとんでもない相手を前にしていると実感する。
大型の熊すら餌にする怪物。
勝てる未来が見えず、喉がからからに乾いた。
前回はアインツが助けてくれたが、次も間に合うとは限らない。
本当に一人でやれるのだろうか?
「ほら、行くんだ」
「え、ちょ、うわっ――!」
ためらう背中を、アインツが強引に押す。
宙に浮いたかと思うと、ドシンッと地面に叩きつけられた。
その音に気づいたジャイアント・アントが、熊の死骸を放り出し、エイルの方へ顔を向ける。
――目が合った。
「キシャァァァ!」
鋭い顎をがちがちと鳴らし、敵意を剥き出しにして吠える。
もう逃げられない。腹を括るしかなかった。
(アインツ、覚えてなさい!
絶対にそれ相応の仕返ししてやる!)
エイルは震える手で剣を抜き、構えた。
刃先がカタカタ音を立てている。
恐怖でどうにかなりそうだ。
だが考える暇もなく、魔物が突進してきた。
「――っ!」
エイルは反射的に飛び退き、かろうじて回避した。
ジャイアント・アントはそのまま木に激突し、顎で噛み千切って切り倒した。
あの顎に挟まれたら、体など豆腐のように切り裂かれない。
思わずエイルの背筋がぞわっとした。
魔物は再びこちらへ向き直り、猛進してくる。
ギリギリのところで、エイルは躱す。
そんな緊迫した攻防が、しばらく続いた。
だが、ふとエイルは気づいた。
ジャイアント・アントは巨体ゆえか、動きが単純で隙も多い。
攻撃の間隔も長い。
先日の盗賊たちは動きが素早く読みづらかった。
でもこの魔物なら少し落ち着けば、反撃できるかもしれない。
エイルは大きく息を吸い、心を整えた。
相手が再び突進してきた瞬間、全身の力を足へ込めて一気に跳び上がる。
ジャイアント・アントはエイルの真下を通り過ぎようとした。
しかし、敵から視線を逸らすことなく急ブレーキをかけた。
放物線の頂点で、エイルは剣を振りかぶる。
そのまま重力に身を任せ、一直線に魔物へ落ちていった。
「はぁぁぁぁ!」
刃が振り下ろされ、魔物の脚が一本切り落とされた。
「キィィィィ!!」
ジャイアント・アントは悲鳴を上げてのたうち回っていた。
5本の脚ではうまく立てず、動きも鈍くなっている。
――チャンスだ。
エイルは再び剣を構え、コアのある頭部へ走り出した。
(止め……!)
だが、そう簡単にはいかない。
気配に気づいたジャイアント・アントが顔を上げ、鋭い顎を突き出した。
「――ぐ!?」
回避が間に合わず、顎がエイルの左肩をえぐった。
鮮血が噴き出し、焼けつくような痛みが走る。
だがおとぎ話の英雄は、この程度で怯むはずがない。
それに、アルメリア達は自分のせいでこれ以上の苦痛に苛まれたはずだ。
(これくらいの痛みなんか――!)
コアは目前にある。
幸い、剣を握る右腕はまだ自由だ。
だからこのまま突き刺せば!
魔物がエイルの体から顎を引き抜こうともがき始めた。
それと同時に、更なる激痛が体内を駆け巡る。
それでもエイルは痛みを我慢して左手で顎を押さえ込み、右手の剣を振りかざした。
「あぁぁぁ!!」
エイルの叫びと共に、刃がジャイアント・アントの頭を貫いた。
周囲から音が消えた。
しばし動きを止めた後、魔物は灰となって崩れ落ちた。
「や、やった……?」
顎が消え、ようやくエイルの体も解放された。
やがて肩の痛みに耐えられなくなり、その場にしゃがみこんだ。
「う、ううっ……」
傷口を強く押さえたが、血は止まらない。
どうにかしようにも、痛みで体が動かせなかった。
木から降りたアインツが駆け寄り、懐から回復薬を取り出してエイルの肩にかけた。
「――っ!」
かなり沁みたが、じんわりと温かさが広がった。
傷口を確認すると、血がすっかり止まっている。
「応急措置はしたが、少し動けば開くかもしれない。
この後パナサーにすぐ見てもらおう」
「……ありがとう」
「……?」
エイルが礼を言うと、アインツは怪訝な顔をした。
感謝された理由が分からないといった様子だ。
しかしまんざらでもなかったようで、彼は少し不器用な笑みを浮かべた。
「……私、本当に倒せたんだよね?」
エイルの視線の先には、灰が積もっていた。
その中に埋もれている剣が夕日に照らされ、きらきら輝いている。
だが、現実感はまだ薄かった。
「――ああ、おめでとう」
アインツはエイルの頭にポンッと手を置いた。
彼はドロップアイテムを手に入れた後、エイルを担いで出口へ歩き出した。
<<リコリスの一言メモ>>
worldAはダンジョンにある五つの世界の中でも、とても自然豊かな場所なんですよ!
ゴブリンや昆虫系の魔物など、初心者でも倒しやすい魔物が多く生息しているんです。
ですが、2回目でジャイアント・アントを倒そうなんてやはり無謀な気がします。
もしハイパー様が少しでも負傷していたら、クリスト様を少々懲らしめないといけませんね。




