咲き乱れる螺旋の魔狩りビト
産業革命が進む世界に時代に取り残されんと人々に牙を剥く怪物あり、街灯が照らす夜道の影にも奴らは潜む。
政府は闇に潜み無数に存在する怪物への対抗策として一つの考えに至る、それは怪物に怪物を狩らせる事。
そして怪物を狩る怪物たちを人々は「魔狩り」と呼んだ。
《とある森》
森…それは獰猛な獣、危険な蟲、毒を秘めた茸…そして魔物が潜む領域と伝えられてきた。
子供は当然としてたとえ大人でも一人でいく事は危険である。
「はぁ…はぁ…はぁっ…!」
刻は夕方、息を荒げ森を走り抜ける者が1人。
「はあ…はあ…!」
身なりからして一般的な村人であろう若い少年だ。
髪は茶髪で質素な衣服を見に纏い、年齢は15歳ほどだろうか、森の木の枝で傷付けたのか少年の顔には無数の切り傷があった。
「(はやく…何処か人がいる場所へ…!)」
少年は息を荒げて死に物狂いで走る、何者かに追われるように。
「うッッ…!」
少年は足元に転がっていた石につまずき大きく転倒し、激しく転がる。
「うぐぅぅ…」
少年はその際に頭を打ち、右足首を酷く捻る。
頭を打ったことにより意識は朦朧とするが激しい痛みで意識は保たれている。
「く…くそっ!こんな事してる場合じゃないのに…!」
少年が右足を引きずりながら動こうとするが
「…………!」
近くで大きく重い足音が鳴り始め、周りの木々が揺れ始める、足音は少年を追うように段々と少年に近づいてくる。
「くそっ……!」
少年は痛む足を引きずりその場から少しでも早く離れようと動く。
しかし少年に追い討ちをかけるように樹々の間から一つの鋭利なものが飛び出し少年の右足に刺さる。
「ぐがあっ……!!」
右足に激痛が走り少年は倒れ込む。
少年が右足を見るとのナイフが深く刺さっていて手入れがされてないのかところどころ錆びている。
ナイフが刺さった場所からは真っ赤な血が流れていた。
「ぐぐっ…足が…!」
少年が激しい痛みに襲われていると目の前にあった樹々がへし折れ、そこから醜悪な怪物が顔を出す。
「ぶへへへへ、みぃつけたっ!」
少年を見つけた怪物は下劣な笑みを浮かべ、それを見た少年の表情は恐怖で歪む。
この時ほど足を痛めてまともに歩く事さえで出来ない己の足に失望と怒りを覚えた事は無かった。
「君も頭が悪いなァ逃げられないって言ったでしょう…ぶふふふ…!」
下卑た笑みを浮かべる怪物は人間の服を着て大型の散弾銃を持った直立した大きな豚の姿をしていて、まさに豚男と言えるような外見をしていた。
身長は少年の5倍以上の高さで腹は服からはみ出るほどの太鼓腹で臍にはどろどろとした臍の胡麻が固まっていた。
風呂にも入ってないのか全身に垢がべったりと覆われている。
「…うっ…おげっ…」
少年は苦痛と恐怖と豚男が漂わせる酷い悪臭に耐えきれずその場で嘔吐する、吐瀉物がどぼどぼと地面に落ちて飛び散る。
「はぁ…はぁ…」
「おやおや…せっかくはじめてを合わせられたという言うのにこの対応は随分と失礼ですねェ…」
豚男がずしずしと足音を立て腹肉を揺らしながら少年へ近づき、濁った色合いで長い舌を出す。
「あまりにと失礼すぎて逆に興奮しますねェ」
そのした汚らしい舌で地面に飛び散った少年の吐瀉物を一度で舐めとる。
「ッ……!」
その光景に少年はまた吐き気に襲われるが今度は必死に耐える、豚男はそんな少年の様子を見てにやにやと笑みを浮かべる。
「さァて、ちょうど周りに誰もいないし…」
豚男は周囲を見回した後に少年の全身を舐め回すように見ると
「一回、僕と一緒にまぐわっとこうか?」
豚男は少年が着ている服を掴んで脱がし始めた。
「ッ…………………!!」
少年は全身の素肌を晒される。
「ぶふふふ…やっぱ若いと身体も綺麗だよね…僕も10代の頃ならこれくらい顔も身体もこれくらいイケてたんだけどなァ…」
そう言って豚男は舌舐めずりし、口から溢れた酷く臭う唾液を地面にぽとぽとと垂らしながら少年に擦り寄っていき、そのまま少年の身体に押し倒す。
押し倒された少年の顔に垂れた唾液が垂れ落ちる。
「ぐぅ…!!」
青年の表情がひどく引き攣る。
「ぶふふふ…」
少年のすぐ目の前にある豚男の顔が邪悪な笑みで染まる。豚男から漂う肉が腐ったような口臭が発せられ少年の鼻と目を刺激する。
「愛とは時として苦痛が伴うものなんだ…」
豚男は息を荒くしながら下半身の衣服を脱ぎ始める。
「今からそれをキミに教えてあげるよ」
そう言って豚男は優しく少年の全身をゆっくりと撫でまわし、口づけを交わそうと肉饅頭のようなブヨブヨとした顔を少年の顔に近づけようとする。
しかしその瞬間
「あのう、お楽しみの最中申し訳ないんですけど…」
背後から豚男は自分の後頭部に冷たく硬い何かを押し付けられる感触を感じ取った。
「ぶにっ!?」
咄嗟にその声が聞こえる背後へ豚男は振り向こうとするが
「その子はともかくお前みたいな汚豚がやる前戯なんてドブ鼠のクソほども興味ないんですよ」
「あぶっ─────」
押し付けられた散弾銃の発砲により豚男の頭は吹き飛び肉片となって辺りに飛び散る。
豚男の汚い血によって辺りの樹々の葉に紅い斑点が描かれる。
醜い豚男はその声の主の顔すら見ることなく死んだ。
「そんなのせいぜいアブノーマルな趣味趣向のを持つ一部の貴族の令嬢にしか需要ありませんって」
声の主は吐き捨てるよう言いながら地面に横たわる頭もない豚男の遺体を強く踏みつけ、その際に豚男の血が飛び散る。
「た…たすかったのか…?」
少年が顔をあげると声の主の姿が目に入る。
声の主の姿はフードを被っていて背が高く細身であり狩人のような服装をしていて背に布に包まれた大型の武器のような物を背負っている。
右手には豚男の頭を吹き飛ばした散弾銃が握られている。
フードを深く被っていた為、顔はよく見えないが三つ編みにして束ねられた紺色の髪が左右に垂れ下がっている。その髪と声、そして衣服の下からもはっきりとわかる胸の膨らみからしておそらく女性だろう。
そして特に異様だったのが腰あたりから垂れ下がる紺色の毛で覆われた獣のような尻尾だった。
「ま…魔狩りか…?」
そう呟いた少年の声には安堵と不安がこめられていた。
その声を聞いた女性は少年の方を向き、左右の三つ編みを揺らしながら少年の方へ歩き始める。
「(う…意識が…)」
少年の意識が朦朧とし始める。
「(…ち…血を流しすぎたのか…)」
怪物が投げたナイフが深く刺さった右足から流れた血で地面に血の池ができていた。
その血の匂いに惹かれたのが周りに奇妙な羽虫たちが集まり、少年の周りを集り始めた。
「(…ああ…もう…だめだ…)」
少年の目の前で女性がしゃがみ込んだ。
「(…ああ……母さん……)」
しゃがんだ女性は少年の顔を覗き込む。
その時にフードの隠された顔が露わになった。
その顔は少女と呼べるもので二つの瞳が蒼玉のように輝いていた。
少年の薄れゆく意識の中でそれだけははっきりと見えていた。
「(…んぅ………)」
少女の意識が目覚める。
「(俺は生きてるのか…?)」
少年は首と眼球を動かして周りを確認する。
幸い、地面に置かれたランタンが周囲を照らしていて明るかったので周りをよく確認できる。
