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「すっ、すごい」


 楽しそうにダンスをしながら歌う少女を見て自然と呟いていた。


 アバターと呼ばれるアニメから出てきたような少女は3Dモデルというもので、圧巻の歌声も惹きつけられるライブパフォーマンスも今誰かが生み出しているものらしい。


「すごい、すごい、すごい」


 コメント欄と言われる場所は様々な文字が下から上に流れ続け、何より慈雨(じう)に衝撃を与えたのは視聴者数10万人と言う数字だ。


 日本最大のライブ会場の一つ、東京ドームでも5万人だというのに、2倍もの人を一度に楽しませている。


 コメント欄でも『同接10万人おめ』や『10万人やばっ!!』という投稿があることを考えれば、Vチューバ―のライブを始めて見た慈雨には判らないが、このライブの集客力は破格と言っていいのだろう。


 そんな世界があるなんて慈雨には想像がつかないことだった


 そしてこの日から慈雨の優等生生活が終了する。





 様々な武器を使い陣地を取りあうゲーム。


「負けてる?」


 二桁をやっと超えた視聴者に問いかけながらキャラクターを操作する。

 『分が悪そう』、『がんばれ』といったコメントが返ってくるのをちらりと確認して、成実(しげざね)はここが踏ん張りどころと決意する。


 慎重にかつ大胆にと相反する操作を実施。


 これまで取っていた高所から下り死角に潜り込むように移動した先には、ゲーム終盤のせいか当然のように敵プレイヤーの姿があった。


 『負けるな』というコメントに後押しされるように始めた遭遇戦は、大胆に行くと決意をしたおかげか焦ることもなく鳴海の想定通りスムーズに展開した。


「よし!」


 遭遇戦を制したのを確認して声を上げると、『ないす~』や『やったあああああ』というコメント。


「タイマンしてる味方のカバーに行って。仲間とそのまま敵地に侵攻します」


 成実はコメント欄の反応に手ごたえを感じて、今日の見せ場にするんだと相手陣地への侵攻から相手プレイヤーの打倒にプランを変更する。


 そこには応援するコメントの他にリスクを取らずに侵攻を続けたほうがいいと考える視聴者からのコメント。


 コメント数を考えるとバトルの望んでいる視聴者の方が多いようだ。


「上手っ!!」


 そして救援に駆けつけた先では壮絶な打ち合いが展開されていた。

 対峙している二人は互角の腕前なのか味方が一方的に押し込まれている様子もない。


「背後に回って敵の意識を逸らした方が良さげかな?」


 プレイプランを呟きつつ、打ち合いっている的の後方を目指す。

 少し回り道となるが二人で挟めば敵は逃げ場を失い確実に仕留められるだろう。


 …………………


「やばっ」


 そして不意を打とうと成実が回り込んだ先で見たものは敵に撃破される味方の姿だった。


「あ~、判断ミスした」


 アドバンテージを維持するために相手の後方から弾幕を張る。

 コメント欄を確認する余裕はない。

 だがおそらく、成実の心情と同じで阿鼻叫喚といった状態になっているだろう。


 体内に響く心音が速く大きくなっていく。


「死ぬ、死ぬ。やばい、やばい、やばい、やばい」


 語彙も視聴者を楽しませるコメントも頭から吹き飛んで――


「ぎゃああああああああああぁぁぁぁぁぁ」


 頭が真っ白のまま成実は敵にあっさりと撃破される。

 『うるさっ』、『上級者に突っ込むから』、『ドンマイ』と投稿されたコメントを確認しつつ。


「GG。ありがとうございました」


 とゲームの締めの挨拶をした。


「配信も今日はこれで終わりです。ご視聴ありがとうございました」


 そしてゲーム画面を閉じてマイクをミュートしてから配信画面をエンディングの画像に切り替える。


「くっそ~。今日は上手く行かなかったな」


 コメントがひと段落したのを確認して配信を終了するのが、ゲーム配信者鳴海(なるみ )としての成実の日常である。





 家から一番近い。そんな理由で選んだ学校にのらりくらりと歩を進める。


「朝日が痛ぇ」


 深夜に及んだ配信の後でもなんとか学校に通い続けられているのは家から近いおかげだろう。

 過去の自分の選択に称賛を送りながら、白く霞んだような世界で足を止めた。


 連日続く寝不足のせいでこのちょっとした坂道も穏やかなはずの春の日差しにも脅威を感じているのだから、ゲーマーと言う人種はプロであれアマであれ変わらないなと、以前ボイチャをしたプロゲーマーとの会話を思い出し、少しだけ口角を緩めた。


