帰り道で ~美紀~
これが書きたかっただけ。最初はね。
最初は少し緊張していた。
今までほとんど話したこともなかったっていうのに。
そいつはまるで何事もなかったように話かけてくる。
避けていたのは私だけだった。
話そうとしてなかったのも私。
『美紀は俺のことが嫌いだよな?』
そいつは直接、私の心に斬り込んできた。
私は、居候のことが嫌い。
だって、今日も私は憂鬱だった。
昨日だって一昨日だって、私の心は雨模様。
それは居候が原因で、それは当り前の事で。
私も嫌われてると思ってた。
それが、当然だと思ってた。
だから、私は困惑していた。
『単純に気になるだけだ』
相合傘をした理由。
濡れて困るのは居候だけじゃない。
それから、ほんの少しだけど、可哀想だと思ったのもある。
だから仕方なく傘に入れて上げることにした……じゃないと、おかしい。
『……確かに、あんたは嫌いよ』
ならば一瞬、胸の奥に走ったあの痛みはなんだろう。
どうして、この胸は未だに高鳴ったままなんだろう。
いつの間に、憂鬱な気分はなくなっていたんだろう。
私には、理由がわからなかった。
わからないまま、私は雨の音を聞いて歩き続けていた。
隣には、何を言い出すのか予想がつかないバカがいた。
「そういえば美紀よ」
「あによ」
でも一つだけ。
「俺は誰だ?」
「はぁ?」
一つだけ、わかったことがある。
「頭おかしんじゃない?」
「実は偉い」
「……それが言いたかっただけ?」
「はぁ……もう一度だけ言うぞ。俺は誰だ?」
「偉そうに言うな」
「おまえの方が偉いなら、俺が何を言いたいのかが判るはずだ」
認めたくないけど。
「……記憶喪失?」
「昨日の晩飯はスパゲッティだったな。美味かった」
「ハンバーグよ」
「最後のチャンス。俺は誰だ?」
こいつのこと――――。
「……もしかして、名前で呼べってこと?」
「まぁ、広義的にはそんな意味も含まれる」
「バカ?」
「そう悲観的になるな」
「あんたのことよっ!」
バカで、偉そうで、かなりムカつくやつだけど。
「私はあんたのこと嫌いって言ったでしょ?」
「それでも名前くらい呼ぼうぜ」
「言う訳、ないでしょ」
自分勝手で、アホなことばっかり言うやつだけど。
「……なら明日も高校に行っていいか?」
「なっ!? 卑怯よっ!」
「明後日も行くとしよう」
「わ、わかったわよ! 言えばいいんでしょうが言えばっ!」
「嫌なら別にいいんだぞ? 強制してるわけじゃないからな」
「嘘つけっ!」
すごく、すっご~く性格の捻くれたやつなんだけど。
「い、言うわよ……」
「さて、須藤美紀さんの憧れの男性はだぶえっ!?」
「次やったら、殺す」
「…………」(無言でコクコクと首を振る)
本当に、そうなんだけど。
「あ、相坂……」
「相坂?」
「ミ……」
「ミ?」
だけど。
「………ヶ」
「…………」
どうしてだろう?
「言ったわよ」
「言ってねぇよっ!?」
私は、こいつのこと――――そんなに嫌じゃないみたいだ。
少しだけ。
雨は弱くなっていた。
『嫌いは嫌いよ』




