1-1. 愚かな動機
1832戦中23勝1809敗。
それが、エイル・ハイパーが訓練を始めてからの戦績だ。
別に最初から負け続きだったわけではない。
きっかけは、24戦目の訓練で親友アルメリアと戦った際、ほんの一瞬だけ集中力が切れて攻撃をかわしきれずに“初めて負けた”ことだった。
それ以降10年間、彼女に勝てなくなってしまった。
視界の邪魔にならないよう、金色の髪を短く切った。
アルメリアよりも長い時間を訓練に費やした。
日ごろの鍛錬を見直しもした。
剣の構え方の再確認もした。
とにかく思いつくことをできる限りやった。
しかし、アルメリアとの差は開く一方だった。
最初の頃は集中力が原因だったが、相手も負けまいとどんどん戦い方が洗練されていく。
そして次第に腕力、スピード、技、全ての要素で親友に追いつけなくなってしまっていた。
彼女が自分を置いて強くなることに、エイルの焦りは募る一方だった。
そして、今日も村の開けた場所でアルメリアと模擬戦をする。
「はぁぁっ!!!」
エイルは渾身の一撃を親友に向かって繰り出す。
しかし相手はひょいと交わしてしまい、背後に回る。
ドンッ
「うぐっ!」
脇腹に強烈な一撃を食らい、思わずその場にしゃがみこんでしまった。
「あー・・・」
これでエイルの負け星がさらに一つ増えた。
もはや2人の差は歴然としていた。
どんなにエイルが強くなったとしても、もう彼女に追いつくことを想像できない。
エイルは下を向いたまま、息を切らせてただその場でしゃがみこむことしかできなかった。
「大丈夫・・・?
なるべく弱く打ったつもりなんだけど、痛む?」
アルメリアはとても心配していたが、エイルにとってはただの追い打ちだった。
エイルの息を切らす音だけが、ただ響く。
「ねぇ、エイル。聞いて」
彼女がそう口を開くと、しゃがんで友のそばに寄り添った。
「私ね、戦うときいつも体の中にある一本の剣をイメージしているの。
心の奥底にある、とても丈夫で輝いている自分だけの剣だよ。
それを掴んで、目の前に構える。
そうすると力が湧き出てきて、体がふわっと軽くなるんだ。
だから―――」
「そんな抽象的なこと、分かるわけないじゃん!!!」
アルメリアが言い終わらないうちに、エイルの中で何かがはじけ飛んで怒りのままに彼女を突き飛ばした。
心配する親友をよそに、そのままエイルは家の方へと走っていった。
アルメリアはとてもやさしい人だ。
意図的に友を陥れることは絶対しない。
エイルもそれを分かっている。
もともと二人は、とても仲の良い親友だったからだ。
一緒に花冠をつくったり、村の近くの川で水遊びをしたり、森でかくれんぼしたり。
強くなりたいという夢を共有してからは、二人で切磋琢磨していた。
しかし、友を思う言葉が今ではただチクチクと刺さる。
もうどうすればいいのかわからない。
アルメリアに謝るにしても、どういう顔をすればいいのだろうか?
明らかに悪循環だ。
いや、悪循環だからこそその根本を絶たないと何も始まらない。
少しでも強くならないと。
でも、これ以上どうすればいいのだろう?
どうしたらアルメリアに少しでも追いつけるんだろう?
やれることはもうすべてやっている。
この際、どんな方法でもいい。
何か、何か彼女に追いつける方法は―――
そんなことを考えていると、ふとあることを思いついた。
「・・・ふっ、ふふっ」
不気味な笑いをこらえる中、エイルの中にどす黒い何かがうごめき始めた。
この村には、古につくられたとされる“魔剣”が封印されている。
制作者や年代などは一切不明だが、名前の通りただの剣ではない。
『選ばれし英雄、魔剣をもってこの世に安寧をもたらす。
欲に溺れる愚者、魔剣により破滅を与えられん』
この村の人なら誰しもが知っている言い伝えだ。
魔剣を手にした者が“英雄”ならば、剣の力を使って世界に平和をもたらすことができる。
しかしその力を扱えない“愚者”が手にしたら逆に不幸が訪れる、という意味だ。
ある人が言うには、不幸というのは人生の破滅、つまり死のことらしい。
かつて大昔に盗賊が魔剣を盗み出そうとした時、体が魔剣の力に耐えきれずボロボロに崩れたということがあったそうだ。
あまりにも危険なので、この村では代々“英雄”にふさわしい者が現れるまで誰の手にも触れることのないよう、常に厳重に管理されている。
力試しに村に訪れる戦士や冒険者は多いが、かつての盗賊の話を聞くと皆青ざめて帰っていった。
もし自分が“愚者”であれば命を落とすことになる。
でも“英雄”だったら友を越える、いやそれ以上の力を手に入れられる。
それ以外にあの背中を追いかける手段はない。
死んだとしたら、自分はそこまでの人間だったということだ。
もうこれに賭けるしかない、エイルはそう決心した。