須藤理沙
チェリーはありません
† This is my lover of... †
By RISA
須藤理沙、近所で美人と評判らしい2児の母親です。年はヒ♡ミ♡ツ♡
旦那と一緒にパン屋をやってる。作るのは専ら旦那。私も一応作れるけどね。
昔、旦那が捨て犬を拾ってきたことがある。丁度颯太が立ち始めた頃だったかな?
土砂降りの雨の中、犬の鳴き声がすると言って家を飛び出していったのだ。
旦那はびしょ濡れになって帰って来た。その胸では小さなワンコが泣いてたっけ……。
あの時の旦那は凄いカッコ良かったぜ。あれぞ水も滴るいい男だね。
そういうひたむきな姿に私も心打たれたわけ……っと、まあそんなことがあったのね?
子犬の名前はチェリー。娘が付けた名前だ。
『なんでチェリーなの?』と聞くと『だってチェリーがいいって言ったんだもん』なんて返事が返ってきた。
愛くるしく子犬とじゃれる娘は、それはもうとても可愛かった。
その時のやり取りとか、未だにけっこー覚えてる。なんかすっごい懐かしいな。
まぁ、それから数年経って、今度は嵐の日だ。
妙な鳴き声がするとか言って、また旦那が家を飛び出したわけ。
でも外は台風が来ててすっごい雨風なの。
それで大丈夫かなって、心配してたら帰ってきた。
びしょ濡れになったまま人を背負ってて、『パンをくれ!』だってさ。
さすがに私もびっくりしたんだけど、そこはほら、あの人のことだから。
そういうのを見ると放って置けない性格なのは知ってるし、仕方ないといえば仕方ないのかも。
あえて理由をつけるなら、あの人の人を見る目は確かだってこと。
攫われたり、拾ったり、巻き込まれたり……とにかく色んな面倒事を背負いこむのだけれど、なんでか旦那が関るのって不思議といい人達ばかりなのよね。
かくいう私もその一人だったりする。
結婚してからはそうゆうのも少なくなってきてたんだけどね。
そしてその例には漏れず、旦那が拾ってきたのは義理がたい青年だった。
家出してるから家には帰れない。帰るつもりもない。
しかし、この御恩は一生忘れません……とか、丁寧に土下座までしてくれた。
案の定、旦那もそのまま放りだすことはせずに、『それなら、家の手伝いをしてみないか?』とダメ押しの一手。
そうなるだろうなと予想はしてた。
でも私が反対すれば、旦那も聞いてくれたと思う。……しなかったけどね?
その日から家に居候が住みついた。
名前は相坂ミケ。私は彼をミケと呼ぶことにする。
普段は髪ボサボサでわかり難いけど、素材はいい。着飾ればテレビにも出られるんじゃないかと思う。
旦那なんか足元にも及ばないくらいのイケメンだ。
美紀が惚れちゃうのでは、とか内心ワクワクしてるのは私だけ?
●
旦那は……まあ言うまでもないっしょ。あ、最近太った?
美紀は絶対将来美人になる! だって私に似てるもの……なによ、本当だってばっ!
颯太はやっぱり男の子ね。友達やミケとずっと遊んでる。もう元気過ぎるの何のって。
ミケはついつい弄りたくなってくる。でも彼の両親は心配してると思うのよね……。
チェリーは……小さい頃は可愛かったんだけど。大きいのは苦手なのよ。ごめんね?
