表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

非常階段の怪

作者: 森 彗子

 この話も私が小学五年生の夏、学校行事の教室に泊まるキャンプをした際に体験した怪談です。遠い昔の出来事なので細かい部分は多少取ってつけていますが、起きたことは事実です。


 私が通っていた北海道南部にある小学校では毎年、五年生は学校で、六年生はキャンプ場で一泊二日の宿泊体験をしていました。五年生は教室にクラス全員で寝袋で雑魚寝するのですが、日が暮れてからは各自持参した缶詰(シーチキンや焼き鳥など)とおにぎりで夕食を摂り、校庭で先生が用意したキャンプファイヤーで教えられたフォークダンスを踊って、クラスごとに歌をうたい、最後は三人グループで校舎全体を使った肝試し大会が行われました。


 私は五年一組で、いとこが三組、双子の相方である妹は五組に所属していました。いとこのクラスが肝試しの脅かし役担当なので、他の四クラスが三人グループを作って所定のコースを歩きます。


 肝試しコースにはスタンプが四タンプカードを渡されて首から下げているので、ポイントを通過した証明としてスタンプを押します。チームは仲の良い子同士で作って良いとのことだったので、私は割と仲の良い二人の女の子と三人チームになれました。


 一人だけ懐中電灯を持つことが許されていたので、普段病気がちであまり学校に来れていなかったDちゃんに持ってもらうことにしました。怖がりなIちゃんは真ん中で私とDちゃんの二人に挟まれる格好でスタートしました。ちなみにチームは三分置きに出発します。


 東西に延びた校舎は中央玄関を境に西校舎、東校舎、体育館と三つ分岐します。スタート地点は西校舎の玄関からで、一階をそのまま西校舎の突き当りまで進みました。


 長い廊下の南側に教室が五つ並び、中央玄関と保健室を通り、また五つ並んだ教室を右手に眺めながら歩いて行きました。西に奇数学年が一階から上に向かって教室があるので、最初は1年生の教室。東側は2年生となっており、突き当りには北へと伸びた特別教室棟が接続していました。


 始まってまだ間もない地点だというのにIちゃんがひどく怯えて尻込みします。Dちゃんは「大丈夫だよ。悪いことは滅多に起きないから、そんなに警戒しなくても良いよ」とJちゃんに話しかけています。私は逆にとてもイライラしていました。自分で歩く気がないのかIちゃんは数歩進むたびにその場にへたりこむので、組んでいる腕に体重がかかります。三度目、四度目、五度目となった時には「いい加減にして」と、つい怒鳴っていました。


「怖くてもう進めないんだもん~」


 Iちゃんは泣き出してしまいました。そうしている間に後ろから次のチームが来て、男子三人から冷やかすような笑い声で「ま、がんばってね」と声を掛けられました。


 Iちゃんはかたくなに「もう無理」と繰り返すので、私は一瞬だけ本気で置いて行こうと思ったけれど、Dちゃんが「ひとりで置いていけない。目を閉じて私の肩に捕まって歩こう」と献身的な態度で励ましているのを見て心を入れ替えました。わけあって背筋70キロ、握力35キロある私は、Iちゃんを背負うことにしました。


 メソメソする彼女を背負って歩き出すと、すぐに脅かし役が登場しました。竹の棒に糸を垂らし、糸の先にはこんにゃくが吊るされていて、それをこっちに向かって振り回しています。私達を追い越した男子がゲラゲラと大声で笑っているので、怖いという雰囲気ではありません。それでもIちゃんにしたら怖いようで、私の背中でも「怖いよ~、怖いよ~」と泣いていました。


 非常灯の明りもあるので、廊下も教室も言う程真っ暗でもないので懐中電灯の意味がわからないな、と思いながらしばらく歩いていくと、クオリティの低い妖怪集団に取り囲まれました。その教室に「チェックポイント」という段ボールに手書きの看板があります。私は両手がふさがっているので、Dちゃんがスタンプを押しました。


 東校舎の突き当りまで来て左に折れ、特別教室の前を進んだ時。ここで初めて懐中電灯が役に立ちました。階段を上がるところが本当に真っ暗だったのです。Dちゃんが懐中電灯で周囲を照らしながら、足元気を付けてねと丁寧に案内してくれるので、Iちゃんを背負った私は汗をかきながら階段を上がりました。


 二階に着くと目の前は図書室がありました。引き戸は正方形のガラスが嵌めこまれていて、中が良く見えます。薄いピンク色のエプロンをした女性がカウンターに座っていたので、私は驚いて声をあげました。


「どうしたの?」


 Dちゃんに聞かれて、私は「図書のおばさんがいた」と言ったら、彼女は不思議そうな顔をして図書室の中を照らしました。非常灯の明りで充分になかを確認できましたが、人影はありません。見間違いだったようだ、ということにして先を急ぐことにしました。


 二階の東校舎でも脅かし役の微笑ましい演出を受け、チェックポイントでスタンプを押しました。四年生の教室を通過してすぐ右手にある階段を降りて、中央玄関のロビーを通り体育館へ向かいます。


 いくつものチームが数分単位で移動し続けているので、常に人の気配はある状況下なので特に怖さを感じることはありませんでした。体育館への渡り廊下でもチェックポイントが設置されており、そこで前のチームが三組ほど渋滞しているような有様です。


