自分の魅力を知らない貴族令息の忙しい夜
初投稿です。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
「見て、クリス様がいらっしゃるわ、素敵」
「クリス様、ほんとかっこいいと思わない?」
「ほんとね、やっぱり憧れるわ」
王家主催のパーティで会話する女性たち。
その中の一人が俺に気づいて、微笑みながらそっと手を振る。
俺は周りに気づかれぬよう、そっと手を振り返した。
女性たちの話題は、もっぱらコルマー公ジェルブドール家の嫡男である、クリストファーについてだ。スラリとした長身にちょっと癖のある黄金の髪、透き通った湖のような薄青の瞳をもつ彼。
確かに大変に整った容姿をしているから、女性たちの視線を集めるのも納得だ。現に、彼は今も女性たちに囲まれている。
そして、彼にはまだ婚約者がいない。その立場を狙って妙齢の女性たちが目の色を変えるのは当然のことだ。
この国は、温暖な気候と豊富な資源のおかげでとても豊かだ。そのためか、政略結婚もないわけではないが、貴族であっても恋愛結婚に寛容なお国柄だ。だから、ある程度の年齢になっても婚約者がいないことがよくある。そして俺もその例に漏れない。
会場である王城の大広間で友人たちと話していると、女性たちをかき分けて当の本人がそばへやってきた。
「ベルナール、来ていたのか」
と言って俺の横に立つ。
声かけてくれたらよかったのに、と言うクリスに、
「いつものこととは言え、あのご婦人がたの包囲網を突破する勇気も技術も俺にはない」
と軽口で答える。
それに、俺たちの会話が終わるのを今か今かと待っている大勢の女性たちのあの視線。それを自ら浴びにいくつもりもない。
そんなことを言えば、クリスは笑いながら、
「彼女たちが見ているのは、俺のことばかりでもないと思うけど」
おまえも人気あるしな、などと言うものだから、それはどうかな、と苦笑いで返す。気づかってくれるのはありがたいけど。
クリスとは、王立学校で出会って、気が合い、それ以来仲良くしている。彼はこの国でも容姿も地位も一二を争うハイスペックの持ち主。学校では常に成績トップ。愛想が良く、いつも穏やかな表情を崩さない紳士だ。
一方、俺は侯爵家の長男だけど、髪は灰色。成績も常に次点。表情筋に長期休暇でも与えたのか?とクリスに言われたくらい表情が表に出ない(いろいろ感情は忙しいほうだと思うが)。
華やかなクリスの隣にいると完全なる引き立て役にしかならないことは重々承知しているけど、彼はさっぱりした性格で嫌味のないいいやつだし、いっしょにいて楽しい。ここまで完璧だともう羨む気にもならないものだ。
だが。
実は、ひとつだけ実に羨ましくて羨ましくて仕方がないことがある。
今日このパーティで、クリスのことを褒めていた女性たちの中に気になる女性、いや、片想い中の女性がいたからだ。
先程手を振ってくれた女性。イスマール伯サフィール家のアナイス。
今日は、濃い青のドレスを着ているが、彼女の透けるような金髪と緑の瞳によく映えて美しい。
まだ幼い頃に父母に連れられて行った慈善パーティ。そこで出会った少女が彼女だった。父母同士が挨拶する横で、はにかんで立っていた彼女。潤んだ瞳がキラキラしていて、エメラルドのようだと思った。一瞬見ただけでもう魅入られてしまったと言うわけだ。子供のくせに。自分でもませていると思うが、いわゆる一目惚れだった。そして、その後、何度か会ううちに、友人関係になって、周りに気遣いのできるところとか、物腰は柔らかいけど芯の強いところとか、ありがちだけどそんなところにどんどん惹かれていった。
数年前、第二王子の婚約者候補に挙がったが、何らかの理由で辞退したと聞いた。内心ほっとしたのも束の間、パーティで会うと、彼女がクリスの噂話の輪に入っていることに気がついた。
初めのうちは気のせいかと思っていたが、クリスと俺が一緒に呼ばれたパーティではほぼ見かけていたので、もう勘違いではないだろう。
