あなたを手放すまで。
お姫様は王子に救われて。の別視点です。
執務室という場所は意外と仕事が出来ない場所である。鍛錬場にいない場合ここにいると考えられ、こちらの都合も考えずに尋ねてくる。
今日もまた戸を叩かれてため息が出た。
「入れ」
顔を出した部下は、全く手のかからない言わば優等生だった。
「団長」
いつになく思い詰めた顔の部下に嫌な予感は全くしなかった。
結婚すると言っていたので式に参列して欲しいとかそんな話だと思っていた。
「なんだ?」
「田舎娘、お探しでしたよね?」
全く違った。
彼自身は、都会とは言わないまでもそれなりに栄えている領地の次期領主だ。あと数年もたたずに軍を去り、跡を継ぐ予定となっている。
「隠居出来る実家付きのな」
「私の婚約者をもらってください」
「……は?」
さすがにそんな話をここでするわけにはいかない。執務室からほぼ隣と言って良い場所が私室になっている。
私室にまで人を招き入れたのは久しぶりだ。
きょろきょろと見回されるのは自室ながら居心地が悪い。
「自作ですか?」
「趣味だ。趣味」
染色して、タペストリーを織る。故郷の文様を織ることも新しく作ることもある。剣を振るうよりも誰かを鍛えるよりもずっと好きなこと。
残念ながら才能はそんなにない。
「ああ、だから、手袋外さないんですね。納得しました」
「俺の話はいい。なぜ、婚約者をもらう話になる」
「ルート家のご息女が亡くなられたことは知ってますか?」
「ああ、風邪を拗らせたとか聞いたな」
「そこから、婚約が謎の連鎖となり、別の家から話がきてるんです」
今年の風邪はタチが悪く、亡くなった人も病後が悪い人もいる。騎士団ですら何名かの欠員が出たほどだ。
なぜか貴族階級には流行し、庶民には全く影響がないという。呪いではないかなどと噂が出るほど特定の血族のみ重症化している。
「その口ぶりだと断りにくい家なんだろうな」
「ええ、断るなら家を出る話になるでしょうね」
「今の婚約者はどうするんだ?」
「それで、困ってます」
情けなさそうに眉を下げた。
貴族というのは面倒だ。この国においては騎士は貴族ではない。一時的に下位貴族としての特権を与えるだけ。国家に仕えている間のみで、退職した場合は一時金か年金がもらえる。
「紹介するので、気に入ったら相手してください」
「……同じ年だったか」
相手の同意はなさそうだ。
仲が良さそうに歩いていたのを遠目に見たことがある。
「弟もいるだろう?」
「婿入り先が決まってまして、その下となると十も下になるので……」
確かに少し難しい。
「騎士団の見学と称して、他の者にも会わせた方がいいだろう」
「……ええ」
不満そうな顔ではあったが肯いた。
「私は、あなたが良いと思うんです」
「意味がわからない」
「あなたなら安心出来るとおもうから」
ものすごく未練あるじゃねぇか。
そう突っ込まなかった自分を褒めたい。
自慢ではないが、独身男性としては結構良い物件だと思う。ただし、内面が田舎者なのを隠しての振る舞いで、すぐにボロが出る。
……結果、よく振られる。
なぜか、女性にだらしないということにされた。
納得がいかない。
より一層普通の娘さんたちには避けられることになったのでとても不満だ。
騎士団内では周知の事実のため、そんな勘違いされることはない。
「相手の趣味もあるだろ」
「大丈夫」
なんだその根拠は。
「私よりよっぽど、男前なので」
それって逆にどうなのか。とは聞けなかった。
「初めまして」
紹介された娘はきちんと挨拶をし、失礼にならない程度に見られた。
中々得難い。
顔が良い、らしいので、飛びつかれそうになるとか、腕をとられる、とりあえず叫ばれると碌な目にあわない。
それが幼女ならば笑って許すが、年頃の娘でもそれはちょっとどうかと思う。
婚約者が一緒でもやる人がいるのが恐ろしい。
その後の人間関係が拗れないとでも思っているのだろうか。
「いつもお世話になっております」
