魔王復活?!、今さらそんなこと言われても
ほのぼのいちゃいちゃだけの息抜き用のお話です。
「おい、魔王が復活したらしいぞ」
片田舎に住む俺は妻に頼まれた買い物中にそんな噂を耳にした。
「ほらよ、これはおまけだ。 三人目が産まれたんだって?」
「ああ、おっさん、ありがと。 もう可愛くて仕方ないぜ」
俺はこの小さな町の外れに妻と三人の子供と一緒に住んでいる。
買い物の袋を担ぎ、途中の広場で号外紙を一枚受け取って足早に家に向かう。
(『魔王復活』だって?、そんなまさか)
この国は数年前まで魔族との戦争があり、勇者の活躍のお蔭で魔王は封印された。
ようやく王都も復旧し、これからというところである。
しかし、その『魔王』が復活したのだという。
町から少し離れた場所にある我が家に着いた。
「おとーさま!、おかえりなさい」
出迎えた長男は五歳。
「とーたまー」
下の娘はまだ二歳。
「あなた、お帰りなさい」
「今戻ったよ、遅くなってすまない」
産まれて間もない二番目の息子を抱く妻と一緒に家に入る。
「あなたが全てやってくれるからとても助かるわ」
「夫で父親なんだから当然のことさ」
台所のテーブルに荷物を置き、夕飯の準備をしながら家族との会話を楽しむ。
夕食後、子供たちを寝かせて二人きりの時間。
「町で何かあったの?」
魔王軍と戦ったこともある妻は相変わらず鋭い。
「ああ、これが町で配られていた」
号外紙を見て妻は目を見張る。
「まあ、本当に?」
俺は首を振る。
「冗談じゃない、そんなことあり得ない」
「でも」
数年前の人間と魔族との戦いは魔王城に『魔王封印』という形で決着し、平和が訪れた。
その戦の中で俺たちは出会い、終戦後結婚したんだ。
今更、あれ以前には戻れない。
「あなた、まさか、また……」
俺は首を振る。
「魔王が復活したとしても、俺は魔王城には戻らない。 お前たちがいるんだから」
俺は妻を抱き締める。
「でも、あなたは魔王様に一番近いんだって言ってたでしょう?」
そうだ。 俺はずっと人間の姿に化けているが、魔族の一人だ。
しかも妻とは魔王城での決戦直前に出会っている。
一目惚れというか、ずっと人間に憧れていた俺は人間の妻が欲しいと思っていた時に彼女に出会ってしまった。
気高く強く美しく、そして本当は気の弱い彼女を欲しいと思った。
まずは、魔王城に乗り込んで来た勇者様ご一行を転移罠でバラバラにする。
そして彼女が一人になったところで交渉を開始した。
「本当は争いごとなど好きではないのであろう?」
「ぐ、何故それを」
俺は人間の心などお見通しなんだ。
「ここはお前と俺の二人きりの空間だ。 意地を張る必要もない」
「嘘や見栄など通用しないということか」
剣を握っていた彼女の手が震えていた。
「そうだ、本当は戦いなど望んでいない。
わ、わたしは別の世界から召喚されたのよ」
「ほう?」
異世界から若者を召喚し、その高い能力を使って魔王を討伐するという古い伝説がある。
それをこの国が実際にやったらしい。
「私は帰りたい。 ただ利用されるだけの勇者になんてなりたくなかった」
召喚された勇者は女性だったのか。
「ふむ」
この国に未練はないと見える。
俺は長年魔法の研究をしているが、送還は出来ない。
「では、そんな国から出てしまえばいいのではないか?。
それとも、誰か意中の相手がいるせいで出られないのか?」
「え、ええ、いると言えるのかどうか」
複雑そうな顔をした彼女は、魔王討伐して城に帰ったら王子との結婚が決まっているという。
「ふうん、その男が好きなのか?」
彼女は思いっきり首を横に振った。
「あんな我が儘な王子なんて!。 それに、私にはあんな煌びやかな城での生活なんて無理よ」
元々貴族などいない世界から来た彼女は庶民的な生活がしたいという。
