黒曜石の会
悪女さんから、黒曜石の会です。
黒曜石の会。
紹介がなければ入れない会員制の集まりである。その実態は、外で語られることもなかった。会員数もわからず、誰が所属しているかも極秘となっている。そんな会があることだけは知られているのがおかしな点ではあった。
その黒曜石の会の招待状が贈られてきた。
僕はその件で、久しぶりに実家の屋敷に帰ってきた。姉がいつも迎えてくれたが今はない。遠い、ものすっごい、遠いところに嫁いでいった。僕は運悪く地方に任務があり不在だったので、別れの挨拶すらできなかった。
それから間もなく、王太子殿下の婚約が発表された。
姉さん、振られたのはちょっとかわいそうだけど、性格合わなさそうだったし、よかったのでは。そう母に言えば、じーっと見られたあと判断を間違えたわと呟かれた。
母は思うところがあるのか、ちょっと別居しますわねと家を出ていったらしい。だから、この屋敷には母も姉もおらず、一人残された父はいつも通りに執務室にいて、眉間にシワを刻み込んでいる。
話をすれば僕に贈られてきた手紙と同じものが父にも贈られていた。
その中身は手紙の見本のように、季節の挨拶と急な手紙を送ったことに対する謝罪、このたび集まりがあるので日程が合えばぜひ参加してほしい、と続けられている。署名が人の名ではなく黒曜石の会と書いてあった。
ほぼ、文面は一緒だが、父のほうが書かれた日程の数が多い。どうしても来てほしいという願望が透けているどころか露骨だ。
「いきます?」
姉が嫁いでいってから眉間のシワが谷のように深くなった父に問う。なお、母は実家に帰った。あなたには大変失望しましたと言い残して。
王太子妃は母の悲願だったので、競り負けたのが悔しかったのだろう。
家の中に母も姉もいなくなり、屋敷はなんだかがらんとしている。
「行くが、親子同伴というのもきまずいだろう。
日程をずらしたいが、ユーゴはいついくつもりだ?」
父が行かないという選択をしないのが意外だった。そして、僕が行かないというわけもないと決めつけている。
「謎の秘密結社を摘発するつもりですか?」
「行ってみればわかる」
「そんなこと言わず、教えてくださいよ」
「行けばわかる」
同じことを返された。
腑に落ちないながらもしかたなく行くことにした。
指定された場所は広場だった。
「ユーゴさんですね。本日はご足労いただきありがとうございます」
物腰柔らかな青年が声をかけてきた。
「今日はよろしくお願いします」
彼はにこりと笑った。そして、ちょっと困ったように後ろへ視線を向ける。
「あちらは?」
「友人です」
誰もなにも口を割らないような会に一人で行く気はない。これで断られるならば、それまでだ。
彼はため息をつく。
「……まあ、今日は、いいんですけどね」
ぞろぞろと連れ歩いてついた先は公園だった。王立公園で森のように木々が茂る場所もあり、かなり大きい。
その森の奥の奥。
男性たちの興奮したような声が聞こえてくる。そこだ! やれっ! などとけしかけるような声に不穏なものを感じた。
不当なかけ事でもしているのだろうか。
そう思って、声のかかる場所を見れば何か何人かで小さいテーブルを囲んでいた。
「……なにを?」
「見られた方がよろしいかと」
今、いいところなのでどうぞといわれて恐る恐る覗き込む。
雄々しいカブトムシが、相手のカブトムシをぶん投げていた。
湧き上がる歓声!
「ほんと、お強いんですよね。ロイヤルカブちゃん」
「なんですか。ロイヤルカブちゃんって」
「初代からの交配を重ね、黒光りするその姿はロイヤルというにふさわしい、ということです」
どこからどう話していいのか、全く、少しもわからなかった。
「あの、これ、賭けとかじゃないですよね?」
部下の一人がそう聞いた瞬間、お互いの健闘をたたえていた飼い主?たちがぐるりとこちらを向いた。なにかの妖精みたいな動きだった。人を食べる系の。
「なにかね、我々は厳正なルールのもと正々堂々と勝負をしている。そこにケチをつけるのかね」
老齢に差し掛かっている紳士が眼鏡をくいっとしながら言う。
うむうむともう一人の男性もうなずいていた。
「……す、すみません」
言い知れぬ圧がある。しかし、その威厳ある人たちはすぐに真剣な表情で次の試合の準備をしていた。
「あの、この会ってなんなんですか」
「ふむ。それは難しい質問だ」
「たしかにそうだ。これを人には伝えにくい」
いい年した大人が、カブトムシに熱狂しているのは確かに言いようもない不安感がある。
「難しくありませんよ。
世の中の面子とか外面とかいったん置いて、童心で遊ぶ会、です」
ああ、確かに他人に言うわけにはいかない活動内容だった。




