2-3. 謎多き愉悦商人
ジャイアント・アントを倒してから、エイルは様々なクエストをこなせるようになっていた。
と言っても、すぐに強くなれるわけでもないので魔物を倒した後はいつもボロボロだった。
長時間苦戦して怪我してしまうことや、失敗することも少なくない。
だが、泥臭くも着々と成果を積み重ねていた。
まだ改善点はあるが、この前の一件でエイルは冒険者としての一歩をうまく踏み出すことができた。
この調子でいけば、本当に自分は強くなれるのではないかと希望を抱き始めていた。
一方のアインツは少し離れたところでこちらを見ていることがあるが、大抵の場合は優雅に読書している。
時々魔物が彼に気付いて襲うものの、アインツは適当にあしらっているらしい。
エイルがクエストを完遂した後に彼の方を見ると、たまに周囲に灰の山ができていた。
時には複数箇所に積もっていることもある。
だが当の本人は、何もなかったかのように出口に向かっていく。
以前『ここの魔物は一人で殲滅できる』と豪語していたが、もしかするとあながち嘘ではないかもしれない。
そして今日は、ゴブリンの群れの討伐クエストをこなしていた。
始めてworld Aに入った頃は複数体倒すことなど夢のまた夢ではあったが、今のエイルは危ういながらも少数であれば何とか倒せていた。
何度か攻撃を食らったものの、残り一体というところまで追いつめていた。
「はぁぁぁぁ!!」
相手の棍棒がエイルに当たる前に、剣がコアを貫きゴブリンは灰と化した。
気が付くと、辺りは小さな灰の海ができている。
これで今回もクエストを完遂できた。
負け続きだった頃は今の自分の姿を想像すらできなかった。
まさかこんなに勝ち星を上げられるなんて。
自分が生まれ変わったような感覚がする。
ただ、今回も傷だらけで勝者にしては不格好だ。
でもこれでいい。
見苦しくてもこのまま成果を上げ続ければ、もっと強くなれるはずだ。
今のエイルにとってそれが心の支えだった。
「いやぁ、お見事ですねぇ!
ほやほや冒険者が三体のゴブリンを一気に倒してしまうなんて!
思わず見とれてしまいましたよ!」
そういって声の主はパチパチと拍手をした。
―――アインツじゃない。
聞いたことのない声だ。
驚いて振り返ると、弓矢を持った男性が木の上でくつろぎながら満面の笑みでこちらを見ていた。
年は20代といった感じだろうか。
茶髪のボブで三つ編みのハーフアップ、前髪は少し長く左目が隠れている。
弓使いとして無難な格好をしており、だらしなく結ばれた黒いマフラーが目に入る。
一見普通の冒険者に見えるが、不審な点がある。
彼のパーティーメンバーらしき人影が一切ないのだ。
冒険者ギルドの規則として、単独でダンジョンに入ることはできない。
例えこっそり入ろうとしても、あのギルドの人だかりでは絶対に誰かに見つかるだろう。
となると、仲間とはぐれてしまったのだろうか?
―――いやそれはない。
戸惑っていたり落ち込んでいる素振りは一切ない。
かといってたまたま冒険者を見つけて安堵したという感じでもない。
彼は白熱した試合を見た後みたいに、とても楽しそうにしている。
彼はいったい誰なのだろうか?
どこの冒険者なのだろうか?
「ラトー・・・」
エイルの近くに来たアインツは静かに呟いた。
「おやおや、これはアインツの旦那じゃあありませんかぁ!
お久しぶりですねぇ。
最近お見掛けしないもんですから寂しかったですよ?
相変わらずお元気そうで何よりで」
そういってラトーと呼ばれた謎の男性は、木から降りてアインツに握手を求めた。
だがアインツはゴミを見るような目で拒否すると、相手は少しがっかりしていた。
普段一定の礼儀は欠かさないアインツにそういう顔をさせるとなると、よほど面倒な人物なのだろう。
「知り合い?」
「うーん、そうと言えばそうだが・・・」
エイルの素朴な疑問にアインツは言いよどんだ。
それを見たラトーはエイルの方を向いて、営業スマイルで話し始めた。
だが目が一切笑っておらず、相手を全て見透かさんとしているようだった。
「おっと、自己紹介が遅れてしまいました。
アタシはラトーと申しまして、ダンジョンで商売をやっているんですよぉ」
・・・商売?
こんな危険地帯で商売をやるなんてまともな人間ではない。
それにここでいったい何を売っているというのだろうか?