気づいたとき、ショックだったのは確かだけど、クリスは俺から見ても完璧だし、女性なら憧れるのは当然。それに友人を恨んだりなんてありえないし、そんなの完全にお門違いだ。
彼女とは会えば親しく話すし、名前を呼び合う仲だ。決して嫌われてはいない。でも、彼女はきっと俺のこの気持ちは知らない。知られてしまったらこの穏やかな関係は壊れてしまうかもしれない。
女々しいのはわかっている。俺は彼女ともクリスともいい関係を続けていきたいから、この気持ちは伝えないつもりだ。
ただ、女々しいついでに彼女の瞳の色のアクセサリーを目立たないところにつけるくらいは許してほしい。
そんなことを考えていると、クリスが俺にだけ聞こえるように、
「ベルナール、少し話せないか?」
と言う。
どうやらここでは話しにくい話のようだ。友人たちに断って、休憩用に開放されている部屋にクリスと二人で移動した。
部屋に入ると、
「俺、婚約したんだ」
と、クリスからいきなりの爆弾発言。
数秒は固まったであろう後、俺は誰と?と、やっとのことで聞く。まさか……まさか。まだそれだけは。まだ心の準備ができていない。そんな俺の焦りに気づくはずもないクリスが口を開く。
「実は、第一王女殿下となんだ」
ほっとして力が抜ける。……俺、最低だ。
おめでとう、と言いながら、そういえば、と思い出す。クリスが行くパーティは必ずと言っていいほど第一王女殿下が招待されていたか、王家の主催だったことを。
そう伝えると、クリスは照れたように笑って、少し前に内々に決まっていたけれど、相手が相手だったから今日まで言えなかった、今夜正式に婚約を発表することになったから、いちばん仲のいい俺には先に伝えておきたかった、と言ってくれた。
*****
クリスにお祝いを言い、殿下とののろけ話を聞いた後、婚約発表の準備があるという彼とは部屋の前で別れ、大広間に向かう。
歩きながら思う。クリスはほんとうに誠実でいいやつだ。
それに比べて俺は。
ほっとしてしまうなんて最低にも程がある。
婚約の話を聞いたら、アナイスはがっかりするだろうか。何と言ってなぐさめればいいんだろう。
自己嫌悪に陥ったり、彼女に話しかけるシミュレーションをしたりと脳内を忙しくさせながらひとり廊下を歩いていると、誰か俺を呼び止める声がする。
振り返ると、女性が立っていた。たしか、ヴェルタ伯マリオン家のルイーズ嬢。少し挨拶をしたことがある程度だが、顔は覚えている。
「突然お声をかける無礼をお許しください」
と、彼女は綺麗なお辞儀をして言う。
「こちらへいらっしゃるのが見えたので、お待ちしておりました」
ああ、なるほど。クリスを追いかけてきたのか。でも、クリスがいるのは反対方向だ。
そう伝えようとして、クリスの名前を出すと、彼女はクリスではなく、なぜか俺を待っていたのだと言う。
戸惑う俺をよそに、マリオン令嬢は続ける。
「ベルナール卿は『白銀の貴公子』と名高くていらっしゃいますし、数多の高貴な方々が憧れていらっしゃるのも存じております。ですので、もちろんわたくしたちなどお目に止めていただけないのは承知しております」
「はくぎんのきこうし」って誰だ?
もしかして俺?
なんで俺?
頭の中が疑問符だらけだ。
「ですが、この気持ちだけでもお伝えしたくて……はしたないこととは存じておりますが……実は」
マリオン令嬢は、目を伏せながらそこまで言うとそっと顔を上げた。
その表情になにやら悲壮な決意を感じ、俺はいつになく緊張して次の言葉を待った。
マリオン令嬢が口を開く。
「……実はわたくしたちは、卿の同好会を結成しているのでございます!」
━━本当に今日は驚くことばかりだ。
マリオン令嬢が言うには、なんでも「白銀の貴公子(その呼び方はなんだかとても恥ずかしい)」と呼ばれる俺に憧れを抱く子女(……子?)の同好会があるらしい。そして、その存在を俺に認識してもらい、迷惑はかけないから、もしよければ公認にしてほしいというものだそう。
ちなみに、彼女はその会の主宰。今回声をかけたのは、会員の総意とのこと。なんだかすごいことになってないか?