その場所はあまり広くはなく石の壁で覆われておりじめじめとしていて…どうやらここは洞穴のようだ。
そんな場所で少年は寝袋の中で寝かされていた。
「お目覚めですか?」
「…………!」
寝ている少年の脚がある方向から声をかけられる。
少年は上半身を起こして声をした方を向く。
その時に少年は自分が手当てされている事に気づく。
「どうやらある程度は回復したようですね」
声がした先には1人の女性が散弾銃の手入れをしていた。
その女性は少年は意識を失う前に見た時と同じように紺色の髪を左右に三つ編みにして束ねている。
よく見ると左右の三つ編みは両方とも蒼色の蝶を象った髪留めで束ねられている。
頭部にはピンと立った狼のような獣耳が生え、腰の方にはふさふさとしてた紺色の尻尾が生えている。
女性の輝く蒼玉の瞳には寝袋で寝かされている少年の姿が映されていた。
また女性の近くには先ほど見た布に包まれた大型の武器らしきものが置かれており女性の背後には洞窟の入り口が見え、そこから月の明かりが差し込まれている。どうやら今は夜のようだ。
「血を大量に流してましたのでちょっと心配しましたがどうやら命に別状はなさそうで良かったです」
女性は安堵した様子で少年に語りかける。
差は高いがやはりその顔立ちからして女性というより少女といった方が近い。
「それにしても不運でしたね、森であんな質の悪い怪物に追われるなんて。あの豚野郎は異常な性愛者として有名で一度と捕まれば男だろうが女だろうが爺婆だろうが色んな意味で喰われますから、貴方の初めてがあの豚野郎じゃなくてよかったですよ。
ほんと野蛮な変態ほど始末におえませんからね」
女性はさらりとゾッとするような情報を少年に開示しながら懐から金属製のボトルを取り出す。
「まあとにかく。お疲れな上に血を流して貧血気味でしょうからこれでもどうぞ」
女性はボトルのキャップを開けて中の液体を銀のコップに注ぐ。
「さあどうぞ。見た目はちょっと変わってますけど栄養と味は保証しますよ」
女性は液体の入った銀のコップを少年に差し出す。
「(…なんだこの色は…?)」
少年に差し出された銀のコップに入っていたのは湯気を立てる紅く透き通った液体だった。
それはまるで生物の生き血を思わせる。
「(うっ…こんなの飲んで本当に平気なのか…?だが…)」
不安に駆られる少年の心を知ってか知らずか
目の前の女性はどうぞどうぞと言いたげに青年を見つめる。よく見ると腰についた尻尾も上向きにゆっくりと振れている。
「(断って機嫌を損ねるのはまずい…それに少なくとも手当てしてくれたから害意がある可能性は低い…)」
少年はそう前向きに考え、覚悟を決める。
「じゃ…じゃあいただくよ…」
「ど〜ぞ〜」
女性から銀のコップを受け取る。
「(…香りはいいな…おそらく紅茶だろうか)」
そう思考しながら少年は銀のコップに入った液体を口にする。
「(…やはり紅茶だ…味も悪くない…いやむしろかなり上質だ)」
紅く透き通った液体は少年の思った通り紅茶だ。
品質もよく口の中に上品な林檎のような甘酸っぱさが広がる。
少年の人生でこれまで味わった事がないほどの味であり、全身の生命が活気づく。
「…美味い」
「お気に召されたようでなによりです」
少年の呟きに女性は嬉しそうな反応を見せる。
腰についた尻尾が小刻みに横に振れる。
「あっそういえばまだ名乗ってませんでしたね!」
女性の頭部に生えた獣耳がピンと立つ。
「ぼくは人狼のルフー。もう察しがついてるでしょうけど魔狩りの生業としています。
人によっては〈咲き乱れるルフー〉なんて呼ばれちゃったりしてます」
女性改め、魔狩りの人狼ルフーは少し照れくさそうに自己紹介する。
「人狼…魔狩り…」
「そうです魔狩りです。怪物を殺して政府が金を貰う…怪物ですよ」
ルフーと名乗った魔狩りは笑って口の中の犬歯を光らせる。明らかにそれは狼や犬のものであった。
「人狼といってもぼくは一般人を襲わないように躾けられているのでご安心ください。あとこれが魔狩りの証です」
ルフーはネックレスとして首に掛けられ普段は胸元に仕舞われている狩人の証を取り出して少年に見せる。
それは短剣を象った銀製の小さなアクセサリーで鍔には星の紋章が刻まれている。
「これが証…聞いたことはある…」
少年はまじまじとその銀製の証を見る。
「銀は怪物殺しの象徴です。
それ故に怪物殺しを生業とする魔狩りの証も銀で製られるんですよ。あとこの銃の弾も銀製で…ってどこ見てるんですか。そこは銀製じゃありませんよ」
「ご…ごめん…つい…」
ルフーは少年の別の視線に気がつき、胸元に仕舞う。
「まあそれはともかくとして、貴方はなんでこんな森の奥であの豚に追われてたんですか?他にお仲間の方はいたりするのでしょうか?」
ルフーは首をかしげて獣耳を揺らしながら少年に疑問を投げかける。
「ああ…それは…」
少年は目の前のルフーに対して事情を話し始める。
「…俺の住んでる村で昔からこの森に生えてると伝えられている〈桃月〉って呼ばれる幻のキノコを探しに来たんだ」
「〈桃月〉…ですか」
「〈桃月〉は過去に記録されている恐ろしい奇病を何度も治してきたって言われてる…まさに秘薬とも呼べるシロモノなんだ…俺にはそれがどうしても必要で…危険だとわかっていてもこの森に来たんだ。
だが〈桃月〉は見つからず…そうやって長い時間…森の奥で探してる中であいつと出会って…」
少年は俯きながらそう語った。
「…その〈桃月〉が必要なのは貴方の家族か友人の方ですか?それに村で貴方に協力してくれる方は誰もいらっしゃらなかったんですか?」
ルフーが少年に二つの質問を投げかける。
「…〈桃月〉が必要なのは俺の母親…母さんだ…〈蜥蜴憑〉に罹っている…」
少年は震えた声でそう答える。
「〈蜥蜴憑〉…」
ルフーは険しい顔つきで何かを考えている。
「その様子ならあんたも知ってると思うけど〈蜥蜴憑〉は全身に蜥蜴のような鱗が生える奇病、あるいは憑き物でこれになった人間は人の言葉も発せられず四足歩行で這うように移動し、生きた虫や小動物を捕食して普通の人間の食事を食べようとせず、体質も変温動物に近くなり脱皮までするようになる。つまり蜥蜴人間になるんだ…そして最終的には人を襲う怪物になると言われている…俺の母さんは今それに罹っていて…おそらく今も家の床を這ってると思う…」
「……………………」
「しかも最悪な事にこの〈蜥蜴憑〉は人に移ると言われて…村の連中は誰も母さんに関わろうとせず…俺と母さんに村八分にされて完全に見捨てられた…!いや…それどころか村の奴らは母さんと俺を火炙りにして殺そうとまで思ってる…!村の奴らがそう話してるのを聞いてしまったんだ…!!」
少年の両手の拳が強く握り締められる。
「昔から母さんは村の奴らに親切にしてたにも関わらず…誰一人として手を差し伸べてくれなかった…!挙句の果てに焼き殺されるなんて…こんなのってあるかよ…!!」
少年が溜まっていた感情が一気に爆発する。
少年の目に涙が滲み出て、強く握った拳は爪が立てられたのか紅い血が滲み始める。
「…………………」
