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1-12. 英雄としての第一歩

怪我を負ったエイルをルイが庇いながら帰宅すると、アインツがちょうど自室から出てきた。

どうやらお腹の調子はだいぶ良くなったようだが、白い肌が若干青みを帯び、いつも清潔に保たれている髪がボサボサだ。


二人が帰ってきたことに気が付いた彼は、「お帰り」と呟いたが明らかに元気がない。

しかしエイルのボロボロな姿を見た途端、明らかに顔色が変化した。


「何があった?」

「あー、えっと、実は・・・」


エイルがどこから説明しようかと考えていると、ルイが割って入ってきた。


「まずは手当てが先だ。

事情はその時に話せばいい」


そういって、彼はエイルをダイニングまで引っ張った。






ルイが治療している間、エイルはアインツに一部始終を説明した。

何回か傷口にアルコールが沁みて痛がったエイルを「動くな」とルイが軽く叱り、そのたびに会話が止まる。

しかしアインツはそれに構うことなく、真剣にエイルの話を最後まで聞いていた。


「そうかぁ、“マリーガーネット・ファミリー”の連中かぁ」


彼は深いため息をつくと、両手で顔を覆った。


「あそこはとても強い冒険者がごろごろいるが、噂によると傭兵や元盗賊の寄せ集め集団らしい。

奴らは金稼ぎにしか興味を持たないうえに、都市内で色々な問題を起こしている。

加えて100人以上とトップクラスに大規模だ。

本来は関わらないことがベストだが、まさかこんなに早く絡まれるとはね」


なるほど、あの物取りたちは思った以上に危険な連中だったのかもしれない。

やはり勇気を出して立ち向かって正解だったようだ。




「そんなパーティーのメンバーなら仕返しをしてくるかな?」


今回のことを根に持って、何倍に返されてもおかしくはない。

そう考えると、エイルは落ち着いてはいられなかった。


万が一パーティー全体で潰しに来たら手も足も出せない。

そうなれば、これまでのことが全て水の泡になってしまう。

それだけは絶対に嫌だ。


「いや、その可能性はかなり低いと思う。

話を聞いた感じ、その二人組はファミリーの下っ端のはずだ。

あんな大所帯の集団で末端のことをいちいち気にかけたりはしない。

大々的に動くことはまぁないだろう」


それを聞いてエイルは少しだけほっとした。

少なくとも一番の懸念点は杞憂のようだ。



でも・・・・


「個人的な恨みでやり返してくる可能性は否定できないがな。

一番あり得るのは、そうだな・・・

俺達の留守中に店を襲ってくることか。

だが奴ら程度の実力なら、ルイだけでも余裕で追い返せるはずだ。

そんな大した脅威にはならないだろうから、心配は不要さ」


アインツは真剣だった。

エイルを気遣って言っている様子はない。


けれどそのおかげで、本当に最悪の事態には至らないだろうというのがよく分かる。

冒険者としての活動に専念しても問題ないようで安心だ。

もちろん、彼らと関わるときには十分注意するべきなのは変わらないが。



それにしても、ルイはプライドの高いアインツが認めるほどの実力の持ち主なのか。

獣人を飛ばした時といい、彼からは常人ではない何かを出会った時から感じていた。

これまではあまり深く考えていなかったが、あの時に感じたオーラは尋常ではなかった。

一体彼は何者なのだろう?




「しかし、無茶しすぎだ」


ルイの方を見ると、救急箱を片しながら鋭い目つきでエイルをジロジロ見ていた。

なんだか少し怒っている気がする。


「たまたま追い返せたが、こんなボロボロになってまで立ち向かう必要はなかった。

アインツの言う通り、僕だけでなんとかできた。

最悪、君は命を落としてもおかしくなかった。

これ以上無理をしないでくれ」


悔しいが、ぐうの音も出ない。

言われてみれば確かに、少し必死になりすぎたところもあるかもしれない。

今までのポテンシャルを考えれば、今回勝てたことは奇跡ともいってもいいだろう。


「ルイ、少し過保護じゃないか?

