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1-11. 剣士を志したきっかけ

アクセサリーショップを出ると、空はすでに茜色に染まり始めていた。


「目的も果たしたし、そろそろ帰ろう。

こっちの裏道を行けば近道になる」


ルイの言葉に頷き、エイルは彼と一緒に人通りの少ない路地へと入った。




裏道は思った以上に狭く、街の喧騒がまるで嘘のように寂しかった。

店は一軒もなく、住宅の裏手を縫うような経路。

活気のある通りとは対照的で、どこか不気味なほどの静けさがあった。


都市にもこんな場所があるのかと考えながら細い角を曲がると、突如として前方に人影が現れた。

角張った顔に古傷が目立つ、見るからに粗暴そうな鬼人の男だった。


「おい、そこのおチビちゃん達。

ちょっと面貸してくんねぇか?」


―――これはまずい。

エイルの脳裏に、警鐘が鳴った。



即座にルイの手を引き返そうとするも、今度は狼の耳と尾を持つ獣人が立ちはだかった。

片耳に切れ目があり、全身から喧嘩慣れした気配を放っている。


「へへっ、お二人さん羽振りが良さそうじゃねえか。

ちょいと俺らに小遣い恵んでくれねぇか?」


穏やかな口調のつもりなのだろうが、その笑みは蛇のように薄気味悪い。

二人の間合いに、じりじりと緊張が高まっていく。


ルイは眉をひそめ、エイルの額には脂汗が滲み出していた。




逃げ道は塞がれた。

有り金を渡すのが最も安全だろうが、それだけで済む保証はない。

逆に抵抗すれば、もっと危険かもしれない。


しかも相手は二人。

エイルは過去の戦績を思い出し、勝ち目が薄いことを悟っていた。


でも、ルイを危険な目に遭わせるわけにはいかない。

ここは腹を括るしかない。


「ルイ、下がってて」


エイルは決意を込めて、鞘に収まっている剣を握った。

だが、その手は恐怖で細かく震えている。


「あぁ?やる気か?」


鬼人の男は眉を釣り上げ、凄まじい殺気を放って睨んでいる。

その殺気はねっとりと肌にまとわりつき、全身に鳥肌が立った。

手の平は汗で濡れ、剣が今にも滑り落ちそうだ。



それでも、エイルは一歩も退かなかった。


「待て、エイル!」


ルイの制止の声が響いたが、もう遅かった。

鬼人はエイルの一撃をまるで意に介さず、強烈な拳を突き出した。


「が――はっ――――!」


拳がみぞおちにめり込み、エイルの身体がその場に崩れ落ちた。

地面で悶えるエイルの姿を見て、男はあざ笑った。


「あーあ、残念だったなぁ。

俺ら“マリーガーネット・ファミリー”にたてつくからこうなるんだぜ?

おとぎ話の英雄にでもなれると思ったのかぁ?」


男は倒れたエイルを何度も足で蹴りつけた。

腹に、背中に、鈍い音が繰り返される。


ルイが慌てて駆け寄ろうとするも、獣人がルイの首にナイフを突きつけた。


「おいおい、下手に動くなよ?

あいつを助けたけりゃ身ぐるみ置いていけ」


獣人はナイフをぎらつかせながら、へらへら笑っていた。

その間もエイルは何度も踏みつけられ、呻き声を上げていた。

ルイはただ、それを眺めていることしかできなかった。




そう、その場にいた全員は思っていた。


「――――――」

「あ?いまなんつっ――ぐおっ!!??」


次の瞬間、ルイを抑えていた獣人が吹き飛んだ。

獣人は壁に激突し、衝撃で大きくへこんだ壁にしばらく貼りついていた。

やがて無様に地面に転がり、ピクリとも動かなくなった。


意識に靄がかかるエイルの目に、怒りの炎を宿したルイの姿が映った。

その表情は暗く、今までの彼とはまるで別人のようだった。

静かに、しかし確実に怒りが彼の中で煮えたぎっている。

彼からは、どす黒い靄があふれ出ているような気がした。


「てめぇ……何しやがった!?」


鬼人が怒号を上げ、ルイに突進する。

しかし、ルイは動じない。

鬼人をまっすぐに見据えたまま、口の中で何かをぶつぶつと呟き始めた。

声は低く、言語も聞き取れない。

だが、ただならぬ不吉さだけが伝わってくる。




――このままルイに戦わせてはいけない。

エイルの勘がそうささやいた。


守ると誓った相手に助けられることに、どこか引っかかるものがあった。

ただそれ以上に、彼の悲哀が誰かを傷つけることに起因しているような気がする。

まるで彼の繊細な心が静かに砕けていくような……

そんな嫌な予感がした。


エイルは必死に立ち上がろうとした。

だが、何度も蹴られたせいで体中が痛み、思うように動かない。

焦りだけが募り、もどかしさで歯を食いしばる。


『おとぎ話の英雄にでもなれると思ったのかぁ?』


鬼人の吐き捨てた言葉が、頭をよぎった。

自分は、無力のままで終わるしかないのだろうか?