それを見たルフーは近くにあった医療用のガーゼで少年の拳から血を拭き取る。
「さぞお辛かったでしょうね…」
ルフーは少年の拳を血を拭き取ってから次はアルコールを滲ませたガーゼで青年の拳をふく。
「ですが少しだけ安心してください。
〈蜥蜴憑〉…正確には〈鱗肌病〉は他者には移りませんし、人を襲うなんて事もないでしょう」
「えっ…」
少年はルフーのその言葉に目を丸くする。
「貴方の村で言われてる『他者に移る』や『他者を襲う怪物になる』は現在の医学では完全に否定されている迷信に過ぎません。もちろんそんな記録も残されていません。」
「なんだって…?それは本当なのか…!?」
「ええ、医療技術の元締めである教会がそう認めてますし、実際に首都含む都市にある病棟では治療がされて…完治した患者の方は何十人もいます。
ぼくも職業柄そういった奇病や感染症について日頃から調べてますが…貴方の村で伝えられてるような事実はありませんでした。
知り合いの魔狩りからもそんな話は聞いた事ありません。なんなら比較的ですが奇病の中では危険度はそう高いわけでもなければこの奇病が原因で亡くなったケースもありません」
「………………」
「この奇病に限った事ではないですが…恐怖や畏れによって実態とはかけ離れた伝承や噂が広まってしまう事はよくあるんですよ。有名なのだとトロールは野蛮で知能が低く人を喰らうとかですね。
実際の彼らは知識に長けていて温厚な草食で人どころか鼠1匹すら食べないのに間違った伝承で長い間、人との交友関係が結べなかったですから…トロールたちがもたらしてくれる知識や技術はとても有益なんですよ?」
「…俺もそんな話はじめて知った…てっきりトロールは人を襲う怪物なんだと思っていた…母さんも俺にそう話してたし…」
「まあ都市でもない小さな村で暮らしてたなら仕方ありませんよ。そういった村は間違った古い伝承や話が残りやすく新しくわかった事実は広まり辛いものですから…〈鱗肌病〉に関しては発症率も低いからなおさらです」
「そうなのか…」
「それと〈桃月〉も珍しいキノコですが幻と呼ぶほどでもなくこういった森なら一つや二つくらい普通に生えてますよ」
「本当かっ!?」
「うわっ近っ!?」
少年は興奮のあまりルフーの顔間近まで顔を近づける。
「ほっ本当ですよ!珍しいといっても現在の医療で普通に使われてるようなものですから…昔こそ幻と言えるものでしたが先程話したトロールたちの知識で入手はそこまで難しいものじゃなくなりましたから…てか近い!」
「そっ…そうだな…すまん…」
少年は申し訳なそうにルフーから離れる。
「ぼくならまだ良くても他の女性の方はそうじゃないですからね、貴方ももう大人に近いくらい大きくなってるわけですから異性との関係は気を遣っていくべきですよ…」
「わっ…わかった…これから気をつける…」
「わかれば良し」
少年は落ち着き、ルフーはにっこりと笑って話を戻す。
「それで話に戻りますがおそらく〈桃月〉はこの森にもあるでしょう。見つかりづらいだけで大抵どの森にもありますからね。それにぼくはそういったものを探す手立てを持ってますからすぐ見つけられると思いますよ。ぼくは魔狩りの中でも特に敏腕でおまけに美少女なんで!!」
「そうなんだ…それはよかった」
少年はその言葉に大きく安堵した。
ルフーの自らを誇る得意気な顔はともかく、〈桃月〉を手に入れる手立てがあるのはとても嬉しい話だった。自分のこの森に〈桃月〉があるという考えは何も間違ってなかったのだ。
その上、目の前にいるのは魔狩りで味方となればかなり心強い存在だ。性格の方は少し不安があるとはいえ。
「なんか内心小馬鹿にされてる気がしますが…まあいいでしょう。それよりも〈桃月〉の方は心配はいらないでしょうがまた別の面倒事が一つ残ってるのが気になりますね…」
「残った問題…?」
「あの反吐が出るような悪臭を漂わせるクソ豚の事ですよ」
「…だがあの怪物はあんたが殺したじゃないか」
少年は先ほど自分を襲った豚男を思い出して身を震わせながらそう答える。
「確かにあの豚はぼくがぶち殺しました。
あの時の豚の悪臭がまだ鼻中にこびりついててます。ぼくは鼻が効くのですごくキツい…とまぁそれは置いといて…問題なのはあの腐れクズゴミクソカスゲロ豚には双子の兄弟の兄がいる事です」
「えっ!?」
少年が恐ろしい事実に戦慄した。
あの悍ましい豚は双子でもう一1匹兄がいたのだ…あんな醜い生き物がもう1匹いるなんて…こんなことが許されていいのか。
「弟であるあの豚とあの豚の兄は二人揃って
ブメンター兄弟って言って怪物の中でも悪名高い奴らなんですよ」
ルフーは苦虫を噛んだような表情を浮かべながら話す
「元々は人間だったんですが同じ人間を喰らう人喰い、魔薬の乱用、異性同性構わずの強姦といった残虐で穢れた行為を息をするように行なった事で肉体と魂が穢れてあのような醜悪で汚らしい豚の怪物になったようです…そしてそれらの行為で汚く稼いだ金で傭兵や人攫いを雇って村や旅人を襲い、平民貴族問わずに人を攫い、人身販売や個人の趣味に利用する欲望と悪意に集められるだけ集めて糞と一緒に100年間煮込んだような奴らだと聞きます…ぼくも奴らの悪行はいくつも聞いたことがあるほどです」
兄弟について話すルフーの表情には明らかな怒りと軽蔑が込められていた。
その兄弟の話を聞く少年も反吐が出るような思いだった。
「弟の方はぼくが息の根を止めましたが兄の方はまだ健在でこの森のどこかに潜んでるでしょう…」
ルフーは洞窟の入り口の方へ歩き、夜の森を見渡す。幸い怪物などは見当たらない。
「弟の方は所詮、頭はひどく悪いし腕っ節もない性欲と食欲だけには自信あるゴミですが。
兄の方は狡猾な猟奇者であり、弟より遥かに厄介な相手だと聞きます…弟が殺された事を知れば厄介な事になるでしょう…」
ルフーは少年の方へ向き、非常に真剣な表情で少年にそう語った。
《森》
「ううぅ…なぜだ…なぜこんな事に…うううぅ…!!」
夜の暗い森に嘆く大きな影がひとつ。
その大きな影の下にはひと回りほど小さい首のない豚の死骸がひとつ。
「なぜだっ!!なぜ私の可愛い弟が…こんな姿にっ!!誰がっ!!誰が…こんな事を…うぅぅっ…!!」
大きな影は大粒の涙を流して家族の死を嘆く。
「生まれた時からずっと一緒にいたじゃないかっ…!!生まれてすぐ一緒にメイドの指を食いちぎって…5歳の頃に初めて二人で使用人を殺して穴を掘って埋めて…学校で同じ子を好きになって仲良く半分に分けて楽しんで…成人になる頃は二人で父親を殺して母親を犯して屋敷に火をつけて金だけ奪って自立して…その後も兄弟仲良くやってきたのに…こんな事ってあるかっ…!!!」
大きな影、いや1人の兄は弟との思い出を語り涙を流し続ける。
「私は…お前をこんなふうにした奴を…絶対に許さないっ!!!必ずお前の仇を取ってやるっ!!!そのためならどんな事だってしてやるっ!!!当然簡単に殺したりもしない!!!この上ないほどの苦痛を永きに渡って与え、この世に生を受けた事を後悔させてやるっ!!!必ずなっ!!!」
あには必ず弟を殺した者に罰を与えるという断固たる決意を誓った。