「個々を認識していただくのではなく、同好会という団体として認めていただき、卿を愛で、応援していきたいのです」
ご迷惑は決しておかけしませんからと、マリオン令嬢は言う。
俺は考えた。なんか「愛で」とか引っかかることばもあったが……これまで俺が、全くその存在に気づかなかったことを考えれば、そんなに過激な会ではないんだろう。なら、別に迷惑ではない、かな。
「公認と言ってもこちらからは何もできないが、それでもよければ」
そう伝えると、マリオン令嬢は、
「これで会員の皆様に良い報告ができますわ!」
と飛び上がらんばかりに喜ぶのだった。
*****
マリオン令嬢をエスコートしてパーティ会場である大広間へと戻る。
彼女は、恐れ多いとか、会員の皆様を裏切れないとかなんとか言って断ろうとしたが、女性をひとり戻らせることなどできないからと言うと、
「さすがは白銀の貴公子様……!」
とやたら感激して、会員の皆様にはあとで釈明します!と俺の申し出を受けたのだった。
途中、マリオン令嬢がいろいろ同好会のことを話してくれた。クリスと並んでいるところは、「輝く金銀コンビ」と言われて大人気だとか、王立学校で優秀な成績をとっているのにそれを鼻にかけないところが素敵だとか、いつも落ち着いていて大人っぽいとか。
成績ではクリスにはいつも勝てないし、落ち着いているように見えるのは長期休暇中の表情筋のせいだと思う。
もちろん褒められるのは悪い気はしないけど、自分ではそんなこと一度も思ったことがないし、人からそんなふうに思われていたなんて。なんか恥ずかしい。
大広間に入ると、マリオン令嬢が、
「さらに同好会の皆様にいい報告ができますわ! 手の感触とか、体温とか、お使いの香水の香りとか、皆様知りたがっていらっしゃいましたもの! 手袋越しなのが残念ですが!」
と、にこにこしながら、なにやら不穏なことを言う。
廊下で声をかけられた時に美しい礼を見せたときとはずいぶんギャップがある令嬢だ。表情豊かなその姿に表情筋もつられたのか、どうやら俺は少し笑っていたらしい。それを見たマリオン令嬢は、この世にこれ以上赤いものがあるのかと言うくらい赤くなって、俺は驚いた。
「ほ、微笑みを拝見できるとは……これは絶対に会員の皆様と共有しなくては……そうだわ、この記憶があるうちに大至急画家を呼ばなくては……ああ、どうしてこの瞬間をすぐ絵にできる道具がないのかしら!」
と、マリオン令嬢。
そんな大袈裟な。
マリオン令嬢を見送ると、後ろから俺を呼ぶ女性の声がした。またか。今日は女性に声をかけられる日なのか?
そんなことを思いながら振り返ると、そこにはなんとアナイスがいて、俺の心臓が音を立てる。彼女から声をかけてくれるのはとても嬉しいことだが……
なぜか彼女は、怒っているような、悲しそうな、複雑な顔をしていたから、俺は心配になる。
どうかしたのかと聞いても、アナイスは黙ったまま。さらに心配になった俺は、会場の端にアナイスを連れて行こうとした。彼女もこんな顔をしているのを他の人に見られたくないだろうから。
でも、アナイスは、先ほど俺とクリスが話をしていた休憩用の部屋に行きたいと言う。いや、さすがにそれはまずい。婚約者でもない男女が密室にふたりきりなんて。
そこで、俺は彼女を庭園のベンチに連れていくことにした。あそこならひらけた場所にあるし、人通りはあるが、近くに噴水があって話し声を聞かれにくい。
アナイスにそう言うと、彼女は何か言いたげではあったけど、頷いてついてきてくれた。
*****
アナイスは、庭園のベンチに座った後もしばらくうつむいて黙ったままだった。
いったいどうしたのだろう。
もしかしてクリスの婚約のことを知ったのだろうか。だとしたら、俺はなんと慰めるべきなのだろう。
答えはわからないまま、それでも落ち込んでいる彼女を見ていられず、声をかけようとする。
「アナイス……」
「ベルナール様は、」
突然顔を上げ、アナイスが話し出す。
「ベルナール様は、マリオン家のルイーズ様とは仲がよろしいのですか」
え?