 彼は今日も昼に外に出たら溶けると言っているのだろう。


「よう、余裕じゃん」


 そんな通学路でポツンと立ち尽くす成実の背中を叩いたのは同じギリギリ通学組の中村晴翔(なかむらはると)だった。


 成実が夜更かしのせいで限界まで寝ているという理由に対して、晴翔は朝のトレーニングで登校が遅くなっている。


 アスリートは寝るのも仕事と睡眠時間もきちんと確保しているあたり、ギリギリ通学者の中にも色々なタイプがいるのである。


「余裕に見えるか?」

「いや、死にそうだな」

「うるせー」


 こちらを覗き込むような仕草をした晴翔に成実が軽く手を振り払うと、晴翔は大げさに避け明るい笑い声を上げた。


 ここまで走ってきたはずなのに晴翔は息も切らしておらず、成実の行動に軽快なリアクションを返す余裕さえある。


 この溌剌(はつらつ)さが晴翔の女子人気の要因に違いない。


「おはよ~」


 そんなことを考えながら晴翔と二人じゃれ合っていると後ろから澄んだ声が響いた。


「おう、おはよう」

「お、おはよう」


 これまた成実とは対照的で朝の日差しも正門に続く坂道にもさしたる脅威は感じていないようである。


「相馬が始業ギリギリなんて珍しいな」


 朝日を吸い込んだような艶やかな黒髪をなびかせながら軽い足取りで走っていったクラスメイトの相馬慈雨の後ろ姿を見て晴翔が呟く。


「最近はそうでもないぞ」

「そうなのか?」

「ああ、最近は相馬さんに抜かされて晴翔に抜かされていくな」

「成実はのんびりだもんな」

「運動神経抜群組とは違うんでね」

「いや、成実は基礎トレーニングが足りないだけだと思うぜ。反射神経も動体視力も相当だろう。バドミントンやったら絶対上手くなると思うんだよな」


 そう言いながら晴翔は手首でラケットを振るそぶりをする。

 そんな晴翔に、


「信じないぞ。これっくらいの時から晴翔に運動で勝てたためしがない」


 親指と人差し指で何かをつまむようにして見せた。


「ミジンコかって突っ込むところか?」

「人間だよ!」

「せめて俺が突っ込んでから返えせよ」


 晴翔はひとしきり笑い、『じゃあな。遅れんなよ』と言って走り去っていく。

 そんな晴翔の背中に「ありがとな」と成実は小さく言葉を返した。


 それは成実がゲームにのめり込んでいった理由が、幼いころに晴翔に勝てたのが唯一ゲームだけだったということに起因している。


 かけっこも木登りもボール遊びも幼馴染3人で遊ぶ時一番は晴翔だった。


 そんな中で、『成実、上手いね!』、『成実には勝てねえわ』とゲームの腕を褒められたのが幼少の成実の誇りなのだ。


「ったく、狙ってんのかよ」


 ゲーム実況を始めたのも本格的に始めたバドミントンで全国大会を目指し、いずれは実業団からオリンピックへ行くと夢を語った晴翔に置いて行かれないためだ。


 そして成実もゲームを本格的に始めたからこそ、晴翔の語る夢の困難さがわかった。


 世間には成実と同じようにゲームが上手くてそれにのめり込んだ人間は大勢いて、自分がその中で飛びぬけた才能を持っていないことも理解させられた。


 オンラインゲームという環境は、同じ年齢同士で勝負できず、加えて、ゲームで食べるという現実に向き合うにはまだ成実は年齢的に若すぎたし、能力向上に取り組んだ時間も全然足りなかった。


 だから、現実を受け入れ努力を重ねた人間には当然のように競り負け、自信をポキリと折られ続ける状況になったのである。


「弱音吐いてる場合じゃないな。負けられんねえもんな」


 それでも挫けることがなかったのは…………


 晴翔の頑張りを日々見ていることでモチベーションを維持できていること。

 自分にだってやればできるものがあるという希望にも似た些細なプライド

 そして、そんな自分を無責任に信じてゲーム実況者の道を応援してくれるもう一人の幼馴染のおかげだ。


 そしてタイミングよく『私一番。晴翔が二番。……成実は?』というメッセージが届く。

 晴翔が校門を抜けたのだろう。

 もう一人の幼馴染にメッセージを返しながら成実はのらりくらりと歩を進める。


 日進月歩。何事も日々の積み重ねなのだ。


 成実は暗い気持ちを切り替え今日のゲーム実況のネタを構築していく。





「ふあぁぁ」

「また欠伸して。昨日も夜更かししたんじゃないの」

「ごめん。でも締め切りまでに良い動画に仕上げたかったから」

「またそう言って。ここ最近はずっと同じこと言っているじゃない」

「今回は違うの。あのアグライアのオーディションなんだから」


 目玉焼きの乗ったトーストをモグモグと食べながら落ちてくる瞼に必死に抵抗する。

憧れのあの人の事務所に入る。


 Vチューバ―を志したその時にアグライアのオーディションがあるのはまさに運命的と言っていいはず。


「お母さん。コーヒー入れて。じゃないと眠っちゃいそう」


 最近は登校時間もギリギリだしと小言を言いながらも慈雨の望み通りコーヒーの準備をする当たり、夢を追いかけ始めた娘を母も応援しているということだろう。


 コーヒーに砂糖とミルクを入れコクコクと飲み干して、慈雨は学校に行く準備を整える。


 これまで時間に追われながら準備する経験などなかったが、こんな生活が続けば当然慣れてくるし、流石優等生と言うべきか、前日にできる準備は当然のように終えている。


 朝食を食べ終えてから20分。


 よし!


「いってきま~す」

「はい。いってらっしゃい。気を付けるのよ」

「うん」


 呆れつつも気遣う眼差しに送り出され、慈雨は学校に向けて駆け出した。


 今日も学校から帰ったら動画作成をしないとね。

 今日撮るのは初めての歌動画。上手く行くかはわからない。


 でもいつか…… あの人のようになるんだ。


 自分の輝かしい未来を信じて慈雨は今日作る動画に思いをはせた。


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