「それにしてもお前旨いな、昔から旨そうだなとは思っていたがここまでとはな」
弟の死骸を貪りながら。
そして夜は明ける─
「んなぁ〜今日もいい天気〜小鳥たちは楽しそうにさえずり、ぼくは今日も可憐!こんな日なら〈桃月〉は必ず見つかる!そうは思いません?」
「今日こそ必ず〈桃月〉見つけて母さんを治す…絶対にやってみせる」
夜が明けて朝になり少年とルフーは洞窟から出てきた。ルフーは右手に散弾銃に持ち、昨日と同じく背には布で包まれた大型の武器を背負っていた。
少年は昨日飲んだ血のような紅茶が効いたのか体調が回復して怪我も完治ではないがだいぶ良くなった。
「無視ですか…それが女性に対する態度とは…まあそれくらいは許してあげましょう」
ルフーは不服そうにするがすぐに機嫌を直す。
「そういえば今更ながら貴方の名前を聞いてませんでしたね。聞いてよろしいですか?」
ルフーは少年の名前を尋ねる。
「…ビスコ…母親の名前はミル」
「ビスコですか…良い名前ですね」
「そうか…あとそれと…」
ビスコはルフーに面と向かい合い。
「助けてくれてありがとう…そして母さんの助けるのを手伝ってくれる事に感謝する…!俺はしがない村のガキでしかないがいつかはあんたに礼をすると約束する!」
ルフーに頭を深く下げて感謝を表す。
「ふふっ無愛想に見えて結構可愛いところあるんですね…」
紺色の三つ編みを朝風で揺らされながらルフーは微笑む。
「まあ気にしないでください。今回は魔狩りの仕事ではなく、ぼく個人の自己満足の為なので見返りは求めておりませんし必要もないですから…」
「だけど…」
「自身の自己満足による行いで見返りを求めるなんて醜悪な事は強く可憐な美少女であるぼくがするわけないんですよ。だから…」
紺色の三つ編みと尻尾を朝風でなびかされながらルフーは少年に向けて手を差し出し。
「さあ共に行きましょうビスコ、ミロさんを救うために」
「…分かった…」
ルフーの蒼玉のような瞳で見つめられたビスコは差し出された彼女の手をとってそう答える。
《森の奥深く》
「森の深くまで来ました〜この辺りなら彼らがいそうです」
「えっ…彼らってなんのことだ?」
森の奥深くまでやってきたルフーとビスコの二人。
ルフーのよくわからない発言にビスコが疑問を投げかける。
「昨日話した手立ての事ですよ、まあ見ててください。一生に一度かも知れない貴重な体験ができますから」
ルフーはそう言って右手を指笛にして吹く。
「────────────!」
指笛の音が森に鳴り響くと周りの樹々の葉がざわざわと揺れ始める。
「なっなんだ…!?」
樹々の葉から手足が生えた小さな苔玉のような生き物がぞろぞろと何匹も降りてきてこっちへ歩いて向かってきた。
「おやや…たくさん出てきましたね」
ルフーはその場でしゃがんで両手で広げて小さな苔玉の1匹をその上に乗せて立ち上がる。
「この子たちはエルフといって人間よりも遥かに古い時代から森に住む住人たちなんです」
ルフーは両手に乗せたエルフをビスコに見せる。
エルフは物珍しそうに頭をちょろちょろと動かしてビスコを観察している。
「こんなの初めて見た…」
ビスコは目の前の不思議な存在に驚きを隠せない
「普通は人に姿を見せてないですからね。
まあ賢く可憐で純粋なぼくは彼らと心を通わせる事が出来たのでこういう風に森で彼らに来てもらう事ができるんですよ。これが出来る魔狩りなんてぼく含めてもごく少数でしょうね」
ルフーが自画自賛する中、二人の足元にもエルフたちが集まってくる。
集まったエルフたちはビスコの靴の上で寛いだり、ルフーの三つ編みをブランコのようにして遊んでいた。
「この森の子たちは元気ですね、どうやらこの森は至って健康で良い状態なようです」
そう言ったルフーの頭の上に数匹のエルフが登ってきて彼女の獣耳を撫でる。
「うぅぅん…なかなかのテクニシャン…」
獣耳を撫でられたルフーは気持ち良さそうにウトウトとし始める。
「いやいや…待ってくれ。これから〈桃月〉を探すんだから今から眠られるのは困る」
ビスコはルフーの目を覚まさせる為に彼女の身体を軽く揺らした。
「はぅっ!もう少しで寝そうでした…!」
ルフーはハッとなり目覚める。
「いやぁこの子たちも油断できませんね〜
このぼくがしてやられるところでしたよ…」
エルフたちは相変わらずルフーの獣耳や三つ編み、尻尾で遊んでいた。
「それよりも手立てってのはどんなのなんだ?いい加減教えてくれ」
「わかりましたよ。今教えますよ」
ルフーは獣耳と尻尾をピンと立てながらぐぐっと身体を伸ばして眠気をとる、エルフたちは獣耳と尻尾にしっかりつかまりその動きに対応した。
「至ってシンプルにこの子たちに〈桃月〉が生えている場所を聞けばいいんですよ」
あくびをしながらルフーはそう答える。
「彼らなら場所が分かるのか?」
「ええ勿論ですとも、この子たちよりこの森について知ってる存在なんていませんからね。
伊達に古くから森に暮らしてるわけじゃありませんよ」
ルフーはそう言ってその場でゆっくりとしゃがんでエルフたちに顔(といっても目や鼻や口もないが)を見る。
「森の古き民であるエルフの皆さん、ぼくたちは〈桃月〉というキノコを探しています。
ぼくの隣にいる彼の母親の病を治す為にそれが必要で、どうかそれがある場所へのお導きをお願いできないでしょうか?」
ルフーはエルフたちへ丁寧に頭を下げて彼らの協力をお願いする。
「ざあしり?」
「おろあせいぞおよえさうつんぐゆい」
「せいさゆい せいさゆい」
「めらねうねたのまをとづろくりめね」
「ろお¨とのせをえい」
エルフたちは人間とは異なる言語で話し合う。
当然、ビスコは彼らが何を言っているのかはさっぱりわからない、そうしてるうちに話がまとまったのか彼らの話し合いが終わり。
「「ああゆ〜」」
ルフーに対して一斉に声を上げる、
「そうですか!ありがとうございます!ほんと助かります!」
ルフーは蒼玉のような瞳を輝かせて彼らに礼を言う。
「あんた彼らの言葉がわかるのか?」
「当然です、ぼく可愛いですから」
意味がわからない。
「とにかくこれで〈桃月〉がある場所に行けます、ぼくの鼻だけで探すとなるとさすがに骨が折れますから助かりました」
ルフーは上機嫌そうにそう言った。
「それ良かった、これで母さんが助かる…」
ビスコは安堵した様子をみせる。
「でも油断は禁物ですよ、あの豚の兄がまだこの森に滞在している可能性は十分ありますからね」
ルフーは少し真剣な表情でビスコにそう言った。
「たしかにあの怪物の兄貴がいる可能性はあるな…わかった気をつけて行く」
「それで良し、じゃあエルフの皆さんよろしくお願いします」
ルフーのその声で数匹のエルフたちが西の方へと歩き出し、他のエルフたちは数匹のエルフが向かった方向へ指差した。(正確には指はなく短い腕だが)
「あっちの方にあるみたいです!行きましょう!」
「ああ!」
ルフーとビスコは数匹のエルフたちについて行き、森の西の方へ向かう。
「くんくん…おっ!〈桃月〉の香りが近くなって来ましたよ!いよいよもうすぐです!」
「本当か!?」