甘い飴ばっかりあげても、強くなることはできない。

今回はこいつにとっていい経験になったんじゃないか?」


ルイはアインツをギロっと睨みつけた。

アインツは体調が悪いにも関わらず、なんだか涼しげな顔をしている。

その沈黙の喧嘩は、エイルから見るとバチバチと大きな音を立てて火花が散っているようだった。




「それに、聞いた感じ奴らを追い返せたのは偶然じゃなかったんじゃないか?

最初はボコボコにされていたのに、急に善戦するなんて何かきっかけがあったはずだ。

一体何があった?」


アインツの言葉に、ルイの表情が和らいだ。

彼も気になっていたらしい。

ルイは視線をエイルの方に写し、エイルは注目の的となった。



エイルは少し下を向いて、一度深呼吸をした。

そして一旦頭を整理してから、ぽつりぽつりと話し始めた。


「―――思い出したんだ。

小さい頃に母さんから読み聞かされていた、おとぎ話の“英雄”に憧れていたことに。

そして、その“英雄”みたいに強くなっていろんな人を助けたい思ったことに」


エイルは顔を上げた。

目には少し涙が浮かんでいる。

だが表情はとても柔らかかった。


「だから、絵本に書かれていた英雄の姿を頭に思い浮かべてみたんだ。

そうしたら恐怖が吹っ飛んで、まっすぐ剣をふるうことができて・・・

気付いた時には相手が撤退していたんだ」


エイルの言葉に、二人は何かつきものが落ちたかのようにほっとしたようだった。

近くにいたルイは、長い袖をぶらぶらさせながらエイルの頭を優しくなでた。

なんだか少し恥ずかしい。


「そうか、良かった。

おとぎ話、か・・・・・

きっかけとしてはとてもいいものだ。

今日のこと、絶対に忘れるなよ?」


アインツがそう告げると、エイルは照れくさそうに笑みを浮かべた。

その様子を見て、アインツがポツリと呟いた。



「初めて笑ったな」


思い返してみると、アインツの前では確かに初めてだった。

これまで魔剣を手にしてから、自分が犯した罪の罪悪感で押しつぶされそうになっていて余裕がなかった。

都市に来てから少し気が和らいでいたが、それでもどこかで村の悲惨な光景が脳裏にちらついていた。




二人に出会えて本当によかった。

ルイに連れられて冒険者にならなかったら、自分は今でも絶望の淵に立っていただろう。

いや、もしかすると自らの意思でこの世界からいなくなっていたかもしれない。


それにアインツに出会わなければ、勝利に近づく一歩さえ踏み出せなかっただろう。

彼のアドバイスがエイルの背中を押してくれたことで、わずかかもしれないが前進することができた。


二人のおかげで、自分はここまでこれた。

村にいた頃には絶対に考えられなかったことだ。


「―――ありがとう」


エイルは感謝の言葉を自然に口にしていた。

アインツは一瞬驚いたが、まんざらでもない様子で口元が僅かに緩んだ。

ルイも心なしか目元が和らいだように見えた。


「じゃあ、傷が癒えたらダンジョンにもう一回潜ろう」

「・・・うん」






その日の夜、エイルは久々に夢を見た。


村の外に行こうと、エイルは見慣れた景色を眺めながら歩いていた。

村は昔のようにのどかながら活気づいていて、温かいそよ風がとても心地いい。


そんな中、みんなは野菜を育てたり道端で井戸端会議を開いている。

彼らはエイルに気づくと、みな優しい目で見送っていた。



やがて村の入り口に到着すると、エイルは足を止めて遠く眺めた。

空は少し曇りがかっているが、一面に広がる原っぱが風に吹かれて波打っていた。


「エイルぅ!!」


後ろからとても懐かしくて心温まる声が聞こえた。

振り返ると、アルメリアが赤くて長い髪をなびかせながら遠くに立っていた。


「行ってらっしゃい!」


そういうと、彼女はいつもの天真爛漫な笑顔で大きく手を振った。

エイルもそれに答えるかのように、にこやかに手を挙げて左右に動かした。




そしてエイルは正面を向き、一歩足を踏み出した。


<<質問>>

例えどんな過ちを犯したとしても、人生をやり直すことはできるのだろうか?

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