相坂ミケ
あの小さい三日月、美味しいよね。
† This is who's legend of... †
By MIKE
相坂ミケ。21歳、独身、無職。名前をローマ字で書くとM.I.K.E。
マイクじゃないから、ミケだから。ここ、大事な所なんで覚えとこうな?
とりあえず、こんな素晴らしい名前をつけて下さった両親はもういない。
……嘘。一応生きてはいる。(今は知らない)
縁を切った……と言えば少しはマシだろうか? 実際は家出だったりする。
まぁ色々と深い理由はあるのだが、今さら思い返す事は何もない。遠い日の思い出だ。
家を出てから紆余曲折を経て、今は須藤家にお世話になってる。
そこに至るまでを細かく話すと、全米が軽く涙してしまって大変なことになるので、今は省略。
初めに言っておくが、俺は須藤家の皆さんにはとても感謝している。
それは訳あって俺の命を救っていただいたからなのだが……実は後ろめたい理由もあるにはある。
少し誇張表現は混ざっているが、感謝してるのは本当。
……暫くは居候として生活していくつもりだけど、先の事なんてわからない。
☆
孝則さんには頭が上がらない。この人こそ、俺を救ってくれた人。
理沙さんにも絶対服従。孝則さんの奥さんね。
美紀は……仲良くはしたいんだけどね。今は難しいお年頃ってやつ。
颯太はすっげー懐いてくれた。嬉しい。
チェリーは好き。本当は犬より猫の方が好きなんだけど、そこは黙っとく。
☆
「起きなさい、ミケ」
「ぐおっ!?」
人妻に蹴り起こされる朝。……なんか、甘美だ。
なんて邪な煩悩を払いつつ、開ききらない瞼を擦って俺は起床する。
「おはよ」
「はよっす」
なんで俺が蹴られたのかは知らないが、理沙さんはこの家の頭首だ。
誰も逆えないので頭首。真の主でもいい。怖いので口には出さない。
きりっとした顔立ちに気の強そうな瞳。
髪は茶色がかったサイドポニー。
歳は30代後半だと思うんだけど、見た目は20代後半に見える。
だから、もしかしたら本当に若いかもしれない。(歳は教えてくれなかった)
魅惑のボイスに加えて、スタイルも中々な美人さん。これぞ須藤家クオリティ……!
「ほら、モタモタしない」
「ふぁ~い」
欠伸をしながら返事を返す。
俺の……というより、須藤家の朝は早い。
それはこの家がパン屋を営んでいるからだ。
準備とか準備とか準備とか、色々と大変なわけ。
顔を洗って、パパッと服を着て。
それから屋上に行って……あ、この家は3階立てだ。
一階がお店(パン屋)、2階が住居(ここで寝てる)、んで3階は……まだ良く知らない。俺には未知の領域。
屋上では愛犬のチェリーが鎖に繋がれて暴れまわってる。
俺はこいつに餌をやる係。で、今から餌をやるわけなのだが……。
「キャンキャンキャン」
また朝から五月蠅いくらいに迷惑な奴なんだ。
周りの家が苦情を言ってこないか心配である。
ちゃんと付近の皆さま方は安眠を約束されているんだろうな?
「オラ、大人しろ! 餌が食べたいんだろ?」
「クゥン……」
「まだだ、俺が合図するまでは絶対に動くな」
「…………クゥン」
首を垂れて、ついでに耳も垂れる。
こいつはこの通り従順な奴でもある。
まぁ、それは俺が此処へ来てすぐの頃に調教してやったからだが……いや、少し上下関係をビシッとな?
とは言っても、今はそんな回想に浸っている暇はない。
チェリーに餌をやった後は、微かに残る眠気は無視して俺は一階への階段を下る。
「ミケ君、おはよう」
「おはよーっす!」
俺に挨拶してきたのは、すでに工房で仕事に掛っていた孝則さん。
この人がパン屋と須藤家を支える大黒柱。そして俺を拾ってくれた人でもある。
優しいマスクの裏には相応の年季と影が見え隠れしている、すげー渋いオジサンだ。
パンを作るのは意外に力作業が必要なのか、ガタイもいい。
顔は冴えないけど俺にはカッコ良く見える。これは俺の脳が勝手に補正してるせいかもしれんな。
挨拶を交わした後は、もちろん俺も手伝いに移る。
先に降りていた理沙さんと一緒に店の開店準備だ。
俺はほとんど雑用なのだが、素人なので仕方ない。
恩もあるので、力仕事くらいで助けとなるのならお安いご用である。
手伝い始めてから1時間半。
そろそろかしら、と言って理沙さんが持ち場を離れる。
彼女は母親と職人の二つの顔を持つ。そして母親の顔になったということは……。
「兄ちゃん、おはよー!」
「おう、はよー」
颯太が忙しなく降りてきた。今日も元気な声である。
腕白盛りの小学生。その顔は……あれ? 誰にも似てない……ぞ?
「じゃあよろしくね」
そう言って、悩む俺に颯太を任せる理沙さん。
彼女は一仕事終えた顔でまた仕事場へと戻って行く。
「今日は自分で起きれたか?」
「ううん、お母さんに起こしてもらった!」
お約束の言葉を交わして、颯太と戯れる。
この時間になると俺の仕事は一段落しているので、結構暇だ。
別に決められてはいないが、颯太が学校にいくまでの間は俺が相手をする感じになっていた。
「――――でね? 今日は彰と一緒に遊ぶんだ!」
「彰?」
「彰は僕の友達。学校のテストとかもいっつも100点で偉いんだ」
「俺と同じだな」
「え? 兄ちゃんもなの!?」
「当然だろ。俺は100点以外取ったことはないぞ」
思わず嘘を吐いてしまった。
「すっげーーー! 兄ちゃんすげーーー!!」
「おまえは人を疑うことを覚えた方がいいな」
――――タン、タン、タン。
そうこうしてる内に今度は美紀が下りてくる。
薄いブロンドに染め上げた長髪(染め過ぎだろ)がなびいて、少女の輪郭が色めいた。
「美紀か、おはよー」
「お姉ちゃん、もう行くの?」
今日も今日とて、それは日常になりつつあった。
孝則さんと理沙さんは奥で仕事中なので、代わりに俺達が見送る。
けれども、美紀の視線は俺の方へは向かず颯太だけに向けられて。
「何言ってんの、いつも通りでしょ? じゃあね颯太、あんたも遅れないようにしなさいよ」
「「いってらっしゃ~い♪」」
「……んー」
猫みたいな唸り声を上げて、美紀が家を出ていった。
う~ん、と俺も唸りを上げてみる。
やっぱりまだ俺のことは避けてるご様子。
まあ、突然家に転がり込んできた見知らぬ男なのだから、仕方がないと言えばないのだが……。
そろそろここへ来て一週間が立つ。……これじゃあいけないよな。
「兄ちゃん、どうしたの?」
「……颯太、姉ちゃんは俺のことなんか言ってたりするか?」
俺は小学生相手にそんな質問を投げかける。半ば、本気だ。
「そういえば昨日なんか言ってた」
「なんて?」
「早く出て行ってくれないかなって」
「……さいですか」
嗚呼、子供ってホント無邪気だよなぁ。
『次は颯太、やつは颯太、やっぱり颯太』