西に向かうエルフたちについて行ったルフーとビスコ、ルフーははやくも〈桃月〉の香りを嗅ぎ取る。
「ええ!かなり近いです!このまま進めばすぐです!」
ルフーたちはそのままエルフたちについて行く。
すると樹々が少ない広く開けた場所にたどり着く。
「あっ…ありました!あの古くて立派な樹の下です!」
広く開けた場所の中央辺りにどっしりと構えた大きな古樹が長のように堂々と根を張って待ち構えていた。
その古樹の根元には桃色で満月のように丸っこいものがいくつも生えている。
「あれが…〈桃月〉…!」
そのキノコ…〈桃月〉は名前の通り、桃色の満月の月のようなカサを真っ赤な柄で支えていた。
かつて幻と呼ばれただけあって独特な姿をしている。
「一箇所にあんなに生えるなんて珍しいケースです!やっぱりのこの森の環境状態はすこぶるいいようです!」
ルフーは蒼玉の瞳を輝かせて尻尾を大きく振って歓喜する。
「…これさえあれば母さんは…!!!」
ビスコは嬉しさで胸がいっぱいになり、歓喜しながら大量に生えた〈桃月〉に近寄って行く。
「っ…!!待ってください!!!」
「おっ…!?」
ルフーはいきなりビスコの衣服を掴んで彼の歩みを止める。
「どっ…どうしたんだ…!?もう〈桃月〉はすぐの目の前にあるっていうのに…!!」
「誰かいます…しかもただものではありません…!」
「なにっ…!?」
ルフーが蒼玉の瞳が鋭くなり、足元にいるエルフたちがぶるぶると震えて何かに警戒する。
そしてルフーの言葉を聞いたビスコは辺りを見渡す。
すると
「おいおい、相手が人狼とはいえ女1人にこんなあっさり存在がバレちゃ俺に立つ瀬がないでしょうが」
「…………!?」
古樹の上から声が発せられた。
すると古樹の上から大きな影が地上に飛び降りた。
影の正体は1人の男であり大柄な巨漢で無精髭を生やしていた。
その男は只者ではない雰囲気を漂わせており。
その巨体もあわせて明らかに常人とはかけ離れていた。
「人狼の女…蒼色の瞳…背負われ布に包まれた武器…そして三つ編みに束ねられた紺色の髪…お前が〈咲き乱れるルフー〉であってるな…?」
「…ええ、そうですよ。こんな可愛い子ほかにいます?」
ルフーは男の問いにそう答える。
「そうか…じゃあ問題ねぇ…それにしても何故俺の存在に気づいた?」
「存在はそこそこ消せてましたが臭いが消し切れてませんでしたよ。加齢臭ですね」
ルフーは茶化すようにそう答えた。
「うちの娘みたいなこと言うんじゃないよ」
男が苦々しい表情をしながら答える。
「お前の嗅覚が凄すぎるんだよ。長いこと暗殺業やってきたけどこんなの初めてだぞ…人狼って凄えんだな…」
男が驚愕を隠せない様子で言う。
「あの腐れ豚…ブメンター兄弟の兄の方に雇われたんですか?」
「ああそうだ。あの糞豚兄弟の兄貴の依頼さ」
男は不快そうな様子でルフーの問いに答える。
「恥ずかしくないんですか?」
男を見るルフーの目には軽蔑が込められていた。
「そんな目で見るなって。俺だって汚い仕事だって事は分かってる…でもな…こんな仕事でもしないと俺は身内を食わせていけねぇんだ、俺みたいのはすっかり時代においてかれちまったらな…」
2人の男の声や表情から悲哀を感じられる。
「…他に道はないんですか?」
「そりゃ探したさ。でも何処いっても俺よりも役立つ奴らがそこにいるんだ…怪物を狩る仕事をしようともしたが政府が欲しいのはお前みたいな怪物の魔狩りであって俺の技術は対人に偏ってて怪物相手じゃ大して使い物になりゃしないんだってよ…」
「…そうですか」
ルフーは悲しげに答える。
「同情は必要ねぇよ。俺はお前を殺しにきたんだからよ…余計な感情はいらない…欲しいのは…」
「っ……!エルフの皆さんその子をお願いします!!!」
「うわっ!」
男の空気が変わったのを感じとったルフーはエルフたちにビスコをこの場から遠ざける事を頼み、エルフたちは地面から植物の蔓を生やしてそれでビスコを縛ってその場から離れさせる。
「お前の首だけだっ!!!」
男は隠していたナイフを3本同時にルフーに向けて投げつける。
「…………!!!」
ルフーはすぐさま人ならざる脚力で上空へ飛び上がり3本同時に投げられたナイフを回避する。
「その動きは想定内だ!」
「げっ…!!」
飛び上がったルフーの真上に男がいた
その巨体から想像もつかない身軽さでルフーの真上まで飛び上がったのだ。
「もらったあッ!!!」
男は丸太のように太い両手を組んで全力でルフーの頭部を殴りつけた。
「はうッッ!!!」
上から殴りつけられたルフーは悲鳴を上げながら地面に叩きつけられる。
「喰らえェェッ!!!」
男は地面に叩きつけられたルフーに対して全体重をかけた両脚で思いっきり踏みつけた。
「がっ…!!」
男の足元でルフーの呻き声が上がる。
「とどめだァッ!!!」
男がそこからさらに飛び上がり地面に横たわるルフーへその巨体を落下させて全身で押し潰した。
辺りに爆風が走り、男の落下により地面に衝撃が走り樹々は揺れる。
男の下からはルフーの声は一つも聞こえない。
「…これじゃいかに人狼といえど全身の骨と臓器が破壊されているだろう…」
男の複雑そうな表情を浮かべる。
「実年齢はわからねぇが見た目が娘と同い年くらいの女を殺す事になっちまったな…」
標的の殺しに成功したにも関わらず男は浮かない表情だ。
「…とにかくあの豚のところをこの子の亡骸を渡すか…あまり見たくねぇな…」
男がその場から立ちあがろうとする。
「うッッッ!?」
突然、男が苦痛の声を上げる。
「しゃーっ!!!」
「なっ…なんだぁッ!?」
男の下にいたルフーが男の身体に両手の爪を食い込ませて軽々と持ち上げる
「こんなもんでくたばっていたら魔狩りなんて務まるわけないんですよっ!!!」
「ぐがあぁぁっっ!!!」
男はルフーに思いっきり地面に叩きつけられる。
その衝撃により樹々は大きく揺れ、爆風により葉は舞い落ちる。それは先ほどの男の落下以上の衝撃だった。
「うぅ…」
男は脳までもが揺られされるような衝撃を受けて頭がふらふらとするがなんとか立ち上がる。
「げぼっ…お…お前…変な魔薬でもやってるのか…!?」
自分を軽々と持ち上げた上に自分の猛攻を受けたにも関わらず、せいぜい軽傷程度の傷しか負ってないルフーに男は動揺が隠せない。
「やってませんよ、そんなの使ったらキュートなボディが穢れてしまいますから最後の落下の時に貴方が落ちてくる前にすぐさま地面の軽く掘ってそこに潜り込んで衝撃を軽減したんですよ…あはっ…やっぱりぼくって賢いですね」
頭から少し血を垂れ流しながら自画自賛するルフーの側には確かにルフー1人が入れるほどの穴があけられていた。
「ふん…わんちゃんらしく穴掘りが得意ってわけか…少々侮っていたようだ…」
男は落ち着きを取り戻し頭もある程度回復したようだ。そして構えをとってルフーと向き合う。
「さっきの攻撃を見て気づきましたがどうやらは貴方は素手による格闘術が専門ですか?」
「ふっ…やはり気づいたか…そうだ…俺は幼い頃から格闘術を叩き込まれている…それだけじゃなくさっき見せた通りナイフの扱いにも長けている…まあ避けられちまったが…」
