表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/40

1-1. 愚かな動機

1832戦中、23勝1809敗。

それがエイル・ハイパーが剣の訓練を始めてからの戦績だ。


もちろん、最初から負け続きだったわけではない。

きっかけは、24戦目の訓練。

親友アルメリアとの一戦で、一瞬集中力が途切れてしまった。

その僅かな隙を突かれ、初めての敗北を喫したのだ。

以降十年もの間、一度も勝てていない。


エイルは視界の邪魔にならないように金色の髪を短く切った。

アルメリアよりも長い時間を訓練に費やし、日々の鍛錬も見直した。

剣の構え方も何度も確認し、思いつく限りの努力を重ねた。

だが親友との差は縮まるどころか、開いていく一方だ。


当初の敗因は集中力だけだった。

だがアルメリアも負けまいと努力し、どんどん戦い方が洗練されていく。

次第に力も、速さも、技も何もかも追いつけなくなってしまっていた。

エイルの焦りは静かに募っていくばかりだった。






今日もまた、村の広場で模擬戦をしていた。


「はぁぁっ!!」


エイルは渾身の一撃を親友に向かって繰り出す。

しかしアルメリアはひょいと身を翻し、背後に回り込む。


ドンッ


「うぐっ!」


脇腹に強烈な一撃を受け、エイルはその場にしゃがみ込んだ。


「あー……」


これで、また一つ負けが増えた。




今や、二人の実力は明白だった。

どれだけ頑張っても、もう彼女に追いつける気がしない。

エイルは下を向いて、肩で息をしながらただ蹲るしかなかった。


「大丈夫?

なるべく弱く打ったつもりなんだけど、痛む?」


アルメリアはとても心配している。

けれど、エイルにとってはそれすら追い打ちだった。

エイルの荒い息遣いだけが、ただ虚しく響く。


「ねぇ、エイル。聞いて」


彼女がそう言ってしゃがみこみ、エイルのそばに寄り添った。


「私ね、戦うときいつも体の中に一本の剣を思い描いているの。

心の奥底にある、とても丈夫でキラキラ輝く、自分だけの剣だよ。

それを掴んで、目の前に構える。

そうすると力が湧き出てきて、体がふわっと軽くなるんだ。

だから――」

「そんな抽象的なこと、分かるわけないじゃん!!」


言葉を遮るように、エイルが叫んだ。

怒りに任せて彼女を突き飛ばすと、そのまま走り去ってしまった。




アルメリアはとてもやさしい人だ。

誰かを陥れることは絶対しない。

エイルもそれを分かっている。


もともと二人は、とても仲の良い親友だった。

一緒に花冠を編み、川で水遊びをし、森でかくれんぼしてよく過ごしていた。

強くなりたいという夢を共有してからは、二人で切磋琢磨していた。



なのに、今では彼女の優しさがただチクチクと刺さる。

強く当たったことを謝らないといけないとは思っている。

けれど、どんな顔をして謝れいいのだろう?

明らかに悪循環だが、どうにもできない。


このままではまずい。

少しでも強くならなければ。


――でも、これ以上どうすれば?

どんなに努力しても、あの背中に届きそうにない。

この際、どんな方法でも構わない。

何とかしてアルメリアに追いつきたい。

何か、何か強くなる方法は……



そんなことを考え耽っていた時、ふとあるアイデアが浮かんだ。


「……ふっ、ふふっ」


笑いが込み上げそうになり、エイルはかみ殺した。

心の中には、どす黒い何かが芽吹いていった。




この村には、太古から“魔剣”が封印されている。

誰が作ったのか、いつの時代のものか一切不明。

ただ古い言い伝えのみが語り継がれてきた。


『選ばれし英雄、魔剣をもってこの世に安寧をもたらす。

欲に溺れる愚者、魔剣により破滅を与えられん』


魔剣を手にした者が“英雄”ならば、剣の力を使って世界に平和をもたらす。

しかしその力を扱えきれない“愚者”が手にすれば、逆に不幸が訪れる――

多くの人はそのように解釈している。


村長曰く不幸というのは人生の破滅、つまり死を指すらしい。

昔、魔剣を盗もうとした盗賊がいたそうだ。

しかし体が魔剣の力に耐えきれず、ボロボロに崩れ落ちたという。


以来、この村では代々魔剣を厳重に管理してきた。

“英雄”にふさわしい者が現れるまで、誰にも触れさせぬように。

たまに戦士や冒険者が力試しに訪れるが、言い伝えをを聞いた途端に皆青ざめて帰っていった。




もし自分が“愚者”だったら、命を落とすことになるだろう。

でも“英雄”だったら友を越える、いやそれ以上の力が手に入る。

それ以外に、彼女と肩を並べる手段はもうない。

死んだとしたら、自分はそこまでの人間だったというだけだ。



――――もうこれに賭けるしかない。

エイルはそう決心した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