いつものアナイスの話し方と違う。俺にはもっと親しげに話すのに。
俺はそのことに戸惑ってすぐ返事ができなかった。それを彼女は是ととったらしい。
「そう、ですか」
と彼女は再び目を伏せ、
「……ました」
「……アナイス?」
「ベルナール様の一番近くにいるのは私だと思っていました」
私の自惚れだったのですね、と悲しそうに呟く。
「……先ほどルイーズ様をエスコートして小部屋の方から戻っていらっしゃったのを見ました。私とはだめでもあの方とならお部屋で二人きりになれるのですよね?」
アナイスは早口で続ける。
「それに、ルイーズ様に微笑みかけていらっしゃった。ベルナール様は普段はあまり感情を表に出さない方だけど、時々笑顔を見せてくださるのは私にだけだと……」
そこまで言って、彼女は急に俯く。そして、
「……ごめんなさい、はしたないところをお見せして……」
そう言って王城へ引き返そうとした。
その声は涙に濡れていた。
俺はなんて鈍いんだ。
咄嗟に、離れていくその手を掴む。
夢みたいだ。こんなことがあるなんて。
でも、彼女の言葉は、たった一つの答えを示していた。さすがにわかる。こんなに鈍い俺にでも。
掴んだ手を引けば、簡単に引き寄せられた。そのまま彼女を腕の中に閉じ込める。
逃れようともがく彼女に告げる。
「好きだ」
腕の中が急に静かになる。
俺はそのまま続けた。
「ずっと好きだった。はじめてあった時からずっと」
腕の中は静かなままだ。
「でも、君には他に好きな人がいると━━クリスのことがすきなんだと思っていた。だから、この気持ちは伝えないつもりだった。君が幸せになるならそれでいいと……」
腕の中で身じろぐのを感じた。
「……それで、」
アナイスがうつむいたまま小さな声で言う。
「それで、私のことはあきらめて、ルイーズ様と?」
俺は、腕に少しだけ力を込めて言う。
「違う。彼女とは本当に何もない。誓うよ」
俺は、マリオン令嬢をエスコートした経緯をアナイスに話して聞かせる。
「今日はじめて知ったんだけど、どうやら俺の同好会というものがあるらしくて……」
「……そのことは知っていました」
知ってた?
アナイスの言葉に俺は驚く。
「ルイーズ様がその会の主宰でいらっしゃることも。でも、あの会の方々は個々でのアプローチをなさらず、皆さまであなたを見守るということを鉄則としていらっしゃるということも知っていたから、安心していたの」
でも、と彼女が続ける。
「あなたとルイーズ様がお二人でお部屋のある方向からいらっしゃったのを見たとき、それは間違いだったと後悔したわ。いくらアプローチしないと言っていても、あなたに憧れている女性が、あなたと二人きりになったら……それに、私しか知らないはずと思い込んでいた微笑みを彼女に見せていて……慢心だったって思った。本当に悔しくて悲しかった」
「慢心?」
俺が聞くと、アナイスは、
「私はいつもあなたの瞳の色のものを身につけていたの。今日だって……」
そこまで言われて俺はやっと気づく。彼女の今日のドレスは深い青。俺の瞳の色。
「それをきっと気付いてくれていると思っていて……あなたはいつも緑の宝石のアクセサリーを身につけていたから、私たちは同じ想いなんだと。そんな優越感に浸っていたの」
こっそり付けていたアクセサリー。それに気づいていてくれたなんて。
「ごめん」
俺の言葉に、腕の中のアナイスがびくりと震える。俺は彼女を安心させるように背中をそっと撫でる。
「俺はそういうのが本当に疎くて。マリオン令嬢の会のことだって今日はじめて知ったし、彼女をエスコートしたのも、すぐそばにいる女性を一人で戻らせるなんてマナーに反するからというだけで、深い意味はなかった。君のドレス色のことも……ただきれいだ、似合っているとは思っていた」
声が震えているのが自分でもわかる。
なんだか言っていて自分が情けなくなってくる。でも、ちゃんと伝えなければ。
「でも、アナイスのことは本当に大切に思っている。ずっと好きだったんだ。それに、これからもずっと好きだ」
想いは伝えないつもりのくせに、せめてとこっそり君の瞳の色のアクセサリーを身につけるような男だけど。
「こんな情けない男だったってわかって幻滅したかもしれないけど、それでもまだ俺と同じ想いでいてくれてるなら、どうか顔を見せてくれないか」