男は前半は自信げに後半は苦々しそうにそう語る。
「ふぅん…このご時世で格闘術なんて珍しいですね…なかなか粋な殿方です」
ルフーは感心した様子でそう答える。
「へっ!褒めったってなにも出ねぇよ。
今度こそ…その減らず口を黙らせてやるよ!」
男はそう言ってその場から巨体を消し、一瞬でルフーの背後に回り込む。
「(今度こそ終わりだ!!!)」
男はナイフを両手に持ち、背後からルフーを襲う。
そのナイフはルフーの首にある頸動脈を狙う。
「はいお疲れさまです」
「はうっっっ!?」
ルフーが自慢の三つ編みを振るって背後の男の顔を斬りつけた。
「ぼくの三つ編みは可愛いだけじゃなくやろうと思えば皮膚や指くらいなら簡単に斬れちゃうんですよ」
ルフーは左右の三つ編みを両手で掴み束ねて得意気に男に見せつける。
「くっ…!!」
男はその場に自身の大きな残像だけ残して一瞬にして消える、人間ならとてもじゃないが見切る事は不可能な動きだ。
「よっしゃあ!捕まえました!」
「なにっ!?」
しかしルフーにはまったく通じずあっさり片手で捕まり、軽々と持ち上げられてしまった。
「嘘だろっ!?化け物かこいつっ!?」
「はいそうです。人狼ですから」
男は自分の技術を持ってしてルフーの手から逃れようとするが彼を持ち上げるルフーの片手はピクリともしない。
男の格闘術は対人間用でしかなく巨体のよる重量攻撃や人を惑わせる技術もルフーに通じるわけがなかった。
「それじゃあ、そろそろぶちのめしますね」
「えっ」
ルフーは片手で男の首根っこを掴んだまま大きく振りかぶり
「シャ─────!!!」
「ぐふぅぅっっっ!!!」
男の全身を思いっきり地面に叩きつけた。
「(…右手に持った散弾銃も…背中に背負ったデカい得物も使わずにこれかよ…俺と魔狩りの差はここまであるのかよ…畜生…)」
一撃で男は気を失い、その巨体が地面に伏せられる。
「少しの間、寝ていてください。ぼくにはやるべき事があるので」
ルフーはそう言って頭の血を手で拭き取り、髪と衣服を整える
「さて…本来の目的である〈桃月〉を採取しますか…」
ルフーは古樹の根元に行き、素早く〈桃月〉を採取して懐に仕舞う。
「よし!これで〈桃月〉は手に入りましたし…ビスコの匂いを辿って彼らの元に行きますか」
ルフーはビスコの匂いを嗅ぎとろうとする。
「…ん?この匂いはもしや…!」
ルフーはビスコとはまるで違う匂いを嗅ぎとった。
その瞬間、突如ルフーにむけて銃弾の雨が大量に降り注ぐ。
「あぶなっ…!!!」
ルフーはそれらを姿勢を低くしながら地面を滑るように回避する。
ルフーの近くにあった樹々は大量の銃弾により全て粉々にされ、辺りに木粉となり散らばってしまっていた。
この威力は普通の銃器のそれではない。
「ぶっふっふっふっふ…やはり雌狼はすばしっこい…」
散らばった木粉を踏みつけ、大きな足跡を作りながら何者かが現れた。
「お前はっ…!」
「ぶっふ〜これはこれは初めまして礼儀がまるでなってない痩せこけた哀れな雌狼のお嬢さん…私の名はラルド・ブメンター。貴様が残酷に殺したラール・ブメンターの兄である」
ルフーのの目の前に現れたのは昨日のブメンター弟よりもひと回り大きくシルクハットを被り、右手に高級なステッキが握りしめられ首都の貴族が着るような紳士服を纏った豚の怪物だった。
ラルド・ブメンターと名乗った豚男は左手に鳥籠のような鉄檻を持っていた。その鉄檻の中には…
「ルフーッ!!!」
「ビスコさんっ!?それにみんな…!?」
先ほどの戦闘になった時に離れたビスコと彼を連れ出したエルフたちが捕まっていた。
「ぶふふふふ…お友達とご対面というわけですな…」
「ごめんルフー…逃げる時に運悪くこいつに出会って捕まってしまった…俺とした事があんたの邪魔になっちまった…本当にごめん…!!!」
「「しほ〜を!!!」」
ビスコとエルフたちは申し訳ない気持ちでルフーに謝罪する。
「もぉ〜そんな必死に謝られたら怒るに怒れないじゃないですかも〜」
ルフーの獣耳がへたんと潰れて尻尾が元気なく下に垂れる。
「ぶっふふふふ…若者の友情は素晴らしいものですな…まあそれはそれとして…」
ラルドは大口を開ける。
「貴様の官能的な身体を風穴だらけにしてやろうっ!!!」
ラルドの口から大量の銃弾が飛び出しルフーに襲いかかる。
「わふっっっ!?」
ルフーは脚を動かし横に飛んで回避する
「ルフー!!!」
「「ろをたもを〜!!!」」
ビスコたちはルフーの名前を呼ぶ。
「だいじょーぶですって…流石に口から銃弾がぶっ放されたのはビックリしましたけど…当たっちゃいませんよ」
ルフーはビスコたちを安心させるように彼らにそう伝える。
「ぶぅん…頭が悪そうに見えてもやはり二つ名持ち…【森騎士ユーハイム】や【妖栗鼠のヘーゼル】には遠く及ばないにしても手強いお嬢さんですね…さっきも匂い消しの薬品を使ったにも関わらず匂いを嗅ぎ取って攻撃を回避されましたし…ぶうーん…これは実に面倒だ」
「へん!ぼくはお前ごときにやられる女じゃありませんよ〜だ〜!さぁてと、そろそろこの武器の出番で…」
「このガキと苔むしたチビ共の命が惜しいならその場から動くな」
ラルドはステッキに仕込まれた鋭利な刃を檻の中にいるビスコとエルフたちに突きつけ彼らを人質に取った。
「はあーっ!?なに言ってんだそれおかしいでしょうがブタヤロー!!!」
「今は私が王様なんですよ腐れ雌ウルフがぁーっ!!!」
ラルドの強烈な頭突きがルフーの腹部に直撃する。
「あぎゃぁぁぁっ!!!」
頭突きが直撃したルフーは大きく吹っ飛ばされて後ろにあったら樹々はぶつかっていき、樹々をへし折りながら吹き飛んでいく。
「ぶっふぁふぁふぁ…私の頭突き一発で馬鹿みたいに吹っ飛んでいった!私は過去に人間の10倍の大きさがあるゴリラをデコピン一発でミンチにした事があるくらい力持ちなんですよ!」
ラルドは大笑いしながら己の武勇伝を語りだす。
「ルフー…」
ビスコたちはルフーへの心配で胸が張り裂けそうだった。
「ぶっふ〜さあて…地獄はまだまだ始まったばかりですよぉ…次は可愛いお顔の皮を剥がしてやりましょうかねぇ〜ぶっふふふ…」
ラルドはのっそのっそとルフーが吹き飛んだ方向へ歩き出す。
「んんっ…?」
ラルドは自信が歩く地面になにか違和感を感じてその場で止まる。
「んぅん…これは…まさかっ!?」
「しゃあ!!!」
「わあっっっ!!!」
「なにっ!?」
吹っ飛ばされたルフーは地面に穴を掘ってラルドの真下から飛び出した。
飛び出したルフーはビスコたちが閉じ込められた鉄檻を破壊して彼らを自由にした。
「やったっ!助かった!」
「「おをさも〜」」
「やれやれ…世話のかかる王子様たちですこと…」
鉄檻から解放されたビスコたちをルフーは受け止める。
「しっ…しまったぁぁぁ!!!」
鉄檻を壊されたラルドはあまりにも激しく動揺してしまい行動できない。
「よっと、到着〜」
ルフーはビスコたちを古樹の近くに降ろす。
「何度も助けられてすまない…ありがとうルフー」
「「りひ〜!」」
「ふふん….ぼくは魔狩り随一の敏腕美少女ですよ?
