町中華で何頼む?
私がやわらかい五目あんかけ焼きそばを初めて食べたのは、学生時代のバイト先の町の中華屋だ。まかないで好きな物を頼んで食べさせてくれる。
もっとも海老チリとか、北京ダッグのような桁が一つ違う料理は遠慮した。バイト代が入った時に、お金を払って家族にお土産がてら買って帰った。
だから食べるものは麺類や、ご飯ものか、安くて美味い定食ものになる。中でも気になったのがやわらかい麺のあんかけ焼きそばだったわけだ。
焼きそばっていうとマルちゃんのソース焼きそばか、夏祭りの屋台の具の殆ど入っていない焼きそば、ペヤングとかUFOや一平ちゃん、イカ焼きそばやバゴォーンなどのカップ焼きそば、焼きそばパンなどソース味のものしか知らなかった。
カップ焼きそば多めなのは、貧乏学生の生活環境を察してもらいたいのと、単純に好きだからだ。大人になった今でも特売の日にまとめ買いをして、賞味期限の日までに大事にいただく。
大人になってもカツカツなお財布事情に泣きたい所だが、成長した分、パワーアップもしている。それは青のり増量だ。いまのマイブームは物産展フェアで手に入る四万十の青のり、それに紅生姜を使うのだ。胡椒はお好み。
ソース色に染まった麺と食欲を唆る香りに、濃い緑と赤の鮮やかな色がプラスされる……。追いマヨは暴力性が増すが、あとあと後悔の日に旅立つので注意が必要だ。贅沢遣いの罰があたったのか、最近青のりが簡単に手に入らなくなったのが悲しい。
そんなわけで焼きそばといえばソース焼きそば推しだった。たこ焼きもお好み焼きもだしやポン酢も悪くないが、ソース最強。塩はお呼びではない。ソースの匂いが嗅ぎたいんだよぉぉぉ〜!
……それくらいソース焼きそばが好きだった。やわらかいあんかけ焼きそばに出会うまでは。堅焼きもあったけれど、やわらかい麺が好きだ。
初めてやわらかいあんかけ焼きそばを食べた時の感想は「熱い!!」 だった。
なんとも悲しい事に、餡が熱くてすぐに食べる事が出来なかったのだ。 たっぷりの餡が舌を虐める。いや‥‥これは大人の階段を登る最初の階段、練りたての鼻をツーンと通す辛子のせいか。
口に広がる世界を一変させたのは、お酢。あんかけ焼きそばの餡は、たっぶりと下品なくらいドバドバかけても受け止めるだけの度量があるのだ。
固麺と皿うどんの麺の違いや、八宝菜と未だ区別がついていないのが残念だ。塩と醤油など店によって違いもある。肉ベースと海鮮ベース、または五目うま煮やフカヒレなどと、具沢山だったり贅沢だったりする。私は醤油ベースのものが好きだ。
しかし‥‥このやわらかいあんかけ焼きそばと出会う事で、忘れかけていた事実を思い出した。
私は────猫舌だった。
餡の熱さで思い出した。本当に食べたかったのは、ソースの香る焼きそばでも、あんかけ焼きそばでもなく、熱々のラーメンだ。
熱いラーメンを食べたくても食べられなくて、泣く泣く締めの夜鳴きそばを、焼きそばにしたら美味くて、ソース焼きそばに替え玉したのだ。
いや焼きそば党に入ったのは学生の時分だったな。チャルメラおじさんの絵は知っていても、夜鳴きそばのラッパの音など聞いたことない。なのにリコーダーで流行るの何故なのか。
熱々のラーメンに熱々のあんかけの餡を具にする、猫舌殺しのラーメンがある。私に取って夢のような食べ物だ。
だが喉元過ぎれば何とやらだ。ラーメンの熱もいつかは冷める。ラーメンへの愛、あんかけ焼きそばへの愛も同じだ。
いや熱意はあったが現実が許さなかった。町の中華屋の親父の世代交代だ。私の食べたかった町の中華屋の料理の数々は、奇抜な名前の癖の強いラーメンへと進化してしまった。
大量に投入された処理の雑な煮干しのスープ。好む人にはたまらないようだが、私の求める味ではなかった。
優しい二代目は、猫舌の私のような者の為に、冷やしラーメンやつけ麺にも力を入れてくれた。
回転率を上げたいがための理由づけに他ならないが、店をやっていく努力を好みではないからと、否定する気にはなれなかった。
もう二度と食べることの叶わぬ、私の青春のソウルフード。猫舌は変わらないが、外食にお金を掛けられるようになったのに、肝心の店を失ってしまった。
何より気になるのは、先代のメニューの中の二品。いつでも食べられると後回しにしていた二皿の麺。
ひとつはソース焼きそば。ソース焼きそばも好きなのに、つい他のメニューを選んで食べなかったのが悔やまれて仕方ない。
もう一つはトマトそばだ。頼んでいる人一回も見たこのない一品だ。中華風ナポリタンなのか、トマトスープ的な当時ではなかったラーメンなのか、答えを知る事は出来ない。
町中華であなたなら何を頼むか決まっているだろうか?
もしもだ、気になっているメニューがあるのならば、頼んでみる事をお薦めするよ。
────店か人か、もしくは自分自身の身体の変化か。食せぬ後悔のないように……ね。
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