お願いだ。と言って、祈るような気持ちで、腕の中の彼女を見つめる。
でも、なかなか顔を上げてくれない。不安になった俺は、
「アナイス……?」
と声をかける。
すると、アナイスはゆっくりと顔を上げた。
そこには笑顔があった。
涙が乾いていないせいか、キラキラと輝く瞳を見て、俺はなんてきれいなんだと思う。不謹慎だろうか。
「あなたはずっと私の王子様だったの。こんなことで幻滅したりしない」
と、アナイスは言ってくれた。ああ、いつもの彼女だ。
「はじめてのパーティのときに、緊張して泣きそうだった私に優しく声をかけてくれた。銀の髪が光に透けてキラキラとして、こんなきれいな人がいるんだと思って。私もはじめて会ったときからずっと好きだった」
初恋同士ね、と言ってアナイスは笑う。
俺たちは初対面で同じようなことを思っていたんだななんて、俺は夢見心地で彼女の笑顔を見ながら思った。
「第ニ王子殿下の婚約者候補を辞退したのも、あなた以外なんて考えられなかったから。これからもずっと好き」
それに、あの「白銀の貴公子」さまにちょっと情けないところがあるなんて、私しか知らないことですからね、と嬉しそうに笑う。そして、
「誰にでも同じように接するのが、あなたのいいところだけれど。これからは私以外の人をエスコートなさっては嫌よ?」
それに、あの笑顔も私だけのものですからね? と、あのキラキラと耀くエメラルドの瞳で見つめてくる。そんなの断れるはずがない。
俺は、もちろん、と笑って彼女を強く抱きしめるのだった。
*****
「そういえば、どうして私がクリストファー様を好きだと思っていたの?」
とアナイスが聞く。
俺は、いつもクリスが参加していたパーティでアナイスたちが「クリスが素敵だ」という話をしているのを聞いたと伝える。
それを聞いたアナイスは、それは勘違いだと言う。
でも、確かに「クリス」と言っていたのに?
「私たちがお話ししていたのは、第一王女殿下のことです。殿下のお名前をご存知でしょ?」
殿下の名前? ━━あ。
「そうです、『クリッサ』様」
アナイスはくすくす笑って、
「実は、王女殿下に憧れる女性たちが集まって、同好会を作っているの。それに私も入っていて」
また同好会か。流行っているのか? でも、こちらは女性だけなんだな……
俺は複雑な気持ちになりながら続きを聞く。
「しかも、この会は殿下の公認をいただいて、会員は殿下のことを『クリス様』と呼ぶことを許されているの。パーティの日はクリストファー様のお近くに殿下もいらっしゃったから、あのあたりはすごい人混みだったわ」
やっと俺にもわかった。確かにクリス━━これはクリストファーの方だ━━が招待されたパーティにはだいたい殿下もいた。男性のクリスだけではなく、そばにいた殿下のことを見て黄色い声をあげている女性もいたということか。
「そうか……なんか安心したよ」
確かに殿下はスラリとした美人だ。しかも、とてもセンスがよく、王国の女性のファッションの流行は殿下が牽引していると言われるほど。かっこいいとか、素敵だとか、そういう言葉が似合うし、アナイスのような若い女性が憧れるのは当然なんだろう。
なんだか気が抜けた俺に、殿下のことは本当に気づかなかったのね、とアナイスはまだ笑いの残る声で言う。
「俺は、アナイスのことしか見てなかったから」
他の女性なんて気にしてなかったよと言うと、アナイスは顔を赤くして、俺にぎゅっと抱きついてきた。
「もう、本当にそういうところなんだから」
俺は本当に幸せだ。
最後までお読みいただきありがとうございます。
(2023年2月23日追記)
本文に入れられなかったので、
こちらにこっそり置いておきます。
「アナイスはその……なんで俺の同好会に入らなかったんだ?」
俺は疑問に思っていたことを口にした。「俺の同好会」って言うの恥ずかしいけど。
「誘われはしたの。でも断ったわ」
「え、断ったって、なんで?」
俺は軽くショックを受けた。
「だって、あの会は個々のアプローチ禁止だもの」
私は抜け駆けしたかったから、とアナイスは上目遣いでいたずらっぽく笑う。
━━かわいすぎる。
(なぜ、なぜこの瞬間をすぐに絵にできる装置がないんだ……!)
その瞬間、俺はマリオン令嬢の気持ちを完全に理解したのだった。