これくらいはお茶の子さいさいです」
ルフーは得意気な顔で胸張って答える。
「さぁて…そろそろ汚ったない蛆虫豚には死を前提としたお仕置きが必要ですね…」
ルフーはラルドの方へ振り向き、背中に背負う布に包まれた武器を使おうと手を伸ばす。
「うがあああああああっ!!!」
突然、絶叫が響き渡る。
絶叫がする方へルフーが振り向くと先ほどの巨漢だ無精髭の男が立ち上がっていて苦しそうに頭を抑えていた。
「どっ…どうしたのですかっ…!?」
ルフーはおもわず苦しみ絶叫を上げる男へ駆け寄る。
「ぐ…痛い…苦しい…頭がっ…ぐぎっ!!!」
男の頭がぱっくりと縦に割れ、そこから牙を向いた毒蛇が大量に飛び出してきた。
「なっ…!?」
「なっ…なんだぁっ…!?」
その光景にルフーは大きく動揺し、ビスコは恐怖と混乱で声を上げる。
「ぶへへへへ…やはりいつ見ても爽快な光景ですな」
ラルドは醜悪な笑い声を上げた。
落ち着きを取り戻したのか葉巻まで吸っている。
「それは最新型の魔薬と遥か東にある島国から輸入した呪物を掛け合わせ生み出した私の傑作なんですよ…私の意思でいつでも効果を発揮できる優れものです」
ラルドは鼻と口から煙を吐き出しながらそう語りだす。
「こいつは過去に何度も私の依頼を断っていてね、それが金に困っていたのか今になって依頼を受けたのが地味にムカついたので体内にこれを仕込んでやったんですよ。どうです?格闘術なんていう何時の時代でも
剣や弓や火薬や銃器といったものに劣り続けてきた出来損ないにはお似合いの姿でしょう?ぶへへへへへへ!!」
「……………………」
ラルドの下衆の極みのような言葉と笑いに対してルフーは激しい怒りのあまり言葉も出ない。
「く…腐ってやがる…!!」
ビスコはラルドのあまりの醜悪さに対し怒りと軽蔑が込めてそう言った。
「ぎぎいぃぃ…」
巨漢の無精髭の男だったそれの肉体の筋肉が膨張する。衣服を破りながら元から巨体だった身体はさらに一回りも二回りも肥大化する。
「ぶっふぉふぉふぉ…最新型の魔薬の筋肉増強の効果まであるんですよ…以前よりも力を増して私の傀儡となるのです…さあ役立たず!!!目の前のクソ生意気な雌狼を痛め付けてやれ!!!」
「ぎぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
ラルドの傀儡となれ果てた男は耳をつんざく咆哮と共にルフー目の前から一瞬もせず消えた。
ルフーも流石に強化された男の技は見切れないのかショットガンを構えながら辺りを見回す。
「っ…そこかっ!!!」
ルフーは真上にショットガンを放った。
しかしそれは異形化した男の大きな残像であり
「しゃあぁぁぁぁぁ!!!」
「ぐうっ…!?」
本物の方である異形化した男の右腕から繰り出された貫手がルフーの頬を擦り、ルフーの頬からは紅い血が流れる。
「ぶへへへへっ!役立たずにしてはいい動きじゃないか!そのままさらに傷物にしてやれ!」
「しゃあっ!!!」
ラルドの言葉と共に異形化した男はさらなる追撃を行おうと左腕での貫手を放つが
「ぎぃっ!?」
「…………………」
ルフーの左腕に掴まれて止められる。
ルフーの蒼玉に異形化した男が映る
それを見た男はなにを思ったのが一瞬動きが止まる。
「ごめんなさい」
ルフーは男に向けてそう伝え、右手の散弾銃を男の心臓に向けて発砲した。
「……………!」
散弾銃から放たれた複数の銃弾により心臓は一瞬で破壊され、異形化した男の巨体は上半身と下半身の二つに分かれる。
男は苦痛もなく一瞬でその生涯を終えた。
「………………」
ビスコは先ほどからの激しく変わっていく状況についていけず言葉も出せず、ただひたすらその光景を黙って見ている事しか出来なかった。
「ぶっふ〜……」
ラルドは飛び散った男の遺体の下半身を太く醜い足で踏みつける。
「やはり何をやっても使えない蛆虫は使えない蛆虫でしかありませんなぁ〜とことん何の価値もない屑ですなぁ…べっ!」
そう言ってラルドは男の下半身に唾を吐きかけた。
「何の価値もない屑…?それはお前の事ですか…?」
ルフーはこれまで見せた事もないような無表情になる。その声にはゾッとするほど冷たい憎悪が込められていた。
「ぶっへへへへへ…相変わらず口の減らないお嬢さんだ…でもそのクソ生意気な口もこれまでですよ…ゔぉえっ…!」
ラルドは太い腕をその大口に突っ込んで体内から厳つい大型の銃器を引っ張り出した。
「これぞ私1番のお気に入りの武器…最新式の対怪物用ガトリング砲です」
それは大型の機関銃であり太陽にあてられ光り輝き、心なしかその光には強い殺意が感じられた。
「腐れ糞袋には勿体なさすぎるほどの武器ですね…」
蒼玉の瞳にこれでもかと怒りと蔑みを込めたルフーが吐き捨てるように言う。
「今までにこの武器は多くの憲兵、兵士、賞金稼ぎ、そして名もなき魔狩りを灰塵と帰してきたんですよ…もはや大量の命を撃ち滅ぼした魔の武器なんです…ぶへへへへっ!!」
多くの命を踏み握ってきた糞袋は嗤う。
「…………………」
その姿にルフーは言葉を発する気も無くなってきたのか何も言わない。
「でもね…貴様は簡単には殺しませんよ…私の愛する大事な弟の命を奪った罪は重い…まず手脚を潰して貴様をダルマにして悲鳴を愉しみ…」
そう言ってラルドは左手に持つ仕込み杖をルフーに見せつける。
「そして次はこの仕込み杖の刃でその蒼玉ような二つの眼中を抉り出してやります…高く売れそうですからね!そしてその次は…」
ラルドは涎を下品に垂らす。
「貴様の身体で弟を亡くした痛みを癒してもらいましょうかね…ぶっへへへへへへ!!!」
ラルドは下卑た笑いを浮かべながら涎をダラダラと流してそれが地面にぽたりぽたりと垂れる。
それに対してルフーは
「言いたい事はそれだけか糞袋?」
ひたすら冷たく、身に刺さるような鋭い瞳で糞袋への殺意で満ち溢れている。
身も凍える蒼い月──
そんな瞳でルフーはラルドを睨みつけていた。
「あっ…あっ…」
そのルフーの瞳に睨みつけられた糞袋は恐怖のあまり後ずさる。
その瞳は家畜が何よりも恐れた獣のそれだった。
「あっ…獣は地獄へ堕ちやがれッッッ!!!」
ラルドは狂乱しながらガトリング砲を乱射した。
前方に弾丸の嵐が巻き起こり、辺りが砂埃に包まれる。
「うわぁっ…!!」
隅にいたビスコとエルフたちはガトリング砲による爆風で飛ばされないように姿勢を低くして耐える。
「はぁ…はぁ…はぁ…やったか…?」
ラルドはガトリング砲を放った場所を見る。
地面は激しく抉られ、樹々は一本残らず木粉と化していた。
そこにルフーの姿はない。
「ルフー……」
ビスコは酷く落胆した様子でルフーの名前を呼んだ
その目には涙が滲む。
「ぶっ…ぶっへへへへ…散々ビビらせといて最後はこのザマかっ!所詮は時代に取り残された化け物たちの中の死に損ないでしかないって事かっ!」
ラルドはあまりの呆気なさに安堵して高笑いを上げた。
しかし2人とは異なり小さなエルフたちだけが落ち着いた様子で静かになにかを見守っている。
「まあいい…弟よ!お前の仇はこの兄が取っ…」
「やはりお前は減量が必要そうですね」
「なにっ!?」
なんとラルドの腹の下でルフーが姿勢を低くして隠れていた。左手には布に巻かれた大型の武器を持っていた。
