DM(ダンジョンマスター)は本が読みたい
いつの頃からか、街の外に大穴が開いていた。年寄りが若かった頃にはなかったと言っていたので、最近といえば最近なのだろう。
いつごろからか、処理に困った死体を投げ入れるようになった。
ワケありの死体。
のたれ死んだ貧乏人。
埋葬できない病気持ち。
時々、死に損ない。
べしゃりとした迷惑な音に彼は顔を上げた。
奈落の果てと見える穴に底はある。
途中で落下速度が落ちる。ふわりとはいかないが、物理的に破壊されるほどにはならない。
今日はなんだと本を閉じてゆらゆらと歩き出す。
真っ暗といっても良い場所だが、慣れているせいか落下物を探しあてる。
それはまだ人の形をしていた。
しゃがみ込んで髪をつかんで頭を持ち上げる。
「俺ね、こういうの好きじゃないの」
闇よりも暗い、目がすうっと細くなった。
「いつも考えてたんだ。俺はただ静かにこの世のありとあらゆる本を読んで暮らしたい」
いっそ楽しげなのに、冷え冷えとした声だった。
「せっかく、叶えてもらったのに、なぜ、厄介ごとをつれてくるのかって」
唇だけが、笑みの形を作る。
「指揮下におけば良いんだ」
ダンジョンとはなにか。
世界の管理システムの一部である。余剰の資源や魔力の結晶などを溜めておく場所であり、世界へ還元するものだ。
その性質上、死体なども資源とされて跡形もなく吸収される。まとまった時に別の形に生まれ変わる。
それが魔物と呼ばれるものと似ているのは意図的だ。ためらいなく、駆除し還元すべきものを世に戻す仕組み。
元は人であれば人型に近いものに生まれ変わる。
「俺は、骸骨も亡霊も死に損ないも、飽き飽きしてるんだ。
生きてる死体も首無し騎士も吸血鬼も吸血姫も一通りそろっている。命無きモノの王なんてーのは俺そのものだろう」
「そうですね。ご主人様」
半分透けた娘は、肩をすくめた。
ダンジョンコアと呼ばれる補助AIは非常に人間くさい。つきあいだけは長く百年は超えている。
お互い、口も聞かなくなるような喧嘩と家出騒動を経て、悪友のような主従となっている。
「ご主人様はダンジョンマスターにしては驚異的に温厚ですからね。思い知らせてやっても良いと思います。どうですここで、死者の軍団をどばーっと」
「なげやりに応答するのは関心しない」
「あ、ばれました。放置が一番効率がよいですよ。討伐もされませんし、資源も枯渇はせず、溢れもせずほどほどです」
「そうだな」
「死体穴って呼ばれてもこまりゃしないでしょう?」
彼は不承不承うなずいた。死体だけなら問題ない。時々、ナマモノを投げられるのはたまらない。
ソレをどう扱えばいいのか。
「ああ、この間、落ちてきた女の子ですか。なんか、あれですね。空から落ちてきた女の子というとロマンがありますね」
「血みどろの死に損ないで、か?」
「んー、そこはスルーでいいんじゃないですか。あれどうしました。放置したら死ぬでしょう?」
「栞を挟み直して、それ以前に戻した」
「それはそれは随分と酷なことをしましたね。懲りてないんですね」
「さらっと嫌味言うな」
「贅沢言えば、病気付けて街に放り投げてやればよかったんですけど。最近、死体が足りないです」
さらっと凶悪な提案をしてくる。ダンジョンコアに倫理観はない。あるのは効率的なダンジョン運営。人格めいたものがあってもシステムはシステムだ。
「……越えられない壁があるよな」
「ひょいと越えましょう。ヒトならざるモノは正気でいても良い事はないです」
「正気か?」
「そうですね。思ったよりもずっとまともで、正気ですけど、所々狂気じみてますね。読書狂」
「そこは昔からだ」
「悪化してますよ。人を読み始めて十年ちょっとですか。そのうち植物も読むんじゃないですか」
「コケしかないな」
「ありませんね」
微妙な沈黙。
「落ちてきた娘さんはどうするんですか」
「そのまま戻すわけにもいかんだろう」
「強化メニューして、戻しますか」
「そうだな」
人が住むにはここは死の匂いが強すぎる。
「死なないようにしろよ」
「え、死んでも有効利用するから良いじゃないですか。あー冗談です、冗談。前の失敗は繰り返さない。わたし、出来る子」
じーっと見るまでもなく、ふわっと姿を消した。
擬似ボディに乗り移ったのだろう。
「出来る子が、失敗するのか」
ふふっと笑いながら彼は読書に戻ることにした。
彼にとっては読書は何にも勝るのだ。
最近、命無きモノの王ってみかけませんね。一時、中ボスからラスボスを張っていたような……。