「だが、勇者様なら王子と結婚しなくても同じような生活だと思うが」
「そうなのよねー」
彼女は諦めたように肩を落とす。
その戦闘能力の高さ故に他に何も出来ない。
その上、顔が知られているので普通の生活は難しいだろう。
「そうだな。
もし、誰にも気兼ねなく生活できる田舎に連れて行って、俺が生活の面倒もみてやる、と言ったらどうする?」
「嘘よ。 魔族が人間のためにそんなことするはずがないわ」
身構える彼女に俺は盛大に笑う。
「これは取引だ。 俺にだって望みはある」
「な、なによ、言ってみなさい」
警戒したままの彼女が言う。
「一つは、魔王は『討伐』ではなく『封印』すること。 そのための魔道具は用意してやる」
勇者の女性は本当かどうか、俺の顔を窺っている。
「まだあるの?」
「あ、ああ」
俺はちょっとだけ目を逸らした。
「その、俺と結婚して欲しい」
「は?」
彼女はまじまじと俺の姿を見る。
「そういえば、魔族というわりに姿は人間と変わらないのね」
俺は濃い黒髪と赤黒い目をした、モテるといわれる人間の男性の姿をしている。
人間に好かれたくて研究したからな。
彼女も元の世界では普通だったという黒い髪と目だ。
「ずっと人間の生活に憧れていた。
田舎に若い男がひとりだと怪しまれるだろうが、二人なら、その、夫婦ならやっていけそうな気がする」
俺がそう言うと彼女はしばらく黙り込み、「考えてもいいわ」と頷いてくれた。
そして俺は彼女の『魔王封印』をこっそり手伝い、魔族の生き残りはバラバラに離散した。
その後、魔族たちはひっそりとある迷宮で暮らしている。
人間たちに脅かされない、のんびりとした暮らしに、今は大半の魔族は満足している状態だ。
王都に戻った勇者には盛大な祝勝会が待っていたが、やはり王子という男は下種だったらしい。
「国が平和になった途端、私を王妃ではなく妾にして城に監禁すると言ったわ」
一応国民の手前、結婚式は行うことになっている。
その当日、俺は王城の彼女の部屋に忍び込み、花嫁姿を見るなり改めて彼女に求婚した。
「お前が欲しい!」
「あの王子でなければ誰でもいいわ」
俺は彼女の部屋に調達してきた黒い髪の女の死体を転がす。
「これでお前は死んだことになる。 これから、お前はただの平民の女であり、俺の妻だ」
彼女を抱き締めて深く口付けを交わし、城から連れ去った。
「ちょうど婚礼の衣装だったから、そのままこの町の教会で式を挙げたのよね」
「神官は驚いていたが、無事に受け入れられたしな」
こんな田舎に、王子との結婚式の最中の女性勇者がいるはずがないと思われたんだろう。
魔王封印後、彼女が王都に戻っていた間に、俺は戦争の被害が少なかった片田舎でちょうど売りに出ていた立派な家を買い、必要な物を全て買い揃えていた。
「仕事はしなくていい。 俺にはお前や家族を何百年でも養えるだけの蓄えはある」
でも使用人は雇わない。
「掃除も料理も俺がやろう」
手が届かないところは魔法で片付けるさ。
「うふふ、そこは二人でやりましょう?」
そんな風に二人だけの生活が始まり、今では三人の子供がいる。
「でも心配だわ。 あの国王と王子なら、また異世界から勇者を召喚しようとするかも知れない」
と、妻の顔が曇る。
「そうか。 確か今、この国は隣の国と争っているんだったな」
魔族との戦争が終わると、それまで協力し合っていた国々が手のひらを返したようにいざこざを起こし始めていた。
「まあ。 それじゃあ、人間同士の争いに勇者を召喚しようとして『魔王復活』の噂を流しているのかしら」
その可能性はある。
「『魔王復活』は絶対ない。 俺が保証しよう」
妻は何も訊かずに頷いてくれた。
「だけど、このままだとまた被害者が」
暗い顔になる彼女の手を強く握る。
「分かった、俺が何とかする。 だから少し留守にするけど待っていてくれ」