「腹が出すぎてぼくの差も見えないんですから」
「ルフー!!!」
ビスコはルフーの生存を知って歓喜し、彼女の名前を呼ぶ。
「ご心配おかけましたビスコ。もうちょっとそこでお待ちください、今からこいつを痩せさせてやりますので…」
「なめるなぁッ雌狼ッ!!!」
ラルドは左手に持った仕込み杖の刃をルフーの蒼玉の瞳めがけて振り下ろす。
「五月蝿いですよ糞袋」
ルフーは大型の武器に巻かれた布をラルドの顔に投げつける。
「なにっ!?」
ラルドの視界が塞がれて仕込み杖での攻撃は外れる。
「さて、そろそろお披露目といきましょう」
ついに布が解かれて武器の姿が露わになる。
「なっ…なんだっ…その武器は!?」
ビスコはその武器の異様さに驚愕した。
それは赤薔薇の花弁を象った刃が螺旋状に巻きついた白銀に輝く円錐の鉄塊といった外見をしていた。
円錐の鉄塊には持ち手となる柄が付いていて、ルフーはそこを両手持ちにして構える。
「…世にも珍しい回転螺旋式の武器…そのお味をとことん堪能しやがってくださいませ糞袋野郎」
ルフーが持つ円錐の鉄塊の周りに血を思わせる紅い靄が逆巻き、その力が円錐の鉄塊を激しく回転させる。
「その前にお前を殺してやるよっルフーッ!!!」
邪魔な布を取り払い終えたラルドはルフーの首をへし折ろうと彼女に掴みかかってきた。
「それより先に減量させてやりますよ糞袋ッ!!!」
ルフーは全身全霊の力を込めて回転する円錐の鉄塊をラルドを腹に向け突き上げた。
「ぶぎゃぁぁぁぁぁ!!!」
円錐の鉄塊がラルドの腹に命中し、螺旋状に巻きついた赤薔薇の花弁を象った刃が回転と共にラルドの腹肉を激しく抉った。出血は激しく肉片は周りに飛び散る。
「ぐぎゃぁぁぁぁいだぁぁぁぁぁぁ!!!」
回転する刃に肉が抉られ、ついにラルドの胴体を貫きく。背中から血飛沫が噴出する。
「うぁ…」
ビスコはあまりの残酷な光景に目を背ける。
「…数多の大傑作たちを生み出してきた名工房による新作の一つである【螺旋の大槌・ガルシア】…ぼくに似て可憐で残酷な武器だと思いませんか?」
ルフーは獲物を痛ぶる優越感に酔った獣のような笑みを浮かべる。
そしてなぜか螺旋の大槌の回転を一旦止めた。
「ぶっ…ぶぎぎぃぃ…ぶげえっ…!」
ラルドは苦痛に上げながら苦しそうに血反吐を吐く。
突き刺さった螺旋状の大槌からは血が滴りポタポタと血の雫が地面に落ち続ける。
「最後に言い残す事あります?」
ルフーは冷めきった声がラルドの腹の底まで響く。
「ま…まってくれっ!いっ…命だ…」
「やっぱり聞きたくないです。死ね」
ルフーの言葉と同時に螺旋の大槌が再び回転を始める。
「ぶげぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
赤薔薇を象る螺旋状の刃が肉を抉るように激しく回転し、ラルドの肉体をずたずたに裂き脂肪も筋肉も内臓も骨も挽肉のようにしていく。
そしてラルドという穢れた肉塊をその腐りきった魂と共に破裂するかのように周囲に肉片として飛び散らせる。
その光景はまるで真っ赤な薔薇が咲いたようにも見えた。
「……………………」
ビスコはあまりの光景に唖然とする。
エルフたちは飛び散った肉片の臭いが嫌いなのかみんな鼻を(あるのだろうか)を両手で覆っている。
「…終わりましたね…」
ルフーがぼそりとそう言ってから螺旋の大槌を一旦地面に置いてから亡くなった男の上半身のと下半身の遺体を拾い上げて背中に背負う。
それから螺旋の大槌を拾い上げて左手に持つ。
「…その人の遺体はどうすんの?」
「首都に連れて帰ってそこで彼の身元を調べます…彼には彼の帰りを待つ家族がいるようですから」
ルフーは男の死に思うところがあるのかビスコの問いに対して悲しげにそう答えた。
「ですがその前に…行きましょう、貴方の母親のところへ」
ルフーはビスコに手を差し出す。
「…うん…行く…」
ビスコは差し出されたルフーの手を掴んで立ち上がる。
「あと家に着いたらお風呂かシャワー貸してもらえません?汚れと臭いがやばいので」
返り血で全身が紅く染まり獣耳にラルドの腹から飛び出た腸を引っかけるルフーがビスコにそうお願いする。
「うん…風呂ならあるからそれ使って…」
「ありがとうございます」
ルフーは満面の笑顔をビスコに向けてそう礼を言った。
その周りでエルフたちは協力して肉片を一箇所に集めて、匂いを嗅ぎつけ集まってきた森の獣や鳥たちにそれらを食事として与えていた
「…んん…ここは…」
夜道を走る馬車に揺らされながら1人の女性が目を覚ます。女性の身体のところどころが蜥蜴のような鱗に覆われていた。
「母さん!」
「…ビスコ?」
1人の茶髪の少年…ビスコが女性の目の前に顔を出す。
その目には涙が溢れていた。
「母さんっ…やっと正気に戻ってくれたんだね…!」
ビスコの目から涙が零れ落ちる。
「そうか…私は蜥蜴憑で…もしかしてビスコが治してくれたの…?」
女性…ビスコの母は鱗に覆われた手で息子であるビスコの目から流れる涙をすくってあげた。
「うぅん…俺じゃなくて…親切な魔狩りの人が助けてくれたんだよ」
「魔狩り…」
ビスコの母は馬を引く御者台の方へ向くとそこからピンと立った紺色の毛に覆われた獣耳が見える。
「首都まであとどれくらいですかね?」
「んー…この調子だと…あと30分ありゃつくんじゃねぇかな」
ルフーが馬を引く御者の隣に座っていて隣の御者と会話していた。
その御者は皮膚も肉のない喋る骸骨で眼球のない空洞の目には赤い光だけが輝いていた。
御者が引く2頭の馬も同じく骨だけで動いてた。
「そうですか…それはよかったです。いや〜それにしても助かりましたよ貴方が近くにいてくれて」
ルフーは骸骨の御者に感謝する。
その背中には布に包まれた男の遺体と螺旋の大槌が背負われていた。
「いやぁ気にすんなってルフーのお嬢。おめぇが小狼の時からの付き合いじゃねぇか」
骸骨の御者は陽気にそう答える。
「それに別にオレといないでもあの親子と一緒に馬車の中で休んでていいんだぞ?もし野盗が来てもオレとこいつらがいれば十分なんだしよぉ」
骸骨の御者は顎の骨をカタカタ鳴らしてルフーを気遣う。
「いいんですよ。久しぶりのちゃんとした親子水入らずなんですから…それに子供ならまだしも大人はぼくみたいのは好かないですからね…」
ルフーの寂しげにそう答えた。
「…そうか」
骸骨の御者はルフーの心境を察してかそれ以上の言及はしなかった。
「ぼくらと普通の人じゃ生きる世界も流れる時間も違うんです。あまり深く関係を持つのも考えものです」
ルフーの紺色の獣耳と左右の三つ編みが夜風でなびく。まるでそれは夜空と一体化したようで、二つの蒼玉の瞳は星のようにも見えた。
「…綺麗で可愛いらしい子ね…あとで挨拶しないとね」
ルフーの後ろ姿を見たビスコの母はそう呟く。
「おや…?」
気づくとビスコは疲れが溜まったのか母親の膝元で安らかな顔で眠りについていた。
母親は微笑みながらビスコの頭を撫でる。
身体は鱗まみれだが彼女はとても幸せそうだった。
骨だけの馬2頭が動かす馬車に引かれてながら
彼女たちはそれぞれ生きる世界も生きた時間も違えど
優しい夜空と輝く星々が見守られながら共に同じ時間を過ごしていた。
人も怪物の星の下で生まれた事には変わりないのだから。
【終】