「いや、こちらも世話になっているよ」
……で、さ。俺にどうしろって? 彼女の隣の部下を見る。
「ちょっと用事を思い出したから、少しここで待っててくれる?」
「え、はい」
彼女は戸惑ったようだが、理由を問うこともなく同意する。
「お願いします」
いや、だから、婚約解消してからの事でしょうが。
人の気持ちを全力で無視して出て行かれてしまった。
それを不安そうな顔で見送っている。
もう、どう考えても悪役を振られたと思う。
「仲が良いんだな」
「そ、そそそ、そう見えます?」
全力で照れている。
いやだから……(以下略
端々にのろけが混じる世間話というのは独身者には苦痛であった。
「おまえら、さっさと駆け落ちしろ」
部下を呼び出して、こう言ってしまうのも無理はないと思う。
「残念ながら、無理です。考えたんですが、私が飲み込んで、彼女に多くの賠償が払われる方が良いと思うんです」
「めんどくさいヤツだな」
「よく言われました」
それが、婚約解消の一週間前だとは思わなかった。
部下は故郷に新しい婚約者と共に去り、彼女は社交界に全く顔を出さなくなった。
「うーん」
半月ほど、手紙を前に悩んでいる。いわゆる婚約の申し込みだ。
調べてみれば、確かに自分には合っている、気がする。平和かどうかはわからないが、ド田舎でここよりは落ち着きそうな気がする。
彼女もかわいかった、気がする。
……すべて、気がする、で終わっている。いまいち決め手がない。
いや、失恋して落ち込んでいるであろう女性に付け込むのもちょっと、と思うくらいの良識が自分にもあったらしい。
全く別の機会に婚約者なしだったら、すぐに申し込んでいたかもしれない。
条件はとても良い。
「断られるかも知れない」
言い訳をしながらの手紙は、断られず、本人に聞いてくれとあった。
夜会に送り込むので、見つけて口説くようにと書かれていたので、本気でどうしようかと思った。
夜会は鬼門である。
入った瞬間に囲まれる場所で、誰か特別に話など無理だ。そんな技術を持ち合わせていたらこんな年まで独り身ではなかっただろう。
何回かの失敗の後、理解した。正攻法で夜会に行くから問題がある。
警備上知っている抜け道から入ればいい。
本当に追い込まれていたのだと後で振り返ればわかるが、そこまでの余裕はなかった。もはや潜入するという意地にすり替わっていたとも言える。
バルコニーによじ登るなんて不審者の極みだと思うが、そこは無視する。
「団長なにしてるんすか?」
「あとで説明する。見ない振りしてろ」
「はーい」
やはり不審者だったらしい。手で追っ払っておくが、何か面白がられているような気がする。
そのバルコニーには先客がいた。
「この間、振られたのって君でしょ」
動転したあまりの言葉としてはあまりにひどい。
そのまま身投げしたくなる。
なにいってんのこいつという表情がツライ。
「領地に騎士いらない? 田舎でもいいからさ」
「は?」
「ちょっと考えておいてよ」
印象最悪だと自棄になっていたと思いたい。
「団長様が、なに言ってるんです?」
彼女は、顔を覚えていてくれたらしい。いきなり名前を呼び出さないのも良い。
「隠居したい。マジでしたい。いっつも言ってるのに無視される。田舎の娘捕まえて隠居したい」
きょとんとした顔で、ついで笑った。
「結婚されたいんですか?」
どちらかというと隠居がしたい。
と言えば拗れそうな予感がしたので、神妙な顔をしておく。
「それなりの年で周りがうるさい」
「相手に困ってないのでは?」
「見た目と中身違うって振られたりするの辛すぎる」
そう言えば少し、考えてくれるらしい。
びしっと手を差し出された。
「わかりました。とりあえず、一曲踊ってきましょう。相性ってのはあるでしょうし」
確かに、彼女は男前だ。
少し同情してくれるだろうかと思った自分がちょっと情けない。いや、中身はだいぶ情けないんだけど。
そんな彼女に大いに振り回される少し前のことだった。