 ここでようやくIちゃんが自主的に歩くと言い出してくれたので、私はホッとしました。


 体育館の入り口は建物の中央部にあり、左手にステージがありました。コースはそのステージ両サイドにある用具入れへと矢印で示されています。渋滞チームがほぼ一列になって進んでいました。


 用具入れの部屋には普段、跳び箱やマットが積み上げられたり、種類の違うボールが入った大きなバスケットが入っているところです。それらは外に運び出されて壁際に整然と並んでいました。中に入るとカセットテープによるヒュードロドロといった音楽が流れていて、赤いライトで部屋の中が真っ赤に光っていました。


 舞台裏に人がひとり通れる程度の細い抜け道に、ひとりずつ入って行きます。少しだけ段差があるところで、下から手が伸びて足首を掴もうとしていました。もちろんこれも演出です。誰もがその手を踏まないように「こえ~」「きもい~」など盛り上がりながら通過していました。Dちゃん、Iちゃんを前に行かせて、私もそこを通り過ぎました。壁には気味の悪い幽霊の顔を描いたお面がいくつも張られていたり、木枠と模造紙で障子を作ってそこからいくつもの手が飛び出して蠢いていました。(三組は本当にいい仕事をしていたと思います)


 出たところにもスタンプが設置されていて、他のチームが押しているので順番を待ちました。


 最後は体育館の裏口から外に出てブルーシートが敷いている通路をたどり、西校舎の非常階段に向かいました。西校舎の一階非常扉から中に入り、階段を三階まで上がってゴールです。カードに全てのスタンプが押されていることを確認されて、お菓子を受け取りました。


 すごく達成感があったのは、細くて小さいとはいえIちゃんを半分以上背負って歩いたせいだろう、と思いました。


 歯磨きをして消灯時間が近付く頃、DちゃんとIちゃんと三人で寝袋の準備をしていました。先生が見周りに来て学級院長のK君が点呼を取り、「おやすみ」とあいさつをして部屋の明りが消されました。


 十一歳の子供達が大勢おとなしく寝るわけもなく、皆それぞれ思いおもいの人同士でひそひそとおしゃべりをしていた時に、異変が起きました。


 私達の教室は、西校舎の一番はじっこにあります。その最も端にあるドアの真正面に、非常階段のドアがあります。非常階段は鉄の扉で、普段は内側から施錠されています。生徒が勝手に開閉することは基本許されていないドアでした。


 そのドアを誰かが外からバンバンと叩いて、「開けてくれ!」と叫んでいる。


 その場にいた全員がその音、その声を聞いて、しんっと鎮まり返りました。


 学級院長のK君が、廊下に出ておそるおそるドアに近付きました。私達は寝袋から半身を立てたり、立膝するなりして、その様子を固唾を飲んで見守っていました。


 K君が非常階段のドアを開けました。


 誰もいない。


 音がして、声が聞こえてから、ドアを開けるまではわずか数秒ほどしか経っていない。


 そこでT君という少年野球ではキャプテンを務めている男の子がK君にドアを見張らせて、非常階段を降りていきました。他の男の子も三人ほどそのあとに続いて降りて行きました。でもすぐに皆戻って来て、「だれもいない」と言いました。


 なんだったんだろう、と言いながら皆何事もなかったように寝袋に戻りました。


 でもまた。


 ドンドンドン


「ここを開けろ!」


 おじいちゃんのようなしわがれた男性の声がはっきりと聞こえました。


 K君とT君は素早くドアに駆け寄り、再び施錠を開けてドアを開きましたがやはり誰もいません。


 その時点で「誰か、先生呼んで来て!」とK君が言いましたが、教室にいた女の子の何人かが怯えて泣き出しました。Iちゃんはもちろん本気で怖がって「家に帰る!」と言っていました。


 その騒ぎを聞いた隣の二組が様子を見に来たので、教室にいる三十九名の子供達は今起きた怪現象に興奮しながら説明しようとして騒然としました。そこへ先生がやって来て、「落ち着きなさい! 静かにしなさい!」と全員をなだめて、廊下に椅子を置いて見張っているから安心して寝ろ、と言い、無理やり就寝となりました。


 非常階段のドアの前にパイプ椅子を置いてドカリと座った担任の男の先生を見て、皆安心したのか、割とすぐにスース―と寝息を立てるクラスメイト達。私とDちゃんはしばらく寝付けませんでした。


 朝になり、配られたバナナと菓子パンと牛乳で朝食を取っているとき、そういえば図書室で女の人を見たと言ったら他にも同じ人を見たという子が四人程出てきて、やっぱりあの時誰か居たんじゃないかということになり、どうしても確認せずにはいられなかったので、トイレに行きがてら三組のいとこに確認に行ったところ「図書室は対象外。なんのことかわからない」と言われました。先生にもそれを伝えると、「そんなはずはない。図書のおばさんが夜いるわけがないだろ?」と。


 非常階段、図書室、他にも体育館の用具室の真上にある放送室で人の頭を見たという子がいた、とあとで噂になっていました。この学校がある場所は以前、ゴミ捨て場で雨が降ると建物周辺が陥没し、女生徒がひとりその穴に落ちて亡くなったという事故があった、という噂がありました。小学生だったので事の真相を調べた事はありませんが、おじさんの霊が出るといった七不思議はなかったように記憶しています。


 今となっては良い思い出ですけどね。


 終わり

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