彼はそのまま続けた。
「実はアタシ、ダンジョンの知識の豊富さには自信がありましてねぇ。
本に書かれていないことも色々とこの頭の中にあるんです。
そんなアタシの知識を求めて、冒険者たちは素材やら魔道具やら持ってくるんですよぉ。
そこで物々交換ということで、持って来て下さったものの利用価値に似合う情報を提供しているというわけです」
確かに、彼の話を鵜呑みにすれば商売として成り立っている。
彼からしか得られない情報があるのでなおさらだ。
だが、相手の機嫌をあからさまに取ろうとしている態度がとても気になる。
どこまでが真実なのか中々読めない。
彼を信用しすぎると何かしらのしっぺ返しが来そうだ。
「それ、本当ですか?」
「世知辛いですねぇ、お客さん。
商売というのは信用が大事なんですよ?
こんなことで嘘をついても仕方ないじゃないですかぁ」
そういってラトーは少し困り顔をしたものの、相変わらずへらへらしている。
ルイとは別の意味で、彼の考えていることが一切分からない。
「こいつの言っていることは本当だ。
昔、彼と取引したことがあってね。
結構ぼったくられたが、情報はとても有意義なものだったよ。
彼の情報は信頼できる、そこは俺が保証する。
だが一緒にいるとトラブルに巻き込まれるから気を付けた方がいい」
「旦那ぁ、それはちょっとひどくないですかね?」
どうやら極悪人というわけではないようだ。
だが彼がどうやってダンジョンを出入りしているのかなど、いくつもの疑問点が残こる。
アインツの言う通り、あまり深く関わらない方がいいかもしれない。
「ところで、俺達に何の用だ?」
アインツがラトーに質問すると、どう答えたらよいものかというように頭を掻いた。
「いやぁ、特にこれといった要件はありませんよ?
ただ面白い新人冒険者を見かけたもんなので、少々挨拶をと思いましてねぇ。
そうだ、お名前をお聞かせ頂いても?」
ラトーはエイルの方をじっと見つめた。
彼の黄色い右目は笑顔をつくるために少し細くなっているが、不思議な圧で相手を圧し潰そうとしているようだった。
「え、えっと・・・
エイル・ハイパーです・・・」
「エイルさんですかぁ!
いい名前ですね!
どうぞ今後ともよろしくお願いします」
エイルの手を無理やり取ると、ラトーは固く握手を交わした。
手を上下に振る勢いがとても強く、腕がどこかに飛んでいきそうだった。
「折角ですし、エイルさんが飛びつきそうな情報を無償で一つ提供いたしましょう!」
ラトーは少し姿勢を正すと、さっきまでと違う少し低いトーンで話し始めた。
「ここから少し北東に進んだところに、ある三人の冒険者がいましてね。
先程見かけた際、オーガの群れに囲まれていたんですよ。
アタシの見立てではそこそこの方々のようですが、けが人がいるようで苦戦していて危なそうな様子でしたねぇ」
それを聞いたエイルは目の色を変えてラトーに迫った。
「どうしてそれをすぐに言ってくれなかったんですか!?」
「いやぁ、だって聞かれませんでしたしぃ・・・」
ラトーは口笛を吹きながら、エイルの顔から目を逸らして誤魔化した。
彼に言いたいことは山ほどあるが、人命に関わることが最優先だ。
エイルが慌ててラトーの言った方向に向かおうとすると、アインツが止めに入った。
「待った、相手は見知らぬ冒険者だぞ?
彼らに魔物を押し付けられる可能性もなくない。
それに言いたくはないが、ダンジョン内で人が死ぬのは日常茶飯事だ。
ただでもボロボロな体で狂暴な魔物を相手にする気か?」
返す言葉がすぐに思い浮かばなかった。
アインツの言うことは間違っていない。
冒険者と言っても、色々な人達がいる。
感謝されるか分からないし、かえってこちらが危なくなるかもしれない。
そんな他人に命を懸けるなど、普通の人であれば判断しないだろう。
冷静に考えれば、絶対にこのまま帰った方がいいはずだ。
「―――それでも助けたい。
私の憧れる英雄は、どんな時でも助ける優しい人だから」
エイルの言葉を聞いて、アインツはとても驚いた。
だがエイルの意思が固いと理解したようで、ため息をつきながらも了承してくれた。
ラトーはそれを見てとても愉快そうに笑いだした。
「クヒヒヒッ、やはりアタシの見立ては間違っていなかったようですねぇ。
では少しサービスを。
オーガはゴブリンよりも体格が大きい上に素早いですが、頭が悪いのが致命的です。
気を逸らせれば、心臓にあるコアを狙いやすくなると思いますよ?」
エイルはラトーにお礼を言って、そのまま一目散に北東に走っていった。
アインツも仕方なく、小言を言いながらエイルについていった。
ラトーはそんな二人を見送り、姿が見えなくなるまで楽しそうに手を振っていた。
「・・・ご武運を、魔剣に選ばれたエイルさん」
<<人物紹介>>
名前:ラトー
年齢:???
性別:???
種族:???
所属:???
特徴:「アタシのこと、知りたいんですかぁ?ヒヒっ、じゃあ何を対価として頂きましょうかねぇ・・・」