勿論、みんな大好きよ♡
●
「よし、いいわよミケ!」
想像以上かもしれない。
隠れた逸材を見つけて、私は少し興奮する。
「……これが、俺か……?」
「うふふ、びっくりした?」
ミケが鏡に映った自分の姿を見て戸惑う。
してやったりな笑みを浮かべる私、旦那も横で驚いた顔をしていた。
「……凄いな。正直、ここまでとは思ってなかったよ」
キリッとした眉、二重の瞼の形の良い眼、整った顔立ちを引き立たせるオールバックの黒い髪。
「成程、どこからどう見ても俺だ」
目の前には、どこからどう見ても凛とした美青年が存在していた。
「ふふん、普段の2割増し、と言ったところか」
「5割増し」
「普段の5割増しと言ったところかー」
「なんで棒読みなの?」
「ふ、普段の5割増し、と言ったところか……!」
「よろしい♪」
実際に手を加えたのは眉毛と髪の毛だけ。(少し髭も剃った)
それでも素材が良ければここまで変わるものなのだ。
と、私は満足した気持ちでミケを眺める。……これが須藤家クオリテー!
「しかし、傘を持っていくだけだろう? ここまでする必要はあったのかな?」
とは旦那の一声。事の始まりも旦那の一言だった。
雨が降りそうなのに子供達は傘を学校へ持って行ってない。
なので、本人の希望によりミケに届けてもらうことにした。
「あるわよ。ミケはこの家の店員なんだから、外に行くにはそれなりの格好をしてもらわないと」
それじゃあ、と私は兼ねてから遂行したかったミケ改造作戦を実行。
美形なのはわかってたから、勿体ないなぁとつくづく思っていたのだ。
旦那のスーツを借りて、専用のハサミで眉を整えて、ワックスで髪をセットして。
そして出来上がったのはスーパーミケ! これはただのミケじゃない。スーパーなミケである……!
「これであなたも立派なホストね」
「いや、執事の方が似合うんじゃないか?」
「そんなに褒めないで」
まあ実際は完全な趣味(出来心)であるが、旦那も良い拾いものをしてくれたものだ。
美紀はもう嫌がってしてくれないし、颯太にはまだ早過ぎるし。
丁度いい暇つぶしになる、反抗しない新しいおもちゃが出来て良かったわ!
「さすがは理沙さん、美容師を目指していただけはあるなぁ」
「あっ」
「え?」
ちょっ、待った!?
「あ、あなた、何でそんなこと言うのよっ?!」
「理沙さんが、美容師……?」
ば、ばれてしまったっ!
「ああ、悪い、つい……」
「理沙さんが、美容師……?」
ミケうるさい。だまれ。
「あれは……そう、若気の至りってやつよ。今となっては忘れ去られた忌々しい過去なわけ、わかってるでしょ?」
「あ、ああ」
「今じゃただの趣味程度なんだからね? ほんっとに、それだけだから」
「わ、わかったよ」
ああ、もう。昔の自分をぶん殴ってやりたいわ。
こんなに恥ずかしい過去を暴露させられて、私はどうしたらいいの?
まったく、私は何で美容師になろうとしたのかしらね……。
「理沙さんが、び」
「あ?」
「び……び……」
「あん?」
「敏腕の弁護士になりたかったんですね?」
「ああんっ!?」
「ひぃ?! すいませんっ!!」
ちっ、怯える顔も無駄にイケメンになりやがって……。
「あ、そういえば理沙さん、雨は何時頃降ってくるのかなぁ?」
旦那、わざとらしい真似するな。
そして私も早く口調を元に戻さないと……。
「ん~~~、この分だとたぶん四時過ぎかしらねぇ」
「それじゃ行ってきます!」
「あ、行くならパン屋の宣伝もお願いね~」
「あいあいさーーー!!!」
ミケが傘を持って怒涛の勢いで駆けていった。
何をそんなに慌てているのか、別に急がなくても十分間に合うのに。
あ、でも颯太はそろそろ帰ってくる時間帯だ。
しかも自分の傘を忘れて行ったな……まあいいか。
「ねぇ、あなた」
「さて、私もそろそろ工房に戻ろうかな」
「待ちなさい」
「と、トイレにっ」
「逃がさないわよ♪」
旦那にはちょっと言いたい事がある。
ので、私は旦那の肩に手を置いて一緒に工房に戻って行った。
『自己紹介は私で終わりよ。後はミケと美紀のターン』