「はい、あなた」
結婚してからあまり離れたことがない俺たちは、その夜は久しぶりに燃えた。
それから約二十日後、王城で大爆発が起きた。
地下にあった魔方陣の部屋を俺が念入りに潰したからだ。
ついでに召喚の準備をしていた宮廷魔術師や神官、騎士もまとめて吹っ飛ばしておく。
二度と同じ過ちをさせないために。
一国だけではない。
争いが起きていた周辺国の全ての城に時限式の魔法を仕掛けておき、同時に燃やした。
他国との争いなど起こせない程度に被害を与えておくことが必要だったのだ。
全て終えた俺が家に戻ると誰もいない。
「あれ?」
家族を探して町に行ってみると教会に人が集まっている。
「あ、あなた、無事だったのね」
「おとーさまー」「とーたまー」
「どうしたんだい?」
俺は子供たちを抱き上げる。
「王様のいる城で大変なことが起きたのだけど、同じ頃にたくさんの教会で異変が起きたのよ」
「え?」
教会の神像からご神託があったのだと言う。
「今回の城の被害は神様からの罰なんですって」
ほお?。
詳しく聞くため、俺たち家族は人混みから抜けて家に戻った。
子供たちが寝静まった後の夫婦の寝室。
俺は彼女を傍に座らせてじっと顔を見る。
「何をしたのかな?、お前は」
えへっと舌を出して笑う妻は可愛い、いや、今はそれどころじゃない。
「あなたが出掛けてから町の教会に毎日通ったの。
そしたら、私をこの世界に放り込んだ神様に会えたのよ」
「それで?」
俺はあんまり神様っていうのを信用していない。
腕を組んで先を促す。
「あなたのことが心配でお願いしたの。 そしたら」
おい、ちょっと待て。 それはマズイ。
「あ、あのな、そのー」
「あなたが『魔王』だってことは気付いていたわ」
俺は固まった。
「だって、魔王城で勇者に対応するのが魔王以外なんてある訳ないもの」
「あ、ああ」
目を閉じて息を吐く。 今まで隠してきた努力は何だったのか。
俺は魔王なんていわれてはいたが、単に魔族の中で魔力が一番強かっただけ。
暴力も殺戮も好きじゃない。
だから人間との共存を望み、人間を研究してたんだ。
そのうち、人間に憧れ、人間の生活がしたくなって、姿も人間寄りに変えていった。
俺も彼女と同じで『魔王』になんてなりたくなかった。
だから勇者一行が来た時に自分を消す絶好の機会が来たって思って、適当な動く人形を封印させたんだよな。
「神様はなんて?」
うふふと笑いながら妻は俺の手を握る。
「『魔王』ががんばっているのに『神』が何もしないわけにはいかないって」
自分の影響下にある全世界の教会に神託を下してくれたのだという。
お蔭で、城の襲撃は神の使いによるものだということになった。
それで良かったのか?。
俺はちょっとモヤモヤするが、妻が自分も役に立てたと喜んでいるのでヨシとしよう。
ああ、もう我慢出来ない!。
そこからは熱い夜になった。
数日が経ち、国も世界も落ち着いてきた。
「あのね、あなた」
庭で長男の剣術の稽古を見ていると、妻が話し掛けてくる。
「うん?、どうした。 また赤子が出来たのか?。 俺は何人でも歓迎だぞ」
笑顔で言うと、顔を赤くした妻につねられた。
「イタイ」
引退したとはいえ、勇者の強さは半端ない。
「違うの、少し心配になって」
そう言って、木剣を振り回す我が子を見る。
「『勇者』と『魔王』の血を引く子供って、大丈夫なのかしら」
「えーいっ!」
ドカンッ
五歳児が木剣で庭の大木を切り倒している。
「あー、うーむ」
「しかも、それが三人いるんだけど?」
あははは。
「何とかする」
俺は妻に力を抑える魔道具を作るよう約束させられた。
ある片田舎の、どこにでもいそうな家族の、ある日の午後のお話。
〜 終わり 〜
お付き合いいただきありがとうございました。