彼のいう通り、おとぎ話の英雄のように助けることはできないのだろうか?


(……おとぎ話の英雄?)


その言葉に、エイルの中で何かが引っかかった。


何か、大切なことを忘れている気がした。

ぼんやりと、けれど確かに。


自分が聞いた英雄の話ってどんな内容だっただろうか?

その物語に出てくる英雄は、一体どんな人だったのか?

そんな疑問が頭をよぎると、エイルは記憶の底からあることを思い出した。






まだ三歳になるかならないかの頃。

エイルは毎晩、母の膝の上で聞くある絵本に夢中になっていた。

それは、「英雄が悪龍を倒す」おとぎ話だった。



昔山奥に潜んでいた龍は人々に悪夢を見せ、彼らが苦しむ姿を眺めて楽しんでいた。

そんな悪しき存在を討ち滅ぼすため、ひとりの剣士が立ち上がる。


彼は道中数多くの仲間と出会い、助けを求める人々に手を差し伸べながら進んでいく。

そしてついに仲間たちと力を合わせて悪龍を打ち倒し、皆から“英雄”と呼ばれるようになる――



その絵本の中の英雄に、エイルは憧れた。

ただ敵を倒すだけでなく旅の中で困っている人々を助けていく姿が、何よりも心に残っていた。


「どうして、あの人は英雄になれたの?」


かつて、母にそう尋ねたことがあった。


「それはね、助けられた人たちが心の中で彼らを応援してくれていたからよ。

だから英雄たちは、悪龍に立ち向かう勇気と力を手に入れられたの」


そう、母はやさしく答えてくれた。

その言葉を、エイルはずっと忘れられなかった。



……そうだった。

自分が剣を手にした理由。

訓練を始めた理由。

目指していた姿。


それは誰かのために立ち上がる、あのおとぎ話のような英雄になるためだった。

それが、自分の“初心”だ――






鬼人がルイの前に迫った瞬間、エイルは激痛に耐えながらゆっくりと立ち上がった。

足は震え、呼吸も乱れている。

それでも、崩れ落ちるわけにはいかなかった。


絵本の英雄を思い浮かべながらエイルは剣を手に取り、一直線に駆け出した。

その顔に、もう迷いも恐れもなかった。


「――なっ!?」


鬼人が振り向いた瞬間、すでにエイルは目前に迫っていた。

構えた剣が、その腹部へと迷いなく叩き込まれる。


「がっ!!」


男は呻き声を上げ、のけぞるようにして崩れ落ちた。

地面に手をついて何かを吐き出しながら、苦悶に顔を歪めている。

ルイも驚いたようで、言葉を失い我に返っていた。


「て、てめぇ……!」


鬼人が怒り狂ってエイルに殴りかかる。

回避が間に合わず、拳が顔面に直撃した。


激しい痛み。口の中に広がる血の味。

それでもエイルはよろめきながらも踏みとどまり、剣を握り直した。

そして渾身の力で、相手の脇腹を殴打する。


「おごっ!!」


鬼人はその場に崩れ落ちた。

どうやら急所に入ったようで、もう立ち上がれない様子だ。


「く、クソ……!

覚えてろよ!!」


男は倒れた仲間を無理やり引きずり上げると、捨て台詞を吐き足早にその場から立ち去った。




「エイル、大丈夫か!?」


ルイが駆け寄り、心配そうに彼女の体を支えた。

エイルの顔は腫れ、体には無数の傷と痣があった。

それでもその目は、まっすぐ空を見上げていた。



――勝てた。

大切な人を、自分の手で守ることができた。

あの“おとぎ話の英雄”のように、人を助けられた。



エイルは勝利をかみしめるかのように、ただ空を見つめていた。

そこには雲一つない、水色とオレンジの綺麗なグラデーションが広がっていた。

<<種族紹介>>

『ヒューマン』

世界で一番人口の多い種族。

目立った特徴はないが、戦闘力のバランスが良い。


『エルフ』

耳が尖り、知力の秀でた種族。

身分の高い者が多く、伝統を重んじる傾向がある。


『獣人』

動物の耳としっぽを持つ種族。

持久力に優れているが、脳筋な人物が一定層いる。


『鬼人』

頭から角の生えた種族。

体格から想像できないほどの体力を持つものの、感情の起伏が激しいという特徴がある。

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